◆ 305・休養と音楽

生活習慣病と音楽療法について、No.1では運動と音楽を中心に、No.2では音楽療法の概論と音楽と栄養について触れた(1)。本稿では、音楽療法の適応・治療や、休養との関わりなどに述べたい。

       1. 厚生省の指針

厚生省は、健康の3本柱は運動、栄養、休養であると発表し、前2者については国民に対する一般指針が出ていた.最近になって、休養についての指針が出た.この中には、「早めに気付こう,自分のストレスに」「ゆとりの中に楽しみや生き甲斐を」というキャッチフレーズが含まれている。

       2. 心のストレス

「ストレスは人生のスパイスだ」と言われる。人が生きていくには適切なストレスが必要である。一方、ストレスがない環境で、人がどのような反応を示すかという実験が知られている。温度が一定で、音も光も臭いもない特殊な部屋に被験者を入れた。すると、身体への様々な刺激に対する反応が極めて鈍くなり、厳格や妄想などの精神異常現象が引き起こされたという。
現代社会のストレスは、人にとって適度とはいえず、過度なレベルにある。例をあげると、好ましくない人間関係、仕事量のアンバランス、目標達成のための異常な努力、建前と本音を上手に使い分けられない、などが挙げられる。以前には、ストレスによる病気といえば、胃潰瘍、十二指腸潰瘍であったが、近年は、神経症、心身症、うつ病などが増えてきている。これらの多くの不快なノイズからいかに身を守るかが重要となる。

       3. 健常者と音楽

人は、楽しい時には快活な音楽を、淋しく悲しい時には静かで美しい音楽を欲するものである。これは「同質の原理」と呼ばれる。同様のことは、古くアリストテレスも述べている。心の状態と同様に振る舞うことが心のカタルシス(浄化)につながるというのだ。例えば、映画館でラブストーリーの悲しい結末に心が苦しくなり涙を流しても、映画が終われば心の中はすっきりしたような気持がするだろう。これらは共通している人の感情なのである。
さて、ここで、読者の皆さんがかつて恋人に振られた時を思い出してみてほしい。元気になろうと思って心を鼓舞する曲、たとえば水前寺清子の「365歩のマーチ」など聴く気がするだろうか?心身が疲れたり精神的に落ち込んだりしている時には、心に染みるような音楽を欲するものである。だから、このような場合は、古賀政男先生が作曲し美空ひばりが唄う「悲しい酒」でも聴きながら、日本酒をちびりちびりとやるのが、日本人にはふさわしい。すなわち、「同質の原理」により、まずは現在の気分や心の状態と同じ性質の音楽からはじめ、心がほぐれてきたら、次第に軽快でリズミカルな曲に次第に変えていくと、心の休養につながると思われる。

       4. 一般的な音楽健康法

音楽を健康科学の切り口からとらえてみる.障害者や病者ではなく,健常者が音楽を上手に用いて、ストレスで病気にならないようにしたい。自分なりの工夫により、音楽と接し,「音楽を楽しみながら」心身の健康を維持増進していくのが、「音楽健康法」である.
近年、レコード店には、音楽療法と称するCDが数え切れないほど多く並んでいる。また、心のリラクセーションに関する講習会が毎日どこかで企画されている。日常生活の中で、自由な時間や寝るときに適当と思われる曲を表1に示した。なお、前号No.2には、目覚めの時および食事の時に推奨される曲を示してある。

       5. 本邦における音楽療法の試み

1986年に日本バイオミュージック研究会(現学会)が設立された。本学会の役目は、音楽や音楽療法を科学的に研究していくことである。様々な試みの中で、広く臨床応用されているのが、体感音響装置(ボディソニック)である。これはリクライニングチェアやベッドに器機を取り付けたもので、音と同時に、音楽の主として低音成分をトランスデューサー(電気ー機械振動変換器)によって体感音響振動に変え、身体に体感させることができる。
第1回日本バイオミュージック研究会から現代までのプログラムをみると,本邦の音楽療法の歴史がわかる。内視鏡の苦痛の軽減,術後患者,高齢者,脳卒中,小児,痴呆,外科患者,不登校,局所麻酔,心療内科,老年期,塵肺,失語症,不眠,脳血管障害,頭頸部の不定愁訴,摂食障害、痛み,胎児,新生児,透析,健常者の脳波,平衡機能,過敏性大腸症候群,分娩時,骨と関節の振動伝達特性,形成外科,サーモグラフィー,皮膚温の上昇,寝たきりや褥瘡の患者などに対して音楽療法が施行されてきた。
平成11年6月に徳島で行われた20回総会では、心拍ゆらぎと自律神経活動、音楽聴取時の脳波と音楽嗜好、音楽療法前後のNK活性と各種指標、音楽刺激による生体反応のポリグラフ、などの今後の研究の指針となる高いレベルの発表がなされている。

