◆ 328・保健活動に音楽療法をNo.1

 藤山直美がヒロインを演じる音楽喜劇「大阪から来た女」が,大阪と東京で行われた。ロングラン公演だったので,ご覧になった方もおられるかもしれない。舞台は戦後,東京にある港町。大阪からきた1人の女性がみんなを巻き込んで繰り広げる,涙あり,笑いありの物語だ。演劇・音楽がもともと好きなせいもあるが,自然と舞台に引き込まれてしまった。音楽のもつ力に改めて心を動かされた。
 小生は45歳の内科医。糖尿病など生活習慣病を専門としているが,音楽療法に関心をもち,現在は日本バイオミュージック学会四国支部長として,音楽療法の普及に力を注いでいる。
本稿では,筆者が行っている<音楽療法を取り入れた健康教室>の経験をもとに,最初に音楽療法の概要,次いで保健活動にどのように取り入れると効果があるか,さらに対象者別の具体的な展開のポイントについて紹介する。

医療の始まりと音楽
■癒す医療から医学へ
 皆さんと一緒に,少し考えてみよう。病気に対する癒しは,いったい,どのように始まったのだろうか?時は大昔,住居は洞穴。食糧は木の実や動物の肉。たとえば,腹痛をきたした場合,あなたはどうするだろうか? 痛いところに手を当てるだろう。これが,病人を看護する人による手当て(ケア,care)の起源とも考えられる。
 その後,身辺にある草を解毒剤として活用するなど,民間療法が始まった。人々の集団の中で,知恵を有するリーダー役の人は,西洋ではメディシンマン(Medicine-man)と,日本では「薬医(くすし)」と呼ばれた。
 彼らは,単にお腹に手を当てるだけではなく,草を用いて経験的治療を行った。本草学(薬草学)の誕生である。病める人々に癒しの術を施している人が,将来の医療者または医師へと発展していくのである。最初は経験的な医療であったが,次第に理論的になって内科学が生まれ,その後,医学のレベルまで発展し,治療(キュア,cure)が行える時代となってきた。
 これらの一連の流れは,英語のmedicineという単語の意味を考えてみるとわかりやすい。薬,内科,医学のいずれの語も英語ではmedicineとなるからだ。

■医術と宗教と音楽
 腹痛と嘔吐で苦しむ人が目の前にいる。周囲には原始民族の人たち。医術がない時代にできることはみんなで念じること。宗教の力を借りて病気を追い出す。悪霊のしわざと信じて,祈祷を始める。大声を出しながら,手には気の棒を持って,傍らにある木の根を叩き続ける。これが打楽器の誕生のひとつと考えられる。
 ここから次第にリズムが生まれ,祈る言葉がいつのまにかメロディとなり,大勢の声がハーモニーへと発展してきたのだ。この3つこそが音楽の3要素である。
 日本ではその昔,仏教の儀式で,声明(しょうみょう)が詠(うた)われ,唱(うた)われていた。これが,歌舞伎や浄瑠璃,能楽,狂言など,日本の伝統芸能へと発展した。これら日本芸能の特徴をご存じだろうか? すべてにストーリーがあって,言葉や演技があり,音楽を伴う総合芸術なのである。長年にわたって舞台で演じられ,観衆は泣き,笑い,心を癒されてきたのである。これを起源として,日本の演歌が誕生してくるのである。
 そういえば,最近の話題に,流行語にも選ばれる小泉首相の言葉がある。オペラを好む首相がしゃべる声明(せいめい)は,リズム感に溢れている。「痛みに耐えて,よくがんばった。感動した。おめでとう。」

■音楽の効用
 なぜ音楽に効果があるのだろうか?長年にわたって,医学的見地から様々な研究を行なわれてきた。大多数の学者が認める最大公約数的な結果がある。 それは「音楽による不安の減少とリラックス度の促進」である。一般的に,各人が好きな曲を聴いた場合には,ほぼこの状態になるとされる。その際に身体の変化を調べると,血管収縮度と筋緊張度の低下が随伴してくるという。すなわち,血圧が若干下がり,筋肉がやや弛緩する傾向になると言える。 心理的な側面では,「安らぎ,和み,癒しなどの感情が表出しやすい状態」,または「ストレスが少なくなって気持ちがいい状態」といえばわかりやすいだろうか。

