◆ 333・音楽療法と心理学No.3

板東 浩 徳島大学大学院 生体情報内科学   
天保英明 弘前大学医学部 神経精神医学教室
松本晴子 東京学芸大学大学院 教育学研究科

はじめに
 本シリーズでは、音楽療法と心理学のかかわりについて論じている。前稿では、心理検査で汎用されている東大式エゴグラム(TEG)1)を紹介し、TEGを適用した音楽関係者のエゴグラムの調査結果について記述した。エゴグラムは仕事や環境の変化によって数カ月単位で変化すると言われている。より短い時間で変化する気分や感情についての検査法に、POMS(気分プロフィール検査)2)がある。本稿ではTEGと他の検査法との関連や、POMSと音楽療法との関わりについて述べる。

1.TEGとCMI, SDS
 心理検査には様々な種類があるが、その中でよく知られているものとして、TEGのほかに、CMI(Cornell Medical Index)健康調査票やSDS(Self-rating Depression Scale) などが挙げられる。
 A) CMI健康調査票は、心身に関連する自覚症状を調べるために作成され、深町らによる日本版が用いられている。身体的自覚症状の質問(男性150項目、女性162項目)と、精神的自覚症状の質問(51項目)によって判断する。身体的な自覚症状の中で心臓脈管系(C)、疲労度(I)、疾病頻度(J)の合計得点を縦軸に、精神的自覚症(M-R)の得点を横軸にした神経症判別図に、対象者のポイントをプロットする。そしてI領域(正常)、II領域(準正常)、III領域(準神経症)、IV領域(神経症)のいずれかに該当させるものである。
 CMIとTEGとの関連について、男女や年齢による差異はない。I領域(正常)に属する被験者は、概して、Aが高くCPとACが低い場合が多い傾向にある。II領域(準正常)では、I領域の場合寄りも、CPとACが高くなってくる。III領域(準神経症)では、さらにCPとACが高くFCは低い傾向がある。IV領域(神経症)では、CPとACが非常に高く、NP, A, とくにFCが低くなる。これは、自他共に厳しい面があるが、一方で周囲に対する過剰に適応し、これらが心理的葛藤を引き起こし、抑うつや劣等感につながるものと思われる1)。
 B) SDS(Self-rating Depression Scale)は、抑うつがあるかどうか、その程度がどれほどかを評価する質問紙法である。集計した点数が40点以上であればうつ傾向、50点以上なら明らかなうつ状態と判断できる。SDSとTEGとの関連について、SDSの得点とCPとACに有意な正の相関が、Aに有意な負の相関がみられている。ACとの相関係数は0.51と強い。その理由として、AC(adapted child)とは順応的で周囲の人々に気を使い、人の目顔を見て適応できる「いい子ちゃん」と言える。主体性があまりなく、劣等感を持つ傾向があり、これらに
よって、自己否定の傾向になりやすいと考えられる。その結果、ACの因子が高くなると、depressionの傾向がみられやすくなる1)。

2.POMS心理検査
  POMS(Profile of Mood States)とは、気分や感情という主観的な側面を評価するための心理検査である2-4))。最初は米国のMcNairにより作られたもので、その時点における気分や感情を数値として測定できるという大きな特徴がある。WHOによる「神経行動コアテストバッテリー」の中にも含められている。
 本邦では横山らによる日本語版が使用されており、POMSの質問表は65項目の質問で構成されている。質問票の一部を図1に示した。質問に答える時には、は最近1週間における気分や感情を尋ねる。「まったくない」(0点)から「非常に多くある」(4点)の5段階(0~4点)のいずれかの1つを選択する。全体を集計して、感情について分析する。

 POMSでは、人の感情を6つに分類している。
? 緊張ー不安(Tension-Anxiety: T-A)
? 抑うつー落ち込み(Depression-Dejection: D)
? 怒りー敵意(Anger-Hostility: A-H)
? 活気(Vigor: V)
? 疲労(Fatigue: F)
? 混乱(Confusion: C)
 集計した結果例を示す。図2の左段は男性2例の内科医(physician)である。Case1はほぼ平均的な結果であり、被験者は仕事や生活など特に大きな変化はなく落ち着いているという。Case 2では突出している活気(vigor:V)が特徴的であり、被験者は目標とするものに対して毎日精力的な生活を送っているという。
 図2の右段に示す女性2名は、いずれも本邦に570余名いる日本音楽療法学会認定の音楽療法士(music therapist, MT)である。Case 3は臨床経験が長く感性豊かなMTで、POMSの結果はバランスが取れている。相対的にはややT-Aが高く、この理由を推測するならば、クライアントのニードを敏感に感じて対応できるACによるのかもしれない。Case 4では、相対的にA-H、F,C因子が高いPOMSの結果が得られた。その一因として、多くの人々とコミットし様々なマネジメントで多忙なライフスタイルと関係があるものと思われた。

 3.TEGとPOMSとの比較
 TEGにおける5尺度とPOMSの6尺度との相関について概説する。いずれもある程度の相関が存在しているが、相関係数が0.3より大きいものを強い関連があるものと判断し、重要なポイントを下記に示す1)。
 1) CPと怒りー敵意、緊張ー不安:CPとは父親的な厳しい面を示しており、理想、責任感、批判、道徳、倫理観などに関与している。そのために、怒りー敵意、緊張ー不安との尺度との間に相関が強いと考えられる。
 2) NPと活気、混乱:NPとは母親的な養育的な面を示しており、思いやり、共感、受容、保護などに関与している。心の優しさという点から、活気や混乱と強い相関がみられると思われる。
 3) Aと活気、混乱:Aとはコンピュータのように冷静な判断をする尺度である。強い相関がみられたのは、活気(正の相関)と混乱(負の相関)であった。ただし、中等度の負の相関は、抑うつー落ち込み(-0.24)、疲労(-0.18)、緊張ー不安(-0.17)にみられる。以上より、活気の程度が高かったり、逆に混乱の程度が低ければ、
客観的に思考や判断がしやすいことになる。また、抑うつー落ち込み、疲労、緊張ー不安などが少なければ、冷静に判断しやすい傾向になると言える。
 4) FCと活気:FCとは、天真爛漫な子供のように、自由な発想に関与している。直感に優れたり、創造的なアイデアを生まれる源泉と言える。FCと活気は強い正の相関がみられたが、中等度の負の相関が、混乱(-0.23)、抑うつー落ち込み(-0.23)に認められた。これらの陰性の感情が、FCの表出をある程度抑圧していると考えられる。
 5) ACと抑うつー落ち込み、混乱、緊張ー不安、疲労:ACとは自分の感情を抑え、いい子供を演じられる尺度である。非常に高いACのは、周囲の環境や人に対して過剰に適応している。この状況が、気分や感情の不安定さを引き起こしているとも考えられる。

4.音楽療法におけるPOMSの適用
 音楽の生体に対する生理的作用の研究に引き続いて、心理的作用の研究も行われてきた5,6)。しかし、生理学的な見地から音楽に対する情緒反応を予測したり一般化することは難しい。また、心理学的なものさしで得られた結果は、理論的な基盤が弱く厳密さと一貫性が十分ではない6)。
 音楽聴取が情動に与える変化について、音楽聴取前後のPOMSスコアの変化が報告されている7)。対象者は18-23歳の健康な女子学生31名で、方法は指定音楽と好みの音楽の2種類を聴かせた。体調の良否はPOMSの疲労のスコアに若干の影響があったが、生理の有無、前夜の睡眠時間、セッション中の眠気などの生活状況は、POMSのスコアに影響していなかった。POMSの結果は、指定音楽(鎮静的音楽)と好みの音楽(リラックスを目的として被験者によって選択されたもの)を短時間聴取すると、活気以外の各因子で明らかに一時的な情動変化がみられた。その変化は、ジャンルやテンポが様々であったにもかかわらず、比較的一貫しており、
その変化を次に示す。

? 緊張ー不安を和らげ、
? 抑うつー落ち込みを賦活させ、
? 怒りー敵意を鎮め、
? 活気を増し(好みの音楽の場合)
? 疲労を軽減させ、
? 混乱を少なくする。

 従来から、音楽には生体をホメオスタシスに向かわせる効果(向ホメオスタシス効果)と生体をリラクセーションに導く効果がある8)とされている。これらの結果は、音楽の聴取が個人に自覚可能な情動面での変化をもたらし、感情のレベルが高すぎる人は低下させ、感情レベルが低すぎるひとは上昇させるように、働くようである。

 なお、健康な学生に6種類の音楽を聞かせてPOMSの変化を検討すると、緊張、抑うつ、怒りの尺度の有意の変化や、ダンス音楽が有する強い陽性効果などが報告されている9)。
 疾病を有する対象者に対する報告もみられる。精神科入院患者に音楽療法を行い、POMSで半年の経過を評価した結果、統計学的に混乱の尺度の減弱が認められ、思考力や集中力の改善が示唆されている10)。また、癌患者に10週間、能動的および受動的音楽セッションを行ってPOMSで評価したところ、気分の改善が認められたが、2種類のセッション間には差異はなかったという11)。脳卒中後遺症など神経系の患者で音楽療法の前後でPOMSを適用すると、不安、活気、敵意の尺度の改善がみられている12)。
 
おわりに
 本シリーズでは、音楽療法と心理学について記述した。心理テストの中で、広く用いられているTEGを概説し、TEGを適用した音楽関係者のエゴグラムの調査研究についても述べた。また、感情や気分に対する調査票の日本版ポムス(POMS)についても紹介するとともに、TEGとPOMSとの関連についても触れた。
 以上の記述は、日常生活の様々なTPOの場で活用が可能であると思われる。臨床の場では、担当医が患者を診療する際に、患者だけでなく患者の家族に適切に助言する際に、そして各種の医療スタッフが患者と関わる際に、有用な情報となると思われる。また、仕事場や家庭における人と人とのコミュニケーションにも参考になり、医療とともに音楽療法がさらに展開していくように、期待したい。

文献 (短くした表記)

 1) 新版 エゴグラム・パターン. 金子書房、1995.
 2) 横山和仁: 日本版POMS手引き. 金子書房、1997.
 3) 横山和仁、他: 日本公衛誌37: 913-918, 1990.
 4) 赤林 朗、他: 心身医. 31: 557-582, 1991.
 5) 中村均: Jpn J Psychol 54(1): 54-57, 1983.
 6) Radocy RE: Psychological Foundation of Musical Behavior,Charles C.T.publisher, p177-195, 1993.
 7) 高橋幸子、他. 心身医. 39(2): 168-175, 1999.
 8) 永田勝太郎: 音楽療法の生理学的研究と心身医学における応用.音楽之友社,pp82-106, 1996.
 9) Noon S. J Psychiatr Ment Health Nurs 5: 403-408, 1998.
10) 市村暁子、他. 日本音楽療法学会誌1: 60-67, 2001.
11) Waldon EG. J Music Ther 38:212-38, 2001.
12) Davidson M. J Music Ther 39: 20-29, 2002.

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