◆ 313・癒しの音楽を考える-2

7・癒しの曲について
 心を癒す曲は、まさに千差万別である。国、文化、生活、人、年齢、性、生活環境をはじめとしてTPOによって異なる。最も重要なことは、クライエントが好み選ぶ曲こそが、その人にとって理想であることだ。
 現在は、あらゆる音楽が巷(ちまた)に溢れている。特に新しいポピュラー曲については、毎月膨大なCDがリリースされている。流行する曲の寿命は短く、次々と入れ代わるので、比較的近年の曲を紹介するのは容易ではない。
 そこで、本稿では、一般的な中高年の日本人における癒しの曲について記する。臨床の現場で有用と思われる切り口で紹介したい。曲の選択の大原則は、クライアントが好む馴染みの曲ではあるが、下記の表は参考としてほしい。換言すれば、音楽療法士として最小限覚えておかねばならない曲となろう。
 まず、61-90歳の高齢者795名のなじみの歌の調査がある8)。好きなジャンル(表3)、選んだ理由(表4)、どんな旋律を好むか(表5)、好まれる歌手(表6)、なじみの歌からひきだされる感情(表7)について示した。
 次に、音楽専攻の大学生に対する調査で、68曲の中から11曲を選んだものを表8に示した9)。この11曲について100項目の各種感情アンケートの結果を、表9に示した。高齢者に対する選曲をどう考えるか、表10に示した10)。
 以上の表3-10を見て考えてほしい。音楽療法士を目指す人は、クラシック音楽やポピュラー音楽などについてよく知っているだろう。しかし、日本の高齢者が嗜好する曲、すなわち「ナツメロ」曲を把握し覚えているだろうか。
 一方、子供に対する選曲で考慮する基準を示す11)(表11)。著者らが認定音楽療法士4名を含む委員会で検討した曲のリストを表12に示した5)。唱歌や童謡に接する時は、歌に息吹を与え生き生きと歌えるようにリードする。
 また、日本バイオミュージック学会(現日本音楽療法学会)のすべての既刊誌を検索した。学会誌に出てくる曲とは、様々な現場や研究に使われるもので、標準的な曲と考えられる。これらの中から適切な曲集を表13にまとめた。なお、当学会で作成した音楽療法用CDがあり、睡眠に対する効果が検討された。これには、G線上のアリア、夢、カノンなどの曲が含まれている12)。
 なお、筆者が好きな曲の一つは、以前にテレビ放映された「シルクロードのテーマ」である。映像と音楽が一緒に併せることで、より癒しが感じられるのかもしれない。作曲者でシンセサイザー奏者である喜多郎氏は、2001年3月に米国音楽界最高の栄誉とされるグラミー賞を受賞した。癒し的な要素の強い音楽を対象とした最優秀ニューエージーアルバム部門で、最優秀賞を得た。

 8・癒しのセッション
 高齢者に対するセッションでは、イントロとして五感に訴える話から導入するとよい。歳時記に関する例をあげる(表14)。
 セッションで使用する曲は、四季が感じられ、回想につながる曲を推奨したい。1月から12月までの曲目リストを表15に示した。
 音楽セッションは通常、約1時間ほどで行われることが多い。音楽療法士はセッションの流れを感じながら、臨機応変に行うことが肝要である。セッションの流れの原則を表16に示した。なお、昭和時代前期および中期に流行し高齢者によく知られた曲を検討し、表17と表18に示した5)。

 9・身体も揺らいで癒される
 心が癒されるとは、心の緊張と弛緩が適度にあることである。これと同様に、音楽療法によって身体が揺らぎ、筋肉が緊張と弛緩をリズミカルに繰り替えすと、心だけでなく身体も癒される。音楽療法と一般に呼ばれているが、実際には音楽運動療法が望ましい。
 スポーツについて、筆者は冬季国体アイススケート競技・スピード部門の代表選手を務めている。1年を通じて行っている筋トレやイメージトレーニングでは、いつも心の中でワルツが奏でられている1)。スケートとリズムについて、フィギュアは3拍子、ホッケーは2拍子、スピードスケートは両者が合わさった8分の6拍子であると感じる。音楽を補助器具の一つと考え、その日の心と身体の調子に合わせて、音楽を選び訓練を続けている次第である。
 我々の生活には、至るところに音楽運動療法がみられる。散歩、カラオケ、盆踊り、ダンス、エアロビクス、ディスコなど様々だ。もし、音楽がない状況で、あなたはエアロビクスのステップを踏めるだろうか?
 徳島には世界的に知られる「阿波踊り」がある。関節への負担は少ないながら心拍数は十分上昇し、数時間の踊りは理想の有酸素運動に近いとされる13)。腹の底から大声も出し、集団で踊る一体感
が心のストレスを吹き飛ばす。「踊る阿呆(あほう)に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」と、毎年8月12-15日はフィーバーする。ポスターには「踊る阿呆天国」、「水めぐる癒し天国」とあり、水の都を訪れて瑞々(みずみず)しい感性を取り戻してほしい。

 10・リハビリに音楽は必須
 医療現場では、肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病の患者に対して、適切な運動療法を処方するが、その際にうまく音楽を用いたい。
 また、脳卒中後の患者に歩行訓練を行う際に音楽はキーポイントとなる。「動作と音楽とを統合させる」理論によって、うまくリハビリテーションができるからだ。自転車ペダルを踏む運動では、ピッピッという規則的な音が、音楽にあわせる動作(movement to music)を補助している。一定のリズムの音をペースメーカー
とすると、運動がスムーズに続くことが知られ、この原理は「神経筋同調法」と呼ばれる。不思議なことに、音が出るタイミングよりすこし早く、筋肉は収縮前の準備のために興奮する。従って、動作に遅れがなく、音のタイミングに合わせられ、ぎこちなさがなくなる。これが「聴覚リズムによる筋運動準備過程」である。以上より、手を叩いたり音楽を流しながら歩行訓練をすると、大幅な改善がみられるのである。

