◆ 342・音楽療法の効果と評価(2)

                                                                                                                                板東 浩、松本晴子

 
はじめに

 本シリーズでは、音楽療法の評価の問題について記述している。前回はその最初として、基本となる総説的な内容について触れた。ただし、評価とはいっても、通常の医学論文にみられるものと同等ではない。現在注目されているEBMのように、数字やデータで表現できるものもあれば、できないものも含まれているからだ。
 今回は、高齢者に対する音楽療法の施行前後に評価を行った経験について紹介したい。医療や福祉の現場で音楽セッションによって、クライアントの生活が変容する。その影響を受ける内容を、QOLやADLなどの項目で検討したので、本稿で紹介させていただきたいと思う。

I.対象と方法

 1)対象:徳島県内の老健施設に入所した高齢者108名である。その内訳は67-95歳(平均81.1歳)の男性29例、70-96歳(平均82.2歳)の女性79例である。
 2)評価表の作成:従来、著者らと音楽療法に関する活動を行ってきている認定音楽療法士などとともに、臨床現場における評価表を作成し、名称は「音楽介護評価表」とした(表1)。その際には、矢田ギルバート法などの心理検査や、介護保険の審査で用いられている評価基準なども参考とし、多くの項目の中から適切な項目数に絞り込んだ。そして、日本バイオミュージック学会(現日本音楽療法学会)で重鎮である診療内科医の先生にも教示を受けてまとめた。最終案の20項目は4つにカテゴリーに大別され、1-8)はADL、9-13)は感覚、13-15)は行動、16-20)はQOLに関する項目である。
 3)知的スケール:対象者が回答できる場合は長谷川式スケールを用いた。これは30点満点で、21点以上が非痴呆、20点以下が痴呆である。一方、回答できない場合にはN式老年者用精神状態尺度(NMスケール)を用いた。NM式では、患者の身辺整理、意欲、会話、記銘、見当識についてスタッフが10点ずつ評価し、正常(50-48点)、境界(47-43点)、軽度痴呆(42-31点)、中等度痴呆(30-17点)、重症痴呆(16-0点)と評価するものである。
 4)方法:対象者が入所1週間以内で落ち着いた時に、表1を用いて記録した。その際には医師、理学療法士、主任看護婦、看護婦を含むミーティングの場で評価した。入所者が音楽療法セッションに参加した後、3カ月後に同じメンバーで再評価し、セッション前後で比較検討した。
 5)音楽療法セッション:月から金曜日の週5回で、午前10-11時に施行。導入や季節、トピックスの曲など高齢者によく知られたナツメロを多く用い、手足を動かすリズム体操などリハビリテーションを重視した内容である。
 6)除外する対象者:パーキンソン症候群や脳血管障害の発症から1カ月以内など症状が固定していない症例や、精神疾患を含む特殊な疾病、QOLやADLが不安定で評価が困難な対象者は、今回の調査から除外した。

II.結 果

 1)知的スケールの結果
 コミュニケーションが可能な91例は長谷川式で、不可能な17例はNM式で評価した(表2)。長谷川式で非痴呆を示す21点以上は40例で、残りの68例は多少とも知的障害の存在が示唆された。この結果から3グループに大別した。
A)コミューニケーションが不可能な17例
B)知的スケールで痴呆に分類される51例
C)知的スケールで非痴呆に分類される40例
 2)音楽療法後に改善が多かった項目 
 20項目について、音楽療法前後の5段階評価を比較した。108例中1段階以上の改善がみられたのは、歩行17例、移動15例、不穏・興奮14例で、他の17項目では3-9例であった。
 歩行の改善がみられた17例は、A群0例、B群7例、C群10例で、長谷川式スケールの平均値は19.9であった。
 不穏・興奮が改善した14例を解析すると、A群3例、B群10例、C群1例を占め、B群の長谷川スケール平均値は8.2と低かった。
 3)音楽療法後に悪化が多かった項目
 一方、悪化がみられた項目で多かったのは、食事19例、排泄17例、個人衛生13例で、他の項目は1-8例であった。この3項目での悪化はA群17例中に多数見られ、それぞれ11例、7例、6例に悪化が認められた。
 4)各被験者で改善がみられた項目数
 音楽療法前後で、20項目の中で改善がみられた数を集計し、まとめたものが表3である。2項目以上の改善がみられた割合は、A群17.6%、B群21.6%、C群25.0%であった。A群には3項目以上の改善例はなく、C群には5-6項目という多い改善例が認められた。

