◆ 326・生活習慣病と音楽療法
日本バイオミュージック学会第20回学術総会

会長講演要旨  

はじめに
 日本バイオミュージック学会は,1986年に研究会として発足した.1992年には学会に昇格し,本学会は本邦における音楽療法の発展に大きく寄与してきた。1997年には全日本音楽療法連盟(全音連)が結成され,認定音楽療法士もすでに177名誕生するなど,音楽療法の大きなうねりが訪れつつある.筆者は音楽療法士の1人として,音楽療法の啓蒙活動などに関わらせて頂いてきた.
 一方,わが国の疾病構造は大きな変化がみられる.かつては結核などの感染症が多かったが,近年は「成人病」が重要である.厚生省は1996年に「生活習慣病」と呼称を変えたが,この用語は本学会長の日野原重明先生が提唱してきたものだ.筆者は糖尿病や肥満,高脂血症などの生活習慣病について,診療や研究,教育活動にずっと携わってきた.
 以上の2つの専門領域をあわせ、このたび「生活習慣病と音楽療法」についてバイオミュージック学会第20回大会で会長講演をする機会を得たので,その要旨を記す.

1.本邦の疾病の変遷
 病気は時代とともに変わる。図1に示すように、環境の時代→医学の時代→ライフ・スタイルの時代へと,歴史の変遷がみてとれる.わが国の疾病構造は、1950年台から大きく変貌を遂げ、かつて国民病といわれた結核は激減した。その後死因の第1位の脳血管障害が1970年代後半から減少してきた。1980年代からは、悪性新生物、脳血管障害、心疾患が3大死因であり、胃ガンが減少して肺ガンや大腸ガンが増加するなど、欧米のパターンに近づいている。これらの原因は、我々日本人の食事や生活習慣が変化してきたことだ。
 現代の国民病は、糖尿病と言われる。以前には,40歳以上の10人に1人は糖尿病であるとされたが,最近では,5-6人に1人は糖尿病が疑われる時代となった.糖尿病をはじめ肥満,高血圧,高脂血症などは,以前には「成人病」と呼ばれていた。しかし、近年、子供や青年層にも広がりがみられ,発症と進行が生活習慣と関係があることが明らかになったため,厚生省は「生活習慣病」(Life style-related disease)という呼称に置き換えたのである.

2.生活習慣病
 生活習慣病(以前は成人病)に含まれている主な病気には,ガン,脳卒中,高血圧,動脈硬化,心臓病,糖尿病,慢性の肝臓病や呼吸器病,腎臓病などがある.この中で,ガン,脳卒中,心臓病が三大死因で、最近の統計では,ガン30%,脳卒中15%,心臓15%である.これ以外の糖尿病や高血圧などでは,直接死因には結
びつかないが,様々な合併症を引き起こし,脳卒中や心臓病に至る可能性が高くなる.
 これらの疾病に共通する点は,食生活や運動,喫煙,飲酒,睡眠,ストレスへの対策など,日常の生活習慣と深くかかわっていることである.すなわち,生活の習慣を改善することによって,疾病を予防できる.年齢からみた「成人病」から,生活の習慣に着目した「生活習慣病」へと呼称が変わった.これは,食生活や運動をはじめとする生活習慣を改善し、疾病を予防し,健康を維持増進していく重要性を示している.
 生活習慣病の3要素としては,食事,運動,休養が挙げられる.
 a. 食事 近年,本邦の食生活は欧米化がすすみ、食生活のスタイル、嗜好食品の変化、脂肪摂取量の増加など、大きく変わってきた。1日のエネルギー摂取量は頭打ちからやや減少傾向だが、動物性脂質やタンパク質の増加がみられる。生活環境は変化し、いたる所にコンビニがありファストフードが手に入る。便利になったが、一方で、いつでも、どこでも、ひとりでも、食べられるという習慣が生じ、医学的・栄養学的見地から大きなリスクとなる。
 b. 運動 子供の体格は大きくなったが、運動能力の低下が大きな問題となっている。以前には、子供の遊びは、野山を駆け回ったり、公園で野球やサッカーをするなど、身体を動かすものであった。しかし、近年では、塾通いなどもあり、一人でファミコンで遊ぶなど、室内での時間を過ごすことが多くなっている。
 生活は便利となり、労働パターンは変化した。交通機関の発達で移動には歩行という労力を使わず、建物の中でさえエレベーターやエスカレーターを利用する。このように、日本人の運動量とその強度、運動時間は激減しつつある。すなわち、運動不足の傾向、運動不足病(hypokinetic disease)はあらゆる年代層に認められるだろう。なお、徳島県は糖尿病による死亡が最も高い都道府県だとの統計があるが、多くの人が自家用車で移動し、歩かないのが一因とされる。
 c. 休養 身体と心の両面から休養は重要である。1週間に3-4度の運動と休養が適切であるが、これが可能な人は少ない。他方、このストレスフルな社会では、心の緊張と弛緩のバランスがとれていない人が多い。今後は、心と身体のバランスを保ち、健康的な生活習慣を確立することにより疾病の発症予防が重要である。

