◆ 335・リハビリテーションに音楽を用いる方法

板東 浩
吉岡明代

1.音楽とリハビリ
 音楽や医学の起源を考えてみよう。かつて、人間が集団生活を営むようになり、呪術から宗教が誕生した。その儀式を通じてリズムや歌、音楽が生まれる。宗教心により病人が手当され、介護や看護、医療が発展していく。この指導者が薬師や医師の役割を担ってきたのである1)。
 元来、リハビリテーションとは、宗教的な意味合いを持つ。教会を破門された者が再び戻るのを許されることだ。そのため、回復や復興、社会復帰というような場合に、本用語が用いられることがある。
 人は、怪我によって身体が機能しなくなったり、プライドや人間性など心が傷つけられたりする場合がある。この状態を本来の姿に回復させるように導くプロセスが、リハビリテーションであろう。この際には、音楽に内在するパワーが、補助的な役割を果たすことができる。本稿では、以上について若干の概説を行う。

2.音楽療法の基本的事項
 音楽療法とは「音楽の持っている様々な心理的・生理的・社会的働きを利用して行われる治療、リハビリテーション活動、保健活動、教育的活動等を総括的に表した言葉であり、非常に幅広い内容を含む」ものである。そのポイントを次に記す。
 1)受動的と能動的:音楽を聴取するのが受動的であり、歌ったり楽器を演奏するのが能動的な活動である。
 2)グループと個人セッション:週に1回、5-10人程度もしくは数十人というブループのセッションがしばしば行われている。クライアントと1対1で行う個人セッションでは、各人のニードに対応できるが、それほど頻度は多くない。
 3)音楽の提供法:受動的な例として、BGM、ウォークマン、ボディソニックなどがある。本邦で開発されたボディソニックは、ベッドや椅子にスピーカーが備え付けられたものである。これから発展させたのがボディソニック・ルーム(BSR)で、老人痴呆に対する効果が検討された。能動的な例には、歌唱、カラオケ、太鼓など打楽器、キーボードやギターなどの楽器演奏が含まれる。
 4)リハビリで音楽を活用するコツとして、音楽療法士によるセッションの例を表1に、理学療法士による歩行訓練の例を表2に示した。
 
3.パーキンソン病
 本疾患の歩行訓練では、歩行を容易にさせる条件がある。床の上に一定間隔で線引きがあったり、規則的にピッピッと音が鳴ると、歩行の改善が認められる。
 最新研究として、美原ら2)は本患者の歩行障害に対する音楽療法の効果を検討した。1)自由歩行、2) リズム刺激、3)メロディ刺激、4) +10%と-10%のテンポによるリズム刺激、5) +10%と-10%のテンポによるメロディ刺激、の5つの条件を設定。患者の身体に36点フルボディマーカーセットを装着し、三次元動作解析装置を用いてコンピュータで画像処理して詳細に研究した。その結果、コントロールよりもリズム刺激で歩行が改善し、メロデイ刺激でさらなる改善が認められた。本疾患に対して、適切ななじみの歌などの歌唱、あるいは歌いながらの歩行訓練を継続させることにより、持続的な歩行改善が期待されている。
 パーキンソン病では、聴覚のリズム刺激が動作や発語を改善する3)という。同患者に対する音楽療法で、歌唱、発声プロトコール法、体動の訓練などを行うと、寡動や硬直、感情スケール、会話理解度、発声の各種指標などが改善した4,5)。単なる理学療法よりも、音楽療法を合わせると効果的である。

4.脳疾患のリハビリと音楽
 脳卒中や外傷性脳損傷患者では、自然回復がみられる。直後が最も速く、顕著な回復は6カ月以内に終了してしまう。従って、早期のリハビリテーションが重要となる。リハビリを効果的にするポイントを表3に示す。この際に、音楽を補助的に用いると効果的であり、理学療法士や作業療法士は活用してほしい。
 イベント発症後に枕元で音楽を流すのは、感覚刺激の点から有効であろう。明確なリズムで、音量の増減があり、聴覚を刺激するような音楽がよい。
 回復初期に混乱や興奮がみられる場合、家族の協力を得て、患者の好みの音楽や静かな音楽を聴かせるのもよい。恐怖を和らげて、まろやかで優しい感覚刺激となる。患者の不安感を減らし、環境になじませる力を与えるだろう。
 リハビリは、通常、患側を訓練する単調なものだ。回復が進めば、健側で楽器を演奏させてみるのもよい。次の段階は、患側の上腕や前腕にタオルでバチを固定し、太鼓を叩く動作にチャレンジしてみよう。これによって、患者が楽しく達成感を味わえば、将来に続くリハビリの動機づけとなるはずだ。
 重篤な脳障害の患者で、昏睡が平均52+/-37日続き、昏睡からリハビリ開始まで平均154日を要した34名に対して、ベッドサイドで歌唱や楽器などの即興演奏を行った報告がある6)。その結果、協力的行動の有意な改善と、不活発性や精神運動の不隠や興奮が減少した。
 高齢痴呆患者では、音楽療法で興奮行動が減少したとのエビデンスが得られている7)。また、患者をケアする家族に音楽の活用法を伝授すると、様々な交流が容易になり有用性が認められる8)。痴呆患者と介助者のコミュニケーションを検討すると、BGMがある時には痴呆患者の理解度が増し、介助者の言語・非言語による指示が少なくて済むという9)。