III.考 察

 1)評価表の作成
 本表は、多数の項目から20項目まで厳選し、QOLやADL、運動、認知、感覚、社会的交友関係など1)の必要項目を含んだものである。患者(クライアント)の変化に対するチェック方法として、師井ら2)は反応水準別グループで、積極的な参加、自己表現、会話、社会性、諸活動の5項目で4段階評価を試みた。これは、おおよその変化の傾向を捉えるのに有用であろう。
 評価表の作成では、項目数をどれほどに設定するかがポイントと考えられる。あまり少なすぎても不十分であり、逆に80項目以上に及ぶ介護保険で使われるチェックリストのように多すぎても、現場では実用的ではない。
 本表の特徴は、簡便で受け入れやすく利用しやすいことを考慮し、項目数は20個、評価は5段階に設定したことにある。また、スタッフ同士の議論で、対象者に対する判断が容易となり、これらの視点で常に患者を観察していくことで、尺度と評価が共通になる利点があるだろう。いずれの高齢者施設でも利用が可能である。
 一方、本表の弱点も存在する。それは、セッションの中で受動的・能動的な反応の項目を含んでいないことだ。たとえば、音楽に対する手足のリズムのとり方や歌唱の反応の程度、楽器演奏のレベルなどが挙げられる。これらの音楽活動の切り口から、どのような項目を抽出し、いかなる基準で判断するかを検討した。しかし、今回の評価表の作成では、評価が難しいと考えられる項目を含めなかった経緯がある。
 なお、音楽療法の評価に関して、北本3)は高齢者に対する評価として、各クライアントの生活史・性格・音楽との関わり・視聴覚の問題の有無などのチェックが重要であるという。そして、評価の内容として、下記の8項目を3~5段階でチェックする方法を提唱している。
1) 歌唱
2) リズムに対する反応:自由反応、課題反応
3) 状況的理解:言語的側面、動作的側面
4) 注意
5) 社会性
6) 楽器操作
7) 開始時の参加意欲
8) セッション全体に対する反応性
 このスケールは、どちらかといえば音楽活動セッションが行われている40-50分ほどの場面でクライアントの行動を観察し、継続的にその変化を評価していくのに有用であろう。
 また、音楽に対するクライアントの反応を詳細に観察した経験が報告されている4)。その中で、リズムをどれほどうまく捉えているか、身体の揺らぎから2拍子または4拍子のいずれと捉えているか、歌う音程の正確さはどうか、などの観点が示されている。
 以上から、セッション中の評価項目をいかに導入し、いかに判断していくか。そして、QOLやADL、運動、認知、感覚、社会的交友関係のファクターとどう関連させて検討していくか。これらが、今後の評価表の課題になるものと思われる。たとえば、セッション中の動作が改善した度合いと、日常生活動作が改善した程度を比較したり相関を検討すれば、詳細に検討できるだろう。

 2)今回の研究プロジェクト
 対象者と方法については、正しく評価できるように工夫した。不安定な病状の被験者は除き、クライアントが落ち着いた時期に、すでに日常生活で接触しているスタッフの意見をまとめて評価した。ただし、音楽療法を行う群と行わない群の2群に分けて検討するのが理想的である5,6)。欧米には、2~3群にわけて音楽療法の効果を検討した報告7,8)が見られる。しかし、本邦の医療福祉現場の実状を考えると、グループ分けの研究は容易でなく、今回の条件設定が常識的で実行可能な範囲内と思われる。
 対象者を知的スケールの結果でA、B、C群に大別したが、この割合は本邦の高齢者施設で平均的なものであろう。今回は長谷川式とNM式を併用したが、将来はスタッフがミーティングで評価し、数量化が簡単で比較できるNM式が繁用される可能性がある。
 A群では食事、排泄、個人衛生の悪化例がB、C群よりも多くみられた。音楽療法施行との関係は不明で、コミュニケーションの不可能例における自然経過かもしれない。音楽療法の施行により悪化を遅らせる可能性もあるが、今後、2群に分けて1群でintensiveなセッションを行って比較する調査が必要となろう。
 歩行の改善がみられた17例の長谷川式スケール値は高かった。歩行の改善には、理解度、リハビリが必要との認識、意欲と継続性などが必要と思われる。
 また、A、B群では不穏・興奮例の減少傾向がみられた。痴呆患者の興奮が音楽で改善したとの報告もあり9)、これらの改善傾向の一部は、音楽療法による効果の可能性がある。
 本研究の条件設定で、改善傾向がみられたのは音楽療法のためである、とその理由を限定することはできない。少なくとも一部は関与している可能性はあるが、様々な治療や経過が複合的に合わさったためであり、音楽は補助的に作用したと考えるのが妥当であろう。
 本評価表による検討で、2項目以上の改善がみられた割合はA群17.6%、B群21.6%、C群25.0%であった。これは、このたびの研究方法でグループセッションを行った結果である。
 この場合に、その方法として個人セッションを採用していたならば、もっと有効率は上がったものと思われる。現行のセッションに気乗りしなかったり拒否を示す症例でも、音楽療法士が各個人に深く関与し、症例が好む曲を多用すれば、心理的な反応は異なっていただろう。特に、B群のように痴呆であってもコミュニケーションが可能な症例では、より効果がみられたと思われる。本邦では現在、医療保険点数が認定されておらず、音楽療法のハードやソフト面も十分ではなく、満足できる対応ができていない状況である。将来、法的・人的に整備が進み、各人に応じた対処が可能となる時代の到来を望みたい。
 なお、本表を用いることで、ある男性スタッフにプラスの変化が認められた。精神的に不安定なクライアントが示す非常識な言動に対して、彼はいつも感情的に不満を感じていたが、最近は、20項目の「ものさし」を心の中に置き、冷静に観察できるようになったという。このように、本表の使用によって、スタッフが「セッションとは単なるリクレーションではなく、音楽をひとつの技法として行う療法である」と認識するとともに、クライアントを科学的な目で追跡できるようになるメリットが期待できる。
 本研究は、平均的な入所者構成の老人保険施設において音楽介護評価表を実験的に試みたものである10)。本表を音楽療法の現場で適用することにより、それぞれの項目で時間的経過の観察が可能で、多面的に簡便に評価できる。現時点における本表は基礎的なデータとしての意味づけであり、今後、本表の項目を検討し、数多くの経験を重ねていくことで、将来より精度が高く臨床の場でより有用なものになると思われる11)。

IV.まとめ

 1)高齢者の介護施設におけるADL、感覚、行動、QOLの変化を捉える方法として、20項目にわたる評価表を用いることにより、音楽療法セッションの前後で調査研究を行った。
 2)コミュニケーションが不可能な群と痴呆の群においては、不穏・興奮例の減少がみられる頻度が高かった。
 3)コミュニケーションが可能の群では、歩行の改善傾向が比較的高い頻度で認められた。
 4)本評価表は現在基礎的データの役割を有するものであり、今後、音楽的項目の追加や症例の蓄積によって検討していきたい。

文献
1) Bright, R. 高齢者ケアにおける音楽. 小田紀子, 小坂哲也訳. 荘道社, 東京,2000.
2) 師井和子. 事例研究. 心にとどく高齢者の音楽療法. ドレミ出版, 東京,p155-193, 1999.
3) 北本福美. 音楽療法の効果とはー記録・査定・評価. 老いのこころと向き合う音楽療法. 音楽之友社, 東京, p94-115, 2001.
4) 深川富美代. 心身症アセスメントに取り入れたパーソナリティー把握のための「音楽歌唱テスト」の効用. 日本心療内科学会学術大会抄録集p51, 2004.
5) 板東 浩. 音楽療法とリハビリテーション. 月刊保団連, 642: 6-9, 2000.
6) Bando,H. Music therapy and internal medicine. Asian J. Med.44(1):30-35, 2001.
7) Wiens ME, Reimer MA, Guyn HL. Music therapy as a treatment method for improving respiratory muscle strength in patients with advanced multiple sclerosis. Rehabil Nurs, 24(2): 74-80, 1999.
8) Colt HG, Powers A, Shanks TG. Effect of music on state anxiety scores in patients undergoing fiberoptic bronchoscopy. Chest, 116(3): 819-824,1999.
9) Ragneskog H, Kihlgren M. Music and other strategies to improve the care of agitated patients with dementia. Scand J Caring Sci, 11:176-182, 1997.
10) 研究協力者である中西昭憲、吉岡明代、大和浩之、平岡久美枝の各氏に深謝の意を表したい。

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM