◆ 339・日本の音楽とその機能(2)

東京学芸大学大学院 教育学研究科 松本晴子
徳島大学大学院 生体情報内科学 板東 浩

はじめに 
 風薫る5月,日本列島は次々と花が咲き誇り心なごむ季節である.日本の文化を語る時,この風土を抜きにして考えることはできないだろう.
 日本の音楽は,日本の文化土壌に様々に関わっており,様々な種類や特徴がある.これらは,地域環境の変化や後継者問題などそれぞれの難問を乗り越えながら,時代の変遷と共に歌い継がれ,伝承されてきている.まさに,日本の文化的財産であり,日本人としての共通理念・共通体質の解明のためにも大切にされるべき
視点である.
 このたび,「日本音楽の拍の意識」に視点をあてその療法的効果について聴取実験と音声分析を行った.本稿では,聴取実験について述べたい.

1.日本の伝統音楽の種類

 日本の伝統音楽は当然ながら,文化,風土,歴史,社会体制などと深く関連している.その種類を大まかに挙げてみる.
1) 民謡やわらべ歌,祭囃子などの民俗的な音楽,
2) 雅楽,平曲,能狂言,尺八楽,地歌,箏曲,琵琶楽,長唄,義太夫,常磐津,清元,新内などの芸術的な音楽,
3) 声明などの宗教音楽.
4) 浪曲などの大衆音楽、

 これらの音楽はそれぞれ支持層がかなり違う.なぜなら,日本の場合は,異民族が侵入してきて過去の社会体制や文化を完全に壊すという経験がないため,各階層が楽しんできた音楽もそれぞれに温存されてきたからである.時代によって多少の変質はあるものの、今も生きた形で聞くことができる1)ことは,日本音楽の素晴らしさといえよう.
 さて,人々にとって最も身近で親しみやすい日本の音楽とは,自然の美しさや雄大さ,恵みに感謝する歌であったり,労働の中から生まれた歌であったり,あるいは子守歌や童謡,その地域の風土から生まれた民謡だったりすることが多い.前述?の民俗的な音楽である.むろん,神社・仏閣で耳にする「越天楽」を代表とする雅楽などの芸術的な音楽を嗜好する人もいるかもしれない.日本人が日本の音楽と関わる様式は,個人の生い立ちや環境,個人の体質,性質が異なるのと同じように様々のタイプがあり,また地域風土によっても微妙に異なる. 

2.音楽療法における日本音楽の取り扱い

 現在,日本の音楽を取り扱うことが多い音楽療法の現場は,特に高齢者を対象とした病院や福祉施設などである.能動的集団音楽療法の一つとして,「なつかしさ」や「なじみ」を呼び起こすという回想法的主旨から,季節にあった童謡や唱歌,あるいは演歌・歌謡曲などを選定する例,機能回復の主旨から手遊び歌,地域民謡を選定する例などが見受けられる.また,太鼓,琉球太鼓,竹太鼓などの楽器を用いた実践例も報告されている.
 次に第1回日本音楽療法学会で発表された抄録集3)から日本の音楽を用いて実践を行った例の考察を載せてみる.
・集団セッションではほとんど無表情だったHさんが,出身地の民謡(会津磐梯山)をスタッフが歌うと手拍子を打つ時もあるようになった(p.82).
・なじみの歌をきっかけに語られたエピソードはその高齢者にとっての生活の中で印象的な喜怒哀楽の一時であることがわかってきた(p.84).
・対人関係づくりの援助として,琉球太鼓を叩き合う事や他の参加者から賛辞を貰う等,社会性を持つ場面設定をした事がA氏に安堵感をもたらせたと思う(p.99).
・心身の残存能力の維持回復にはイメージしやすく,自然に体を動かすことができる民謡,童謡など生活に関わる内容の曲が効果的である(p.114).
・土地柄的にもお祭りが盛んなところであり,毎年子供囃子の慰問も盛んに行われている.竹太鼓を用いた活動は,普段馴れ親しんでいる地域の民謡に昔体で覚えたリズムが上手く合い効果が得られたと考えられる(p.118).
・「ずいずいずっころばし」で全員への関わりの流れを作りながらAさんへアプローチする事で,周りの反応も刺激になりAさんの態度・表情が変わったと思われる.この歌のリズム性からメンバーに容易に受け入れられ,グループ療法で使用するいくつかの利点を見出すことができた(p.231).
 この他,民謡のかけ声でコミュニケーションが取れるようになった例などがあるが,種類としては,『酒は涙かため息か』『紅屋の娘』『蘇州夜曲』『ゴンドラの歌』などいわゆる流行歌を扱った例が多かった.

