◆ 343・音楽療法の効果と評価(3)

板東 浩、松本晴子

はじめに
 本シリーズでは、音楽療法における評価の問題について記している。第1回目は、総説的な内容を紹介した。ただし、音楽療法に関わる評価の場合、通常の医学論文と同様ではない。近年、広まってきたEvidence- based Medicine(EBM)のように、明らかな数字やデータで伝えることが難しいからである。

 前回は、高齢者に対する音楽療法の施行前後に評価を行った経験を述べた。医療や福祉の現場では、音楽セッションを上手に活用することで、クライアントの生活に大きなプラスの効果がもたらされる。その影響について、セッション前後の変化を捉えることが可能な評価表を適用して検討し、QOLやADLの改善傾向が認められた。

 今回は、福祉施設の知的障害者と対象者をした調査研究を行った。高齢者と異なり各症例の状況に特殊性が認められるのが特徴であり、この領域における評価の報告は少ない。
 国際的にコンサートを継続しているスウェーデンの知的障害者による音楽バンドがある。彼らが来日した際に、徳島でもコンサートが開催された。その際に、彼らとこのたび研究を行った対象者が、ステージで共演する機会を得たのである。この企画の準備からコンサート後1~2週間後に至る時期まで、対象者におけるQOLやADLの変化を検討したので、若干の考察を含めて報告したい。

I.知的障害者の音楽バンド

 知的障害者のバイオリン音楽バンドが、スウェーデンにある。「ラムズバンド」という名称で、構成する団員は8歳から20歳の18名である。通常は、スウェーデンの福祉施設で共同生活をしており、定期的に世界を回って演奏旅行を続けてきている。
 団員の生活は毎日ほぼ規則的で、バイオリンの練習時間は1~2時間程度。1日のスケジュールには、食事、学業、バイオリン演奏、運動、入浴、睡眠など、すべてのファクターがうまく組み込まれているようだ。
 団員と音楽との関わりについて、スタッフからいろいろと伺った。その中から、興味が惹かれた点を下記に示す。
 1) 団員がもっと長時間練習を希望しても、一定時間内までにする。
 2) 週末に自宅に帰る場合にも、バイオリンを自宅に持参させない。
 3) 日常生活や音楽的習熟度に対する団員の評価については、長年、継続してきている。その内容については、narrativeな方法で観察し記録してきている。
 ラムズバンドは、世界各地の演奏会で、その驚くべき演奏で多くの人を感動させてている。ちょうど、来日して神戸でのコンサートの予定が決定された。それに合わせて、淡路島と徳島における彼らのコンサートが企画され、著者ら1)が世話役として関わることとなった。
 そこで、当コンサートでは、音楽療法の概説の時間を設けるとともに、徳島県内の福祉施設の入所者が彼らと共演できるような舞台となるように、準備を進めたのである2)。

II.知的障害者が共演するコンサート

 筆者らは従来、数名の認定音楽療法士と共に音楽療法活動を行ってきており、今回のプロジェクトを検討した。その結果、出演者の出身国は違っても、適切な曲を用いることによって、共通の音楽で歌唱したり、楽器演奏できると判断し、プログラムを作成した。
 ラムズバンドのコンサートで、その演奏スタイルを概説する。ステージ上に団員が二列に並び、バイオリンを一緒に弾く。その演奏は、合唱における斉唱のように単旋律が多い。すべて暗譜であり、楽譜は全くない。これは、世界的にバイオリン指導法で知られる「鈴木メソッド」に近いようだ。指揮を担当しているのは、女性の指導スタッフの一人。曲の最初および終了時に、わかりやすく指示していた。
 徳島の福祉施設からの20歳男性が、三味線の素晴らしい演奏で拍手喝采を浴び、和楽器でも文化的な交流がなされた。そして12名の対象者も外国からの友人と、一緒に楽器を演奏して、歌い、音楽空間を共有できた。
 ここまでは通常のコンサートである。しかし、今回は、音楽活動の前後において、対象者の生活上のQOLやADLに、どのような変化がみられたかを評価することとした。
 すなわち、コンサートの準備のために、1ヵ月前から、音楽療法士を含む数名が当施設を訪れる。そして、スタッフや入所者の家族とともに、歌唱や演奏を一緒に指導していく。その準備期間における対象者のQOLやADLを評価し、コンサート後にも同様の評価を行い、比較検討した。

