◆ 309・医療における音楽療法(中)
                                              板東浩、松本晴子
 前回は音楽療法の歴史と適応を概観したが,今回は音楽の機能を利用する心理療法のひとつとしての音楽療法という視点で述べたい.
 人間の心と身体は密接につながっている。心の病と身体の病は簡単には切り離してとらえられない。従来の医学的治療では,身体そのものの治療が優先され,患者の心,人間性は後回しになる傾向がみられた。患者と医師は病気を通して向き合っていく気持ちが大切である。
 情報が氾濫し価値観の多様化している現在は,まさに心の問題が大きくクローズアップされている。特に青少年の様々な事件が起きると,心の問題として取り扱われることが多い。21世紀は,心理療法の役割が期待される時代といえる。
 今日の心理療法は社会のニーズに応じて範囲が拡大している。来談者中心療法,認知行動療法,精神分析療法,遊戯療法,集団療法,家族療法,森田療法,温泉療法,催眠療法,ゲシュタルト療法,作業療法,芸術療法…そして,音楽療法などかなりの数にのぼっている。                              

1.心理療法の基盤 
心理療法は人間対人間の信頼関係の上に築かれる。名称から示唆されるように,心理療法とは,医学の視点から「病気を治す」という一般的なイメージに加えて,心理的な苦痛を和らげるという期待も含まれている1)。しかし,人間という存在はそれほど単純ではなく,心理的苦痛や問題の解決のみに限定して「治療」を考えることはできない。心理療法はすでに,医学の領域をはるかに越え,その目的や方法も一筋縄では把握できないものとなった。心理療法には,全人的な
視点と,人間と人間との主観的なかかわりが不可欠である。  

2.音楽と人間の身体の共通点は「リズム」
音楽療法の特徴は,音楽が治療関係の中心となり,個人の成長や発達,促進など,自己実現の援助に用いられることである。音楽の構成要素の中では,リズムが人間の生理ともっとも関係があるとされる。音楽には「強弱のサイクル」があり,生命活動の基本である「緊張―弛緩」のリズムと通じる。また,音楽の「速いー遅い」という速度が,人間にとって緊張と弛緩の適度なサイクルにうまく適合する。リズムは人間が生まれながらに備えている一番馴染み深い要素で,生命活動が持つ「反復運動」そのものである。人体を形作る細胞それぞれがリズムをもって波打ち,緊張と弛緩の定期的な交替が生命体のリズムとなる。リズムこそが人間に直接働きかけ,生命力を活発にし,バランスを整えてくれる根源である。
 このように音楽の偉大な力の根源はリズムといえるが,メロディー,ハーモニーという構成要素との総合的バランスが,人間の心身を浄化し,バランスを回復させる働きがある。 

3.心身医学領域での音楽療法 
音楽療法の先進国とされる米国では,主に自閉症などの障害児領域と精神分裂病などの精神科領域で音楽療法が用いられてきた。しかし,神経症や心身症患者には適応がないと判断され,応用される場がみられなかった。一方,本邦では心療内科領域では従来から音楽療法が適用されて研究が進み,高く評価されている。
音楽療法には大きく分けて「聴く」という受容的方法と「演奏する」「歌う」という能動的方法の2つがある。心療内科で心身症患者に対する音楽療法は受容的方法である。アプローチの方法例を次項に記す。

4.音楽と併せ実施されるアプローチ法
  1)自律訓練法:心身症の治療の第一にあげられ,リラクセーションに役立つ選曲が必要である。モーツアルトの「ディベルティメント第七番」,バッハの「フーガ」などがよく用いられる。適応は心気症,心臓や呼吸,胃腸の神経症といった機能性障害である。
  2)バイオフィードバック療法:緊張性の頭痛を「音楽と筋電図フィードバック」で治療する。 3)香り:人間の臭覚を利用したリラクセーションで,心身症の治療法のひとつである。
  4)情動イメージ体験:イメージ描出に有用。
  5)絵画:導入が容易となる。 

5.音楽療法を適用した臨床例
  1)うつ状態:35歳男性。主訴は早期覚醒,抑うつ気分,肩こり。方法は体感音響装置(ボディソニック)を用いた療法を,入院期間中1回40分間,週3回実施。バイオフィードバック法で,身体的リラクセーションの程度を筋電図と皮膚温で測定した。結果は音楽を聴いている時に筋電位の低下と皮膚温の上昇がみられ,緊張感の緩和と循環血液の増大による身体的なリラクセーション効果が示唆された2)。
精神的リラックス感も取り戻しうつ病が改善され出社可能と判断され退院。
  2)過食症:16歳の女性(高2)の問題は食べ過ぎ,食後の無力感,
抑うつ感。服薬を拒否し,院内のラジオ体操,絵画教室,習字教室などにも不参加。趣味が音楽であることに注目し,過食衝動時に,体感音響装置を使用。自室へのひきこもりが減り,積極的に自分から語り,絵画教室に参加するなど,改善がみられた。
  3)不登校:中2女子が,夏休み明けより頭痛が頻発し、休みがちとなった。患児は質問に答えず母親が代わりに対応。学校の話題ではふてくされた態度をとる。得意なことを質問すると最近の音楽やアイドル歌手のことを話し出した。患児とラポールが付き始めたところで体感音響装置を週2回受診させ,頭痛と不登校は解消した。
  4)不定愁訴:35歳の主婦,症状は頭痛,顔面痛。ボディソニックによる受容的音楽療法を週1回外来で実施。コンソレーション(リスト),ドリー(フォーレ),亡き王女のためのパヴァーヌ」(ラヴェル),夢(ドビュッシー),シチリアーナ」(フォーレの曲を使用。自宅で1日40~60分程度の音楽鑑賞により,次第に症状は軽快して,不眠,抑うつ感が消失,筋電位も低下がみられた。
  5)過敏性腸症候群:36歳の男性。主訴は下痢。健康雑誌の記事をみて患者が音楽療法を希望して来院。前症例と同様のクラシック曲を外来および自宅でもリラックスした状態で音楽を聴取させた。筋電位が低下し,本人が自宅にボディソニックを購入し,治療は終了した。
  6)不眠症:従来から頻用されており,日本バイオミュージック学会ではそのエビデンスを多施設研究調査を実施中である。

6.心身医学領域における音楽療法の意義
前項では受容的音楽療法の有用性が示唆された。この作用は,直接的な治療法というよりも,むしろ言語的精神療法をより円滑に行っていくための補助的手段として意義がある。また,適当なストレス発散法や心の昇華が可能なセルフコントロール法としての意義もある。音楽を通してコミュニケーションをはかる音楽療法には、近年細分化され分断化された社会や医療の中で、薄らいでしまった人間の繋がりや温もりが感じられる。
いかなる病気も患者自身が病態を理解し医師と共に治療に取り組む態度が健康を取り戻す一番のポイントである。しかし、今日のストレス社会のなかで人間関係に支障をきたしている人が増えている現状においては、患者と医師のコミュニケーションがうまくとれない場合も見受けられる。心身症の音楽療法においては、音楽の選択を患者自身に委ねることに大きな意義がある。それにより音楽を通し積極的に行動する意識や自分への自信がつき社会復帰をしている症例をみても、音楽療法は優れた手立てといえるのではなかろうか。  

おわりに 
本稿では心理療法、心身医学の領域から述べた。最終回は他の医療現場における日本の音楽療法の現状などについて触れたい。  
文献                           
 1)河合隼雄:心理療法序説.岩波書店,東京,P2-3,1992.
 2)小松明,佐々木久夫:音楽療法最前線・増強版.人間と歴史社,          
                                         東京,p80-98,1998.

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