◆ 320・統合医療における音楽療法

 統合医療学の中で価値ある一つの療法が、音楽療法(music therapy,MT)である。医療や福祉、教育、芸術などの各領域で活用され、医療現場では、理学療法や言語療法やリハビリテーションに使われている。芸術療法の一つとして、精神科や心療内科でも用いられ、補完・代替医療として、薬の代替として適切な音楽の使用で効果を挙げている。このように、守備範囲が広い音楽療法の基礎を概説するとともに、臨床の場における実際についても、本稿で簡潔に記したい。
1。目的
 音楽療法とは、音楽の特性を上手に用いて、病気の治療に応用する試みである。その対象者は下記のように大別される。
1) 健康な成人、高齢者
2) 様々な疾病を有する対象者
3) 精神疾患を有する対象者
4) 福祉領域(知的障害の小児、成人)
5) 教育領域(療法的音楽活動)
 音楽療法の定義は、「音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」(日本音楽療法学会)1)であり、学会認定の音楽療法士も本邦で活躍している。
 生理的・心理的・社会的な側面を含み、音楽が心身に対する一般的目標をまとめた(表1)。この中には、対象者に応じた目標がある。クライアントが健常人の場合には、7番目の精神的安定・心理的充足感の獲得が重要となってくる。
 このような目標が設定できるのは、なぜだろうか。それは、音楽に特別なパワーや特性が内在しているからである。音楽に備わっている基本的側面で、音楽が身体におよぼす影響として、
・筋力の増加または減少
・呼吸数を変化させる
・循環血液量、血圧、脈圧を変化させる
・代謝の亢進   
などがある(ディセレンス)。適切な音楽の聴取で呼吸はゆっくりと深くなり、血圧が高ければ低くなりリラックス状態となる。逆に呼吸が遅く、血圧が低い場合は正常化するなど、生理的な向ホメオスタシス効果が認められる。
 心理的な側面で、音楽の作用(カプルソ)は、
・心ひかれ、その気分を持続させるもの
・いろいろな気分、感情を沸き出させるもの
・イメージを呼び起こし、感情を刺激するもの
・内的緊張を緩和するもの
・自己表現を促進させるもの
という。確かに、好みの音楽の聴取で心の中に世界が拡がるのを経験しているのだろう。
 また社会的側面で、音楽が有する共通性は、
・音楽はコミュニケーションである
・音楽は多くの満足をもたらす
・音楽の力は集団の中で最もよく発揮される
・構造化された現実としての側面を有する
・優しさに音楽の本質は由来している
・社会的文化的背景で音楽の表現形式が決まる
とガストンは論じている。

2。種類・効果
 音楽療法の種類は、対象者の数によって、個人またはグループに大別される(表2)。また、音楽を聴取する受動的な場合と、歌唱や演奏する能動的な場合とに分けられる。この分類は有用でわかりやすい。一般的に行われている音楽健康法として、BGMを用いるものは受容的な鑑賞療法で、カラオケは能動的な歌唱療法となる。
 音楽療法のセッションは多岐にわたるが、頻度が高いのは、高齢者施設などで行われているグループセッションである。歌ったり、手足を音楽にあわせて動かす能動的な場合に該当する。
 それでは、どんな場合に音楽療法が用いられるのだろうか。聴取・演奏・歌唱からみた音楽療法の適応を表3に示した。この中で、歌うことで大きなメリットがあるのが、気管支喘息を含む慢性閉塞性肺疾患患者(COPD)である。非発作時に歌わせると発作予防の訓練となる。同疾患では吸気が普通でも、呼気で気管支が狭くなり肺が膨らんでしまう。この際、「口すぼめ呼吸」で呼吸筋をうまく使うと、呼吸が容易となる。
 これらの病態に音楽療法を適用させると、音楽の効果が身体的・心理的・精神的・社会的に認められる(表4)。対象者が重篤な病態で、従来の西洋医療だけでは効果が不十分の場合、音楽療法を補助的に用いると、音楽のパワーによって身体面・精神面から癒されることがある。