3.様々なリズム
 人間にはリズムがあり、我々の生活にもリズムがある。第20回大会を主催させて頂いた四国支部が,是非とも御紹介したいのは「四国八十八か所参り」である。
 お経は一種の歌と考えられる.仏教における儀式音楽が声明であり,声明が日本音楽の発展の基礎となった。その理由は、本邦の音楽のほとんどが「歌い物」や「語り物」(謡曲、浄瑠璃)であり、これらの旋律の原型が声明であるからだ。声明の一種である「御詠歌」はとても演歌に似ている。わが国の歌のルーツはお経であり、声明のリズムこそが日本人のリズムの源泉である。
 第1番札所は、徳島県の板東という地にある霊山寺(りょうぜんじ)。徳島から出発し,高知→愛媛→香川と回るのが四国遍路の道だ.八十八箇所を回る方法はいくつかある。おおよその目安はバスでは14日、タクシーでは10日.最近の話題として,ヘリコプターまで駆使すると,わずか3日で回れるという.ただし,寺の上
空で旋回するヘリコプターの中で合掌し,お詣りをするとのこと.一度にまとめて回る必要はなく、週末ごとや、数カ月ごとに少しずつ参拝する方法を皆様にお勧めしたい.四国巡礼者は年間約10万人で、最近は3分の1が若者という。
 いずれにしても,四国巡礼で忘れてはならないものがある.それは、歩くことだ。輪袈裟(わげさ)と白衣のお遍路姿に,ずだ袋,数珠,金剛杖を持ち,弘法大師とともに歩く「同行二人(どうこうににん)」。リズミカルに、そして、すこし疲れるほどに歩いてほしい。そうすれば、常に不眠に悩む人でもぐっすりと熟睡できる。悩みがある人も無心になることができる.田舎の道すがら「お接待」を受け,人の情けにも触れることもあるだろう。
 近年、不眠や倦怠感などを訴えて外来を訪れる中年女性が多い。詳細な生活状況を聴取すると、特に目標はなく、仕事もなく、身体を使わず,漫然と生活を送っている。このような場合には、精神安定剤を処方するのではなく、何カ所かのお寺を回ってぐっすりと眠ることが、最適の治療法だろう.
 第1番札所の近くには、ドイツ館がある。ここには、かつて「ドイツ人俘虜収容所」があった。第1次世界大戦の時、約1000人のドイツ人が2年数カ月をここで過ごしたのである。彼らは、ドイツの優れた文化を徳島に伝えた。スポーツ、演劇、印刷技術、土木、美術、音楽など。その中で音楽は特にレベルが高く、いくつかのオーケストラがあり,ベートーベンの交響曲第9番「合唱」が日本で初演されたのである.第五番「運命」の初演もここだったと言われている。
 ドイツ舘では,毎年6月に全国から合唱の希望者が集い,第9の演奏会が行われている。平成10年2月には小澤征爾が「合唱」を指揮をし,その直後に,長野オリンピックで五大陸同時の「合唱」のタクトをふった。
 長野オリンピックでは、清水宏保選手がアイススケート500mで金メダルを取り、日本中が熱狂した。清水選手にあこがれて、平成10年2月からスケート靴を履いたのが筆者である。運良く国体出場の標準記録を突破でき、平成11年1月の長野国体には,徳島県の代表選手としてスピードスケート500m,1000mに出場させて頂いた。筆者は、フィギアスケートは3拍子、ホッケーは2拍子、スピードスケートは2者が合わさった8分の6拍子であると感じている.食事,運動,休養をバランスよく保ちつつ,1年を通じてトレーニングを続けている次第である。

4.芸術療法を身近に
 近年、音楽療法は急速に注目を集めてきている。音楽は、心や身体を適切に刺激して調和させ、生活や人生を豊かにしていくための手助けをする。ミュージックとは、ミューズの神様から人類に賜った最高のアミューズメントである。ストレス社会で疲れた心のリラクセーションには、音楽が効果的である。目覚め、食事、仕事、余暇、寝る前など、TPOに応じて使い分けてほしい。
 また、日常生活の中には、音楽だけでなく、芸術療法を取り入れるとよい。これは、絵画、陶芸、俳句、川柳などに接することにより、心のカタルシスが得られ、心に良い汗をかくものである。
 この中で、川柳を芸術療法のひとつとしてお薦めしたい。身の回りにあるものを題材にし、頭をひねって考え、いつでもどこでも手軽にできる。江戸時代、浅草の俳人である柄井八右衛門が祖であり、彼の俳名が「川柳」であった。川柳は、前句付けとして懸賞文芸として広まったのである。川柳が心の健康によいのは、我々がいつも心に持っている怒り、喜び、悲しみなどの感情を表現できることで、心のカタルシスとなる.完成した作品を友人と一緒に鑑賞して笑い、コミュニケーションを深められる.

