◆ 317・音楽は身体で聴く

代替医療としての音楽療法

東京学芸大学大学院 教育学研究科 松本晴子
弘前大学医学部 神経精神医学教室 天保英明  
徳島大学医学部 第1内科     板東 浩

はじめに
 人間は音や音楽を耳だけでなく身体全体で感じ取っている。つまり音楽は、身体に何らかの刺激や影響をもたらす働きがある、といえる。
 本稿では、人間の身体と音楽との関係の視点から考察し、音楽を医療の手だてとして用いている音楽療法の課題にせまっていきたい。

1.人間の身体は楽器
 ジュリエット・アルバン1)は、「人間の身体は、音楽に敏感なリズム楽器であると同時に、共鳴する楽器として考えることができる。人間が発明した楽器は、本質的に、人間自身の身体の延長であり、人間の身体的
衝撃によって活性化される。人間の身体とその楽器は不可分の存在であり、歌ったり楽器を演奏したりすることは、身体的過程なのである。」と述べている。
 しかし科学的に音楽が身体に何らかの作用をして、生理的にプラスの変化を身体に引き起こすことを立証するために行われた多くの実験成績は、個人差が非常に強く、音楽の性格と脈拍、呼吸の変化、血圧の間には一定の傾向はみつけられなかった。高精度のセンサーの開発で、身体指標として新しく皮膚末端温度と緊張強度の測定が加わってから、この2つの指標が人間の精神のリラックス度を示す有力な指標であることが明らかにされたのである2)。
 音楽は感情を介さなくても直接身体に影響を与えることができる。言い換えると人間の心理に訴える音楽の美的、感情的、娯楽的性質よりも、音の構成とか、音の動きとか、音の緩急強弱など、音楽の物理的性質が身体の変化に関わっている。
 次に述べる1/fゆらぎ理論は、音楽―身体の直接的関係の1つの論拠といえるであろう。

2.音楽と身体と1/fゆらぎ
 そよ風や小川のせせらぎ、松風の音には強くなったり、弱くなったりする自然のゆらぎがある。人間の心臓の鼓動や脈拍の変動、脳波のゆらぎなど、人体も生体リズムのゆらぎがある。そして音楽のメロディーもゆらぎを持っている。自然界、生体、音楽に共通するこのゆらぎは、1/fゆらぎと言われている。
 1/fゆらぎとは、人間の感じる快い感覚で、変化が激しすぎも少なすぎもせず、適度な刺激量の時間的変化がある場合に生じる。 
 楽器の音には、弦楽器でも管楽器でも特有のゆらぎがあり、それぞれの楽器の音色感を特徴づけている。鼓の場合も「ポンッ」という一瞬の短い音の中に潤いや響きを感じさせる味わいのある音である。鼓の皮が手で打たれ引っ張られるために一瞬ピッチが高くなるが、次の瞬間にはもとの位に近づき、定常状態の音になり減衰して消えていく。このゆらぎが鼓の味わいのある音を創り出す。一瞬のことなのでピッチの高低変化は感じないで音の潤いや音色感として感じられる。
 人間の演奏は、必ず何かしらのゆらぎを持っているために、ゆらぎのない電子楽器による音楽を不自然と感じてしまう。
 武者は3)「1/fゆらぎは人間の細胞レベル、神経の情報伝達まで遡る生理現象である。人間が快く感じる芸術とはいったい何か。モーツァルトとわれわれは育った時代も違えば、環境も、人種も家庭も文化的背景も違うのに、われわれはモーツァルトの作った曲を聴いて感動する。いったい価値判断のスタンダードは何だろうか。どこかに良い悪いの共通点があるはずである。それがあるからこそ芸術作品が残っていく。私はそれは
生理現象にあるのではないかと思っている。」と述べている。
 また、武者は4)「疾病に対する音楽効果を証明するためには、人間のリラックス度をまず数値化することが必要である。1/fゆらぎの中にも、いろいろな個性をもったものが含まれているので、音楽療法を行う場合の基本として、疾病と曲との「相関関係」を整理する必要がある。音楽を聴くことでその疾病が治癒したのかどうか、他のファクターとの関係で偶然に治ったのかどうか、統計的な因果関係を整理しておくことが大事である。」と述べている。
 今後どの音楽が1/fゆらぎで、どの音楽が1/f ゆらぎでないかをより正確に調べ、方法論として確立できるようなたくさんのデータが示される必要性があるであろう。

3.アルファー波と音楽
 脳波は、ベーター波(β波)、アルファー波(α波)、シータ波(θ波)、デルタ波(δ波)という4つのタイプに分類されている。ここでは、心や身体に良い影響をもたらすα波について述べたい。  
 人間は、目覚めているときは五感の働きで意識は緊張しているβ波の状態にある。 それが、心身共にリラックスした状態になると脳波はβ波からα波へ変わっていく。
 α波は、更に3つに分類される5)。比較的周波数の高いのが、α-3で周波数は11.5~13ヘルツ、これを集中αまたはファーストアルファといい、思考を一点に集中し暗算や暗記をするときに出る学習に最適な脳波である。α-2は周波数は9.6~11ヘルツで、アイデアαまたはミッドαといい、リラックス状態で頭が自然に活動し問題解決に役立つ直感力やひらめきが出る脳波である。最後がα-1で周波数は7.5~9.0ヘルツで。休息αまたはスローαといい、ストレスを解消し脳のエネルギーを貯える美容と健康に必要な休養脳波である。
 α波、特にα-1が出やすい状態とは、リラックスした状態の時である。自然の中に身をゆだね、小川のせせらぎの音、梢を渡る風の音、小鳥のさえずり、波の音、虫の音などの聴覚の安らぎ、青葉、木漏れ日、白波の立つ海岸、紅葉、雪景色など視覚の安らぎ、木や花の香り、味覚でのやすらぎもあげられる。また、入浴や温泉やの効用が注目されたり、笑いが脳をリラックスさせα波を増加させるという研究も行われており、笑いや笑顔の効用として、次の5つがあげられている6)。1) 免疫力が高まる、2) 脳を活性化させる、3) ストレス解消、4) 人間関係が円滑になる、5) 20秒の笑いで心拍数、呼吸数が増加、血圧が上昇、運動と同じ効果が得られる。 
 音楽とα波の関係は、音楽を聴くことによって気持ちが良くなったり、心地よい気分になり、リラックスした状態・癒された状態になることである。
 聴いている人にとっての心地良い音楽は個人によって異なるので、ヒーリングミュージックやクラシックのみが癒しの音楽の代表ではなく、童謡・民謡・演歌・ロック・ジャズ・ポップスなどあらゆるジャンルの音楽が癒しの音楽となる。
 脳波がα波になるとβ-エンドルフィンが脳内に分泌される。次にこのエンドルフィンについて述べてみたい。

4.エンドルフィンと音楽
 素晴らしい演奏を聴き感動するとからだが震え涙がでてくるのは、音楽に麻酔の作用がありエンドルフィンが分泌されているからではないかと言われている。
 エンドルフィンとは、視床下部から出るホルモンで、簡単な構造をもったアミノ酸系の一種である。モルヒネの30倍の鎮痛作用があり、依存性はまったくない。幸せな時、気持ちのいい時、陶酔した時に出ることが特徴である。また、エンドルフィンが免疫を左右することや創造性と深く関係していること、エンドルフィンを出している人はボケないこと、音楽を聴いた方が長生きできることが科学的に解明されている。6)
 貧困の中、発疹チフスで亡くなったシューベルトは、なぜ美しい作品を生み続けることができたのだろうか。それはエンドルフィンという一種の麻薬が出続けて、食べるものも食べず作曲することができたからであろう。
 快感や陶酔感をもたらすエンドルフィンは、音楽療法の効果の一つである「ペインコントロール」と結びつくと考えられ今後、この2つの相関性が生化学的に検証されることが望まれる。

5.右脳とクラシック音楽
 日本人にとって右脳を活性化させ、左脳を休ませることが音楽のもつ大きな効用である。下記の図をみるとはっきり西欧人と日本人の違いがわかる。

          図(7) 日本人と西欧人の脳のちがい

        
 日常的にあらゆる言語刺激に取り囲まれている現代人は、ラジオ、テレビをはじめ、駅のスピーカーやコマーシャル放送など、騒音のような言葉の洪水の中にいる。そうした言葉や論理から逃れるための手段として、
クラシック音楽を聴く効用は大きい。音楽の好みは人それぞれであるが、右脳、音楽脳で受けとめられるものとしては、やはり器楽曲が望ましいと言える。
 特に日本人は、子音だけでなく母音も左脳で聴き、さらに自然音も言語脳の左脳で処理しているので左脳を酷使しがちである。リラクゼーションのために日本音楽や邦楽器を使ったものが少ないのは、左脳で聴くこれらは適していないことを現しているといえる。リラックスするためにクラシック音楽を聴くことは、西欧人に比べて良い影響が極めて大きいといえる。
 音楽は頭で覚えるのではなく、家庭でも子どもの時から良いクラシック音楽をリラックスして聴かせることが望まれる。そうすれば、最近問題になっている落ち着かない子どもも、随分少なくなるのではなかろうか。 

おわりに
 本稿では、音楽と身体の関係について考察した。音楽の効用についての研究はまだまだ必要であり、音楽療法の発展の可能性を感じている。 
 今後はⅡ.音楽療法と健康科学(音楽健康法)Ⅲ.音楽療法とQOLについての考察を深めながら、人間にとっての音楽の効用、音楽療法の姿を探っていきたい。

参考文献
(1)ジュリエット・アルヴァン著・桜林仁・貫行子訳 (1969).『音楽療法』音楽之友社p.126アルヴァンは1967年と1969年に来日し、日本に初めて音楽療法の基礎と方法を伝えた人である。
(2)村井靖児(1998).『音楽療法の基礎』音楽之友社pp.47-49
(3)武者俊光(2000).「1/fゆらぎと音楽療法」『音楽療法最前線』人間と歴史社pp.135-142
(4)前掲書(3)pp.149-151
(5)http: www2.Incl.ne.jp/~horikoshi/No54.html
(6)http://www.wataclub.net./topics/tp_smile.html
(7)角田忠信「日本人の脳とクラシック音楽の効用」『音楽でリラックス』、音楽之友社p.26より転載

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