       6. 音楽療法と心療内科

米国では、行動医学(behavioural science)という専門分野が発達している。本邦ではプライマリ・ケア医学とメンタルヘルスがあるが、上記3者の領域をおおよそカバーする心療内科が、平成8年に標榜科として認められた。心療内科領域では、患者(クライエント)が、ボディソニックなどを用いて、音楽を聴くことが多い。これは受容的音楽療法と呼ばれ、一方、歌を唄ったり、楽器を演奏したりすることで治療効果をあげる方法を、能動的音楽療法という(2)。 

       7. 音楽療法の適応

音楽療法は、疾患に対する補助的治療や疾患のケアおよびリハビリテーション、予防医学として、意義がある。音楽療法の適応として表2に示した。
透析患者では、気が紛れたり心が和む,透析が短く感じたなどの効果が認められている。また、内視鏡検査や気管支造影などの際に,苦痛や恐怖心の軽減や、モーター音の遮音の目的でBGMが使われる。
ホスピスなどの施設で、鎮痛効果が明らかにされている音楽の特徴は,テンポは早めで,やや騒がしく,一般にラグタイムのような音楽がよいとの結果が出ている。しかし、あくまで、クライエントが好む音楽がよい。
外科の手術では,音楽を聴かせると,麻酔薬の必要量が減るとの報告がある.高血圧患者では,血圧の下降あるいは安定化がみられ、低血圧のOD患者でも血圧が安定するという。心臓に対する効果も認められ,皮膚温度が上昇し、筋肉が弛緩してリラックスすると報告されている。
さらに、医療施設の中で、ICU、CCU、待合室など、状況に応じて音楽が利用できる。音楽療法を適応できる範囲は広く、今後、利用される機会は増えると考えられる。注意すべきは、治療効果がみられた場合に、音楽そのものによって効果があったとは言えないことである。複数の因子が合わさって、患者が良くなるのであり、音楽が少なくとも一部は(atleast in part)改善に関与したと判断できる。音楽療法は、単独ではなく、他の治療法と併用することにより、補助的な効果が期待できるのである.

       8. 音楽処方

歴史的には、ポドルスキーによる音楽処方が有名である。4つのジャンルに分けられ、それぞれ10-15曲あるが、その中から比較的知られたものを抜粋した(表3)。
音楽を聴いたときの癒しは、2つに大別される。ひとつはデジタル的な音楽、他方はアナログ的な情緒的な音楽である。前者は人から離れて自然の中に安らぎを求めるもの。後者は友人など自分を理解してくれるキーパーソンが私の傍らにいてほしいという感情である。具体例として、前者はビバルディの「四季」があり、サウンドトラックで歌詞はない。後者例としては、日本の演歌が挙げられる。歌詞を伴い、人と人との濃厚な交わりや人間臭さが感じられる。
「心がやすらぐ」「心がいやされる」と感ずる68曲について、100項目の各種感情をアンケート調査した報告3)から、上位の5曲を示した(表4)。第1位の曲を作曲したアイルランドのエンヤと第3位の神山純一氏は現代の音楽家で、新しい楽器を使用し、世界に通用する新しい感性を有する。第2位のリストの「愛の夢」は、聞き慣れた甘く美しい旋律により、ロマンティックな雰囲気を醸し出している。第4位「ハープ協奏曲」は、簡潔で明快な曲想で、やわらかく軽やかな音色のハープが伸びやかに演奏している。第5位「ああイエスよ」では、天国に通じるようなピュアな心が伝わってくる。
一方、最近の若い世代にとって、癒しの音楽は異なるようだ。彼らは、悩み、いじめ,非行など不安定な気持を、騒音に近い激しい音楽に浸ることで癒そうとするからである。自分たちのやりきれない気持を詩と歌に自作した歌手(尾崎豊など)の曲によりどころを求めようとする.
以上に述べた曲集は、標準的なものとして、ストレス管理に役立てていただきたい。ただし、音楽処方を行う場合には、あくまでクライエントが好きな曲を選択し、状況に応じた対応やアドバイスが推奨される。

       9.   

