◆ 341・音楽療法の効果と評価(1)

板東 浩、松本晴子 

はじめに
 現在、本邦では、音楽療法は広い意味で用いられている。というのは、音楽健康法や音楽レクレーションなども含めているからだ。これらは、音楽を聴いたり(受動的)、楽器を演奏したり(能動的)することで、気分転換やストレスを解消したり、気分転換をしたりすることである。その場が楽しいことが重要であり、後に評価や検討、研究することは含められていない。これらは広義の音楽療法と考えられる。
 一方、欧米では、療法とは治療を含むものと考えられている。治療者の治療としての意義が重要となってくる。ある特定の対象者があり、その個人やグループに対応したプログラムが設定される。そして、実践された後には、そのまま放置しておくことは許されない。その内容を振り返り検討することが必要だ。すなわち、これは狭義の音楽療法と考えられる。
 このような中でポイントとなるのは、何らかの治療や試みがなされた後で、以前と比較して良くなったのか、不変か、悪くなったのかを検討することである。この際には評価をするという作業が必要となる。たとえば、音楽療法のセッションを施行した前後で、患者(クライエント)がどのような点でどのように変化したのかをチェックする場合が挙げられる。
 一般人にとっては、評価という形や数字を伴わない音楽健康法・リクレーションの意義は大きい。音楽本来の機能や役割の観点からみると、実際的には重要である。この状況を把握したうえで、今回のシリーズでは、狭義の音楽療法に関わる効果と評価について述べたい。

1.音楽療法の効果とは

 「音楽が何に効くのか」という問いに対して、簡潔な回答を示す。クリアーカットで理解しやすく説明できる。音楽には、生理的な効果と心理的な効果があるのだ。
 前者の生理的な効果を列挙すると、脈拍、血圧、呼吸、皮膚温、脳波などがある。この順番に、測定しやすいものから、測定が複雑なものになっていく。最後の脳波については、以前から音楽を聴いてリラックスするとα波が多くなると広く知られている。ただ、若干α波の中でも差異がある。8-10Hzのα1波は、心身が非常にリラックスしていて、心が安らいでいる状態に出やすいとされる。また、11-13Hzのα2波は、心身がリラックスしている状態で、集中力が非常に高まっている場合に出やすいという。
 後者の心理的なものを測定するのはそれほど簡単ではない。心理検査には様々な種類があり、東大式エゴグラム(TEG)、CMI(Cornell Medical Index)健康調査票やSDS(Self-rating Depression Scale) 、POMS(Profile of Mood States、気分プロフィール検査)などが挙げられる。この中で、最後のPOMSが比較的、音楽療法の評価の際には繁用されている。
 POMSでは、人の感情を6つに分類しており、質問表を用いて簡単に集計でき、心理の変化を比較的容易に、数字としてとらえることができる。音楽療法とPOMSに関する研究によると、音楽に種類や様々な条件でも、その結果はほぼ一貫し、おおよその傾向を示す。

1) 緊張ー不安を和らげ、
2) 抑うつー落ち込みを賦活させ、
3) 怒りー敵意を鎮め、
4) 活気を増し(好みの音楽の場合)、
5) 疲労を軽減させ、
6) 混乱を少なくする。

以上から、広く受け入れられている表現でまとめてみよう。
音楽とは生体をホメオスタシスに向かわせる効果があり、生体をリラクセーションに導く効果を持っているのである。

2.思い込みの判断

 しばしば下記のような声を聞く。「音楽を聴いて元気になった。この音楽にパワーがあったからだ。」「私が音楽セッションをすると、クライアントの高齢者がにこにこして『嬉しい』と言った。私の音楽療法は効果があるのだ」。
 医学研究を行った経験がある医師なら、何が問題であるかはわかるはずだ。しかし、一般人や音楽専門家は、研究の経験がない。従って、論理的な考え方に不馴れであるために、どうしてもこのような思い込みの場合がみられがちだ。
 音楽の効果について論理的に考えるには、どのようにすればよいのか?どのようなものさしを用いて何を測定すれば、何がわかるのだろうか?

