◆ 327・音楽聴取とエコグラム
日本バイオミュージック学会の論文より、本文のみ掲載、図表と英文抄録の掲載なし

はじめに
 欧米では音楽療法士が国家資格として認められ活躍しているが、本邦ではようやく,全日本音楽療法連盟における資格認定が始まったところである。将来、本邦で活躍が予想される音楽療法士を担うのは、現在音楽を学習している学童から思春期の世代が中心になると思われる。
 一方、自我分析としてのエゴグラムは最初にDusayが考案し、その後、交流分析(Transactional Analysis)の研究が進み、本邦では簡便で客観性が高い東大式エゴグラム(TEG)が用いられている。
 我々はこの両者を合わせ、音楽学習者250例,学習者の両親66例,音楽指導者66例のエゴグラムを検討し本学会誌に報告した。今回は,エゴグラム研究の第2報として227例を対象とし,音楽聴取の前後でエゴグラムの変化を検討したので報告する。

対象と方法
 対象は、現在または過去にピアノを練習していた学習者138例(6-21歳)、その両親53例(28-53歳)、ピアノを教えている音楽教育者36例(22-63歳)である。
 方法は、本邦で実証的データが豊富な東大式エゴグラム(TEG)第2版(1995)を用いた.まず,対象者を静かな部屋で10分以上安静にさせた状態で,TEGの60個の設問に回答させた。次に,対象者が心地よいと感じる曲を選ばせ,リラックスした状態で10分間聴取させた.その後,同じ60個の設問に解答してもらい,音楽聴取前後のエゴグラムの変化を解析し検討した.
 本法は、人格を構成する自我状態を親、大人、子供にまず大別し、さらに、1) 批判的な親(Critical Parent, CP)、2) 養育的な親(Nurturing Parent, NP)、3) 大人(Adult, A)、4) 自由な子供(Free Child, FC)、5) 順応した子供(Adapted Child, AC)の5つの尺度で総合的に判断するものである。各因子の点数は20点満点であり,変化と判定する基準は3ポイント以上の変動とした.なお,5因子の中でNP, FC, ACが変動する頻度が高く,本論文ではこの3因子を詳細に解析した.なお、3群において各因子が上昇(低下)する頻度をχ2検定により統計学的処理を行った。

結 果
 1)5因子の変化を表1に示した.3グループにおいて、CP↑(上昇)は学習者に有意に多く(p<0.05)、NP↑は3群で差なく,A↑は教育者に多く(p<0.05),FC↑は両親に多く(p<0.05),AC↓(低下)は学習者に多かった(p<0.05).
 2)NP, FC, ACの3因子間の相互変化を表2に示した.
 a) 学習者:138例の中で,ACのみ↓が39例(28.3%)に,FCのみ↑が12例(8.7%)にみられた.NP↑+FC↑,NP↑+AC↓,FC↑+AC↓はいずれも3例(2.2%),NP↑+FC↑+AC↓は1例(0.7%),不変は53例(38.4%)であった.
 b) 両親:53例中,FC↑が10例(18.9%)に,FC↑+AC↓が5例(9.4%)にみられ,不変は28例(52.8%)であった.
 c) 教育者:36例中,AC↓が4例(11.1%)に,FC↑が3例(8.3%)に,不変は20例(55.6%)であった.なお,他の3例(8.3%)の中には,稀であるFC↓が2例認められた.
 d) 以上の結果をグラフにしたのが図1である.NP↑は3群でほぼ同じ,FC↑は両親に多く,AC↓は学習者に多く,FC↑+AC↓は両親に多かった.

考 察
 本研究のデザインは,パイロットスタディ後に決定した.まず,TEG回答後10分間安静にさせた後に再回答させても,結果にはほとんど差がなかった.聴取させる曲が特定の曲か,あるいは被験者が選ぶ曲かによって,研究の方向性が異なってくる.クラシック音楽と自然音を基調とした標準音楽が心理状態を改善し,心身をリラックさせた報告がある.この標準音楽を健常者20名に聴かせたが,聴取前後でエゴグラムの変化は軽微であった.そこで,被験者が好きな曲を聴取する方法とした.
 曲の内容は,心を鼓舞したり,逆に癒すものなど様々であった.例えば,両親のグループでは「高校三年生」が多かったが,「寮歌」を選んだ人もあった.この理由を尋ねると,高校生の時にファイアーストームを経験し,太鼓の音がお腹に響き,炎の中で竹が破裂する情景が懐かしく思い出され,心が癒されるからとの返事であった.
 健康な女子大学生を対象に音楽聴取が情動に与える変化を検討すると,特定の曲あるいは対象者が選んだ曲のいずれでも大きな差はなく,音楽のジャンルに関係なかったとされる.また,透析患者に好みの音楽,沈静的音楽,刺激的音楽の3種を聴取させた研究では,時間感覚の減少,退屈感の減少,眠気にはやや差異があるが,気分の改善には差がなかったという.
 このように,被験者は,健常か疾病を有するか,年齢,性,生活状況,様々な体験,時代背景などが異なっており,特定の適切な曲の選択は容易でなく,好きな曲を10分間聴取するという一定の条件で,今回の研究を行ったのである.

 学習者グループでは、ACの下降が33.3%と、他群に比し有意に高い頻度にみられた.ACは大人の目顔を見て適応する因子を表し,音楽聴取によって心が自由に解き放たれたためと考えられる.常に本来の自分の気持をおさえて,自分の言動にブレーキをかけている子供が多いことが示唆された.また,わずかの時間の音楽聴取により,心の抑制を開放できる可能性があると考えられる.
 両親グループの35.8%にFC上昇が認められ、他群に比し有意に高い頻度であった。被験者が子供を持つ社会人であり,短時間の音楽聴取後に同一の質問に回答する状況から考えると、予想以上に高い頻度であった.FCは天真爛漫な子供の因子を表す.従って,大人になって日常生活の中で忘却している,子供の頃の無邪気な気持ちが甦ってきたと解釈できないだろうか.あるいは,音楽に付随した古き良き時代が思い出され,FCが上昇したのかもしれない.
 教育者のグループでは,FC↑やAC↓の変化は他の2群よりも少なく,FC↓も2例みられた.これは,職業としての音楽を聴いた場合に,感情の揺れが少ないためと考えられる.
 3つのグループで,NP↑例は12.3-13.9%とほぼ同じ頻度であった.NPは,優しい母親のように,子供の面倒をみたり,他人の世話をするという気持を表す因子である.音楽の聴取により,心に余裕ができ廻りの人のことも配慮する気持が現れたとも解釈できる.
 CPは父親のように,厳しく批判的な気持ちを表す因子である.学習者ではCP↑が18例(13.0%)みられた.音楽教育の目的のひとつは,きびしい練習を通して,妥協せず,できるまで練習するという,心の忍耐づくりである.CP↑の学習者では,音楽を聴くことで,自分もこれくらいに演奏したいと感じて,厳しい練習にも耐えてがんばろう,という気持ちになったのかもしれない.
 Adultは,大人として冷静沈着な判断ができるかどうかという因子である.A因子の上昇は,教育者では5例(13.9%)に,両親では2例(3.8%)にみられ、前者でA因子の上昇頻度が有意に高かった。両グループの年齢層は同じで,音楽を職業とするかどうかが異なっている.教育者の中には,職業としての音楽を聴くと,コンピュータのように冷静に分析し解析する人が存在すると考えられる.
 従来,TEGは数カ月単位のエゴグラムの変化を表し,短時間では変化しないとされていた。しかし、今回の検討により、音楽は短時間でも十分に人の感情を揺り動かし,エゴグラムパターンを変化させる可能性が示唆された。