精神療法としての音楽の活用
音楽療法の間口は広く、多種多様な実践方法がある。その効果は、音楽を聴くことによるものと、音楽活動をするものの二種に分けられる。また、リクリエーションとして遊戯療法的なものと、心身の訓練としての活動療法的なものにも分けられる。
精神科医の松井ら4)は、長年本邦の音楽療法の発展に大きく寄与し、言語的精神療法を補っていく方法を報告した(表5)。これは幼児から老人まで、病態の如何にかかわらず、工夫しながら実践する大原則を示しBASICTONEという頭文字にまとめられている。

おわりに
本稿では、3回にわたって生活習慣病と音楽療法について触れた。音楽療法が応用できる機会は、非常に幅広く、私達の日常生活のありとあらゆる機会に、音楽が密接に関わっている。現在、日本はまさにストレス社会。音楽のパワーで心をリラックスさせ、食事や運動などライフスタイルを改善し、生活習慣病の予防に役立ててほしい。
文献1)  板東浩. 内科疾患と音楽療法. 日医雑誌122(7): 1173-1176, 1999.
  2) 村林信行. 心療内科と音楽療法. 日医雑誌122(7): 1169-1171, 1999.
  3) 松田真谷子. 「心がやすらぐ」「心がいやされる」と感ずるのは、どんな音楽を聴いたときか。日本バイオミュージック学会誌16:201-208,1998.
  4) 松井紀和. 精神療法としての音楽の活用  松井紀和編集、音楽療法の実際、牧野出版、東京、p73-81,1995.

表1推奨される音楽の例
●自由な時間
ハイドン 交響曲第101番「時計」  
モーツァルト 歌劇「魔笛」  
ベートーベン 交響曲第6番「田園」から  第1楽章「いなかに着いた  ときの愉快な感情のめざめ」
シューマン 「子供の情景」
ショパン ワルツ第6番「子犬のワルツ」
ヨハン・シュトラウス「美しき青きドナウ」
シューベルト 冬の旅 より「菩提樹」
チャイコフスキー 「くるみ割り人形」 
ドビュッシー 「こどもの領分」
杵屋六三郎 長唄「勧進帳」

●眠りにつく時
バッハ「主よ, 人の望みの喜びよ」BWV147
フォーレ 「ああ、イエスよ」op48-4
ドビュッシー 「月の光」
サティ 「グノシェンヌ 第4番」
タレガ 「アルハンブラの思い出」
山田耕筰 「中国地方の子守歌」

表2 音楽療法の適応
1. 疾患の補助的治療
・心身症および関連疾患 本態性高血圧、気管支喘息、慢性胃炎 消化性潰瘍、過敏性腸症候群、狭心症 陳旧性心筋梗塞、偏頭痛、緊張性頭痛 慢性関節リウマチ、神経性食欲不振症 神経性過食症など
・神経症、うつ状態、不眠症
・更年期障害
・精神分裂病
・ストレス関連性障害、疼痛、不定愁訴 不安・緊張により悪化する身体疾患
2. 疾患のケアおよびリハビリテーション
・児童期:不登校、自閉症、精神遅滞、視覚障害、聴覚障害、多動性障害など
・老年期:老年期痴呆など
・リハビリテーション:麻痺の改善 肺手術後の呼吸練習
・ターミナル・ケア
3. 予防医学
・心身のリラックス
・感情のコントロール 緊張・憂うつ・怒りなど
・特殊な状況での不安の軽減 手術室、歯科治療、透析など(文献2から改変)

表3 ポドルスキーによる音楽処方(抜粋)
1)不安神経症の音楽処方  ガーシュイン キューバ序曲  ビゼー 幼児の遊び
2)うつ状態の音楽処方  リスト ハンガリー狂詩曲第2番  ロッシーニ ウィリアム・テル序曲  シベリウス フィンランデア  J・シュトラウス 古きウィーンの音楽
3)神経衰弱状態の音楽処方
バッハ コーヒー・カンタータ  ショパン ノクターン  ファリャ スペインの庭の夜  ヘンデル 水上の音楽
4-1)心身症の音楽処方(高血圧)
  ボロディン 四重奏曲第2番ニ長調
  ドビュッシー ピアノの為に
4-2)心身症の音楽処方(胃腸障害)
  ベートーベン ピアノ・ソナタ第7番
  モーツァルト ソナタイ短調

表4「心がいやされる」と感じた上位5曲
 1)ウォーターマーク(エンヤ)
 2)愛の夢第3番 (リスト)
 3)「水の音楽」より「水色の幻想」(神山純一)
 4)ハープ協奏曲変ロ長調Op.4-6 第1楽章(ヘンデル)
 5)「レクイエム」Op.48より 「ああイエスよ」(フォーレ)

表5 音楽療法の実践の場における原則
Bbeating       リズム打ち
A association     連想
S story construction 物語構成法
I imitation      模倣
C communication   音による交流
T touching each other 身体接触
O observing others 他者の観察と表現
N non-structured ensemble 約束事のない即興合奏
E effective B.G.M.  効果的背景音楽

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