◆ 332・音楽療法と心理学No.2
板東 浩 徳島大学大学院 生体情報内科学   
天保英明 弘前大学医学部 神経精神医学教室
松本晴子 東京学芸大学大学院 教育学研究科

はじめに
 音楽は心身に様々な影響を与えることから、音楽療法は代替療法のひとつになっている1)。今回このシリーズでは、心理学的な見地から音楽療法について概説しており、前回はエゴグラムについて総論的に触れた。今回は、エゴグラムの知識が若干あれば医療の現場で患者との対応に有用であることを記する。さらに、音楽関係者に対するエゴグラムの調査からデータを示すとともに、若干の考察を述べたい。

1)心理テスト
 本邦における心身医療の領域で、しばしば用いられている心理テストには、コーネルメディカルインデックス(CMI)、状態特性不安尺度(STAI)、自己評価式抑うつ尺度(SDS)、感情や気分に対する調査票の日本版ポムス(POMS)、矢田部ーギルフォード性格検査(Y-G)、東大式エゴグラム(TEG)などがある。
 これらは精神科や心療内科などの科で頻用されている。この中で、TEGはもっとも簡便でしばしば頻回に活用されているものの一つである。エゴグラムの基礎的事項については、前回に説明した。その5つの因子、言い換えればあなたの心の中に住んでいる5人、
5種類の自我、5つのエゴについて念のため下記に列挙する。
・批判的な親(Critical Parent, CP)
・養育的な親(Nurturing Parent, NP)
・大人(Adult, A)
・自由な子供(Free Child, FC)
・順応した子供(Adapted Child, AC)
 本稿では、これらに関わる具体例について記しながら、解説を加えていきたい。

2)ナースの考え方と言葉
 TEGの理解を助けるために、医療の現場でみられるわかりやすい例を挙げる。
 日常診療の場では、ナースと患者との間で、様々なコミュニケーションや言葉のストロークが行われている。そこで、糖尿病の患者がいると仮定しよう。ただし、その患者は優等生ではなく、食事や運動療法をちゃんとできず、あまりしたくないという性格を有する患者である。ナースが患者に注意もしくは指導する場面を考えてみよう。
 まず、ナースが患者に対して話をする場合、下記の3つの立場から、様々な情報を伝えていることが多い。
 ●厳しい父親像(CP):「ダメですよ。ちゃんとしなければ!ルールを守れない患者は、すぐに退院してもらいますよ。」
 最初から、このように発言するナースは稀であろう。しかし、何度注意しても受け入れない患者には、厳しく諭さねばならない。このような場合は、後でフォローをしておくのが必要である。
 ●優しい母親像(NP):「食事が十分に食べられなくて、 大変ね、大丈夫かしら、私は心配しているのよ。」と共感の気持ちを示す。そうすれば、相手もナースに心を開いてくれる。このチャンスを逃さずに、糖尿病についての指導や、客観的な説明を続けてもよい。
 もしくは、その時はこれだけ伝えておき、タイミングをみてから、必要な注意をしてもよい。
 ●冷静な大人の因子(A):「毎日体に必要なカロリーの計算法を教えましょう。あなたは身長が160cmだから、理想体重は1.6x1.6x22の計算で56.3kgです。今は特に重激しい仕事をしていないので、体重あたり30Calが必要と考えて、56.3x30=1689。ですから、1日に約1700キロカロリーの熱量を取るのですよ。これらの内容をちゃんと理解しましたか。」
 このような冷静な説明について、内容は間違いではない。ただし、患者と会った瞬間に何のイントロや前奏曲もなく、この医学的な内容を急に話し始められたら、患者はどのような気持ちがするだろうか?落ち着いて受け入れられるだろうか。TPO(time, place, occasion)を考慮し、実際には、これらを組みあわせて活用してほしい。

