◆ 329・保険活動に音楽療法をNO.2

 希有の舞台人であった藤山寛美を引き継ぐ直美の芸と歌は,私たちの笑いと涙を誘う。諸外国のコメディと異なり,わが国の喜劇には,浪花節的なペーソスも含まれ心の琴線に触れる。

 恍惚ホルモンとされる脳内麻薬物質であるエンドルフィンは,笑うときだけでなく,泣くときも多量に分泌される。これは心のカタルシスなのである。音楽は,増幅器(アンプ)のように働くのである。
 さて,本稿ではまず、どんな対象にもぴったりの「四季の歌」を使った音楽療法のセッションを紹介する。次に対象別に,具体的なコツについて述べる。

「四季の歌」で実際にセッション

 「四季の歌」は音楽療法にぴったりな曲である。これを一度実際にやってみると、ナルほどと思われるだろう。どんな場面にも応用できるので、是非、活用してほしい。「四季の歌」はなぜ、いいのか。理由は以下のようである。
 1)どの年代の人にもよく知られている。
 2)歌詞には季節感がある。幼稚園的な童謡ではなく,古い唱歌でもない。この歌はどのような状況で歌っても,違和感がない。
 3)旋律はシンプルで覚えやすい。
 4)楽譜はわずか8小節しかない。
 5)音域はわずか6度しかない。
 6)イ単調の演奏では,ラシドレミファという音域は高齢者にも歌いやすい。
 7)イ単調で伴奏する場合,右手は旋律を,左手は4拍ごとにラの音を,弾くだけでよい。
 8)リズムは4拍子でゆったりしている。
 9)この曲は,初めて行う手話の曲として有名である。小学生でもすぐに覚えることができる。この手話の動作は簡単であるので,覚えておけばいろいろな機会に活用できる。

以上を認識した上で,四季の歌を歌いながら,手を動かしてみよう。例を下記に示す。
 1)右手で左肩を2拍ずつ2回たたく。次に,左手で右肩を2拍ずつ2回たたく。これを4回くり返すと8小節の曲が終わる。
 2)手でふとももをたたく。手を頭の上に,身体の前方に,側方に,伸展させたり屈曲させたりできる。
 3)4拍かけて右手を左方→上方→右方と大きく回す。同様に左手を回す。簡単で楽しいバリエーションを工夫してみよう。

対象別活用例

■糖尿病
 糖尿病の講座で,低血糖の症状について説明するときがある。その際には,時代劇「水戸黄門」のテーマソングの替え歌を用いるよい。声を出しているうちに低血糖症状を覚えてしまう。さらに,座がぐっと盛り上がるので一石二鳥である。受講者は喜んで歌うだろう。
・ああ人生に涙あり(元の歌)
 人生楽ありゃ 苦もあるさ
  涙のあとには 虹もでる
   歩いて行くんだ しっかりと
    自分の道を 踏みしめて
・低血糖に涙あり(低血糖の替え歌)
 人生楽ありゃ苦もあるさ
  めまいに 冷や汗 倦怠感
   動悸に 頭痛に 腹も減る
    震えも 吐き気も 低血糖
 この歌がよい理由として,㈰旋律がよく知られている,㈪番組「水戸黄門」には共感を感じる,㈫病気があっても,前向きに歩いていくという姿勢が込められていることが挙げられる。

■高齢者
 1)高齢者は若年者と異なって,高音が出ない。音域は,まん中のドから5度下のファから,12度上のドくらいまでの範囲とする。
 2)テンポは概して遅い。特に導入の部分では,ゆっくりと始めるのがコツ。
 3)曲目は対象者の年齢を考えて,よく流行した懐メロがよいだろう。高齢者にとって,一生の心の歌となるのは,彼らの感受性が鋭かった青春時代の歌である。おおよそ15-25歳の頃に流行していた歌が多い。
 4)童謡や唱歌については,赤とんぼやふるさと,七つの子などを選ぶとよい。その理由は,郷愁を感じさせる歌であるので,年齢を問わずにお勧めできる。一方,童謡の中でも,すずめの学校,蝶々,チューリップなどは,歌詞の内容を考えると,幼稚園児などにふさわしいものであり,高齢者には適切とは言えない。
 5)痴呆性高齢者の場合,痴呆とは障害児とは異なるものであることを認識する。人生の先輩であり,敬う気持ちを大切にしたい。家族から音学歴を聴取すると,心に働きかける歌が必ずあるはず。その歌をきっかけにして進めていく。
 6)痴呆性高齢者は知的レベルが下降して,自分の気持ちをうまく表現できなくても,情緒は残存している。不適切に接した態度に対する嫌悪感は,ずっと記憶に残ることがあるので,やさしい対応が望まれる。