III.コンサート前後の評価

 今回のプロジェクトの概要を、下記に示す。
 1)対象:徳島県内の知的障害者に対する福祉施設で、長期に入所している女性の対象者12名で、年齢は34~61歳である。
 2)方法:スウェーデンの知的障害者のバイオリンバンド(ラムズバンド)が徳島で演奏会を行った際に、対象者が共演する。
 そのコンサートに対して1カ月前からの準備期間に合唱や合奏などの練習を行う。その際に、対象者における生活状況・五感・言語・行動・意欲・会話などの変化を評価表を用いて検討した。
 演奏会が終わった後、1~2週間以内に、同じ評価表で検討し、前後の比較を行った。
 なお、評価の際には、対象者を指導する音楽療法士、常に対象者と親密な交流がありケアを担当しているスタッフが協議し、5段階で評価し記録した。演奏会後の評価の際にも、同じメンバーで再評価し、セッション前後で比較検討した。
 3)評価表:著者らが提唱してきている評価表を用い2)、その詳細は本シリーズの前号で示した。その中で評価する20項目について表1にまとめた。20項目は4つにカテゴリーに大別されており、1-8)はADL、9-13)は感覚、13-15)は行動、16-20)はQOLに関するものである。いずれの項目も5段階評価を行って記録した。

IV.音楽活動によってQOLが改善する

 1)対象者に見られた変化
 対象者12例において、音楽療法セッション活動の前後で20項目の評価を行った。その結果、多くの項目は不変で、悪化した項目は認められなかった。改善した項目については症例ごとに表2にまとめた。項目番号16~20に相当するQOLの領域に、改善項目が多い傾向がみられた。
 また、各対象者について、5段階のチェックだけではなく、音楽および日常生活に関わる変化について、スタッフや音楽療法士が観察し記述した例を表3に示した。音楽の存在によって、身体がリズムを感じ、自然に身体を揺するなどの改善~変化が認められた。
 2)変化をどう考えるか
 今回の研究について、対象者12例における改善項目の内容をみると、項目番号で16~20のQOLの改善を示す例が多かった。これは、短期間ではあるが、音楽療法セッションによって、対象者への好ましい効果の表れと考えられる。一方、悪化した項目はなく、音楽療法士と現場スタッフの協議でも、特に問題は認められなかった。
 また、改善した項目の数という視点から集計すると、不変0例、1項目2例、2項目4例、3項目2例、4項目以上4例となった。単に相加平均を計算してみると、1例あたり3項目となる。今回のプロジェクトで、対象者への適切な動機付けやセッションによって、これほどの前向きの変化がみられたことは意義深いと思われる。
 3)付随した変化および効果
 今回の共演コンサートは、1カ月後に外国から訪れる知的障害者のバイオリンバンドとの競演、という特別のシチュエーションである。
 その準備として約1ヶ月の期間、音楽療法士はスタッフや家族とともに、音楽セッションおよび指導を行った。その際に、単に歌ったり演奏したりする上に、舞台を想定した詳細にわたる対応を心がけた。
 今回のプロジェクトでは、下記の時間的経過に沿って、対象者を援助する人々についても詳細に観察していた。すなわち、1. 準備期間、2. 当日のコンサート、3. コンサート後の対象者とラムスバンド団員との交流会、4. その後2週間、という4点を含む。すると、思いがけない効果が得られたので、下記に示す。
 1) 社会的な活動の一つとして、対象者が舞台に出演したことが、本人自身にも大きな喜びと自信、前向きな気持ちを与えた。
 2) 対象者とスタッフとの絆が、コンサートに向かう準備期間と達成感で、さらに深まった。
 3) 障害者の親の立場から、今回の唱歌や演奏により、子供の能力を再発見・再認識するとともに、今後、機会があれば共に社会参加を試みる意欲が高まった。
 4) コンサート後数カ月たっても、対象者は共演コンサートのビデオを繰り返し見ているという。舞台上で自分が歌い演奏している姿を映像でみることにより、感動が再認識され、将来への活力を得ているのであろう。
 さらに、以前から関わっている音楽療法士の視点から感じることは、
 1) 多くの福祉施設があるが、そのトップの人の音楽療法に対する理解が、様々なプロジェクトの成功の可否に大きく関わっている。
 2) 私立の施設にはスタッフの移動は少ないが、公立の施設には、毎年若干のスタッフの移動がある。ケースバイケースであるが、熱意があるスタッフの移動は、大きな影響がある。
 3) 音楽が大きな比重を占める教育・福祉活動は、毎日の継続が重要であることが、様々な事例から実感される。
 4) このような福祉施設では、通常、疾病の重症度に応じて、クラス分けがなされている。グループおよび個人に対する対応は、成書に記載されて実際には大きな開きがある。
 5) スタッフと親が協力すれば、大きなパワーが生まれる。さらに、音楽療法士が相談しながらうまく関われば、大きな効果が得られる。