3)患者の考え方と言葉
 おおよそ、糖尿病になる患者や糖尿病になってうまく自己管理ができない患者などは、性格に問題がある場合がよくみられる。逆にいえば、自分には甘く、認識や判断が十分ではない性格に少々問題があるからこそ、糖尿病の長期にわたる管理がうまくいかないのである。下記に例を挙げる。
 ●天真爛漫な子供の因子(free child, FC):「医者は、食事と運動についていろいろ言ってくる。でも、僕は今何の症状もなく、元気いっぱいだ。特に心配などしていないよ。今日、お見舞いに来てくれた友人は、顔色が良くて元気そうだね、と言ってくれた。僕もそう思うよ。」
 このような性格の糖尿病患者は多い。患者がこのようにFCの因子が全面にでている場合、どのように対処すればよいのであろうか?冷静沈着に専門的知識の説明をしても、聞く耳を持たないかもしれない。大人(Adult,A)の因子が十分のレベルにないために物事を冷静に聞いて考えるというよりも、自分の気持ちや感情を優先して、判断してしまうからである。おおよそ、都合の悪いことはすぐに忘れて、自分の行動を正当化できるような都合のよい言葉だけを、覚えていたりする。
 そこで、医療従事者のサイドとしては、「目の前の患者は大人であるけれど、Free childという小さな子供であるのだ」と考えてみると、対処法のヒントになるのではないだろうか。いちいち腹が立つことも少なくなるかもしれない。幼稚園や小学校低学年の子供を相手にする場合には「飴」と「ムチ」が有効であるように、優しい言葉をかけつつ時には厳しく対応する。大人(Adult,A)の因子は当然ながらまだ成熟していない。このような時には、詳細な説明をするよりもむしろ感情に訴えるほうがよいかもしれない。
 すなわち、合併症の話をする場合にも、網膜症や下肢の大血管障害について詳しく病態生理を説明するよりは、「失明しますよ」、「足が腐ってこのように切断するようになりますよ」、と写真を見せて、インパクトを与えるほうが効果的であるとも考えられる。あなたの周囲にいる患者さんのなかで、このような例に該当するような人はいないだろうか。
 ●他人の表情をみる子供(AC):患者の中には、周囲の人々のことを気にしたり、気配りや気兼ねしたりする患者がいる。そのような患者では、医者やナースの対応や顔色に対して、比較的過敏である。このことを理解した上で、ナースが指導に使えるコツがある。患者が、どうしても食事や運動療法が指示通りにできない場合の一例を示す。
 「あなたがちゃんと食事や運動をしてくれないので、院長から私たちナースが叱られしまったわ。叱られたのが問題なのではなくて、あなたがうまくできないとあなたの身体の調子がしらない間に次第に悪くなってしまって、そのことを私たちは辛く悲しく感じるわ」と。問題をすり替えてしまっているのであるが、多少、効果があるかもしれない。少しでもうまくできるような兆候が見られれば、すみやかに、「私は、とっても嬉しいわ」と伝えることを忘れないようにしたい。
 これをうまく活用すると、生活習慣を改善するきっかけとなり、管理の継続に効果があるものと思われる。

4)音楽関係者におけるエゴグラム
 著者らが行ったTEGを用いて音楽関係者におけるエゴグラム解析2)を次に示す。
 対象者としては3つのグループを設定した。
A)現在ピアノを練習しているか、過去にピアノを練習したことがある6~19歳の250例
B)ピアノ学習者の両親で28~48歳の66例
C)ピアノを教える20~60歳の音楽教育者66例 方法としては、この対象者に東大式エゴグラム(TEG)第2版
(1995)3)を用い、対象者に60個数の設問に回答してもらった。その結果をコンピュータで解析した。結果の中から、本稿で適切と思われるものを紹介したい。
 1)3群において、CP, NP, A, FC, ACの5つの尺度の中で、最も優位性を示した尺度を解析した。FCが最も高かった割合は、学習者で33%、両親で4%、教育者で14%であった。ほぼ同じ年齢構成の両親群と音楽教育者で差異がみられたのは、音楽教育者が芸術分野の仕事に関わり、FCに表される天真爛漫さや創造性のファクターが関与しているものと考えられる。
 2)FC満点例が、学習者群250例の中で6例(2.4%)認められた。そのケースの詳細を記する。
1) 6歳女: 明朗活発、ピアノが好き
2) 7歳男: 明朗活発、ピアノが好き
3) 7歳男: 全国大会で銅賞
4)10歳女: 四国大会入賞、英語検定準2級
5)11歳女: 四国大会第1位, 学業成績上位1%以内
6)18歳女: 直感力に優れ、ピアノが好き
 これらのケースでは、通常の音楽学習者よりも、ピアノコンクールでの入賞歴が多い。ピアノの技術や表現力に優れ、学校の学業も優秀であるようである。さらに、音楽が好き、長時間の練習に耐えて、苦痛と感じない、などの素質や、両親や家庭の教育環境なども影響していると思われる。これについては、Altshulerが主張する音楽の作用5種の中で、特に、注意の集中、その範囲の拡大、気分の変化などが関連している4)と思われる。そらく、これらの症例では集中力が高いためにhigh performanceにつながり、また、両親や仮定の教育環境なども影響していると思われる。
 3)FC満点例の経過:No.5の11歳女児については、観察を継続してきている。以前、不登校の時期があった。その時にTEG の検査をしていれば、おそらくU型の爆発タイプであり、数年かけてNPとAが高くなり、
現在のFC優位の自由奔放タイプに変化してきたことが推測される。本例の両親は、エゴグラムの解析に協力的であり、両親についても解析し一緒に検討を重ねた。エゴグラムというツールを学び、自分のコミュニケーションについても考慮した両親は、客観的に家庭内での対応を改善していった。その結果、最近4年間は、スムーズなコミュニケーションとなり、子供も健やかに育ってきている。
 4)学習者(A群)の結果を表1に示す。TEGを低年齢層に対して適用し、同年代の学童との比較は行っておらず、学習者のエゴグラムの解釈や評価は難しい。
 5)両親(B群)の結果を表2に示す。規律に厳しいタイプが多い反面、CP低位の「ルーズ」タイプが11%も多かった。音楽の資質を持つ子供を信頼し、のびのびと自由にさせている親も多いとも考えられる。
 6)教育者(C群)の結果を表3に示す。がんこおやじ、管理者、コンピュ-タ、孤高の人などの「厳しいピアノの先生」という従来のイメージに近い結果が得られた。
 この次に多い3つのタイプについて、事例を紹介する。「がき大将」タイプの22歳女性はリーダーシップに優れ、学習者をぐいぐい引っ張っていく気質があり慕われている。「ボランティア」タイプでは、幼稚園を定年退職した2名の女性がいる。世話好きで、奉仕精神にあふれている。「プレイボ-イ」タイプの21歳女性例は、従来ピアノ学習者であると同時に、若年の学習者にアドバイスし面倒をみてきた。彼女は音楽の楽しさを子供にうまく伝え、共に楽しめる資質がある。