音楽療法とは

 音楽療法は,音楽を手段として,対象とする人の発達を促したり,コミュニケーションの力を強めたりするのが目的である。目的のために音楽を補助的に使うのである。
 なお,音楽療法の定義について,標準的なものを示しておこう。「音楽療法は,音楽の持つ,生理的,心理的,社会的働きを心身の障害の回復,機能の維持・改善,生活の質の向上に向けて,意図的,計画的に活用して行われる治療技法である。」

■現在の音楽療法の動向
 音楽療法の動向について,ごく簡潔に説明しよう。対象とされるのは,㈰健康な高齢者,㈪脳卒中や痴呆などの高齢者,㈫精神的な疾病を有する対象者,㈬知的・身体的障害を持つ小児・成人,などである。また,音楽療法に携わっている職種としては,㈰音楽療法士(Music therapist, MT),㈪理学療法士(Physical therapist, PT),㈫言語療法士(Speech therapist, MT),㈬作業療法士(Occupational therapist,MT)がある。ほかには,ボランティア として関わっている人も,増加してきている。医師や看護師,保健師らも音楽を補助的に活用する人も増えつつある。

■音楽療法の分類と歌うことの効用
 音楽療法の分類にはいくつかの切り口がある。個人に対して行われる場合とグループに行われる場合がある。各人の病歴,社会歴,音楽歴は千差万別であるので,本来は個別のプログラムをもつのが理想でなる。しかし,実際にはグループで行われることが多いだろう。
 また,音楽を鑑賞する場合と,歌ったり演奏する場合の2つにも分類できる。前者が受動的療法であり,後者が能動的療法となる。導入は受動的に開始して,雰囲気をみながら,次第に能動的手法に進めていくとスムーズにいくことが多い。
 「歌うことはストレスの解消に役立つ」ことは広く知られている。それを整理してみると,次のようなことが言える。
 1)大きな声で歌うことにより,身体的・生理的な発散となる。
 2)心に溜まった不満やうっぷんを,外部に出すという心理的快感。
 3)愛の告白など,言葉で話すと恥ずかしいことも,歌で人に伝えられる。
 4)歌詞の内容に接することが,人の心を感動させる働きがある。

 さらに,カラオケは,自分から進んで歌うという能動的音楽療法の代表格である。まさに,世界に誇ることができる日本の音楽文化である。

カラオケの効用(表にする)
1)開放感:大声を出すことは、ゆったりと大きな複式呼吸につながる。
2)陶酔感:風呂場の中で鼻歌まじりにハミングするときのように、エコーが効いた音がフィードバックされ、自分の声に酔える。
3)高揚感:緊張感があっても、人前で歌うという行為が、晴れ晴れしい気持ちにさせる。
4)勝利感:仲間や同席する人々からの拍手や賞賛をもらい。ひそかな勝利感と評価を感じる。
5)安心感:仕事と関係なく、仲間同士で一緒に過ごせて、連帯感や一体感を感じる。
6)社交性:歌を通して自己表現するなど、自分を出すことで、新しい自分を発見できる。

健康教室に音楽療法を取り入れる

 保健師が関わる健康教室は様々である。健康高齢者が対象の場合もあるし,肥満,糖尿病,高脂血症などの生活習慣病の予防,あるいは心臓病,脳卒中,痴呆,パーキンソン症候群,精神疾患を持つ人のリハビリなどもある。
 いずれの場合にも共通となる基本的な準備やコツなどについて説明する。

■どんな準備をすればよいか
1)ホワイトボード
2)鍵盤楽器
3)マラカス
 まず,講座を行う部屋に必須不可欠なものは,ホワイトボードである。音が出るものではないが,受講者から声を出させるものだ。歌詞を書きこみ,それを見ながら,歌唱するからだ。楽器がなくても,アカペラで斉唱は十分可能である。
 次に,重要なのがピアノあるいは電子ピアノなどの鍵盤楽器である。しかし,高価なものがどこの施設や部屋にもあるわけではない。そこで,鍵盤が4オクターブほどの卓上に置ける電子鍵盤楽器を購入しておくとよい。これなら数万円で買える。たとえばハ長調の曲では,旋律を右手で弾いて,左手は1本の指でベースの音だけを弾けばよい。すなわち,ド,ファ,ソの3つほどで簡単な曲が弾ける。
 3番目は打楽器類である。タンバリンやマラカスなどで十分。高価なものはまったく不要だ。ない場合は,手作りのマラカスを推奨したい。缶ジュースの空き缶を洗って,中に米を若干入れて,蓋をすれば完成。握力が弱い人のためには,ヤクルトの小さなプラスチック容器を2個用意する。同様に米を入れて,2つの口を合わせてテープで止めればよい。とても軽く,真ん中が細くなっている。片麻痺の患者で握力が弱い場合でも,指と指の間に挟み込めばよいのである。もし,鍵盤楽器がなければCDやテープでも代用できるが,自由に止めたり,速度をかえたり,参加者のリズムに対応できないのが難点となる。

■言葉と音楽の活用のコツ
 いろいろな講座に音楽を活用するといっても,言葉でリードしなければダメである。参考となるポイントを示す。
 1)はじめの雰囲気づくり:受講者が待っている間にも,小さい音量でもイージーリスニング系の音楽がBGMとして流れているとよい。アイスブレーキング(ice-breaking)という言葉をご存じだろうか? 国際会議などでは,本会議の直前にカクテルパーティがある。お互いに紹介しあい,世間話をすることで,緊張感を取り除く時間帯だ。氷を溶かすというのは,フリーズしかけている心と体を柔らかくするという意味である。
 2)最初の挨拶でよくみられるのは、「私ども○○市役所○○部は,○年前から当○○講座を担当し,このたびは……」,これは受講者には直接関係のない内容で,あまり興味をひくものではない。導入を,工夫してみよう。
 まず,最新のニュースから入ろう。数日内のテレビや新聞で紹介された内容で,講座に関連があったり,インパクトがあるものを選ぶ。「驚きましたね」など,と受講者と共感を得てから,スタートさせよう。
 3)ニュースのほかによく使うのが,天候や季節の話。たとえば,1月なら,七草の話ができる。七つの草の名前は,五七五七七の和歌のリズムで覚えるとよい。ホワイトボードに書いて,受講者と一緒に大きな声を出してしゃべってみよう。
 ◆春の七草の覚え方(和歌のリズム)
 セリ・ナズナ
  ゴギョウ・ハコベラ
   ホトケノザ
    スズナ・スズシロ
     春の七草
 なお,スズシロとはダイコンのこと。七草粥を食べると,一年中病気にならず,寿命がのびると言われている。この話題から,栄養学,食事療法,路傍の草花を見ながら散歩する運動療法などへと,話を展開させていくことができる。

■プログラムの進め方
 音楽療法ではセッションと呼ばれるが、健康教室では講座として運営される。時間は内容により、1時間から3時間くらいと幅がある。
 医学的な知識の説明,医学的な知識の説明,具体的な日常生活へのアドバイスなどを行う。その際に,歌唱や演奏を少しでも取り入れる。理解が2倍,楽しさが4倍になること,うけあいである。曲の速さの違い,音量の強弱,音色の変化など,対照的なものをうまく組み合わすとよい。
 おおまかには、季節の歌でリラックスさせてから医学的知識を説明し、その後雰囲気をかえる意味で動作のつく歌を取り入れ心と身体をほぐして日常生活のアドバイスを入れる。
 講座の終了時は単に「本日の講座を終わります」だけでは面白みがない。たとえば,受講者の帰り道においても,何か意識させるようにアドバイスを行ってみる。「リズミカルな音楽が聞こえてくれば,スキップしてみよう」,「レストランのメニューをみたら,何カロリーが推理してみよう」,など。その気になれば,身の回りには,興味あるものが見つかるものだ。
 音楽は,歌唱,演奏,鑑賞,創作の4つに分類される。これを把握しておくと,頭の中が整理され,健康教室で音楽を活用する場合に有用となろう。

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