◆ 307・内科疾患と音楽療法
                        

                                                                        日本医師会雑誌 「医療と音楽」特集  平成11年10月1日号 

音楽療法が適応される内科疾患の多くは,前項の心療内科領域の疾患とオーバーラップする。そこで、本項では,主に生活習慣病における食事と運動との関わりについて記する.今日はハイテクノロジーの時代であるが,医学のサイエンスだけでは,患者を救えない.しかし,ヒポクラテスの時代のart of practice of medicine(医の実践のアート)として,医療の中で音楽を有効に使えば,患者の心と身体を癒すことができる.現在の音楽療法は,医学,医療,音楽,教育,福祉領域に関わりつつ,文化的・芸術的な要素も重要である.実際に患者(クライエント)に接するものであるので,本稿では,患者指導の際に役立つ方法についても触れる.

       I. 人間とリズム

人間は,音楽を奏でている.胎児は,母親の心拍や声を聴きながら育つ.乳児期には、母親や家族のあやし声や周囲の音の中で,泣き声から笑い声,話し声となっていく.母のやさしく愛情のこもった声はアルト領域とされ,この音域で話しかけられたり,約1秒の周期で揺られたりすると,子どもは安らぐという.
学童,成人,高年期には,ほぼ安定したリズムとメロディの調和の中で生活し,健康を保っている.このハーモニーが狂って失調すると,病気となる.我々の身体は呼吸、脈拍や体温などバイタルサインをはじめ,新陳代謝や血流など,すべてにリズムが内在する.また,行動パターンにもリズムがあり,睡眠,食事など,ほぼ規則的なリズムの上に,様々な仕事のメロディが重なる。身体臓器は楽器で、指揮者は心である。それぞれの役割をもつ楽器が合わさって、オーケストラを奏でることとなる.

       II. 適応と治療

音楽療法は医療現場で広く用いられているが,内科領域で適用される主なものは,消化性潰瘍,NUD (Non-Ulcer Dyspepsia),慢性肝炎,慢性膵炎,高血圧,気管支喘息,糖尿病,単純性肥満,バセドウ病,慢性透析,成分献血,末期がん患者,老人性痴呆,脳血管障害後のリハビリテーション,内視鏡などの処置中,ほかに血圧安定,入眠補助,疼痛軽減などが挙げられる.音楽療法は,歌ったり楽器演奏する能動的なものと,音楽を聴く受動的なものがある.後者の方法には,ボディソニック(体感音響)や,ステレオ付き枕,BGMなどがある.
音楽療法は,原因疾患に対する治療に加えて,補助的なものとして効果が期待できる.治療効果を検討する場合には,客観的な方法が必要である.リハビリを円滑に行い,透析や各種処置中の違和感を減ずることができる.
臨床の場では,病院や老健施設で,脳血管障害後のリハビリテーションに音楽療法を併用している場合が多い.高血圧患者では血圧の下降・安定化が得られ,起立性低血圧症患者でも血圧が安定するとされる.また,心筋梗塞後のリハビリテーションに適用すると,長期的治療のコンプライアンスが良好となるという.

       III. 生活習慣病

生活習慣病(life style-related disease)という用語は,日本バイオミュージック学会会長の日野原重明先生が1978年から提唱してきたもので,最近「成人病」にかわって使用されるようになった.まず,食事と運動のバランスが重要であり,それに心身の安静が加わる.ほぼ規則的なライフスタイルこそが健康への道である.24時間周期のリズムの保持は,快適と感じる「1/fゆらぎ」にも通じる.規則的な生活リズムの中に多少不規則性が含まれるからである.

       IV. 食事と音楽

1日の中で朝食が最も重要であるが,近年,朝食を抜く若年層が増加し,問題となっている.日本人が摂取する食事量の割合は,朝20%,昼30%,夕50%ほどが平均的と思われる.理想的な配分は,朝40%,昼35%,夕25%と報告されており,この食生活を続けると,肥満などの生活習慣病になりにくいとされる.音楽を日常生活の中に取り入れる場合,患者への説明に役立つように,いくつか例を示す.
1)朝は,早く起きるのがよい.起床が苦手な人には,ブザーや電子音を発する目覚まし時計が勧められる.覚醒が容易な人には,バロック音楽などが流れるように,タイムスイッチを入れておくのも一案である.気持ちよく,清々しく起床する良い方法と思われる.
2)起床後,牛乳など水分を取り,可能なら散歩など軽い運動が好ましい.朝食までに,時間的猶予があると,食欲も旺盛になるからである.また,果物に含まれる果糖は,膵臓からのインスリン分泌を刺激せず,エネルギーとして短時間に利用できるので,朝の果物は金(きん),昼は銀,夕は銅と呼ばれている.
3)朝食時には,テレビ画面に表示された時刻に追いたてられる人が多いと思われる.BGMを流すなら,一日の前奏曲としてリズミカルな曲が勧められる.休日くらいは,小川のせせらぎや鳥のさえずり,爽やかなBGMに包まれて,朝食を楽しむのもよいだろう.
4)夕方には,可能なら,軽い運動で汗をかき,入浴後に夕食をとるのが勧められる.夕食直後の入浴は,体内の血流分布の点から好ましくない.遅い夕食は高脂血症など生活習慣病を増すので,早い時間帯がよい.BGMを選ぶなら,ロック音楽のような刺激的なものより,心と身体の疲れが癒せるように,イージーリスニング系の曲が推奨される.
5)カラオケは,日本が世界に誇れる音楽療法である.ストレスを発散し,明日への活力を得るのに最適である.アリストテレスは「同質の原理」を唱えた.人は,嬉しい時は楽しい音楽を,悲しい時は心に染み入る美しい音楽を欲するものである.日常のうっぷんを晴らすため,カラオケの曲順は,まず恨歌から,次に艶歌,最後は演歌がよいと,筆者は説明している.
なお,上記は一つの案であり,あくまでクライエントが好きな曲を選ばせるのが原則である.

       V. 運動と音楽
高齢者や脳血管障害後のリハビリの際には,音楽をかけながら行うと,患者および治療者間のラポール形成も容易である.一般的に,2拍子あるいは4拍子の曲から導入すると,リズムが取りやすい.慣れれば3拍子,8分の6拍子の曲も使ってみるとよい.筆者は,多くの日本人が懐かしく気持ちよいと感じられるように,春の小川,夏の思い出,赤トンボなどの12曲を編曲し,CD付き楽譜集「日本の四季のうた」として発行している.病院や老健施設などで,理学療法や能動的・受動的音楽療法の際に役立てていただきたい.

徳島には,世界的に知られる「阿波踊り」があり,夏だけでなく1年中観光客にも参加できるサービスがある.心拍モニターを装着した研究によると,一般人が阿波踊りを行った場合,心肺への負担は少ないが,十分な有酸素運動が長時間継続している.ダンスや踊り,舞踊などは持続的な運動と考えられ,対象者に応じた音楽運動療法を推奨してほしい.
近年,スポーツジムのエアロビクスに参加する年齢層が広まりつつある.継続時間は30-75分程度であり,有酸素運動の見地からみても有用で,脈拍が180以上になれば休憩させたりするなど,安全面にも留意されている.以前のプログラムでは,片足ずつ跳躍する運動時間が長く,身体が宙に浮くhigh impactの運動であった.その結果,足首の捻挫や足背の疲労骨折などが報告され,筆者自身も中高年者や肥満者における膝の負担を懸念していた.
最近になって,10-24cmの高さの踏み台を用い,いずれかの足が地についているlow impactのプログラムが導入されている.すなわち,関節に無理をかけないメソッドとして評価できる.いずれにしても,エアロビクスを行うには,音楽が必要不可欠であり,音楽なしでは行えない.クーリングダウンの時には,ゆったりした音楽や部屋の暗転により,気持ちよくやり終えたという充実感が得られる.
スポーツ選手のトレーニングにも音楽は有用である.トレーニングジムで,自転車漕ぎや歩行,ランニングを行う際に,ウォークマンの使用は,変化に乏しい単調な訓練の継続にメリットとなる.筆者はアイススケートの国体選手であるが,室内でsliding boardを用いた訓練や,眼を閉じたイメージトレーニングを行う際にも,自分で工夫した音楽は一助となる.

おわりに 
本稿では,食事と運動などの生活習慣のリズムが重要であることや,日常生活における音楽療法の用い方のヒントについて触れた.今後,食事と運動こそが根本的治療法である糖尿病患者における音楽療法の有効性を検討していきたい.将来,「音楽によって心も身体も健康に」を目指し,音楽が疾病予防のツールの一つとして認知される時代の到来を待ち望みたい.
文献
1)J Escher: 内科学. 音楽療法事典. 人間と歴史社.東京.1999; 435-436.
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3)MH
Thaut: 脳卒中,外傷性脳損傷のリハビリテーションにおける音楽療法.音楽療法入門(下巻)理論と実践.WB Davis, KE Gefeller, MH Thaut著.栗林文雄 訳.一麦出版社.札幌.1998; 114-140.
4)今崎牧生.慢性疾患.標準「音楽療法入門」上巻「理論」.日野原重明監修 篠田知璋,加藤美知子編1998; 143-162.
5)河合 眞:音楽療法の客観的な評価は可能か.音楽療法 一精神科医の実践の記録.南山堂. 東京. 1998; 220-230.
6)篠田知璋:高血圧患者のストレスマネージメント.今月の治療1999;7:106-110.
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8)赤星建彦,赤星多賀子,加藤みゆき:療育音楽プログラムの実践.高齢者・痴呆性老人のための療育・音楽療法プログラム.音楽之友社. 東京. 1999; 50-93.
9)鈴木泰夫:阿波踊りの運動医学的研究.四国公衛誌 1992; 37: 69-72.

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