5)エゴグラムの活用法
 本稿の検討は、ある特定のタイプの人が、ある特定の仕事に適するとかどうかを議論するものではない。しかし、少なくともTEGによって、自分の資質や特質を理解するの役立つであろう。自分のエゴに気づき、自分の短所を認識し、長所を伸ばすことができるであろう。
 今回のTEGの調査結果は、音楽家、音楽教育者、音楽療法士などに関与したものである。この基礎データが、将来音楽の領域を目指す人々の比較データとして有用となれば幸いである。
 TEGは交流分析を応用した心理テストの一種であり、ある心理的側面をみる資料のひとつに過ぎない。一般的傾向はわかるが、個別的な問題まではわからない。得られた結果によって、人に○○タイプとレッテルを貼るのではなく、TEGだけで人間を判断しないことが重要で、理解できたと錯覚に陥らないように注意すべきである。

おわりに
 本シリーズでは、音楽療法と心理学について記述している。前稿では、心理テストの中で、広く用いられているTEG(東大式エゴグラム)について概説した。本稿では、TEGの基本的知識を有すると、医療現場でのコミュニケーションに一助となることを述べた。また、音楽教育者や音楽学習者、その両親におけるTEGの調査結果から考察を行った。今後、医療現場や多くの場においてTEGの適切な活用が行われることに期待したいと思う。次回は、感情や気分に対する調査票の日本版ポムス(POMS)についても触れたい。

文献
 1) 松本晴子、他. 代替療法としての音楽療法.治療84(1): 81-84, 2002.
 2) 板東 浩、他. 音楽学習者および学習者におけるエゴグラムの検討. 日本バイオミュージック学会誌 15(2):152-158, 1997.
 3) 東京大学医学部心療内科 編著. 新版エゴグラム・パターン. TEG(東大式エゴグラム)第2版による性格分析.金子書房. 1995.
 4) 坪井康次、他. 摂食障害症例への音楽療法の適応.心身医 32: 121-128, 1992.

表1 学習者のエゴグラム (以下、等幅フォント推奨)

TEGパターン    %   (参考値)     特徴

癇癪もち 14    なし   精神的にやや不安定
自由奔放    12     ”   明るく感覚的に判断
プレイボ-イ 9    ”   強い自己主張
白日夢    9     ”   実行不可能な理想
依存者    8     ”   言いつけ通り真面目
爆発    7    ”   癇癪もちよりFCが高値

表2 両親のエゴグラム

TEGパターン   %  (参考値)     特徴

がんこおやじ 15   3.4  厳しいが面倒をみる
ル-ズ 11   2.1  厳しさがなくのんびり
管理者 9   3.1  子供に盲従を強いる
コンピュ-タ 6   8.1  客観的で冷静な判断
葛藤    6   2.6  現実の吟味力の不足

表3 教育者のエゴグラム

TEGパターン    % (参考値)    特徴

がんこおやじ 9 3.4 責任感強く厳しく指導、真面目、思いやり強く、面倒見がよい
管理者 9 3.1 エネルギシュに活動的に指導、信望が厚く相手に盲従を強いる
コンピュ-タ 7 8.1 知的で冷静な判断、自他肯定タイプ、思いやりや遊び心もあり
孤高の人 5 4.0 規則を厳格に守る、妥協しない、非寛容、綿密なスケジュ-ル
がき大将 5 5.5 面倒見がよく親分肌、姉御として、慕われる
ボランテイア 3 1.2 奉仕精神にあふれており、世話をするのが好き
プレイボ-イ 2 3.2 天真爛漫で、葛藤なく健康的、音楽の楽しさを伝える

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