5.呼吸器疾患
 単に歌唱するだけでも、呼吸機能を訓練している。医療分野だけではなく、様々なサークルでもリハビリテーションの一環として使われている。
 気管支喘息では、吸気は楽だが、呼気に困難を要する。同患者に対する「喘息音楽」が知られている。歌う際には、歌詞や文節の切れ目でずっと息を伸ばし発声を伸ばす「フェルマータ唱法」を練習する。たとえば「チューリップ」の歌なら、「さいたーーー」と長く伸ばす。すると、無意識に腹筋が使われて、腹式呼吸を自然と体得できる。ピークフローや1秒率の検討でも有意な改善がみられる。
 縦笛を吹いたり楽しく合奏することで、そのコツを覚えられる。これらは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)で呼気に行う「くちすぼめ呼吸」に類似している。また、多発性硬化症患者に音楽療法を行ったところ、約8割の例で呼吸筋の筋力低下が予測値の30%以内に抑えられ、呼吸機能の低下が防止されたという10)。

6.障害を有する場合
 先天的・後天的な原因を含むが、WHOは障害を下記のように分類している。
1)機能障害(impairment) 身体的、精神的機能が正常ではない状態
2)能力障害(disability) 機能障害がある結果、普通の日常生活ができない状態
3)社会的不利(handicap) 能力障害のために働けないなど、社会的に不利な状態。
 スウェーデンには、8~17歳の知的障害者約20名がバイオリンを合奏するラムス楽団があり、来日の際に筆者らはコンサートを企画した。長年生活に溶け込んだバイオリンと音楽は、彼らにとって身体の一部である。地元の養護学校の生徒も共演し、目が輝いて溌剌と歌い演奏する姿に、保護者や教諭も感動を押さえきれなかった。彼らよりもむしろ、長年ケアに携わってきた周囲の人々に最高のリハビリテーションであったことだろう。
 
おわりに
 リハビリテーションと音楽のいずれもが広い意味を有し、実際には多岐にわたる活動がなされている。本稿ではその一部を紹介したが、今後は両者が融合および協調に向かい、さらに各患者またはクライアントに適した方策が実践されるものと思われる。

 表1 音楽療法セッションの例
1.導入挨拶 季節の話、ニュースの話題
2.今月の歌 イントロとして知られる歌
3.季節の歌 話題の歌や誕生日などの歌
4.体操の歌 手足を動かせる動作を含む歌
5.終わりに 固定の曲で次回に続ける

 表2 歩行練習には音楽を
1.歩行練習では、患者と一緒に横で歩く、大げさな手足の動作を見せて真似させる
2.床には、一定の間隔で線があればよい、模様でも活用して目標とする
3.一定のリズムで音を出す メトロノームを使う、手拍子を打って、リズムをとる
4.単なるリズムより音楽を かけ声および歌唱しながら、一緒に歌って歩行すると効果的
5.リズムやテンポの速さ、プラス10%の早さで施行してみる  
6.曲は2拍子か4拍子をなじみの歌で、覚えているものを  
7.旋律よりもリズムを大きな音で伴奏では、低音のリズムを明確に

表3 脳疾患に対するリハビリのポイント
 1)筋力の衰弱や硬直を防ぐ。これが自然回復のプロセスを妨げる。
 2)患側に刺戟を与え、言語や運動などの失った機能の再訓練を開始できる。
 3)患側ではなく、健側を訓練し適応技術を教える。失った機能を代用できる。
 4)補助器具を用意して教えれば、日常的な環境でQOLを向上できる。
 5)寝たきりになるのは、患側ではなく健側の不使用・不動のためである。
 6)以上のいずれの段階でも、BGMや歌など音楽をうまく活用できる。

文献は省略

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