 このように,日本の音楽に寄せる思いには,個々の育った環境や成長の違いと同じようにデリケートな部分があることから,集団音楽療法の実践においてはそれぞれに工夫されていると考える.
 しかし,様々な情報によって世界の文化・芸術・音楽に触れることが出来るようになった今日,日本人だから,○○人だからという国籍に囚われることよりも,個人の体質や感性にぴったりくる音楽,好みの音楽によってその療法的効果が示されていることが多い.
 人間・人類そのものに共通の影響を与える音楽的要素,療法的効果を広い視野から研究していくことが必要であろう.
 それと同時に,日本の伝統音楽に対する日本人の共通の感性が存在するのではないだろうか,という視点についても究明し解明することが大切であろう.これは,日本の音楽療法界はもちろん音楽教育界へも大きな示唆を与えることになると考える.

3.民謡について

 そこで今回は,自然を敬い自然に調和し,自然と共に働き生活していた中から生まれた民衆歌謡,あるいは民俗歌謡の,頭と尻をとって名付けられた民謡2)を取り上げたい.一般的に民謡には作詞作曲という伝えはなく,実生活の中で口から耳へと伝承されているうちに自然にできあがった歌が多い.
 民謡には明確に拍子感のあるものと何拍子とは数えられない,いわゆる追分のようなものの2つのタイプがある.両者は,目的もその歌い方も異なる.
 例えば,田植えや穂打ちなどの農作業や網起こしや木遣りなどの集団的労作の場合は,作業の進度を促したり呼吸を合わせたりする目的を持ち,拍子感を伴ったものであった.
 一方,馬追いや牛方や木挽きなどの個人労作の場合は,長時間に渡ることが多く,孤独な労作の無聊を慰めたり,声自慢は自己陶酔のために良い声で歌ったりした.このため,歌い手のなせるままの自由な流れ,拍子感の持たないものになっていった.また声の質も山と海,田畑では自然条件の違いから当然ながら異なってきた.
 このように,民謡は本来人々のくらしの支えであり,癒しであった.その民謡を,ポップスをはじめ多様な音楽に接したり,学んだりしている現代の若者はどう聴取するのであろうか,民謡本来の役目と同じように,癒しの効果を感じるのであろうか.このことについて検討するために,次のような実験を行った.

4.プロジェクトの方法

 1)選曲:拍子感が感じられる,感じられないという曲の違いによる癒しの効果を比較するために,曲調は似ているけれどもタイプの違う2曲を選曲した.拍子感の感じられる曲からは「郡上節」,拍子の感じられにくい曲からは「音戸の舟唄」を選定した.
 声質や歌い方の違いによる効果を検討するために,「音戸の舟唄」は,歌い手3人(高山訓昌,浜田喜一,藤堂輝明)による比較聴取を試み音声分析を行った特徴的な3カ所と全体の感想記述によることとした.なお,音声分析については次回に述べることとする.
 被験者には,歌い方や声,歌そのものに集中させるために,あえて曲の由来や曲名については知らせなかった.
 2)対象:対象は健康な音楽大学大学生と大学院生女子計11名である.対象者には,実験目的や測定方法について説明し,承諾を得て行った.構成員は、「日本音楽」について肯定的に捉えることのできる学生であり,かつ顔なじみのメンバーである.
 3)方法:CDによる一斉聴取とした.被験者に前述の3カ所と全曲の音楽聴取を行い,呼吸数,脈数,印象や感想記述から感想や気付いたことは歌を聴きながら自由に記述をしても良いこととした.
 4)場所:いつも授業を行っている教室.学部生,院生の教室とも周囲の雑音に影響されない場所である.
 5)時間:午後3時半から40分間と5時半から40分間
 6)質問紙:音楽聴取前後に一般的に用いられることの多いPOMSではなく,筆者の考案した用紙を用いた.表1に示す.   
 留意点として,感想や気付いたことは聴きながら自由に記述をしても差し支えないこととした.
  
5.結果

質問紙の集計は,次の通りである. 
 1)実験前の呼吸数:平均14回 
 2)今日の体調:悲しい2人,せつない4人,愉快1人,憂鬱1人,のんびり1人,ふつう2人
 3)「郡上節」について:
・何拍子か:2拍子2人,4拍子6人,6拍子1人,わからない2人
・感想:わくわくした,高揚した,懐かしい気分,楽しくにぎやかな雰囲気,陽気,軽快,うきうき    
・聴いた後の呼吸数:平均13回       
 4)「音戸の舟唄」について:
・何拍子か:わからない11人
・感想:落ち着いた,穏やかな気分になった,リラックスした,懐かしい気分,ゆったりした気分,盛りの中にいるような静かで落ち着いた感じ,のんびり
・聴いた後の呼吸数:平均11回
 5)癒された気分になったのは    郡上2人  音戸9人   
 6)落ち着ける響きは          2人    9人
 7)どちらの曲が好きか         5人    6人
 8)音声分析を行った3カ所についての記述を表2にまとめた.

6.考察

 「郡上節」と「音戸の舟唄」の比較では,好き嫌いはいずれもほぼ半数と同様であった.しかし,全員が拍子の感じられなかった「音戸の舟唄」に穏やかさ,リラックス感,ゆったりした気分,落ち着いた気分,懐かしい気分,癒された気分などを感じている.このことから,拍子が明確にわかる曲よりも拍子が感じられない,拍子が分からない音楽の方に癒しの効果があるのではないかということ,また,その効果のために拍子にこだわらず曲に吸い込まれ違和感を感じないで聴くことができるのではないかということが推察される.
 呼吸数については,実験前が平均14回だったのが,「音戸の舟唄」を聴いたあとの平均は11回と減った.このことから,伸ばすところや間の取り方がゆったりしていると,呼吸数も深く遅くなったり,癒しの効果がもたらされるのではないかと推測される.
 自由記述からは,歌い手の声によって伸びのある声や節回しに気持ちよさを感じたり,懐かしい気持ちや身近な感じがしたりすることが示された.つまり同じ曲でも,声の質や響き,歌い方によって微妙に癒しの内容が異なるということが示された.

7.おわりに

 本研究は,日本の民俗的な音楽の拍節の違いによる癒しの効果に焦点をあて,「音戸の舟唄」を聴取することによる生理的変化を呼吸数の変化に絞り実験を行った.これによって,拍節の感じられない音楽の方が感性に触れ,癒しの効果を持つことが示された.
 また,現在の若者も拍節の感じられない民謡を聴いて,懐かしい気持ち,穏やかな気持ち,落ち着いた気持ちなど心理的にリラックスする傾向があることも示された.
 音楽療法においてこれまでは,どの音楽がどのような効果があるというものではなく,その音楽が好きなのかどうかで効果が決まる4)という見解が大勢を占めている.
 しかし,本研究によって,拍節が感じられにくい民謡には,好き嫌いを越えて癒す効果,気持ちを穏やかにしたりリラックスさせたりする効果があるのではないかという可能性が示された.
 課題は,今回の検証をより明らかにするために,被験者の人数を増やすこと,年代や男女でも比較すること5),民謡だけでなく幅広い日本の音楽のへの実験が必要なことがあげられる.
 次回は,本研究でコンピュータを用いた音声分析を行った結果について述べ考察したい.  
 
文献
1) 小島美子:日本音楽の古層,春秋社,東京,p.4,1982.
2) 西角井正大:日本の音?声の音楽3,日本伝統音楽芸能研究会,音楽之友社,東京,p.23,1988.
3) 第1回日本音楽療法学会学術大会抄録集,日本音楽療法学会,2002.
4) 武者利光:人が快・不快を感じる理由,河出書房新社,東京,p.33,1999.
5) Prickett CA,Brides MS:Song repertoire across the generations:a comparison of music therapy majors'and senior citizens' recognitions.Journal of Music Therapy Fall;37(3):196-204,2000.

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