■脳卒中(片麻痺)
 脳卒中に対する教室で,リハビリテーションの説明や指導を行う場合がある。その目的は
 1)手の身体活動を活発にする
 2)話し言葉の鮮明さを回復する
 3)健康的な精神活動を復活させる
 4)日中のストレスを解消する
 まず,各クライエントの健側・患側を把握する。次に,下記に示すように,順番に指導していくとよい。最初は音楽なしでゆっくりと行い,うまくできれば次に音楽に合わせて,四肢を動かせる。
 1)動かす場所は,末梢から中枢側に移行させていく。すなわち,指→手→前腕→上腕という順に動かす。
 2)上肢の次には下肢に移り,その後で,体幹の運動を行う。
 3)まず,自由自在に動かせる健側の手を動かすように丁寧に指導する。はじめはゆっくり,しだいに速く。
 4)健側の手の動きが理解できたら,次は,患側の手を動かすように指導する。この場合,クイライエントは健側の手で,患側の手首や前腕を持って,補助しながら動かせる。
 5)各自が自分で補助できない場合には,介助者が筋力低下などを補うようにサポートするとよい。
 6)動作はゆっくりと,無理のない範囲で,大きく動かす。動作の種類は簡単でわかりやすいものとする。
 7)時々,言葉で励ますと,いっそう意欲がでる。長時間続けず,休憩をはさんで,ゆったりした気持ちで行う。

■痴呆患者
 痴呆性老人は,今後ますます増えていくだろう。
 1)記憶の中に残存している歌を思い出させ,一緒に歌わせる
 2)歌と歌の間には,会話をはさみこみ,当時の歌に関連した経験を思い出させ,しゃべらせる
 3)簡単な打楽器をたたかせ,リズム感の刺激により,神経系および運動系の器の手足の運動能力を刺激する
 4)歌詞を板書して,文字の記憶を蘇らせるとともに,文字を読ませることで言語能力の回復を期待する
 5)体の各所の存在を動かすことで,本人に感じさせ,把握させる
 6)五感を刺激するような話や音楽を用いる。すなわち,視覚,聴覚,嗅覚,触覚,味覚に訴えるような内容を提供する。
たとえば,2月であれば,紅梅や白梅が咲き始める話をする。そして次の和歌を紹介する。
 東風吹かば
  匂い起こせよ
   梅の花
    主なしとて
     春な忘れそ
 5月の場合であれば,立夏の日に関連して,「茶摘み」の歌がよい。「夏も近づく八十八夜……」と歌いながら,手を打って2人で手をあわせあう動作を楽しむとよい。

■失語症
 右片麻痺の患者に出会ったとき、読者は何か考えるだろうか?「言葉は大丈夫だろうか」と注意を向けるのが、看護婦・保健婦だ。
 右側の手足に麻痺があるのは、左側の脳卒中のため。日本人の約95%は、言語の優位半球は左側にある。従って、左側の脳卒中では、Broca(運動性)失語やWernicke(感覚性)失語をきたす。可能なら、言語上の問題(話す、聞く、理解する、読む、書く)を評価しておきたい。
 一方、劣位半球(通常は右側)では、音楽や図形などを認知している。言語中枢の障害で言葉は話せなくても、歌のメロディや歌詞を歌える患者は少なくない。そこで、音楽を用いて、単語記憶や会話能力を改善させる方法が試みられてきた。
 これはメロディック・イントネーション療法(melodic intonation therapy: MIT)と呼ばれる。日常の簡単なフレーズにメロディと抑揚をつけて、自然の会話表現をとりもどす方法である。たとえば、名曲「しゃぼんだま」は、単語が簡単で反復しているので使いやすい。下記のように、括弧の部分を患者にしゃべらせたり、歌わせる。
 しゃぼんだま(飛んだ)
  屋根まで(飛んだ)
   屋根まで(飛んで)
    こわれて(消えた)
 なお、本曲の作詞は野口雨情、作曲は中山晋平である。雨情の子供が生後間もなく病気で没したときに、はかない命をしゃぼんだまに託して、雨情が作ったものとされる。二番の歌詞には、「生まれてすぐにこわれて消えた」、とある。文学的には、反復したフレーズが、雨情の切ない心情を強調しているようにも思える。

■パーキンソン症候群
 この疾患の患者は歩行障害があり、歩行のリハビリテーションが重要となる。その際に、床面に一定の間隔で線が引いてあると歩きやすい。棒や障害物があっても、上手にまたぐことができる。すなわち、何の模様もない床を歩くのは難しいが、目標物があると歩行が改善されるのである。
 これに関連して、聴覚についても同様の現象がみられる。一定のリズムで手をたたいたり、リズムのはっきりした音楽を聞かせるとよい。運動緩徐が妨げられ、患者は活発に歩けるようになる。しかし、同じ曲では効果が弱まるので、頻繁に曲を変えるとよい。
 その理由を説明しよう。「動作と音楽とを統合させる」理論がある。音楽にあわせる動作(movement to music)として、ピッピッという音に合わせて、自転車ペダルを踏む例がある。一定のリズムの音をペースメーカーとすれば、運動がスムーズに持続でき、この原理は「神経筋同調法」と呼ばれる。予想される音が出るタイミングよりすこし早く、すでに筋肉は収縮に向けて興奮し始めているからだ。このために、動作に遅れがなく、ぎこちなさがなくなる。これが「聴覚リズムによる筋運動準備過程」である。以上より、手を叩いたり音楽を流しながら歩行訓練をすると、大幅な改善がみられるのである。

おわりに

 音楽療法に動作を導入する場合は,グー・チョキ・パーの体操から入るのがよい。簡単なのは4拍子の曲で2拍ずつくり返す。その後、1拍ごととしたり、末梢の指から手、腕、上腕へと次第に大きな動きにしていくのがよい。このように音楽療法は間口が広く、いろいろなTPOで適用できる。教室を運営する場合の条件によっていろいろな活用があるので工夫してほしい。

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