◆ 316・音楽関係者のエゴグラム

日本バイオミュージック学会論文より 本文のみ掲載、図表の掲載なし
はじめに
 欧米では数十年前より音楽療法士が国家資格として認められ活躍しているが、本邦では未だその段階にまで至っていない。近年、音楽療法の理解が広まるに従って、音楽療法士認定の必要性が叫ばれ、日本バイオミュージック学会においても、学会の資格認定が始まったところである。将来、本邦で活躍が予想される音楽療法士を担うのは、現在音楽を学習している学童から思春期の世代が中心になると思われる。
 他方、自我分析としてのエゴグラムは最初にDusayが考案し、その後、交流分析(Transactional Analysis)の研究が進み、本邦では簡便で客観性が高い東大式エゴグラム(TEG)が用いられている。
 今回我々は、この両者を合わせ、推奨される音楽療法士のエゴグラムを検討する基礎のデ-タとして、音楽学習者のエゴグラムを検討し、同時に、音楽指導者と両親についても検討を行ったので報告する。

● 対象と方法
 対象は、現在または過去にピアノを練習していた6歳から19歳の学習者250例、その両親で28-48歳の66例、ピアノを教えている20歳から60歳の音楽教育者66例である。
 方法は、本邦で実証的データが豊富である東大式エゴグラム(TEG)第2版(1995)2)を用い、対象者に60個の設問に回答してもらい解析した。
 本法は、人格を構成する自我状態を、親、大人、子供の3つにまず大別し、さらに、1) 批判的な親(Critical Parent, CP)、2) 養育的な親(Nurturing Parent, NP)、3) 大人(Adult, A)、4) 自由な子供(Free Child, FC)、5) 順応した子供(Adapted Child, AC)の5つの尺度で総合的に判断するものである。この5つのTEGパターンにより、詳細には29のタイプに分けられ、がんこおやじ、世話やき、コンピュータ、自由奔放、依存者タイプ、などとそれぞれに呼称がつけられている。

● 結 果
1)5つの尺度の優位性による検討
 3群において、CP, NP, A, FC, ACの5つの尺度の中で、最も優位性を示した尺度を解析した(図1)。FCが最も高かった割合は、学習者で33%、教育者で14%、両親で4%と大きな差異が認められた。
2)FC満点例の検討
 学習者群250例の中で、FC満点例は6例認められ、その詳細を表1に示した。
3)エゴグラム・パターンの検討
 対象者すべてのエゴグラム・パターンの結果を表2に示した。なお、参考値として、本邦の健常者4,584例における結果を付記した。次に、それぞれの群で高頻度に認められたタイプを抜き出し、学習者群は表3、教育者は表4、両親は表5に示した。

● 考 察
 今回、音楽学習者とその両親、音楽教育者においてTEGによる検討を行った。TEGは60個の設問に答えるもので、得られた結果をすみやかにfeedbackすることができ、被験者自身は興味深く感じて協力的であった。本分析は時間を取らず簡便に行え、有用性が高いと考えられる。
 まず、5つの尺度の中でFCが最も高い割合は3群で差異があり、学習者で多かったのは、低年齢であることにより予想されたことであった。しかし、同じ年齢層において、両親のグループで4%であったのに対し、音楽教育者では14%と高頻度であったのは、音楽という芸術の仕事に従事していることと関係があると考えられる。また逆に、音楽教育者には、FCを表す天真爛漫さや創造性が重要であるとも考えられる。

 学習者については、FCが最も高かったのは33%に達したが、FCが満点を示したのは6例(2.4%)であった。これらの症例では、ピアノの技術や表現力に優れ、学校の学業も優秀である場合が多いようである。坪井・牧野・筒井は、Altschulerの主張する音楽の作用を5種紹介し、ことに、注意の集中、その範囲の拡大、気分の変化などが注目される。おそらく、FC満点例の症例は、集中力が高いためにhigh performanceにつながり、また両親や家庭の教育環境なども影響していると思われる。
 FC満点例の事例No.5の11歳女児については、長年、経過を観察してきている。以前、不登校の時期にTEG の検査をしていれば、おそらくU型の爆発タイプであり、数年をかけてNPとAが高くなり、現在のFC優位の自由奔放タイプに変化してきたことが推測され、引き続き成長を見守っている。
 このように、同一の人であっても、TEGによる分析結果は、年月とともに変わっていく。学習者に多いタイプは、癇癪もち、自由奔放、プレイボ-イ、白日夢、依存者、爆発タイプなどであった。今回の結果からは、TEGを学習者という低年齢層に対して適用し、音楽を学習していない学童との比較は行っていないことなどより、学習者のエゴグラムの解釈や評価は難しい。TEGを用いて、学習者を長期に経過観察していきながら、今後に検討を重ねたい。

