◆ 353・心理学における音楽療法ー2

音楽療法の実践
a) 高齢者のセッション
 本邦では高齢者施設が増加し、音楽療法のニーズが高く、健康~痴呆を含む高齢者に対する場面が多い。
単に音楽だけではなく、

・聴覚:虫の音、動物の鳴き声、鐘の音
・視覚:景色、草花、絵や写真、テレビ
・嗅覚:花の香り、果物、食物の香り
・味覚:旬の食物、たけのこ、桜餅、秋刀魚
・触覚:季節の花や物に触れる、どんぐり

のように、五感に訴える内容を盛り込む。音楽セッションの一般的な概要を示す。

1)挨拶:参加者の今日の調子を把握し、
  時期の話題や誕生日祝いにも触れる。   5分
2)ウォーミングアップ:よく知られている  
  曲、季節の歌、軽い体操        10分
3)その日の主な活動:歌唱、演奏、ストレッ
  チ、足踏み、手足の運動など。     25分
4)まとめ:挨拶と再会の約束をする。   5分

 この流れをイメージし臨機応変に行う。
内容がバラエティに富むセッション例を、●表9に示した。たとえば、言葉と音楽というツールを用いて、相互に楽しくコミュニケーションするのを目指す3)。毎日の生活で、食事・運動・睡眠に音楽を上手に活用するように指導してもよい6)。

●表9 高齢者セッションの1例5)

1 あいさつ      見当識訓練
2 軽い体操      身体をほぐす
3 呼吸・発声     肺機能・腹筋の強化
4 導入の歌      リラックス、スキンシップ
5 季節の歌      季節感を感じる
6 なじみの歌     長期記憶の刺激、回想
7 ゲーム       脳の賦活化、短期記憶の訓練
8 リズム練習     ベルの導入
9 ベル合奏      集中力、社会性の強化、

b) 障害児に対するセッション
 通常、個人セッションが多い。障害児は年齢、障害の程度、性格、知的発達度、音楽歴、好みの音楽、生活年齢など、大きな差異がある。ダウン症のケースが比較的効果がある。会話は少なくても、性格が明るく活発な傾向があるからだ。歌や楽器と一緒に遊んだり楽しむという雰囲気作りを、母親とセラピストが密接に相談し、作り上げていく。
 自閉症は、何か一つのことにこだわると、他のことには関心がなくなる。まず、こだわっている行為に対して一緒に行動することから始める。うまく導入できれば、音楽や歌が好きになって集中することになる。
 発達遅滞や注意欠陥/多動性障害(Attention Deficit Hyperactivity Disorder, ADHD)の場合には、同じ歌を何度も歌い続けたり、逆にすぐに飽きてしまったりする。自発的な行動を重視し、それに合わせ、易しい課題から難しいものに段階的に進み、セラピストとの相互作用を考慮する、などに留意し、各児童に応じて対処していく。

c) 心身症
 心身症は「身体疾患の中で、その発症や経過に心理・社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態」である。ただし、神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外される。
 心身症にはいろいろな疾病や症状が含まれ、代表的なものとして、
頭痛、めまい、失神(低血圧症)、動悸(パニック障害)、胸痛(狭心症、心筋梗塞)、呼吸困難(過換気症候群)、食行動異常(摂食障害)、下痢・便秘(過敏性腸症候群)、痛み(慢性疼痛)、睡眠障害(不眠症)、不定愁訴(自律神経失調症)などが含まれる。
 音楽の精神・身体効果には、鎮静、睡眠、緊張緩和、抗うつ効果、放心効果、志気高揚、怒りの発散、不安の解消、心の慰安、平安、鎮痛効果があるとされる。これが心身医学領域での音楽療法の目的と一致しているので、心身症は音楽療法の良い適応となる。
 心療内科を受診する患者自身が、治したいという意欲があり、手間がかからず気軽で簡便な方法を希望することが多い。このようなニーズがあり、音楽で病気を癒そうという治療形態が、案外歓迎されている7)

d) うつ病・神経症状態
 歴史をたどれば、15世紀に神学者・哲学者・医師のフィシンスが、16世紀に医学者のバートンも著書(Anatomy of Melancholy)の中で、「抑うつ状態に音楽が有用」と述べている。18世紀には、映画「カストラート」の主人公で知られるファリネリが毎晩歌うことで、当時の国王フェリペ5世のうつ状態を癒した有名な逸話がある8)。
 うつ病の急性期は薬物療法の効果が最も期待されるが、患者が音をうるさく感じる時期なので、通常音楽療法は行わない。一方、抗うつ薬が十分に効かない症例の慢性期には、良い適応例となる。
 神経症は、通常音楽療法が可能である。ただし、意識が普段から変化するヒステリー(解離状態)には適応しないほうがよい。
 両者の適応を●表10に示した。イライラする場合にはデジタル音楽が、不安な場合にはアナログとデジタルの中間で楽しい踊り系の音楽がよいという7)。ただし、画一的なものより患者が好む曲を選択するほうがよい。
 不安神経症などに対して、ドイツの音楽療法学者シュヴァーベが考案した調整的音楽療法(Regulative Music Therapy, RMT)がある。彼は自律訓練法やヨガ、禅などを参考に、リラックスやあるがままの感覚を重要視した。
 さらに、病的に狭くなった音楽の好みを、介入によって再び広げる「嗜好拡大法」7)がある。患者の「あることを許せない」という拒否の感情を、音楽の素晴らしさに触れて軽減させるものである。

●表10 音楽療法の適応 8)

   うつ病圏     神経症圏

1) うつ病の慢性期   1) 不安神経症
2) うつ病の中間期   2) 恐怖症
3) うつ病ではない   3) 転換型ヒステリー
  軽度のうつ状態   4) 心気神経症
             5) 強迫神経症
             6) 離人神経症

e) 世界の五大音楽療法
 様々な音楽療法の中で、評価が高いものがある。音楽療法の世界大会(1999)で報告されたのが、20世紀における世界の五大音楽療法であり9)、下記に示す。
1) ISO理論による音楽療法(ベネンソン)
2) 精神分析的音楽療法(プリーストリー)
3) 行動療法的音楽療法(マドセン、他)
4)人間主義的音楽療法(ノードフ,ロビンズ)10)
5) Guided Imagery and Music(ボニー)11)
 各項目ともに意義深いものであり、その詳細を●表11に示したので参考にされたい。

●表11 世界の五大音楽療法  

1)「ISO理論による音楽療法」(ベネンソン)人は前意識の内に独自の「音アイデンティティ」が蓄積され ている。そのISOの中で通じ合える段階を探り、音楽を介して働きかけるのである。
・ユニバーサルISO:長い歴史の人類が経験した音の記憶の蓄積で、受胎レベルで両親から受け継ぐもの。
・ゲシュタルトISO:胎児レベルで入力される音により培われる音アイデンティテイ。胎児自身が発する音、
 母親の体内の音、父親由来の音、社会の音など。
・文化的ISO:出生後に獲得する音の体験から形成。
・補助的ISO:時と場合、状況によって出現するもの。
・グループISO:家族や友人、仲間などの中で形成。なお、ISOとはiso-principle(同質の原理)の意味。

2)精神分析的音楽療法(メリー・プリーストリー)
・自他の感情を受容できるという音楽の性質により、患者の感情表出を促し、言語での内面と意識化とは異な る特有のコミュニケーション的価値を生む。
・クライアントとセラピストとの間に自由な音楽的交流の場が成立し相互に自分を表現。両者間の音楽的対話
 により、クライアントは自分の受容を実感し、セラピストと美しい音楽を作っていることを体験
・音楽が有する相互を結びつける作用は、人間同士の関係で向き合う個人療法で絶大な威力を発揮する

3)「行動療法的音楽療法」(マドセン、他)行動療法を音楽療法に応用し、音楽が持つ賞(褒美)を巧妙に セッションに取り入れ、行動変容を促す
・児童の音楽療法で重要な地位を確立。
・発達のプロセスには学習が深く関わり、覚える行為に含まれる賞と罰の効果が、人間の成長に必要。
・本療法の考え方に、不足していた心の問題を導入することで、人間主義的音楽療法が生まれた。

