◆ 338・日本の音楽とその機能(1)
東京学芸大学大学院 教育学研究科 松本晴子
徳島大学大学院 生体情報内科学 板東 浩

はじめに

 昨今,音楽にリラクセーション効果やヒーリング効果を求める人は多い.
 音楽の歴史を辿ってみると,演奏会用の音楽の誕生よりも,人間の心身に直接影響する音楽を健康や癒しなどのために用いていた歴史の方が古い.人類は古くから音楽に心の癒しや魂の浄め,いわゆるカタルシス効果を見出していたことは明らかである1).
 さて,「代替療法と音楽」の本シリーズも3年目を向かえた.今回からは,現在の日本音楽療法界において課題の1つとなっている「日本の風土、文化を踏まえた日本独自の音楽療法とはどういうことか」について考察していきたい.これは,欧米の音楽療法研究者が必ず問いかけてくる問題である.
 音楽療法では,どんな音楽を,どんな手法で,誰が行うかによって効果が大きく異なる.その中でも「どんな音楽」を用いるかは、「どんな薬」を用いるかに相当し,処方を間違えれば病状を悪化させてしまうこともある.  
 薬と音楽について比較してみよう.薬を投与する場合,疾病が同じであれば,年齢によって量を若干調節しさえすれば,国籍や文化によって,使用する薬の内容や効果がそれほど変わることはない.
 一方,音楽を用いる場合,症状が同様であっても,年齢とその国の風土や風習,文化によって,音楽の質が全く異なってくる.加えて,効くかどうかについても個人差が認められる.
 このように,年齢に応じて,薬は量を変えるが,音楽は質を変えねばならない.音楽には,発育の発達段階にふさわしい「遊びうた」のような楽曲がある.
 以上のようなことから,自国の音楽,楽曲の持つ機能,特徴などを明らかにすることが求められている.
 最近,日本では日本の音楽や和楽器への関心が高まっている.津軽三味線,東儀秀樹の雅楽,島唄などの人気にその例をみることができる.日本音楽の楽曲の特徴,機能,日本人の音・音楽とのかかわりについて考察するには好時期といえるのではないだろうか.
 第1回は,子供にとっての音楽の機能を考察し,それを踏まえて日本の「遊びうた」について述べたい.

1. 音楽の機能について

 はじめに,音楽療法における音楽の機能について確認したい.音楽療法は,音楽の持つ機能を治療や生活の質の改善,健康維持などに用いることが特徴である.音楽の機能としては,第一に細胞レベルで肉体そのものに直接働きかける生理的機能,第二に心の癒しやカタルシス作用など感情に働きかける心理的機能,第三にコミュニケーションとしての役割を果たす社会的機能という3つが柱となっている.
 音楽を療法的に使用することについて,
 1) 音楽療法は音楽の他の機能的適用よりもしっかりした研究基盤を持つようだ.
 2) 活動療法の一つとしてその価値は認められ,この職業のための研究や訓練その他の水準は高い.
 3) 音楽療法は音楽を機能的なやり方で適用する中で,最も価値ある方法の一つである2)と指摘されている.
 この3つの機能は,発達段階の違いや音楽の種類によって微妙に捉え方が異なる.そこで,子供(幼児期~小学生)は音楽の機能をどう捉えるかについて次に考察する.
 