V.評価表の利点と弱点

 最近になって、音楽療法が様々なシチュエーションで適用され、実践の機会が増えつつあるのは喜ばしいことである。
 しかし、一方で、音楽療法セッションを施行するだけで、フォローアップを行わなかったり、単にその時間帯だけが楽しければそれでいい、と認識されているようなケースも見受けられる。
 将来の音楽療法の方向性を考慮すると、まず推奨したいのは、評価を行うことである。対象者あるいはクライアントがどう受け止め、どのように変化したかを調査し検討する。同時に、セッションの施行者自身が内容を省みる機会にもなる。その場合、前稿および本稿で示した音楽介護評価表3)の適用は、簡便であり有用であろう。
 従来、本表は音楽療法に関わる活動に際して適用してきており、同じ対象者に対して複数回で評価し、その変化を視覚的に捉えられる。本表でチェックする20項目を表1に、評価結果を記入するチャートの1例を図1に示す。このように、改善項目の種類やその程度が一目で把握できるので参考とされたい。

 今回の調査で、当評価表の使用により、
 1) 各対象者の様々な変化を追跡
 2) 個人ではなくグループ的な視点でも評価
 3) 対象者の言動の変化を冷静に観察

などが行いうる。対象者を引き続いて追跡したり、スタッフが様々な観点から冷静に観察したりする際に、本表は有効であろう。
 ただし、本表には、現時点で弱点も存在する。それは、表3に示したように、音楽に対して対象者がポジティブな反応を示したり、歌唱や楽器の習熟度が上がっても、評価項目が含まれていないことである。従来行ってきた様々な音楽療法の活動を通じて、音楽に対する心理的な反応や手足のリズム感についての評価も試みたことがある。しかし、判断基準の設定が容易ではなく、音楽や芸術に関わる領域に5段階評価を行うというような方法も難しいと思われた。これらの尺度については、今後の検討課題としたい。

まとめ

 1)34~61歳の女性知的障害者に対して、外国から知的障害者音楽バンドとの競演コンサートが行われた。その準備段階で歌唱や演奏を含む音楽療法セッションを行い、コンサート前後で、対象者におけるADLやQOLの変化を、音楽介護評価表を適用して検討した。
 2)好ましい前向きの変化がみられ、QOLの改善項目として、生活の意欲、レクと運動、職員との交流、対象者間の交流などが認められた。
 3)音楽や日常生活に関わる変化として、音楽による足踏みや手拍子、身体を揺する行動などが認められ、自分から話しかけたり性格が明るくなるなどの変化が認められた。
 4)当評価表は、音楽療法セッションを継続し経過をみていく上でで有用と考えられる。その理由として、対象者の変化を簡便に捉えられ、ケアを担当するスタッフの立場からは、観察すべき対象者の側面が把握できるからである。今後、音楽に対する心理的な反応や手足のリズム感などが捉えられる評価法を、検討課題としたい。
 5)本3回のシリーズで、音楽療法の評価について記した。現在、本邦における音楽療法の研究領域では、その内容にエビデンスが求められつつある。科学的なデータがある場合に加えて、音楽療法活動に対するクライアントの変化の検討が、今後、より重要になるものと思われる4)。

資料
 1) 今回のプロジェクトで、共同研究協力者である吉岡明代、錦織 悠、亀川千代美、渡辺恵子の各氏に深謝の意を表したい。
 2) 板東 浩. 癒しの音楽を考える. 新しい音楽療法. 篠田知璋 監修. 音楽之友社. p77-93, 2001.
 3) 著者Home Pageには参考となる情報がある。

   表1 音楽介護評価表の項目 

 1.食事     11.言語・会話
 2.排泄     12.理解・痴呆
 3.着脱     13.異常行動 
 4.入浴     14.不潔行動
 5.歩行     15.不穏・興奮
 6.移動     16.生活の意欲
 7.ベッド上動作 17.レクと運動
 8.個人衛生   18.職員との交流
 9.視力     19.患者間の交流
10.聴力     20.治療者と交流

表2 対象者における改善項目

症例 年齢 改善項目

  1 49 16, 17
  2 39 13, 15, 17, 18
  3 47 17, 18
  4 39 15, 17, 18
  5 42 17
  6 40 17
  7 53 
  8 34 13, 15, 16, 17, 18
  9 49 17, 18
 10 43 17, 18
 11 41 2, 4, 15, 16, 17, 18, 20
 12 61 16, 17, 18

表3 対象者における個別の改善例

・音楽が聞こえると足踏みや手拍子をする
・歌を口ずさむ、身体を揺する
・睡眠時に音楽を聞くと薬なしで眠れる
・音楽で疎通性が改善した人に接触を望む
・音楽セッションの準備を手伝う
・音楽の聴取で入眠が容易に
・自分から話しかけ、希望を発言
・日常の性格が明るくなった

図1 音楽療法前後の変化
  (実線:音楽療法前、波線:音楽療法後)20項目について評価する。スタッフと音楽療法士などが協議の上、none, poor, fair, good, normalの5段階で行う。その結果を、円グラフの中心がnone、円周がnormalとして図示すれば、変化が把握しやすい。

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