3.評価を行う前

 評価を行う前には、1)目的、2)術者、3)対象者などを特定しなければ、何を評価するのかを決定できない。目的については、河野友信氏が簡潔に12項目にまとめたものを、下記に示す。
1)ストレスケア
2)ホメオスターシスの回復
3)自然治癒力の促進
4)治癒
5)陣痛緩和
6)緊張緩和
7)免疫・防御力の増強
8)教育効果の援助
9)情緒・精神の安定
10)QOLの向上
11)治療関係の改善と促進
12)治療関係の提供その他

 次に、術者としては、医師に加えて下記の職種などがあり、さらに、看護師、ヘルパー、医療ソーシャルワーカー(MSW)などもTPOに応じて音楽療法に関与する場合もある。

1)音楽療法士(MT)
2)理学療法士(PT)
3)作業療法士(OT)
4)言語療法士(ST)
5)運動療法士(ET)
6)臨床心理士(CP)

 引き続き、対象者について考えてみよう。医療や福祉、教育の場における対象者のアウトラインについて簡潔に記する。

1)医療の場
  疾病あり:痴呆、精神神経系の障害
       関節や運動系の障害、ほか
       医療の検査や治療など多数の機会
  著疾なし:健康な高齢者、施設入所者
       デイケアに通う対象者、など
2)福祉や教育の場
  疾病あり:若年の知的障害者、身体的障害者
       成人以降の障害を有する対象者
  疾病なし:保育園~幼稚園のリトミック、
       小、中、高校の音楽・保健学習
       大学、大学院レベルの研究など

 ただ、実際にはさらに数多くの状況があり、一般論を論じるのは難しい。条件を特定した上で検討する必要がある。

4.記録の方法

 評価を行う前には、記録が必要となる。この場合に、医療の現場で広く使われているPOS (Problem-oriented system)が利用可能である。すなわち、subjective, objective,assessment, plan(SOAP)を同様に使用できる1)。
 音楽療法に関わるスタッフには、これらの主観的→客観的→評価→プランという流れの考え方を習熟してほしい。そうすれば、様々な事柄をフィードバックし、自らのセッションを評価でき、さらなる改善が期待できる2)。
 特に、音楽療法のセッションでは、どのようなデータを収集し記録していくのか。頻度あるいは継続時間をチェックするのか。セッションを行いながら、何を研究していくのか、以上を含んだプロジェクトを築いておきたい1)。
 これらが身につけば、日常の医療業務においても、目的とチェック項目、対処方法などを冷静に考えられるようになる。コーディネーターである医師が、優秀なスタッフを職場に育てると、さらに良質のチーム医療が可能となるだろう。

5.評価する方法

 前項で述べた目的や術者、対象者などが明らかになったあとで、評価する項目を決定する。
 このような療法的変化を検討しうる項目について、ブルーシアは膨大な項目を検討し下記のようなカテゴリーに分類した3)。
・生理学      ・心理生理学 
・感覚運動機構   ・知覚 
・認知       ・行動 
・感情       ・コミュニケーション 
・人間関係     ・創造性 
 次に、評価(アセスメント)の方法は、数類に分けられる1)。
1)selective assessment
 すべてではなく一部を選択して評価する。たとえば、あるメンバーが提出したレポートを読む。医師、作業療法士、理学療法士、医師、臨床心理士、などの職種の中から一つを選ぶ。
2)checklist assessment
 一般的な調査では、膨大な記録や文書から情報を得る方法がある。しかしこれは時間がかかる。一方で、チェックリストを用いれば、おおよその傾向が、迅速に把握できる。
3)patient-specific assessment
 一般的ではなく、その患者あるいはクライエントに限定され、必要に応じた質問を行い、評価を進めていくものだ。
4)running assessment
 セッションを行いながら、クライエントの長所やニーズが把握できるような、音楽活動を行うことにより、評価していく方法である。
 また、評価法については、下記のように大別することもできる3)。
1)量的評価
2)質的評価「
 前者は、実験的な数値のような、普遍的に変わらない基準で表現できる。これは、客観的なものさしとなりうるものだ。
 後者の質的評価では、数字で表すことが難しい。音楽療法では、人間関係が大切であるために、セラピーのプロセスを、どのように、質的に、追求できるのか、研究が進んでいる。
 別の言い方をすれば、評価とは、術者(セラピスト)か対象者(クライエント)かの一方をみるものではない。両者の相互関係について検討し論じるものである。以上を考慮すると、前者はevidence-based medicineであり、後者は今後フォーカスとなるnarrative-based medicineに通じるものであるといえる。
 なお、音楽療法の実践的な分野では、一般的な行動観察や、アルヴァンによるアセスメントと評価などが使用されている。さらに、比較的用いられている尺度について下記に示す4)。
1)MCL-S(音楽行動チェックリスト)
  日本臨床心理研究所
2)DMTS(痴呆症音楽療法尺度)
  バイオミュージック研究所
3)STAI(state-trait anxiety inentory状態・
  特性不安尺度)スピールベルガーによる
  世界的に知られている尺度
4)DSM(diagnostic and statistical manual of
  mental disorders)アメリカ精神医学会による
  精神疾患の診断・統計マニュアル 

 以上のような尺度を用いる場合、術者には次の2つの視点を有してほしい。一つは科学的側面で、論理的な思考、学術的な洞察力、裏づけを有する理論などが含まれる。他方は芸術的側面で、発想の豊かさ、芸術を解する柔軟性、人間の微妙な感情を捉えられる感性などが含まれる。これらが統合されれば、さらに価値ある音楽療法の研究が進むであろう。

6.医療、福祉、教育の類似点

 医療の現場では、医師が患者に対して何らかの治療を行う。それによって主訴や症状、検査データなどが改善していく。これらの結果がフィードバックされたり、治療が適切だったかどうかが評価されるたりする。
 これと同様に、音楽療法士はクライアントに対して、音楽セッションなどを行う。その結果、何らかの影響が表れ、その変化を何らかのものさしを用いて検討し評価することになる。
 以上に似た状況が、福祉や教育の場にも認められる。教師が対象者や学生に対して、音楽に関わるアプローチを試みる。その結果、対象者(学生)は知って覚え、興味を持つ。以前と比べた変化を評価する一つの方法が、習熟度や達成度を調べるテストあるいはチェックである。
 また、術者と受者との間には、コミュニケーションが存在する。この媒体は、音楽や言葉によるコミュニケーションであったり、時には、顔の表情や仕種など非言語的なbody languageによることもある。これらは単方向でなく双方向であり、コミュニケーションのキャッチボールが成り立った上で、初めて評価も可能となる。

7.医療、福祉、教育の差異

 前項とは逆に、ある行為や行動に対して、医療における医師と福祉・教育における教師との間で異なる評価をくだす場合がある5)。
 教師は、非道徳的行為や権威に反抗する行為、侵攻的行為を、不適当や問題行為と考える傾向がみられる。しかし、静かで従順で権威者に服従する生徒は、不適応児とは考えない傾向がある。
 一方、医師は、上記と逆の傾向が認められる。ひっこみ思案的行為は、侵攻的行為よりもいっそう悪く危険と考える。なぜなら、それはなかなか露見せず、かえって克服が難しいからである。

 また、同じ医療や教育現場をみた際の判断について、逆の評価が得られることもある。たとえば、問題や障害を有する受者に対して術者が苦労しながら対処する状況を、スーパーバイザーが見学する場合を考えよう。受者の状況を把握しているときには、術者を肯定的に評価する場合が多い。しかし、情報がなく初対面のとき
には、否定的な評価をする場合が多いという。
 このように、オブザーバーの評価とは条件によって大きく左右される。このことは、日常の診療の場においても参考になるだろう。
 以上のように、音楽療法のおける術者と受者間における親密性、共感性、流動性という内的現実を理解しておくと、いろいろな問題に対して冷静に対処できると思われる6)。
 そのために、音楽療法に対する評価には、様々な軸が存在することに留意すべきであり、その対立する軸の例を示す。
・実際的←→理論的、 ・論理的←→感情的
・具体的←→抽象的、 ・主観的←→客観的
・固定的←→流動的、 ・数値的←→感覚的 
・言語的←→非言語的
 これらの中から2つの軸を選ぶと、x軸とy軸と二次元で描くことができる。そうすれば、受者と術者の間の分析や評価が多少とも容易くなるのではないだろうか?
 これらの様々な軸を組み合わせて比較検討していくことによって、
1)行動療法的音楽療法
2)精神分析的音楽療法
3)人間主義的音楽療法
4)イメージ誘導法
という、音楽療法のおける代表的な4種のアプローチ法が導きだせるとも考えられる7)。

おわりに
 本稿では、音楽療法の評価の問題について、総説的な内容を記した。評価とはいっても、通常の医学論文にあるような数字で差異を認めるものではなく、様々な軸で多様化する内容を判断しなければならない。

 次稿では、高齢者や福祉関係との関わりや経験について触れたい。

文献
1) デイビス著. 栗林文雄 訳. 音楽療法の治療過程. 音楽療法入門(下)p158-176, 一麦出版社、札幌市, 1998.
2) 師岡宏之. セラピストとクライエントの相互交流. 心理治療としての音楽療法、p37-74 音楽之友社、東京、2001. 
3) 生野里花. 記録と評価. 日野原重明監修. 標準 音楽療法入門(下)実践編. pp333-346, 春秋社, 東京, 1998.
4) 貫行子, 星野悦子. 音楽療法研究と論文のまとめ方. p115~117, 音楽之友社, 東京, 2002.
5) 山松質文. 教育ないし心理療法の評価の本質をめぐって. 音楽療法へのアプローチ. p71-90, 音楽之友社, 東京,1997.
6) Mercedes Pavlicevic著. 佐治順子、高橋真喜子共訳. 第1章Creating Meaning. 音楽療法の意味~心のかけ橋としての音楽, p21-38, 本の森出版、仙台市, 2002. 
7) 篠田知璋, 渡邊真由子. 音楽療法. 心身医43(12): 807-819, 2003.

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM