◆ 352・心理学における音楽療法ー1
1。音楽療法とは
近年、音楽療法(music therapy, MT)が注目されている。音楽療法とは、文字通り、疾患を有する患者の治療に音楽を用いることだ。しかし、音楽が様々な機会に汎用されてきたことで広く解釈され、医療や福祉、教育、芸術などの領域で幅広く活用されている。
医療では心療内科、手術室、歯科など、福祉では高齢者や知的障害者施設などで、必要不可欠なものとなった。広義の音楽療法に含まれる音楽健康法として、健常者や職場環境においても利用されている。
前項の芸術療法の一つであり、補完代替医療の一法でもある。精神科や心療内科における診療や治療、心理療法士のカウンセリングなどでも、重要な役割を担っている。
a) 音楽療法の分類と役割
音楽療法は個人とグループに大別され、音楽を聴く受動的な場合と、歌ったり演奏する能動的な場合とに分類される(●表1)。一般的な音楽健康法として、BGMは受動的な鑑賞療法で、カラオケは能動的な歌唱療法である。音楽を聴かせて心理分析を行うのは受動的な鑑賞療法で、グループで対象者が一緒に歌う活動は能動的な歌唱療法となる。
●表1 音楽療法の分類
1. 個人セッション
クライアント1人に対する活動
2.グループセッション
5-10人、20-30人程度などの場合がある
3. 受動的音楽療法
a. 刺激療法
b. 鑑賞療法
精神分析的心理療法、調整的音楽療法
4. 能動的音楽療法
a. 演奏によるもの
合奏療法 即興的音楽療法
b. 歌唱によるもの
歌唱療法 合唱療法
一般的な音楽療法の役割を●表2に示したが、この中で、項目4と5のように高齢者に対する効用が高く評価されてきている。
●表2 音楽療法の役割
1. 病院の雰囲気をよくする
2. 音楽で鎮痛効果を期待する
手術、検査、多時間点滴治療など
3. 睡眠を誘導する
音楽はゆっくりで、音量は小さく
柔らかな音色で、旋律はなだらか
ほぼ規則正しいリズムが推奨される
4. 活性化のための音楽
呼吸および循環機能を高める
呼吸促進→新陳代謝を上昇
運動障害→リハビリテーションを施行
脳性麻痺→グループで歌とリズムの練習
5. 高齢者に対するセッション
病人の孤立化傾向の防止に効果
コミュニケーションの改善
b) 音楽療法の定義と目的
音楽療法にはいろいろな定義がある。平易なものには「音楽をうまく使って毎日の生活を充実させ、人生を豊かにしていく方法」がある。標準的な定義として、日本音楽療法学会は「音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」としている1)。
なお、音楽療法の医学的・社会的目的を表●3、●4にまとめた。
●表3 音楽療法の医学的目的
1)ストレス・ケア
2)ホメオスターシスの回復
3)自然治癒力の促進
4)治癒
5)陣痛緩和
6)緊張緩和
7)免疫・防御力の増強
8)教育効果の援助
9)情緒・精神の安定
10)QOLの向上
11)治療関係の改善と促進
12)治療環境の提供その他
(呉竹03)(河野友信、音楽療法の理解)
●表4 音楽療法の社会的目的1)
1)良き音楽療法士として必要な基本的知識と基本的技能を修得し、将来、音楽療法士、音楽療法研究者、
教育者などの音楽療法関連領域に発展する素養を身につける。
2)自らの問題を的確に捉え、音楽療法分野のみならず、自然科学的、社会科学的、心理学的方法を統合し、
適切に解決する能力を修得する。
3)知識、技能、態度を自ら評価し、生涯を通じて自学自習を続け、それらを向上させる態度、習慣を身に
つける。
c) 音楽療法を担う職種米国や欧米など音楽療法の先進国では、専門的職種の音楽療法士が長年活躍してきているが、日本ではこれらの制度が遅れている。現在、本邦で関連している職種は
・音楽療法士(music therapist, MT)
・理学療法士(Physical therapist, PT)
・言語療法士(Speech therapist, SP)
・作業療法士(Occupational therapist, OT)
・臨床心理士(Clinical Psychologist, CP)
などであり、TPOに応じて音楽を用いた治療やセッションが行われている。本領域はオーバーラップしているが、音楽を適切に有効に用いることで治療効果が期待される。
d) 音楽療法の対象者と適応
対象者は乳幼児期から高齢期まで広範囲におよぶ。健常者にはレクレーション的内容が、疾病を有する人には狭義の音楽療法が行われる。
音楽療法の対象者を大きく分類すると、
1)健常者
2)高齢者(認知症、脳血管障害、ほか)
3)精神的・心理的疾患を有する者
4)福祉領域(知的障害の小児、成人)
5)教育領域(療法的音楽活動)
となる。
音楽療法の適応を●表5に示した。現場では、対象者が音楽を聴取し演奏し歌唱する。実際には、歌う活動が最も多い。歌う効用は、
1)いらいらの感情を抑える
2)自発性を向上させる
3)心理的に強力な開放をもたらす
4)大きくゆったりした呼吸になる
5)適切な姿勢が保持される
6)全身的な運動となる
であり、歌唱は心にも身体にも有効に働く。
●表5 音楽療法の適応
1.疾患の補助的治療
心身症および関連疾患
本態性高血圧,気管支喘息,慢性胃炎,
消化性潰瘍,過敏性腸症候群,狭心症,
陳旧性心筋梗塞,偏頭痛,緊張性頭痛,
慢性関節リウマチ,神経性食欲不振症,
神経性過食症など
神経症,うつ状態,不眠症
更年期障害
精神分裂病
ストレス関連性障害,疼痛,不定愁訴
不安・緊張により悪化する身体疾患
2.疾患のケアおよびリハビリテーション
児童期:不登校,自閉症,精神遅滞,
視覚障害,聴覚障害,多動性障害など
老年期:老年期痴呆など
リハビリテーション:麻痺の改善,
肺手術後の呼吸練習
ターミナル・ケア
3.予防医学
心身のリラックス
感情のコントロール
緊張・憂うつ・怒りなど
特殊な状況での不安の軽減
手術室,歯科治療,透析など
2。音楽療法の特徴
a) 自然界や音楽の「ゆらぎ」
音楽を聴いて、心が和んだり癒されたりする理由の一つに「ゆらぎ」がある。揺らぎとは、ほぼ一定で規則的なリズムの中に、多少不規則性が含まれるものをいう。
自分の脈をとってみるとわかる。ほぼ規則的なリズムだが、息を吸えばやや速くなり息を吐けばやや遅くなるはずだ。吸気で心臓への血液還流が増えるので、通常より早く心臓が血液を押し出すためである。
このような揺らぎは、波や風、川のせせらぎ、虫の声など自然界の森羅万象にあるとさえる。揺らぎに含まれる波動をf(frequency,周波数)で表して専門的に解析すると、様々な現象が1/f0、1/f1、1/f2と数式で表される(図1)。1/f0は不規則なカオスの世界で、番組がないチャンネルのテレビ画面、ロック音楽で予想できない旋律や和音の進行などが相当し、疲れを感じる場合も多い。
1/f2は全く規則的な世界であり、時計の秒針の動きや、メトロノームの音が該当する。単調で変化がないので眠たくなるだろう。
1/f1はその中間で、波が打ち寄せるリズム、脈拍、クラシック音楽、特にモーツァルトの楽曲、などが相当し、ほぼ規則的で予想される展開だが若干の変化や展開がある。適度な安心と若干の緊張感を感じることで、心が癒され、安らかに感じるのだ。
b) リラックスでα波が出現
以前から「癒しを感じると脳波にα波が多くなる」などと言われている。α波とは、8~13ヘルツの脳波で、リラックスした際に現れやすい。クラシック音楽や好きな音楽などを聴けば、出やすい傾向がみられる。
脳波の概略を下記に示す。
δ波 ~4Hz 熟睡した深い眠り
θ波 4~7Hz 浅い眠り、うたた寝
α波 8~13Hz 心身ともに安らいでいる
β波 14~30Hz 日常生活で通常の脳波
γ波 31Hz~ 興奮や激怒の際の脳波
α波の中で、α1波は心身が非常にリラックスしていて心が安らぎ、α2波は心身ともにリラックスし集中力が非常に高まっているときに現れやすい。また、楽しい物事に集中したり、癒しや安らぎを感じる際に、頭部の前部(frontal)で中央(midline)に「fmθ波」が出現すると、最近報告されている。
c) 同質の音楽
米国の精神科医アルトシューラーは、精神病院で食卓音楽の実践を通じて、彼らのテンポと気分とを合わす必要性を認識した。そこで、1952年に発表したのが「同質の原理」である。同質の音楽や同調する音楽が人に対して効果を発揮しやすく、音楽心理学一般に通じる大原則と言える。
音楽が持つ気分とテンポの性質は、人の感情における気分とテンポに相応する。人は憂鬱なときは静かな音楽を、陽気なときは快活な音楽を求めるものだ。たとえば、ふさぎ込んでいる人にリズミカルな楽しい雰囲気の曲を聞かせても、拒否するだろう。その音楽が自分の心と比べて異質過ぎるからである。
イライラする気分に同質の音楽は、音量が大きく激しくテンポが速い音楽。心の傷を癒す音楽は、音量が小さくテンポが遅く、旋律の動きが小さく不協和音が少なく、リズムや拍が強烈でないものと推測される。
d) 人に対する音楽の影響
音楽は人にどのように影響するのだろうか?人間の身体に対して、
1)代謝の亢進
2)筋力の増加または減少
3)呼吸数の変化
4)循環血液量、血圧、脈圧の変化
などの影響があるとされる2)。そして、人の心に対しては、
1)心ひかれ、その気分を持続させる
2)いろいろな気分、感情を沸き出させる
3)イメージを呼び起こし感情を刺激する
4)内的緊張を緩和する
5)自己表現を促進させる
などの作用があるという2)。音楽が人に働きかける機能を、●表6にまとめた。
●表6 音楽が有する機能
1)生理的機能
感覚ニューロンを介して大脳皮質の感情中枢に影響
自律神経に対して賦活的あるいは抑制的に働く
大脳皮質の運動中枢に賦活的あるいは抑制的に働く
長期記憶に対して、さまざまな出来事と結びつく
大脳皮質における認知的なプロセスを刺激する
2)心理的機能
知的過程を介さず、直接情動に働きかける
自己愛的な満足が得られる傾向がある
人における美的感覚を呼び起こさせる
情動に対して直接的な発散を引き起こす
身体的な動きや運動を誘発させる
ホメオスタシスなど法則の上に存在する
3)社会的機能
一種のコミュニケーションの働きを有する
多様性が存在し、適応可能な条件が広い
統合的な精神機能が必要で活性化される
集団的活動で、社会性が形成される
e) 音楽の種類
音楽は国や文化、生活、嗜好により多種多様で、千差万別である。音楽療法ではどのような音楽を使えばよいのだろうか?
重要な大原則がある。音楽療法では音楽が対象者に受容されて効果を発揮するので、受け入れられることが第一条件となる。従って、ある特定の曲がすべての人に作用するのではない。各人に好みの曲やなじみの曲があり、その効果は人によって異なるものだ。
以上を鑑みて、個人・グループセッションで、広く知られる季節の歌や唱歌、演歌、流行歌、各人のなじみの曲や好みの曲などを、うまくとりまぜて用いるとよい。
曲を使う順番について、以前から標準的な方法がある。「同質の音楽から導入して次第に曲を変え、異質の曲に持っていく」のだ。歌いやすい曲から始めて徐々に快活な歌へ移行させる。元気がない人には、まず静かな曲を使い、徐々に雰囲気を盛り上げて快活な曲で終われば、気分もよくなるだろう。
最近は、同質と異質の曲を交互に使う方法もある。聴く、歌う、動作を考慮して、曲順を決定。いかに「異質への転導」を行うかが課題となる。本法はコンサートでも用いられ、遅速、強弱、長調と短調など
コントラストを明瞭にし、音色、リズム、メロディー、ハーモニーを際立たせる。ポイントは本要素のメリハリ(滅り張り)。邦楽で弦楽器の音程を下げるため弦の張力を「滅る」、上げるために「張る」のが、その由来という。
f) 音楽療法に用いる推奨曲
日本に音楽療法が紹介された当初は「ポドルスキーによる音楽処方」が知られ、その中から一部を抜粋して●表7に記した。経験豊かな音楽療法の実践者による推奨曲を●表8に示した。ただし、これらはあくまでも参考であり、音楽歴を聴取し各人に応じた曲を選択するのが重要なのである。
音楽の活用法として、感情の三角形に音楽の曲目を配した図がある4)(図2)。ある感情で音楽を聴いて心が同調し、三角形の頂点に向かうように回復するために、曲目リストが配置されている。
●表7 ポドルスキーによる音楽処方(抜粋)
1) 不安神経症
ガーシュウィン『キューバ序曲』
ビゼー『子どもの遊び』
2) うつ状態
リスト『ハンガリー狂詩曲』
ロッシーニ『ウィリアム・テル』序曲
シべリウス『フィンランディア』
J.シュトラウス『古きウィーンの音楽』
3) 神経衰弱状態
バッハ『コーヒー・カンタータ』
ショパン『ノクターン』
ファリヤ『スペインの庭の夜』
へンデル『水上の音楽』
4) 心身症(高血圧)
ボロディン『弦楽四重奏曲第2番ニ長調』
ドビュッシー『ピアノのために』
5) 心身症(胃腸障害)
ベートーベン『ピアノ・ソナタ第7番』
モーツァルト『ピアノ・ソナタ イ短調』
●表8 しばしば繁用される曲目3)
◇リラックスできるクラシックの推奨曲
1)主よ、人の望みの喜びよ:バッハ
2)カノン:パッフェルベル
3)レクイエム:モーツァルト
4)四季より「冬」:ヴィヴァルディ
5)涙のパバーヌ:エイク
6)ジムノペディ:サティ
7)悲愴第2楽章:ベートーヴェン
8)ラルゴ:ヘンデル
9)白鳥:サン=サーンス
10)ロンド:パーセル
◇高齢者のために懐かしい歌謡曲
1)青い山脈
2)リンゴの歌
3)桜井の決別
4)籠の鳥
5)天国に結ぶ恋
6)長崎の鐘
7)異国の丘
8)戦友
9)憧れのハワイ航路
10)船頭小唄
◇誰もが歌いたくなる童謡・唱歌
1)故郷(ふるさと)
2)もみじ
3)あの子はたあれ
4)たきび
5)春の小川
6)茶摘み
7)月の沙漠
8)赤とんぼ
9)七つの子
10)みかんの花咲く丘
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