2. 子供における音楽の機能の捉え方

(1)生理的機能
 人間の脳は一般臓器や生殖細胞にくらべて,一番早く大人に近づく(図1).成長の著しい乳幼児期の脳の発達には刺激と栄養が大切である.その刺激には,光や音だけでなくあらゆる感覚刺激が含まれる.反応は,手や足だけではなく目,舌その他あらゆる筋を使う運動が含まれる3).
 ガストンは,「美的表現と美的経験は生理的欲求によって発動され,幼い子供は自然の音だけでは満足できずに自分の要求に応じて他の音を創り出し,美的感覚が発達するにつれて感覚や筋肉運動を精緻なものにしていく」4)と述べている.
 一方,キャンベルは,「何百もの神経単位がたったひとつの経験(音楽経験)で活発化させられる」5)と指摘している.このことは,幼児期から学童期の子供が,聞こえてきた歌をなぞってすぐ歌ったり,軽快な音楽に身体が反応したり,踊ったり歌ったりすることなどからも裏付けられる.つまり,乳幼児期の音楽経験その
ものが運動機能の発達や言葉の発達を促し,脳を活生化させる働きを有している.
 これらから,子供がバランス良く成長・発達するためには,生理的欲求や刺激を考慮したトータルな音楽経験が必要なことは明白である.以上より,子供における音楽の生理的機能を次のように捉えたい.

<子供における音楽の生理的機能>
・ 脳の発達のためには刺激と反応が不可欠である.
・ 音や音楽を通して脳を刺激すると,手・足・目・耳・口などあらゆる筋に反応を与える.
・ 運動能力の発達や言葉の発達・美的感覚の発達を促す.

(2)心理的機能
 子供にとって感情が安定する日々は重要である.感情とは,外的刺激や内的刺激に対して,「美しい」「悲しい」「恐ろしい」「怒る」など心が動揺したり,緊張したりする心理過程のことを意味する6).音楽は感情の流れに強く影響する7) ことが知られている.
 子供の感情の不安定さは,強い緊張や落ち着きのない様子,爪かみ,指しゃぶり,頻尿や友だちとすぐ摩擦を起こしたり,泣いたりするような普段と異なる行動に表れる.子供は心的機能が未分化で,自分で問題を解決できないため,このような状態の継続は人格や感情などの発達にも重要な影響をしてしまう.
 ところで,情緒障害の子供に用いられる遊戯療法では,遊びがカタルシスと考えられている.遊戯療法の一環として音楽療法が認識され,実際の場で用いられている8).その方法と効果は,・気分にあった音楽を聞き,歌い,演奏することによって欲求不満や葛藤を発散させる,
・リズムにあわせた器楽演奏やダンスで身体活動の賦活に役立てる,
・音楽活動を通してコミュニケーションの促進や自己表現の可能性の拡大を図る、のである9).この効果は情緒障害の子供だけでなく,すべての子供に認められる.安定した雰囲気で遊びや音楽活動を通した感情の発散
が重要である.特に,ふだんはおとなしく物静かな子供が,急に言動が粗暴になったり突拍子もない行動をとったりキレること,落ち着きに欠け情緒不安定な子供が増えていることなど,近年,大切に考えていかなければならない問題が指摘されている.

 ここで感情・情動の概念について明確にしておきたい.心理学では感情を次の3つに分けている10).
 1) 情緒または:悪口をいわれてカッと怒るような刺激に対して急速に生じる一時的な感情、動情.身体的,生理的変化を伴う.
 2) 気分:入社試験に合格して大喜びした後でそれが幸せな気分として続くような比較的弱く,拡散的で持続する感情で,疲れや病気などの生理的状態とも関連する.
 3) 情操:素晴らしい絵や人類愛による献身的行為などに感動するような,美的活動や知的,道徳的,宗教的活動に対する価値付けを伴う感情.
 情動は2歳までの間に分化し,10歳になる頃には基本的にできあがる(図2).他の器官の発達と比較すると,大人並に発達しているのは情動だけである.幼児が感情に敏感で心が傷つきやすく情緒不安定に陥りやすいのは,情動のみ突出しているという不均衡な発達が一因である.つまり,音楽という感情の流れに強い影響を与える刺激が,子供の心にストレートに響き,カタルシス効果やホメオスタシス効果をもたらすのであろう.
 また,音楽は時間芸術といわれるように時間性が特徴である.音楽の時間性について,強い感情的反応は音楽経験の間に鳥肌を生じさせるが,音楽を聴いた6時間後に初めて鳥肌が立つというようなことはない11)とされる.したがって,子供がどんな新しい音楽と出会うか,その音楽がその時の心の状態に合った音楽であるかどうかが重要となってくる.
 以上をふまえて,子供における音楽の心理的機能を次のように捉えたい.
<子供における音楽の心理的機能>
・ 心の動きに応じた幅広い音楽活動が必要である.
・ 音楽は情動の発達とかかわらせることが大切である.
・ 音楽の楽しさ,わくわく感,うきうき感,どきどき感、すかっと感,心地よい感じ,穏やかな気持ちなどの体験が,カタルシス効果とホメオスタシス効果をもたらし,心を安定させる.