 次に、教育者のエゴグラムについては、がんこおやじ、管理者、コンピュ-タ、孤高の人のタイプが多く、これは、「厳しいピアノの先生」という従来のイメージに近い結果が得られた。
 次に多い3つのタイプについて、事例を紹介したい。「がき大将」タイプの22歳女性はリーダーシップに優れ、学習者をぐいぐい引っ張っていく気質があり慕われている。「ボランティア」タイプでは、幼稚園を定年退職した2名の女性がいる。奉仕精神にあふれ、人の世話をするのが心から好きである。「プレイボ-イ」タイプの21歳女性例は、従来ピアノ学習者であると同時に、若年のピアノ学習者にもアドバイスを行ってきた。彼女は、音楽の楽しさをうまく伝え、共に楽しめる資質がある。
 ところで、音楽療法士としての仕事の対象は、障害児や高齢者などと広く、内容は啓蒙活動などをも含め多岐にわたっている。今回の検討において、ある特定のタイプの教育者は、音楽療法士として仕事をする場合に、ある特定の領域が好ましいと判断するものではない。しかし、少なくとも、TEGの施行により、教育者が自分の資質や特質を理解するのに一助になると考えられる。各自が自分のエゴに気づき、自分の短所を認識できれば、さらにすばらしい音楽療法士になることができると思われる。また、今回得られた基礎データが、将来音楽療法士になる人やすでに療法士として活躍している人に対する比較データとして有用であることを期待する。

 最後に、両親のエゴグラムについては、がんこおやじ、管理者、コンピュータなどの、規律に厳しいタイプが多く、毎日家庭でピアノの練習をさせることと関係があるかもしれない。逆に、CP低位の「ルーズ」タイプが11%と多いのも特徴と言えよう。これは、音楽の資質を持つ子供を信頼し、のびのびと自由にさせている親も多いのかもしれない。なお、白日夢(現実無視)タイプは1例も認められなかった。これらの結果は、子供にピアノを習わせている親の特徴が現れたものと考えられる。

 TEGは、交流分析を応用した心理テストの一種であり、ある心理的側面をみる資料のひとつに過ぎないので、一般的傾向はわかるが、個別的な問題まではわからない。得られた結果によって、人に・・タイプとレッテルを貼るのではなく、TEGだけで人間を判断しないことが大切であり、理解できたと錯覚に陥らないように注意すべきである。
 TEGは自我状態ー行動パターンをみるものであり、さらに、詳細で精度の高い分析には、ロールシャハテストや、身体的自覚症状と精神症状に関するテストであるCornell Medical Index (CMI)、情緒不安定、社会的適応、内向・外向という面からの性格傾向をつかむ矢田部・ギルフォード性格検査(YG検査)なども行うべきである。

 なお、TEG第2版にある29のタイプの呼称は、非常に理解の助けとなるが、将来、異なった呼称への変換が必要になるかもしれない。たとえば、「ガキ大将タイプ」とは、弱きを助け、強気にたちむかうものであるが、現在、本邦には、このタイプは見つかりにくく、この呼称は「いじめ」のタイプと間違えられる可能性もある。これは、開拓者、リーダーシップ、ベンチャータイプなどと呼ぶのが適切かもしれない。また、「プレイボーイ」という呼称から得られるイメージは、あまりに幅が広すぎて、TEGで使われる場合と実生活で用いられる場合でギャップがあるようにも思える。このように、これらの呼称は、時代や文化背景とともに、日本的なものとして掘り下げてみることが必要であると思われる。

● まとめ
 1)音楽学習者とその両親、および音楽教育者合計382例について、TEGによるエゴグラムを検討した。
 2)学習者では、癇癪もち、自由奔放、プレイボ-イ、白日夢タイプが多かった。FC満点の6例は、音楽・学業ともに優秀であった。なお、学習者については、長期のfollow upによるTEGエゴグラムの変化の観察や音楽学習者以外の学童との比較が課題と考えられる。
 3)音楽教育者のエゴグラムは、従来しばしばみられる、がんこおやじ、管理者、コンピュ-タ、孤高の人が多かった。
 4)TEGの施行は、教育者が自分の資質や特質を理解するのに一助となると考えられ、各自が自分のエゴや短所を認識することで、さらに、すばらしい音楽療法士が育成されるものと期待される。
 5)TEGだけでは詳細な判断は難しく、詳細な検討にCMIやYG検査なども併せて行うべきである。
 6)本論文で得られた結果は、将来音楽療法士になる人やすでに療法士として活躍している人に対する比較データとして、将来に備えたい。

文献
 1) Dusay J: Egograms - How I see you and you see me. Harper & Row, New York, 1977.
 2) 東京大学医学部心療内科 編著. 新版エゴグラム・パターン. TEG(東大式エゴグラム)第2版による性格分析. 金子書房1995.
 3) 大島京子、堀江はるみ、吉内一浩、ほか. 東大式エゴグラム(TEG)第2版の臨床的応用. 心身医36(4): 315-324, 1996.
 4) 筒井末春: 心身医学と言葉と音楽. 日本バイオミュージック研究会誌 1: 42-47, 1987.
 5) 坪井康次、牧野真理子、筒井末春: 摂食障害症例への音楽療法の適応. 心身医32: 121-128, 1992.

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