◆ QOLの調査と考え方

SUMMARY
・今後の保険医療には、Evidence-Based Healthcare, EBH)の視点が重要である。
・自覚的な健康状態を評価する一法として、温度計に似た健康温度が用いられる。
・疾病費用(cost of illness)の中には、直接費用と間接費用がある。
・間接費用は疾病による時間損失で、外来や入院で貴重な時間が費やされている。
・生活の質には、移動、身の回りの管理、普段の活動、痛み・不快感、不安・ふさぎ込みなどがある。

はじめに
 近年、我が国ではEvidence-Based Medicine(EBM)の重要性が唱えられてきている。一方、2000年4月から介護保険制度が導入され、医療の変革期が訪れている。今後の保険医療改革(healthcare reform)には、根拠に基づく保険医療(Evidence-Based Healthcare, EBH)という視点からの検討が重要である1,2)。
 また、これからの対策が必要な疾病として生活習慣病、特に糖尿病が挙げられる。筆者らは以前に、徳島県内50施設の糖尿病患者1000余例の大血管障害についての横断的調査し報告した3)。
 今回、我々は、厚生省長期慢性疾患総合研究事業「糖尿病予防・疫学に関する研究班」の中で、「糖尿病患者の生活の質」について多施設調査を行ったので4)、本稿で紹介したい。

I. 研究デザイン
 研究方法はアンケートによる調査であり、その内容は3つに大別される。
 A) 患者用:一般的健康像(移動、活動、不安など)、健康温度(具体的な健康の目安)、望ましい健康状態との交換
 B) 医師用:患者の臨床情報、合併症の状況、治療状況
 C) 医事用(入院・外来のレセプト):診察、薬剤、治療検査関連、食事や他の診療報酬、などが含まれている。
 これらの項目について、各医療施設で調査を行った。各院長から患者に調査協力の主旨説明を行い、患者から同意を取った後、アンケート調査表に記入してもらった。
 今回の解析対象は、多施設病院・医院に受診している2型糖尿病患者398名であった。その内訳は男性204名、女性194名。平均年齢は63.4歳、60歳未満は30%、60歳以上は70%であり、平均治療年数は10.0年であった。
 本稿では、これらの中から日常診療に有用と考えられる情報について記す。

II. 合併症の読み方・考え方
 今回の調査で合併症がみられた割合は、
網膜症    38.6% 
神経障害   47.8% 
腎症     37.2% 
脳血管障害  8.7%
虚血性心疾患 11.3%
ASO     3.6%、であった。
 糖尿病の疫学統計は、報告によって差異がみられる。調査の方法が異なり、対象者は様々な合併症を有する不均一な患者群であるからだ。細小血管障害に比して、大血管障害を有する割合には、諸家の調査結果の差が大きくなる。
 その一因は診断基準の設定である。たとえば、脳血管障害では明らかな脳卒中の病歴や片麻痺があるなど明らかな場合だけでなく、MRIで小さな脳梗塞像が見られた場合にも含めると判断すると、高率となる。虚血性心疾患では心血管用薬剤を投与していれば判断は簡単だが、心電図で軽微なST変化の有無の判断は難しい。ASOではAPI(ankle pressure index)の基準の設定で結果が大きく異なってくる。近年の諸外国の報告をみると、検査技術の発達などにより、軽症が拾い上げられ、合併症頻度はより高くなる傾向がある。読者は、単に
数字を鵜呑みをするのではなく、その背景をも考慮したいものである。

III. 健康温度とは
 健康状態を表す場合,身体の調子がどれほど良いのか悪いのかを表現するのは難しい。そこで,生活感を評価できる手助けとして,温度計に似た目盛りを設定した。
 患者が具体的に想像できる最良の状態を100度,最悪の状態を0度とした.最悪の状態とは死亡,あるいは患者によっては意識不明とか激しい痛みで寝たきりなどを意味する.患者がアンケートに答えた当日の健康状態について,0度から100度までの尺度で回答してもらい集計した.
 健康温度の結果を図1に示した.60-100度と回答した人は71.1%を占め,その中で80-89度は24.7%であった.80台をピラミッドの山とした分布で,やや50台が多かった.50~60台の評価は微妙かもしれない.0-59度は28.9%であり,約3割の対象者が健康観に満足していない状況が示唆された.

IV. 合併症で健康温度が変わる
 患者が感じる健康温度の結果は,合併症の有無によって大きく変わると考えられる.そこで,合併症別に健康温度の解析を試みた。中央値の平均値が解析上有用と思われるのでメディアン値を用いた。
 健康温度が最も高かったのは、合併症なしのグループで中央値は79.5であった.網膜症,神経障害,腎症は約10度低く,脳血管障害,虚血性心疾患,ASOは約20度低かった.後者の3疾患で20度も低値だったのは,日常生活が多少とも制限されたり,合併症が増悪するエピソードの可能性などを考え,精神神経的に不安な気持などが影響しているものと思われた.

V. 時間は金に相当する
 患者が医療行為を受けるには、様々な経費が必要となるが、必要な時間に特定の場所に行かねばならない。すなわち、通常の生活に影響が出てくる。これらはまとめて、疾病費用(cost of illness)と呼ばれ、直接費用と間接費用の2つに大別できる。
 直接費用とは、疾病の医療に対して通常直接的に支払っている診療費、検査代、薬剤費などのこと。医療機関に通院するため、往復に必要な交通費なども含まれる。外来・入院を含め、患者にとって診療のために行動の変更を余儀なくされ、お金を支払わねばならないものと認識してよい。
 他方、間接費用とは、お金を支払うものではない。疾病によって通院、診察、移動など、貴重な時間を割いている。もし疾病がなければこの時間は必要なく、仕事やほかの業務も行えたはずである。このように、間接費用とは、「疾病による時間損失」を意味しているのである。外来診察のためには、サラリーマンは仕事ができず、主婦も家事ができない。家族が患者を介護している時間には、他の業務ができなくなり、影響が及ぼされる。入院の場合には、さらに多くの制約を受ける。
 時間損失の中で、比較的評価が容易である通院時間と病院での滞在時間に関する回答の結果を図2と図3に示す。通院時間は1.5時間までが76.9%を占めているが、それより時間がかかる人が2割以上もあった。病院や医院の滞在時間は、1.5時間までの滞在が55.3%と半数であった。診察や薬剤の受け取りまでの時間も含まれていると思われるが、5時間以上が5.9%見られたのは、今後改善の余地があると思われる。

VI. 一般的健康像
 各患者が感じている健康の指標として、
 1)移動の程度
 2)身の回りの管理
 3)普段の活動
 4)痛み・不快感
 5)不安・ふさぎ込み
の5項目について、1. 問題なし、2. 少し問題あり、3. 不可能または重度、4. 無回答と4段階で回答してもらった。これらの解析結果を表1に示した。
 問題がみられた頻度は、1)移動:29.8%、2)身の回りの管理:8.1%、3)普段の活動:26.9%であった。ただ、個々の主観や判断の影響が否定できないため、後述する健康温度との相関を検討することで、評価が可能と思われる。4)痛み・不快感は34.4%にあり、早期から発症する神経障害の影響が考えられる。5)不安・ふさぎこみは20.5%にみられ、糖尿病の精神心理的なアプローチの重要性が示唆される。

VII. 一般的健康像と健康温度
 一般的健康像と健康温度について多変量解析を行った結果を表2に示した。健康温度を有意に低下させていたのは、痛み・不快感、不安・ふさぎ込み、身の回りの管理であり、この順に影響が強かった。
 なお、上記の関連を合併症別に検討してみた。網膜症患者では視力障害のために、日常の不快感(p0.0004)や身の回りの管理(p=0.007)に支障がでていることが示唆された。同様に、神経障害では、痛み・不快感に強い相関(p=0.003)がみられた。虚血性心疾患を有する患者では、不安・ふさぎ込み(p=0.01)が有意に影響しており、精神神経的なファクターの影響が示唆された。

おわりに
 本稿では、糖尿病患者の生活の質に関する調査から、健康温度、一般的健康像、通院・滞在時間などについて述べた。統計学的な生活の質のエビデンスの積み重ねが、今後の本邦の医療により良い改善をもたらすことを期待したい。

図表について
 図1 健康温度の分布
 図2 1回あたりの通院時間
 図3 病院での滞在時間
 表1 一般的健康像の割合
 表2 一般的健康像と健康温度との関係

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