◆ 314・高齢者の音楽療法

「さあ、みんな一緒に歌いましょう」「足踏み続けて、右手は前へ、左手は上へ」。
 本邦では介護保険制度が始まり、高齢者福祉の現場では、質の高いサービスの提供が求められている。ニーズの高まりとともに、現在急速に広まってきたのが音楽療法だ。大きな期待が寄せられるのはなぜか?音楽療法は治療の一助となり、介護やケアの一端を担い、生活の質(QOL)の向上に役立つ、などが理由となろう。
本シリーズでは、実地に役立つような具体的な情報をお伝えしたい。

●音楽療法の実際
 高齢者施設での音楽療法を、極めて簡潔にまとめてみよう。音楽セッションは通常40-60分程度。広めの部屋に入所者が集まる。音楽療法士が挨拶しながらイントロへ。五感を刺激する話は効果的で(表1)、クライアントの反応や調子を把握できる。次に当日の主活動として、季節や誕生日、なじみの歌を歌い、ストレッチや運動なども併せて行う。最後には一緒に楽しく過ごした時間を感謝して再会を約束し、お開きとなる。

●痴呆症に効く
 痴呆症患者では見当識が失われる。自分が今どこで何をしているかわからない。家族や自分の基本的な記憶まで不正確になる。しかし、日常生活動作(ADL)が低下したり、言葉のコミュニケーションができない患者でも、音楽にはよく反応することがしばしばみられる。音楽を聴くと、それに付随した当時の記憶が甦ってくる。従って、痴呆患者への音楽はよい刺激となる。これをきっかけとしてQOLやADLが改善することも多い。各自の音楽歴を聴取し、青春の頃に流行した曲を用いるとインパクトが強いという。

●受動的と能動的
 音楽療法の間口はとても広い。内容は多岐にわたるが、音楽を聞く(聴く)という受動的な場合。施設の入所者は、単調な毎日になりがちだ。1日の生活リズムに応じて音楽を用いる。適切なBGMによって、情緒が安定し、夢や希望を抱かせたり、気分転換にも効果的である。
 一方、歌ったり楽器を演奏する能動的な場合。歌唱や曲にかかわる会話によって、物の名称や日時、曜日、季節感など失われがちな現実見当識を取り戻せる。歌唱自体が呼吸運動を円滑にし心肺機能を高める。

●マラカスを作ろう
 条件がそろえば器楽の合奏も可能だが、通常は太鼓やタンバリンがよく用いられている。
筆者は各施設で作るマラカスを勧めたい。ジュースの空き缶を乾かし中に米を入れて蓋をする。これを両手に持たせリズムに併せて振る。握力が弱い場合、ヤクルトの空き容器を2つ使う。4拍子の曲なら1、2,4拍ずつ両手を上、左右、前に動かすと、音楽運動療法となる。

●失語に効果がある
 言語の優位半球は、通常左側にある。従って、左脳の障害による右片麻痺の患者では、言語上の問題(話す、聞く、理解する、読む、書く)がみられる。一方、劣位半球(通常は右側)は、音楽を理解する側である。左半球の障害で言葉は話せなくても、歌のメロディや歌詞は歌うことができる。
 音楽を用いて、単語記憶や会話能力を改善させるメロディック・イントネーション療法が応用されている。日常の簡単なフレーズにメロディや抑揚をつけ、自然の会話表現を取り戻す方法だ。唱歌「うみ」では、海は広いな(大きいな) 月が(のぼるし) 日が(しずむ)、と括弧の部分を患者に歌わせて言葉を思い出
させる。

●音楽療法を担う職種
 現在、本邦で音楽療法に関わる職種は音楽療法士(MT)、理学療法士(PT)、言語療法士(SP)、作業療法士(OT)である。MTは医学、医療、音楽、臨床の十分な知識と経験を有している。
 かつて、聖ロカ病院の日野原重明先生の尽力で、理学療法士は学会認定から国家資格になった。日野原氏が会長を務める日本音楽療法学会は、国家資格に向けて活動しており、平成13年春から秋にかけて厚生労働省にも動きがみられている。

 表1 五感を刺激する
聴覚:虫の音、動物の鳴き声、鐘の音
視覚:景色、草花、絵や写真、テレビ
臭覚:花の香り、果物、食物の香り
味覚:旬の食べ物、たけのこ、桜餅
触覚:季節の花や物に触れる

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM