◆ 310・高齢者のQOLと音楽療法の導入
                                   板東 浩 徳島大学医学部第一内科
                                   松本 晴子 東京学芸大学大学院 
サマリー
・介護保険が施行され、医療福祉の現場では質の高いサービスが求められている。
・音楽療法のニーズが高まり、音楽療法士の雇用が増すなど期待が寄せられている。
・高齢者の音楽療法では、QOL, ADL, 行動、感覚などの項目を評価し経過観察する。
・音楽セッションは、五感を刺激し、相互コミュニケーションの展開を援助する。
・クライアントの状況により、セッション内容を合わせる柔軟性が重要である。
キーワード
音楽療法、高齢者、介護保険、メロディック・イントネーション療法(melodic intonation therapy, MIT)、動きを伴った音楽療法(movement music therapy, MMT)

はじめに
本邦では世界的にみても急速な高齢化が進んでいる1)。公的介護保険法が2000年から施行され、それに伴い、医療福祉の現場ではより質の高い、内容の充実したサービスの提供が求められている。また、近年、音楽療法のニーズが次第に高まり、音楽療法士の雇用も増え、期待が寄せられている。これは、音楽療法の性質が積極的な治療の一助にも、介護やケアの担い手の一端にもなりうること、生活の質(Quality of life,以下QOL)の向上に貢献できることを併せ持つためと言える。 
高齢者の音楽療法には,健康の場合や病的障害を有する場合などがある。本稿では、高齢者のQOLと音楽療法の導入を概説し、実際的に役立つ情報についても記す。

       1.高齢者の音楽療法の目標

病院や施設に入院している場合は、単調で受け身な生活になりがちで、様々な援助が可能である。地域で自立して生活している場合は、特に他者との交流や余暇活動の充実などが目標として挙げられる。
一般的な目標を表1に示した。目標設定では、「決して押しつけにならないこと」が重要である。高齢者は疾患、障害、問題点と共にそれぞれ個人史を持っている。それらを受けとめ理解し、その人らしく今をよりよく生きるための目標でありたい。QOLの向上については表2に示した。

       2.音楽療法活動とその効果

 (1)歌唱活動 
歌は高齢者にとって、今までの人生の思い出と結びついていることが多い。曲の歌詞の内容やそれに基づく会話によって、物の名称や日時、曜日、季節感など失われがちな現実見当識を取り戻しながら、現実に適応できるようサポートしていく。
音楽にはその曲を聴いたり歌ったときの状況や感情などを呼び起こすパワーがある。歌唱によって当時の記憶や生き生きとした感情が喚起され、会話が促されやすくなる。グループ活動では同様の体験を振り返り、共感や連帯感が生み出されたりする。
歌唱自体が呼吸運動を円滑にし心肺機能を高めるので、施設や地域のサークルなどで、リハビリテーションの一環として取り入れられていることが多い。
 (2)楽器活動
楽器を用いる活動では、身体的刺激や機能の維持・回復などリハビリテーション効果が期待できる。また、楽器操作の習得や演奏による達成感や、グループ活動で音の広がりによる連帯感が生まれる。 
以前習得した楽器を再び演奏したり、これから習うなど、楽器活動は、本人の自己実現にとどまらず、周囲の人たちをも励まし、意欲を引き出すきっかけとなる。
よく用いる楽器は、操作が簡単な打楽器類である。呼吸訓練にハーモニカやリコーダーを、機能訓練に鍵盤楽器を使うこともある。実際のセッションでは、楽器だけの場合と、歌唱と合わせる場合がある。
(3)鑑賞
毎日限られた空間やベッド上で生活する人にとって、音楽は日常を離れて夢や希望を抱き、気分転換になり得るものである。
鑑賞にあたっては、個人の好みの音楽を尊重することが大切で、好みを把握できたら異なったタイプの曲を紹介するとよい。また、グループで同じ曲を聴くことで、各自の思いが会話に発展することもあり、コミュニケーションの手だてともなる。
(4)動き
音楽に合わせて身体を動かすことは心身への刺激となり、障害部位の機能訓練にもなる。音楽+身体運動には、音楽体操、盆踊り、ダンス、ムービングなどがある。時にはスティックや打楽器を持ったり、布や紙テープ、風船なども利用できる。
リラックスして、自分のペースで動けるような環境では、ふだん悩まされている苦痛をあまり感じることなく、楽しみながら思わず身体を動かせる場合もある。
ともすればひきこもりがちになる高齢者にとって、音楽活動は他人との関わりや協調性、役割分担などの社会性を得む活動となる。つまり、音楽活動、音楽体験を通して生きる喜びや張り合いを持ち、QOLを目指すことができるといえる。

        3.対象別の音楽療法

(1)健康高齢者
施設入所者の場合、単に音楽を聴く受動的なものよりも、歌わせて楽器演奏させる能動的な音楽療法の実施が推奨される。
身体的よりも心理的な側面で、入所者相互のコミュニケーションを深め、快適な生活になるように配慮していく。
(2)パーキンソン症候群
本患者では、地面に弾いた線や障害物をまたがせると上手に歩くが、何の模様もない床を歩くのが難しい。リズムのはっきりした音楽をしっかりと演奏させると、運動緩徐が妨げられ、患者は活発に歩けるようになる。しかし、同じ曲では効果が弱まるので、頻繁に曲を変えるとよい。
(3)脳卒中
本疾患では片麻痺、失語、失音楽症、失認、失行症などがみられる。まず神経学的に評価する。本疾患では、言語と音楽の両者を用い、下記の目標を目指したい。
・視覚、触覚、聴覚、臭覚などの感覚で、コミュニケーションの理解力を評価する。
・周りの人に気持ちを伝えられるように、いくつかのコミュニケーションの方法を身につけさせる。
・アイコンタクト、触わる、話すことで、人との相互作用を促す。
・麻痺があっても、体や全身の感覚の機能を維持し高める。
(4)ホスピスの場合
音楽の活用よりも、むしろクライアントの大切な時間や希望を優先して配慮する。この場合の考え方を表3に示した。

        4.MIT療法とMMT療法

(1)MIT療法
通常、言語の優位半球は左側にある。従って、左脳の障害による右片麻痺の患者では、まず言語上の問題(話す、聞く、理解する、読む、書く)を評価しておく。
一方、劣位半球(通常は右側)は、音楽を理解する側である。左半球の障害で言葉は話せなくても、歌のメロディや歌詞を歌える人は多い。そこで、音楽を用いて、単語記憶や会話能力を改善させる治療が試みられてきた。これがメロディック・イントネーション療法(melodic intonation therapy: MIT)である。日常の簡単なフレーズに、メロディと抑揚をつけることで、自然の会話表現をとりもどす方法である。たとえば、唱歌の「うみ」では、海は広いな(大きいな)月が(のぼるし) 日が(しずむ)のように、括弧の部分を患者に歌わせて言葉を思い出させる。
(2)MMT療法
従来からmovement music therapy (MMT)と呼ばれ「動きを伴った音楽療法」という概念である。音楽+運動で、音楽運動療法とも言われる。運動もあわせて行い、下記のような効果が期待される。
・精神的:記憶、物事への判断と注意深さの促進
・身体的:筋肉の増強、体のリラックス、ストレスからの解放、睡眠調整、
・心理的:自己表現、感情表現、情緒の安定、不安と緊張の緩和、身体のイメージ、確認、自己尊重、満足感の供給
・社会的:適応性、協調性、受容性、責任感の増強、言語、非言語のコミュニケーションの促進、他者との関係の改善