 11・外科手術の癒しの曲
 癒しの曲を用いる状況は千差万別であるが、臨床で頻用される例を示す。外科手術の場合にはクライアントは恐怖を感じており、麻酔、無意識状態、不安と恐怖に対する音楽療法が有効である。
 1)初期導入時:リズムが明確で、メロディは跳躍的でゆらぎが明らかなものが良い。長調の曲や好みの曲を選択する。
 2)不安と恐怖の軽減期:鎮静的な音楽により情動を安定化させる。精神的・神経的な動揺を軽減するには、深遠で芸術性の豊かな名曲が適している。
 3)手術後の疼痛:傷の痛みとの闘いには、モーツァルト、ハイドン、バッハなどの曲想の明るい曲を選ぶ。回復期の音楽は効果的である。

 12・ホスピスの癒しの曲
 ホスピスや緩和ケアにおいて、音楽療法を行う場合のコツを示す。まず、配慮すべき点がある14)。一般社会とは異なる環境に慣れ、患者のニーズを敏感に感知し、自分なりの死生観を持ち、音楽にこだわらない、の4点である。音楽の提供法は、クライアントの病状に応じて3段階で考えると良い。
 1)安定期:患者のリクエストに応じる。幅広いジャンルから曲目を選択する。音量は普通で、テンポも通常の速さ。普通30-60分ほどの時間で行う。
 2)変化期:これまでのリクエスト曲も使うが、セラピストおよび家族による選曲の割合を多くする。音量はやや小さい、テンポもややゆっくりとする。病状やクライアントの要望に応じて考えるが、通常、30分以下が良い。
 3)末期:従来試みた曲から、クライアントのリクエストにできる限り応じる。主に唱歌や賛美歌などメロディーがゆったりした音楽が推奨される。非常に小さな音量で、15分ほどの短時間が好ましい。

 13・癒しの評価の一方法
 音楽療法の現場では、一連の記録documentationと評価evaluationに関するプロセスがあるのが原則だが、現実にはその判断が難しい。
 音楽療法と単なるリクレーションとの異同の議論も続いている15)。この解決には、音楽療法の施行前後における評価が必要であるが16,17,18)、従来比較的簡便で適切かつ有用な評価法はみられないように思われる。そこで、四国支部では「音楽介護評価表」を提唱し、研究を継続している19,20)(表19、図2)。
 本表ではADL、感覚、行動、生活の質(QOL)の項目を含み、音楽療法の効果を評価できる19,20)。さらに痴呆の有無によって、長谷川式スケールまたはN式老年者用精神状態尺度をも併せて用いると、詳細に評価できる。

 おわりに
 本稿では、前半で癒しの音楽について総説的に述べ、後半では様々な具体例を示し、実際に役立つように配慮した。臨床の場で、クライアントに対して音楽療法士はどのように考え、いかにアプローチし、実践していくべきか。本や資料、文献だけで学べるものではなく、経験や評価、努力の積み重ねによって向上していくものである。本稿が、読者の考える姿勢と方法に示唆を与え、より良い音楽セッションが世の中に展開していくように期待している。

 文献・資料

1) http://www3.ocn.ne.jp/~biomusic/
2) 板東 浩. 米国内科学会への参加. 日本医事新報3985(H12.9.9.):76-77, 2000.
3) 徳田良仁. 心を癒す芸術療法。ごま書房、東京、1997.
4) 日野原重明. 外国の音楽療法と日本の音楽療法の将来.日本バイオミュージック研究会誌3:36-41, 1989.
5) 音楽セッションプログラム. DK Elder System. DAM-G50概要書, p3-6, 2001.
6) 土居健郎. 甘えの構造、弘文堂、東京、1981.
7) 持田季未子. 趣味と芸術のあいだ. 芸術と宗教. 叢書No.5,現代の宗教, 岩波書店, p125-169, 1997.
8) 高橋多喜子. 高齢者の「なじみの歌「に関する調査報告。日本バイオミュージック学会誌15:68-75, 1997.
9) 松田真谷子. 「心がやすらぐ」「心がいやされる」と感ずるのは、どんな音楽を聴いたときか。日本バイオミュージック学会誌16: 201-208, 1998.

10) 加藤美知子. 音楽療法の実践。春秋社、東京、2000.
11) 大濱純三. 音楽美学と音楽療法. 音楽療法最前線・増補版.人間と歴史社、p181-210、1996.
12) 牧野真理子. 音楽療法用CD作成の試み. 日本バイオミュージック学会誌13:105-115, 1996.
13) 鈴木泰夫. 阿波踊りの運動強度について. 四国公衛誌 37:69-72, 1992.
14) 加藤みちこ. ホスピス・緩和ケアの音楽療法 音楽療法の実践 春秋社, p129-164, 2000.
15) Bright, R. 高齢者ケアにおける音楽. 小田紀子, 小坂哲也訳.荘道社, 東京, 2000.
16) 板東 浩. 音楽療法とリハビリテーション. 月刊保団連, 642:6-9, 2000.
17) 師井和子. 事例研究. 心にとどく高齢者の音楽療法. ドレミ出版,東京, p155-193, 1999.
18)河合眞.音楽療法の客観的な評価は可能か.音楽療法-精神科医の実践の記録.南山堂.東京.220-230, 1998.
19) Bando,H. Music Therapy and Internal Medicine. Asian Journal of Medicine 44(1):30-35, 2001
20) 音楽療法 注目される「いやし」 Japan Medicine(2001.1.9) :7, 2001

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