 エゴグラムが変化した理由として,音楽により気分が良くなり,本来の自我以上のレベルに賦活されたため,との考え方が可能である.長谷川らは,ポピュラー音楽のコンサート前後に聴衆の心理状態を検討し,陽気な,積極的な,嬉しい,充実したなど,心理反応にプラスの変化を報告している.
 一方,音楽が,本来の自我に戻させるように働いた,とも考えられる.透析患者では,同年代の人々に比べ,気分状態やQOLが不良であると報告されている.透析は長時間心身ともに拘束されるという特殊な状況であり,音楽を聴かせた多くの研究結果は,そのまま他の慢性疾患患者や健常者にあてはめることはできない.しかし,健常者といっても,現代社会の中で様々なストレスにより,常にエゴは影響を受け抑圧されている状態といっても過言ではない.従って,今回の研究は,健常者が対象であったが,音楽が感情に働きかけて心の抑制を解除し,本来各自が有するエゴグラムの型に戻るように,作用したことが示唆される.
 なお,上述した感情は,細かく6つに分けることができる.TEGと類似したProfiles of Mood States(POMS)を用いた研究で,音楽聴取は,・「緊張・不安」を和らげ,・「抑うつ・落ち込み」を賦活させ,・「怒り・敵意」を鎮め,・「活気」が増し,・「疲労」を軽減させ,・「混乱」を少なくさせるという.

 おわりに,今後,様々な被験者や状況において,音楽の聴取や演奏,歌唱などがエゴグラムに及ぼす影響についても検討を続けていきたい.また,音楽療法はリクレーションではなく治療であり,各クライエントによって心に響く音楽は異なるので,個々に応じた音楽療法が行われる時代の到来を望みたい.

まとめ
 1)音楽学習者138例、その両親53例、教育者36例について,音楽聴取がTEGに及ぼす影響を検討した.
 2)学習者では,AC低下が33.3%にみられ、他群より有意に高い頻度であった.音楽聴取によって、抑圧していた心が自由に解き放たれたのが一因と考えられる.
 3)両親では,FC上昇が35.8%と他群より有意に高い頻度に認められた。日常生活の中で近頃忘れている,子供の頃の無邪気な気持ちが甦ってきた人が多いと解釈できる.
 4)教育者では,FC↑やAC↓の変化は他の群よりも少なく,A因子の上昇が13.9%と、有意に高い頻度にみられた.職業としての音楽を,冷静沈着に聴取し分析しているためと思われる。
 5)従来,TEGは数カ月単位のエゴグラムの変化を表すとされていた.しかし,今回の分析により、短時間の音楽聴取がエゴグラムパターンに影響を与える可能性が示唆された。
 6)エゴグラムが変化するのは,音楽が,各自本来の自我の状態に戻すように作用している可能性が示唆されるが,今後さらに検討を進めていきたい.

文献
 1) Dusay J: Egograms - How I see you and you see me. Harper & Row, New York, 1977.
 2) 東京大学医学部心療内科 編著. 新版エゴグラム・パターン. TEG(東大式エゴグラム)第2版による性格分析. 金子書房1995.
 3) 大島京子、堀江はるみ、吉内一浩、ほか. 東大式エゴグラム(TEG)第2版の臨床的応用. 心身医36: 315-324, 1996.
 4) 板東 浩、吉岡明代、中西昭憲.音楽教育者および学習者におけるエゴグラムの検討.日本バイオミュージック学会誌, 15: 152-158, 1997.
 5)牧野真理子,坪井康次,筒井末春ほか.音楽療法用CD作成の試み(3).日本バイオミュージック学会誌, 14: 148-156, 1997.
 6)高橋幸子,山本賢司,松浦信典ほか.音楽聴取が情動に与える変化について.心身医39: 168-175, 1999. 
 7)伊藤千鶴,鶴田志津香,志水哲雄ほか.透析患者に対する音楽療法の効果.日本バイオミュージック学会誌, 14: 140-147, 1997.
 8)長谷川龍一,寺平 竜,伊藤哲彦ほか.コンサート鑑賞により生起する心理反応.日本バイオミュージック学会誌, 13: 116-120, 1996.
 9) 渡部俊之,平賀聖悟,斉藤智子.透析患者におけるQOLと気分状態に関する検討 ーPOMSとQUIKを使用してー .心身医38: 339-345, 1998.

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