4)「人間主義的音楽療法」(ノードフ&ロビンズ)10)行動主義を批判する流れの中から生まれてきた人間
 主義心理学に基づいた音楽療法
・正しい音楽が子供に気づかれるように上手に使われると、障害を有する彼らの制限は音楽により解放され、 知性と感情の機能不全から自由な体験へと運ぶ
・障害児1名に音楽療法士2名が「即興」による音楽療法で関わる。1人はピアニスト、他方はクライアント の音楽活動を援助する指導員の役割を務める
・音楽自体が最も重要な意味を有する。両者間に豊かな芸術性が生まれ、子供の心が十分に魅了される。
5)「Guided Imagery and Music 」(へレン・ボニー)イメージ誘導法で、通常GIMと呼ぶ。変性意識状態 が作りだされた状況で、音楽聴取し表出したイメージを用いて治療する。
・思慮深く選曲された音楽の力により、心の奥底に存在する内面の優しさや調和、美への願望が表出し、全人
 的なバランス感覚が感じられる。このプロセスにより、自ら問題を領域を認識し探ることも可能となる。
・GIMで体験される明晰夢は、初体験者には驚異の経験となる。不思議で意味深い体験であり、深いリラック
 ス感と幸福感を味わうことが多い。(ヘレン・ボニー+ルイスサヴァリー)11)

おわりに
 音楽療法の方向性についてみると、20世紀半ばまでは心理療法的、1980年代からは行動科学的、行動療法的になっている。
 近年では「脳波」や「1/fゆらぎ」「エンドルフィン」などの視点で、Evidence-based Medicine(EBM)の立場から、音楽療法の研究が進められている。本来、人は誰もが異なっており、音楽療法の内容も同一では無理がある。将来は、Narrative-based medicine(NBM)の立場から実践されていくだろう。
 また、補完代替療法、心理療法を含む音楽心理学的な研究や12)、音楽に対する脳機能の研究13)などの発展も期待される。
 これらの研究成果によって、音楽のパワーがさらに増幅され14)、私達の心と身体を癒し、人生が豊かになるように期待したい。

文献・資料
1) 日本音楽療法学会 http://www.jmta.jp/
2) 天保英明. 「ストレス・コーピングにおける音楽の効果」『音楽と癒し』現代のエスプリNo.424、至文堂、102-114, 2002年
3) 呉竹英一、呉竹仁史、呉竹弘子『音楽療法Q & A』ドレミ楽譜出版、2003年
4) 品川嘉也. ストレス社会の音楽療法. 心豊かな生活を演出する音楽活用法. 日本医科大学看護雑誌10: 34-37, 1991年
5) 篠田知璋、高橋多喜子『高齢者のための実践音楽療法』中央法規、2000年
6) H.Bando. Music therapy and Internal Medicine.Asian J Med 44(1):30-35, 2001
7) 村井靖児『音楽療法を語る』聖徳大学出版会、2004年
8) 村林信行「神経症・うつ状態」『標準 音楽療法入門 下 実践編』春秋社, 204-214, 1998年
9) 村井靖児「世界の音楽療法の動き」~『音楽と癒し』現代のエスプリNo.424、至文堂、57-69、2002年
10) ブルーシア著、林庸ニ監訳「創造的音楽療法ノードフ/ロビンズモデル」『即興音楽療法の諸理論』人間と歴史社, 29-96, 1999年
11) ヘレン・ボニー、ルイスサヴァリー著、村井靖児、村井満江訳『音楽と無意識の世界~新しい音楽の聴き方としてのGIM』音楽之友社、1997年
12) 谷口高士「音楽心理学」『第4回日本音楽療法学会学術大会講習会資料集』42-46, 2004年
13) 福井 一「最新の脳科学研究から見た音楽と脳」『the ミュージックセラピー』vol5: 28-34, 2004年
14) 日野原重明、湯川れい子『音楽力』海竜社、2004年

図1 パワースペクトル分析による「ゆらぎ」 略
図2 感情の三角形と音楽の曲目4)     略

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM