◆ 348・脳卒中患者の早期、リハビリ期の音楽療法

                                            板東浩、吉岡稔人

 脳卒中をきたした患者では、様々な程度の片麻痺や言語障害などが生じる。本稿では、脳血管障害(cerebral vascular accident, CVA)の際にみられる失語や失音楽症、ならびに関連する音楽療法の活用について触れたい。

 1)失語
 CVAの患者を診断する手順としてMATRIX(-ICS) GRAPEが有用である(表1)。この中で3つのA Aphasia, Apraxia, Agnosiaが失語・失行・失認だ。その概要を表2に、失語を表3に示した。言語障害には感覚失語(Wernicke失語)と運動失語(Broca失語)があり、言語の優位半球と劣位半球の違いで症状の差異がみられる。
 しかし、実際の患者では、画像診断とその症状と画像診断とが必ずしも一致しない。男性よりも女性では、脳梁が太く左右の脳における連絡がより綿密である。従って、同様のMRI像であっても、男性に比べて女性では言語障害になりにくく、失語の回復もより早期の傾向があるとされる。
 なお、失語・失行・失認の分類と人間行動の分類との対応について表4に示した。この中で、聴覚的語音失認がほぼ失音楽症に相当すると考えてよい。

表1 CVAの診断手順 MATRIX GRAPE

M: Movement 基本的運動機能
A: Atrophy 筋萎縮
T: Tone 筋緊張
R: Reflex 腱反射, 病的反射
I: Involntary movement 不随意運動
C: Coordination 運動の協調性, 失調
S: sensation 感覚
G: Gait & ADL 歩行と日常生活動作
R: ROM & joint 関節可動域, 関節変形
A: 3 A-s(Aphasia, Apraxia, Agnosia)失語・失行・失認
P: Posture 姿勢
E: Excretory 排尿・便

表2 失語・失行・失認

失語:話し, 聞き, 読み, 書き
   自発話、呼称、復唱
失行:観念失行や構成失行
   道具使用X、図形描写X
失認:視覚, 相貌, 半側空間無視

表3 失語(言語の障害)

聴く:意味・文・談話の理解
話す:発音、単語出ない、繰り返し
読む:仮名と漢字、音の誤り
書く:偏や旁の誤り、音が似た語

表4 失語・失行・失認と人間行動の対応

  人間行動の    非言語行動の  言語行動の
   3分類     障害の分類   障害の分類

1 運動行動     運動失行    発語失行
  motor behavior motor apraxia verbal apraxia

2 知覚運動行動   失行=失認   失語
  perceptual    apractognosia aphasia
  motor behavior  

3 知覚       失認      聴覚的語音失認
  perception    agnosia    auditory verbal
                   agnosia

 2)失音楽症
 音楽の能力は個人差が大きく、特にCVAを発症した際の評価は臨床の場で難しい。失音楽症と失語症とはほぼ合併しており、失音楽症の7割に失語を伴うとされる1)。
 失音楽症についても運動性と感覚性があり、さらに情動的な関わりがみられる。運動・表現、受容、情動という3つの角度から、表5~7にまとめた。

表5 失音楽症(受容能力)
 
受容性: メロディ弁別不能
感覚性: 詳細な弁別不能
健忘性: 曲名?, 旋律や主題?
楽譜失読症: 音符の理解不能

表6 失音楽症(運動・表現)
 
口頭表現性: 歌唱, 口笛
楽器性:   演奏できない
楽譜失書症: 視聴覚の障害
リズム弁別: 再生: 韻律や拍子

表7 失音楽症(情動反応)
 
音楽が騒音に聞こえる
協和音が不協和音に感じる
人の声が高声に聞こえる
音楽聴取で気分が悪くなる

 3)音楽機能のメカニズム
 脳内でのメカニズムは十分解明されていないが、左よりも右半球の障害の場合に、運動・表現性の失音楽症の発症が多い。たとえば、CVAを発症した音楽家が歌唱は大丈夫だが演奏のみ不可能になったり、鍵盤楽器奏者が言語能力は不変でも演奏能力のみが低下するなどの例がある。
 音楽の3要素としてメロディー、リズム、ハーモニーが知られる。さらに音色、強弱、遅速を加え6要素とすると、音楽療法の領域では様々な研究や調査で有用である。CVA発症で失音楽症を伴うケースを評価し対応する場合には、この6要素に加えて、歌詞の内容、およびテンポの変化という2要素が重要となってくる。

 4)CVA早期のリハビリへの応用
 本邦の平均的な病院で、CVA患者のリハビリ初期には、枕元にCDプレーヤーをおいて、連続的ではなく断続的に音楽を聴かせるのが推奨される。聴覚を刺激することで、五感への刺激に補助的にプラスとなる。また、各人の食事、運動、睡眠に応じて、リズミカルな音楽を活用するとよい。
 失語・失音楽症に対する早期のリハビリとして、Melodic Intonation Therapy (MIT) 法がある。もともと、ブローカ失語患者でも馴染みの歌が歌えることを利用したものだ。プロソディ(prosody、韻律)の原則を用いて、句や文を一定のリズムや音楽パターンで、歌うように話させてリハビリを続ける。メロディー、リズム、強勢を調節しながら、意味的にも統語的にも完全な句や文を使って、行うことになる。
 たとえば表8のように導入して、唱歌「春の小川」では「春の○○○○、さらさら○○○」と、○の箇所を患者に歌わせる。MITは、対象の選択が重要である。失語が重篤だったり感覚失語のケースでは、効果は期待しがたい。MITで効果が望めるケースの条件を表9に示した。
 逆に、音楽セッション中に一切の言語を用いないセラピー法「FMT脳機能回復音楽療法(FMT:Funktionsinriktad MusikTerapi)」がある。日本とスウェーデン(瑞)の交流と国際理解を深める日瑞音楽留学基金に関わるもので2)、セラピストがピアノをクライエントが太鼓とシンバルを演奏する内容だ。対象は障害児の場合が多いが、シンバルや太鼓で自発的な活動を促すリハビリテーション的意味合いがある。本法の基本的に考え方は、多くの脳機能を使う言語によるコミュニケーションを避け、音楽と運動に脳機能を集中的に使うことだった。音楽療法の効果が認められつつあり3)、今後、脳の広い領域を刺激するリハビリの方向性と異なったトライアルが生まれる可能性がある。

表8 MITの方法
1) 手を叩きメロディをハミング
2) 手を叩き抑揚がある文を治療者と患者で斉唱する
3) これを繰り返す
4) 韻律の文を歌うように唱える

表9 MITが可能例

中等度の失語がある
Broca失語がある
聴覚的理解には障害なし
自己の発音の誤りがわかる
通常の発話で構音は正確
情緒的に安定している

参考文献
 1) 種村 純. 脳血管障害に伴う失語症と失音楽症. 第4回日本音楽療法学会学術大会(2004.9)講演会資料集, p15-20, 2004
 2) 芹沢一美. Funktionsinriktad Musik Terapi FMT脳機能回復音楽療法と脳機能. the ミュージックセラピー vol.5 (2004.12): 35, 2004
 3) Friedrich MJ. Institute probes music's therapeutic potential.JAMA 291(13):1554-5, 2004.

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