(3)社会的機能
 人間の社会性には2つあるとされる.1つは人と人とのかかわり合いや,集団への所属・群への関与を求めることである.2つめは自己を発達させ,「個」としての自由や主体性の尊重を求めることである.この相反する2者に音楽が介在し,集団性や社会性の成長に効果的な影響を及ぼすのが音楽の社会的機能と考える.
 1つめの,人とのかかわり合いという他者との相互作用を求める機能は,生得的に備わっている12).このことは,乳児が人の顔に微笑で応えることによって,母親や身近な養育者に快感情をもたらし,養育行動を引き出していることが示されている.つまり,自己の生存のために,有効な社会的機能を生得的に備えて生まれ
てくる.
 さて,子供は遊びを通じて社会性を培っていく.遊びについては,ピアジェの思考発達説,デユーイの全生活説,マクドガルの本能説,
フレーベルの生活の鏡説など様々な解釈や定義があるが,ここでは、科学者でもあり絵本作家でもある加古里子(かこさとし)の遊び論を考察したい.この中では,遊びと音楽の関係が論じられており,今回のテーマに関係が深い.遊びは,形が「遊技遊興的」であっても,大人や親が相手になるものや,教師の指示や教唆で行われるものは含まない.遊びの良さは,仲間同士という子供の自由な場に認められる13).
 遊びの長所や効果を次のように示している.
 1) 子供だけの環境で自由に意見を出し合い闘わせ,妥協し強調し同化してゆく
 2) そのなかで味わう満足感が,自己を確立する
 3) 仲間や周りへの思いやりを育てるという一次元高い立場へ子どもを駆り立てる
 このような遊びの中にこそ,音楽と遊び・わらべうたがあると述べている.
 わらべうたは歌としてよりも,遊びや生活に密着している存在として位置づけている.わらべうたで遊ぶうちに,誰と手をつなぐか,誰と同じグループになるか,誰が鬼になるかなどを体験し自己意識を発達させていく.そして知らず識らずのうちに児童期の新しい生活の場にも対応できるような社会性が身についていく.
 つまり,生活の場の拡大に適応できる社会性を身に付けるためには,幼児期や小学校低学年期に多様な「遊びうた」14)を体験することが大切である.遊びの中のひとつとしての「遊びうた」にもっと目が向けられるべきであろう.以上のようなことから,次のようにまとめたい.

<子供における音楽の社会的機能>
・ 多様な遊びを体験しながら社会性を身に付けていく.
・社会性には人とのかかわり合いを求めることと,自己を発達させ個としての自由や主体性の尊重を求めることの2つがある.
・遊びは成長に欠かせないものであり,音楽経験に遊びの要素を含むことが大切である.
・「遊びうた」は純粋な遊びであり,同時に生活に密着した自然な歌である.

3. 「遊びうた」の一例を通して

 これまで,子供における音楽の機能について考察を進めてきたが,次に具体的な「遊びうた」を紹介したい.「遊びうた」には、まり縄など道具を用いるものや「お手合わせうた」「となえうた」「鬼遊びうた」「身体遊びうた」など道具を必要としないものがある.
 筆者は実践活動の1つとして15道具を必要としない「お手合わせうた」と「身体遊びうた」に焦点をあてて取り組んでいる.この2つに焦点をあてているのは,
 1) 道具を必要としないため,場所があれば人数に関わらず気軽に取り組めること,
 2) 子供は音楽に合わせて身体を動かすことが好きであり、意欲的に取り組むこと,
 3) 以上の1)と2)から音楽の機能を考察することが適切と考えたこと,などの理由からである. 
 取り組んでいる曲は「ひらいたひらいた」「かごめかごめ」「ずいずいずっころばし」「アルプス一万尺」「しろくまのジェンカ」など多数あるが,ここでは「ひらいたひらいた」について述べたい.