3。治療内容
 音楽療法セッションは、様々な対象者に対して、いろいろなTPOで行われる。
1)高齢者に対するセッション
 高い頻度であるのは、高齢者(健常、認知症)に対するセッションの場合である(図1)。
 クライアントが高齢者で認知症の場合、曲や歌詞が有する回想誘発機能によって、徐々に低下する注意力や記憶力を維持回復させたい。さらに、グループセッションにより、孤立しやすい心性が集団で刺激され、社交の喜びを再び感じて、活動性が改善するように期待できる。
 高齢者セッションの概略を示す。
1) あいさつ:話しながら反応性やムードを把握
2) 軽い体操:身体をほぐし、ストレッチ
3) 呼吸・発声:肺機能・腹筋の強化する
4) 導入の歌:リラックス、スキンシップを試行
5) 季節の歌:季節感を感じる話と歌で刺激
6) なじみの歌:長期記憶の刺激、回想
7) ゲーム:脳の賦活化、短期記憶の訓練
8) 合奏、踊り:手足や体幹を動かす訓練
9) あいさつ:再会の約束、
 このような内容で通常40-60分、状況に応じて臨機応変に行う。重要なのは、音楽というツールを用いながら適切に声をかけ、コミュニケーションを心掛けることだ。できるだけ五感を刺激するような言葉や音楽を選択したい。たとえばイントロでは、昨日のニュースや五感に訴える話から導入してみる。歳時記に関する例を挙げる。
・聴覚:虫の音、動物の鳴き声、鐘の音
・視覚:景色、草花、絵や写真、テレビ
・嗅覚:花の香り、果物、食物の香り
・味覚:旬の食物、たけのこ、桜餅、秋刀魚
・触覚:季節の花や物に触れる、どんぐり
 セッションで使用する曲は、流行歌、唱歌、童謡など様々である。この中から、四季が感じられ、回想につながる曲や、演歌の中で失敗が少ない曲を推奨したい。筆者が特に推奨したいのは「四季の歌」だ。よく知られ、音域が狭くて歌いやすく、どんなTPOでも用いられる。
 歌唱に加えて、手足を動かして打楽器でリズムを打ってみよう。準備する物は、リズム楽器として太鼓、タンバリン、カスタネットなど。臨床現場では、手作りのマラカスも有用だ。

2)健康成人に対する音楽健康法音楽療法の特徴は、対象者が精神病患者や障害児など有疾病者だけではなく、健常人も含まれることだ。心身のリラックスや不安の軽減など、予防医学にも適応が拡がってきている。カラオケや、モーツアルト効果を謳ったCDや各種の癒しに特化したCDなども市場に認められる。
 音楽療法を狭義の定義で認識する場合、確かに療法とは経過観察や治療を含むべきもので、健常人を含めず議論するかもしれない。しかし、近年の音楽療法の発展状況を鑑みると、将来は広義の解釈が対処しやすいものと思われる。
 健康科学という視点から音楽を捉えてみよう。健常者がストレスで疾病に陥らないように、自分なりの工夫で音楽を活用して心身の健康を保つことが大切で、「音楽健康法」と言える。この場合、選曲は、各自の好みの音楽を原則とする。参考として、選曲の際の推奨基準を次に示す。
1) 真の名曲を選ぶ 
2) 名曲本来の美しさを充分発揮した名演奏を選ぶ
3) 安易な編曲や省略の演奏は避け,原曲(オリジナル)に近い演奏を選ぶ
4) 広くいろいろなジャンルの音楽を選ぶ
5) 聴く人の状況を考慮した上で、音楽的・心理学的な配慮が望まれる
 近年、これらの領域に高い関心が寄せられ、様々な癒しやヒーリングが登場するなど、種々の統合医療(補完・代替)的試行が認められる。音楽療法と併せて実施されるアプローチ法を表5に示した。音楽を補助的に上手に活用すれば、他の療法でもより良い効果が期待される。

4。EBM
 音楽療法は多岐にわたり、方向性は20世紀半ばまでが心理療法的、1980年代からが行動科学的、行動療法的となった。近年はコンピュータ解析やホルモン的検討など、エビデンスに基づいた音楽療法の報告も増えている(表6)。
 この中で、パーキンソン病患者の歩行障害を三次元動作解析装置で解析し、リズム・メロデイ刺激がともに歩行を改善させたり(美原)、適切な音楽経験によって音楽がエゴグラムに影響すると(吉岡)、報告している。また、アルツハイマー型痴呆の文献を多数解析し、音楽療法は重度の痴呆患者にも適応され、有害な影響がみられることは少ないと結論づけている(長田)。
 現在、世界で認められている五大音楽療法は、
1) ISO理論による音楽療法(ベネンソン)
2) 精神分析的音楽療法(プリーストリー)
3) 行動療法的音楽療法(マドセン)
4) 人間主義的音楽療法(ノードフ&ロビンズ)
5) Guided Imagery and Music (ボニー)
である。将来はEBMを基盤に有しつつ、各クライアントに対応するNarrative-based music therapyに進んでいくこととなろう。

文献 
1)日本音楽療法学会 http://www.jmta.jp/
2) 美原盤、藤本幹雄、美原淑子. パーキンソン病患者の歩行障害に対する音楽療法の効果(第1報). 日本音楽療法誌5(1): 58-64, 2005.
3) 吉岡明代、板東浩、吉岡稔人. 音楽経験がエゴグラムの改善に与える影響. 日本音楽療法誌4(2): 191-197, 2004.
4) 長田久雄. 非薬物療法ガイドライン. アルツハイマー型痴呆の診断・治療・ケアガイドライン.老年精神医誌16増: 92-109, 2005.

●表1 心身ケアに対する一般的目標

1) 身体機能の向上
  粗大運動:ドラムなど打楽器で上肢の動きを円滑に
  微細運動:多彩な楽器に触れて手指を動かす
  発声:明瞭な発音や歌唱で、呼吸機能を改善
2) 感覚・知覚機能の向上
  音の聞き分け:周囲の環境への注意力・適応力
  音色や音源の判別:好奇心を刺激、音当てゲーム
  多様な音を発生:遊びを取り入れた内容
3) 情緒機能の発達
  音で交流:感情を介した受け応え
  音で代替:言葉で表わしにくい感情を伝達
  音で発散:ストレスフルな否定的感情を解消
4) 認知機能の発達
  数え歌:数や文字、名前の習得を促進
  歌と接触:集中力や記憶力を育成
  音楽構造の理解:時間感覚や予測能力を感知
5) コミュニケーション能力の発達
  言語の発達:明瞭な発音の促進、
  言語の回復:発話の抑揚を調節
  MIT療法:言葉の抑揚にあったメロディで訓練
6) 社会的機能の発達
  個人的対応:要求に充分に対応が可能
  グループで対応:他者や状況への適応力の改善
  音楽での役割:社会の秩序を学習
7) 精神的安定・心理的充足感の獲得
  日常環境から離別:不安を軽減し帰属感の獲得
  なじみの音楽:より安定な状況、自尊感情の支持
  新奇の音楽体験:新しい経験に対する肯定的刺激

●表2 音楽療法の種類

1.グループセッション
 しばしば行われている方法である。数人の場合や、20-30人の場合などがある
2. 個人セッション
 通常、個室のクライアント1人を音楽療法士が訪ね、きめ細かいコミュニケーションと対応で行う
3. 受動的音楽療法
 音楽を聴取する方法である。部屋のBGMが自然と耳に入ってくる場合や、意識的に音楽CDを聴く場合、楽団や歌を直接、生演奏で体験する場合などがある。
4. 能動的音楽療法
 クライアント自身が歌唱したり、演奏する方法である。歌う場合として、一人または多人数での合唱療法などが含まれる。また、何らかの楽器を演奏する場合として、一人でから数人による合奏療法などがある。
 
●表3 聴取・演奏・歌唱からみた音楽療法の適応

A.「聴く」
1)身体疾患への適応:痛風,慢性関節リウマチ,座骨神経痛,神経炎の緩和
2)鎮痛効果:歯科治療,外科手術,産婦人科の分娩の不安除去
3)精神薄弱・精神病患者:情緒のはけ口
4)心身症(心気症、心臓・呼吸・胃腸の神経症):緊張緩和,自律訓練
5)拒食症・過食症:体感音響装置(振動の心地よさの効果,および身体が音楽に包みこまれた状態による
  精神的な安定感の獲得)
B.「演奏する」 
1) 幼児教育:リトミック(身体の動きを音楽に結びつけたリズム感の育成)
2) 身体障害者:機能訓練の補助的方法
3) 精神疾患患者:レクリエーションや心理療法の補助的方法
4) 口蓋唇裂・歯列矯正:管楽器,ハーモニカ
5) 重度心身障害児:精神の発揚 
6)腕にギプスの患者・ヤケドによる運動障害の患者:ピアノで機能訓練(上肢の強化)
C.「歌う」
1) 喘息患者:発作予防の訓練(非発作時に歌わせその後の発作を軽減)
2) 自閉症・精神薄弱児:生活感,社会性の育成(リズムに対する強い感受性)
3)チック:筋肉の弛緩・緊張のバランス改善

●表4 音楽の心身に対する効果

1)身体的
 筋肉および関節の緊張を緩める
 不安やうつの状態の軽減で、痛み刺激が和らぐ
 慢性的な痛みの悪循環を断ち切り、疼痛を軽減する
 身体活動が積極的になるよう手助けする
 自律神経に対して賦活的あるいは抑制的に働く
2)心理的 
 不安感やうつ状態を軽減し、気分を良くする
 音楽に関わる意味ある出来事を思い出させる
 意識上、意識下のレベルまで働きかける
 言葉では表せない感情を沸き上がらせる
 夢を表現するとともに、現実を認識できる
3)精神的 
 内的な感情表現が可能となる
 慰め、憩い、癒しを感じさせる
 自信の気持ちを感じ前向きな姿勢になる
 抑圧された怒り、疑い、罪を表出させる
 人生の意味や疑問などに気づかせる
4)社会的 
 グループ参加でコミュニケーションの機会となる
 気分転換や楽しみとなりうる
 精神的結びつきの刺激で人とのつながりを深める
 自己を社会的に受け入れさせる手段となる
 病気以前の生活へのつながりが作られる

●表5 音楽療法と併せて実施されるアプローチ法

1) 自律訓練法:
 心身症の治療で頻用される方法
 リラクセーションに役立つ選曲が必要
 心気症,心臓や呼吸,胃腸の神経症など機能性障害
2) バイオフィードバック療法:
 緊張性の頭痛などに対して適用
 音楽と筋電図のフィードバックを用いて治療
3) アロマセラピー:
 人間の臭覚を利用したリラクセーション効果
 心身症の治療法の一つとして有用
4) 情動イメージ体験:
 各自の心の中でイメージ描出
5) 絵画療法:
 両者を併用することで導入がより容易

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