        5.音楽療法のセッション

(1)五感への刺激
音楽療法には、運動・認知能力とともに、触覚、視覚、聴覚などの感覚器官へも働きかけ、回想を引き起こす以上の反応が引き出される効果がある。音楽療法セッションによってグループ内での対話が活発になり、相互作用によるコミュニケーション(笑顔、手を触れる、アイコンタクト、言葉での表現)などが周囲に広がっていく。
音楽セッションであっても、「気分はどうですか?」と話しかけが重要である。不安感の軽減、自己愛への認識などに通じる。慣れ親しんだ歌や季節の歌、好みの歌、懐かしい歌などに触れて歌い、楽しく動く。気分転換した後、「どんな気持ちですか?」との声掛けするとよい。感情を分かち合えることで、一層の効果がある2)。
(2)セッションの概略セッションは通常40-50分ほどである。
・イントロ:時節の話(5-10分)
・馴染みの歌:いつもの歌(10-15分)
・主な内容:歌や演奏、話題(15-20分)
・お開きの歌:感謝と再会の約束(5分)
(3)セッションの工夫
セッションでは、季節や行事、話題、旬の食べ物にちなんだ歌を用いる。歌う曲、太鼓や楽器で演奏する曲、楽器とともに歌う曲など、曲を分類して整理しながら、レパートリーを増やしていく。
クライアントの年齢によって、思い出の曲が推測できる。歌が作られて流行した歌謡史の知識は必要で、時代と歌について覚えておくとよい。たとえば、当時の三人娘や御三家の話によって、コミュニケーションがスムーズに進む。
(4)評価が大切
音楽療法は、単に楽しければよいというレクレーションではない。クライエントについてのセッション前後のアセスメントなど、関わる姿勢が重要である。筆者は日本バイオミュージック学会四国支部長として、音楽療法評価表を提唱してきた3)。QOLやADL、感覚、行動など20項目を評価するもので、要約を表4に示したので参考にされたい。

       

おわりに
高齢者に対する音楽療法は、クライアントの状況に応じて目標、目的、内容を変えねばならない。本稿では一般的に記述したが、実践の場で役にたてば幸いである。

文献
1)総務省統計局総計センター:高齢者人口の現状と将来. 
http://www.stat.go.jp/data/guide/5-3-1.htm
2)ルース・ブライト. 小田紀子, 小坂哲也訳. 高齢者ケアにおける音楽. 荘道社, 東京, 2000.
3)板東 浩. 私が考える癒しの音楽. 音楽療法概説. 音楽之友社,2001年8月発行, 印刷中. 

       表1 高齢者に対する音楽療法の目標

   身体 
・運動能力の維持・向上・感覚訓練
・不適応行動の減少
   精神
・長期記憶や回想への刺激
・短期記憶や認知力の向上
・言語能力の向上
・心身両面の発散
   心理
・リラクゼーションの促進
・ストレスの軽減
・自己尊厳の回復
・痛みや悩みから気分転換
   対人
・他者との交流への援助
・楽しさ、遊び、ユーモアの場の提供
・余暇活動における援助 
・コミュニケーション能力の向上

       表2 音楽療法によるQOLの向上

心理的:孤独感↓、自信↑、動機づけ↑,充足感↑
身体的:身体機能の維持、リハビリテーション
生理的:ストレス発散、情緒安定、痛みの緩和
社会的:対人関係↑、社会との交流↑
哲学的:霊的(spiritual)、受容、明日への希望

       表3 ホスピスにおける音楽療法の目標

・一人の人間の存在を尊重する 
・家族との時間を大切にする 
・抑鬱された感情を解放する
・痛みなどの症状を軽減する
・非言語的コミュニケーションをはかる
・入眠への援助をする
・社会的交流の場を提供する
・安定期、変化期、末期を見定める 

       表4 音楽介護評価表(抜粋)

1.食事   2.排泄   3.着脱   4.入浴   5.歩行   6.移動   7.ベッド上動作   8.個人衛生    9.視力     10.聴力    11.言語・会話  12.理解・痴呆  13.異常行動   14.不潔行動   15.不穏・興奮  16.生活の意欲  17.レクと運動  18.職員との交流   19.患者間の交流   20.治療者との交流 
項目1-8)はADLを、9-12)は感覚を、13-15)は行動を、16-20)はQOLの評価を示す。
評価は5段階で行い、経過を観察する。

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