(1)「ひらいたひらいた」
 遊び方:
1) 10人くらいの輪になって手をつなぎ歌いながらまわる.
2) 「つーぼんだ」の歌に合わせて輪がしぼむ.2番は小さく身体をかがめてまわる.
3) 手をつないだまま両手を上にあげて大きな輪でまわる.最後はつぼんで小さくなる.

生理的機能:歌いながらまわることによって,平衡感覚を身に付ける.
      2番でかがむことによって足腰を刺激する. 
心理的機能:歌に合わせて動くことによって花の様子を想像しながら
      穏やかな気持ちになる.心を安定させる.
社会的機能:隣の人と手をつなぐことができることによって,一緒に
      遊んだり協力したりできるようになる.

 このように楽曲を音楽療法の視点から考察することは,3つの機能を明らかにし,子供の身体と心をより活性化する.また,楽曲を取り扱う際に,機能の視点を大切に扱うことによって,指導者の視点は,音楽の楽しさをより多く味わうことに集中できる.ただ,日本の遊びうたの独自性,特徴を明確にするには,今後さらに多くの研究が必要である.

おわりに
    
 音楽は本来心身に直接影響を与え,生活や遊びに密着したものであったということから,特に子供に視点をあて音楽の機能と子供の日本音楽の一例について述べた.
 日々成長する子供は,子供同士の遊びの中で心身が柔軟になり人間関係の機微を身に付けていく.従って,音楽の機能を生かすという音楽療法の理念を応用することが教育に期待され、応用することによってその果たす役割も大きくなると考える.
 日本の音楽はジャンルが幅広く,地域によって特色がある.地道に1曲ずつ音楽の機能の視点から考察を行っていくことが,日本の音楽の特徴を明らかにしていく切り口となるであろう.
 
文献
 1)板東浩,松本晴子:医療における音楽療法(上),内科専門医会誌12(4): 655, 2000.
 2)ルードフ・E.ラドシー&J.デーヴィッド・ボイル,徳丸吉彦他訳:音楽行動の心理学音楽之友社,東京,p.235,2001.
 3)久保田競:脳の発達とこどものからだ,築地書館,東京,p.29,1982.
 4)E.セイヤー・ガストン,山松質文監修,堀真一郎他訳:人間と音楽,音楽による治療教育(上),岩崎学術出版社,
 5)ドン・キャンベル,北山敦康訳:音楽脳入門,音楽之友社,東京,p.33,1999.
 6)会津力:発達心理学,プレーン出版,東京,p.35.1998.
 7)村井靖児:音楽療法の基礎,音楽之友社,東京,p.51.1998.
 8)スザンナ・ミラー,森重敏訳:遊びの心理学,家政教育社,東京,p.299-230,1981.
 9) 山登敬之,日野原重明監修:児童の音楽療法,標準音楽療法入門(下),春秋社,東京,p.48,2000.
 10)中央幼児教育研究会:新乳幼児心理学,学芸図書,東京,p.46-47,1990.
 11)前掲書5)p.36.
 12) 中澤順,加藤義明他編著:社会性の発達,入門乳幼児心理学,八千代出版,東京,p.107-108.1989.
 13)かこさとし:日本の子どもの遊び・下,青木書店,東京,p.14-15,1981.
 14)かこの主張から考察してもわらべうたとあそびうたは同義ととらえられる.そこでここでは以下「遊びうた」とする.
 15) 筆者が非常勤講師を行っている東京学芸大学教育学部附属小金井小学校第1学年の実践を基にしている.

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