5.生活習慣と音楽
 生活習慣には、食事、運動、休養があり、それぞれと音楽との関わりについて述べる。
 a. 食事と音楽 1日3回の食事の中で,最も大切なのは朝食である。近年,朝食を抜く若年層が増加し,問題となっている.健康の維持増進のため,摂取量の理想的な配分は,1日を100%とすると朝40%,昼35%,夕25%と報告されている.このスタイルの食生活では,肥満などの生活習慣病になりにくい.
 早寝早起きが健康に良いが,起床が苦手な人にはブザーや電子音を発する目覚まし時計が勧められる.なお,これらの音は人の気持をイライラさせ,神経を逆なでさせる性質があるからこそ,目覚ましの効果がある.覚醒が容易な人には,バロック音楽などが流れるように,タイムスイッチをセットしておくのも一案だ.気持ちよく,清々しく起きられるだろう.朝食時には,テレビに表示されるデジタル表示の時刻を見ながらせわしく食事を終える人が多いだろう.しかし,時には,一日の前奏曲として爽やかなBGMや小川のせせらぎ,鳥のさえずりに包まれて,ゆっくりと朝食を楽しむのもよいだろう.
 昼の時間帯は,仕事場や家庭などで状況は異なるが,職場では集中力の邪魔にならないように,イージーリスニング系の曲を流すことが多い.
 夕食は早い時間帯がよい.遅い夕食は生活習慣病を増すことになる.「コレステロールは夜作られる」と言われているように,高脂血症になりやすい.夕食時のBGMを選ぶなら,ロック音楽のような刺激的なものより,心と身体の疲れが癒せるように,モーツァルトなどの1/f ゆらぎを有する音楽がよいだろう.一流ホテルのレストランのBGMは多くの人が快適と感じるもので,参考となろう.
 カラオケは,日本が世界に誇れる音楽療法である.ストレスを発散し,明日への活力を得るのに最適だ.アリストテレスは「同質の原理」を唱えた.人は嬉しい時は楽しい音楽を,悲しい時は心に染み入る美しい音楽を欲するものである.日常のうっぷんを晴らすため,カラオケの曲順はまず恨歌,次に艶歌,最後は演歌がよい,と勧めている.なお,一案を述べたが,クライエントが好きな曲を選ばせるのが原則である.
 b. 運動と音楽 運動についても音楽を上手に用い、音楽+運動療法でいい汗をかき,身体をリフレッシュしたい.毎日の生活で,体を動かす時間をできる限り多くするように工夫し習慣をつける.これを運動の生活化といい,かなり効果が維持できる.
 運動のプログラムは,理想的なものでは,ウォーミングアップ(5分)→ ストレッチング(10分)→有酸素運動(30-40分)→無酸素運動(10分)→クーリングダウン(10分)となる.ここで重要なのは有酸素運動(エアロビック エクササイズ)で,ウォーキング,ジョギング,水泳,水中ウォーキング,自転車駆動,エアロビックダンスなどが該当する.以上は原則であり、運動処方は各個人にあわせて行う。
 c. 休養と音楽  厚生省から,健康の3本柱として,運動と栄養に加えて,休養についても指針が出された.キャッチフレーズは,「早めに気付こう,自分のストレスに」「ゆとりの中に楽しみや生き甲斐を」である.筆者は,多くの日本人が懐かしく気持ちよいと感じられるように,春の小川,夏の思い出,赤トンボなどの12曲を編曲し,CD付き楽譜集「日本の四季のうた」として発行している.心の休養や身体のリフレッシュに対して,お役にたてれば幸いである.音楽のほか、少々のアルコールをうまく取り入れることもよい。「酒は百薬の長」と言われ,少量のアルコールは生活習慣病の発症予防にプラスになる.
 行動医学的には,生活習慣は各個人によって異なり,価値観も多様化している.健康のためだからといって,行動変容させるのは容易ではない.好きな音楽も各個人によって異なるが,医師や医療従事者,音楽療法士が,音楽を補助的に有効的に用いて,うまくリードすれば,ライフスタイルを変容させ,健康に導くことができると思われる.

おわりに 
 本稿では,生活習慣病には食事,運動,休養が重要であることや,この3者と音楽との関わりについて述べた.日常生活で音楽を補助的に使用することは,健康の維持増進に役立つものと考えられる.来る21世紀は,クライエントに応じた治療を考えねばならない時代.音楽のパワーを個人に応じて使い分け,適切な生活習慣により,心も体も健康な日々を目指してほしいと願っている.

文献
1)日野原重明.「生活習慣病」がわかる本,ごま書房,東京,1997.
2)板東 浩.最新の糖尿病薬の使い方.JIM 8: 302-305, 1998.
3)岩本安彦.糖尿病とライフスタイル・日医雑誌119:943-946, 1998.
4)四国青春遍路.AERA. 朝日新聞社. p34-38, 1999.4.19.
5)中村彰彦.「二つの山河」(直木賞受賞作),文藝春秋社,東京,1994.
6)田中俊夫,板東 浩.「運動の生活化」の方法.DITN 213;4, 1994.

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