◆ 304・医療における音楽療法(上)
 はじめに
内科専門医会には様々な委員会があり,代替医療委員会の発足が予定されている.筆者はFACP授与式のため,平成12年4月に米国内科学会に出席した.その際,米国では,補助的・代替療法(Complementary and AlternativeMedicine,CAM),あるいは統合医学(Integrative Medicine)と呼称されている
ことを知った1).CAMについてNIHは16万件の情報を収集し管理している.現在,プライマリ・ケア医への受診数(3.9億人)よりCAMへの受診数(6.3億人)が多く,自費で支払った金額でも,全米すべての入院費用よりCAMに支払われた費用の方が多い.CAMに対する適切な判断が必要とされ,医学校の64%でCAMの講義が行われている.
 近年,代替療法の中でも最も注目されている分野に,音楽療法がある.生命予後だけでなく,Quality of life の重要性が叫ばれて久しい.在宅医療における療養環境や医療施設内の様々な環境までを含めて,全人的なケアを展開が求められている現在,音楽療法は大きな役割を担うものとして世界中から注目を集めている.
 今日,音楽療法の対象は乳幼児から高齢者まで,健常者から疾病を有する人々まで広い.また,医療だけでなく,福祉、教育、保健の各領域にも適用でき,今後各分野での有用性についての研究が期待される.音楽療法の概略を,内科専門医の先生方に紹介させて頂きたい.本稿では,音楽療法の歴史的な変遷および適応について述べる.

        1.音楽療法の歴史

<古代>
心身の病気をなおすために音楽が用いられた歴史は古い.原始社会では、自然の音のみならず人間の歌声や叩いて出る音など,すべてが「神の声」として捉えられた.霊感のあるシャーマンが,悪霊に取りつかれ病気になった人々に「神の声」を伝え,精霊を振り払い,癒す役割を担っていた.これらが,いずれの民族でも同様に行われたと考えられる人類最古の音楽療法の原型である.
エジプト時代も,人間が病気になるのは,悪霊が住み着くからであるという考え方が続き,音楽を利用して体内に住む精霊を追い払っていた2).

<ギリシア>
リズミカルでスイングな演奏を聴いたアレキサンダー大王が非常に興奮して椅子から飛び上がり,剣を抜いて周りのものにとびかかった事例がある.また,ユダ王サウルがダビデの奏でるハープの音色に心を慰められ鬱病が良くなったという.この頃にはすでに,どんな気分の時にどんな音楽やどんな楽器が効果的であるか,治療的方法が見いだされていた.
これらを踏まえ理論的に構築したのが,3人の哲学者ピタゴラス・プラトン・アリストテレスである.彼らは,音楽を運動現象として捉え,それが聴く人の魂を動かすと考えた.ピタゴラスは医術と音楽を尊重.医術による身体の浄めとともに音楽による魂の浄め(カタルシス)を重要視した.アリストテレスは,美のカタルシス効果について唱え,音楽にそれを見いだそうとした.悲しいときは美しい音楽を用い,悲哀の気持ちに共鳴させ,吐き出させてから明るい音楽に移行することで精神のバランスがとれ,カタルシスが得られると理論的に展開した.この考え方は,近代音楽療法の礎を築いたアトルシュラーの「同質の原理」と基本的には同じである.  

<ルネサンス>
中世は宗教音楽として神への祈りや交流として音楽療法は支えられてきた.ルネサンスに入り音楽療法は分析的,実用的になり,リズム・振動・メロディー・ハーモニーが人間にある種の緊張や弛緩をもたらすことが研究された.実際に,座骨神経痛がみられる部位の上でフルートを演奏し,直接患部に音楽の振動を与えて疼痛を軽減させる治療が行われていた.これは,音楽が心理面だけでなく,生理面にも作用する可能性を示唆する.また,音楽治療に用いる音楽自体の分析もされた.演奏家や歌い手によって異なる「音色」は,聴き手のコミュニケーションの深さや理解度,快,不快にも影響し,「リズム」は緊張と弛緩を顕著にもたらす,と解釈した.

<18・19世紀> 
18世紀末から音楽の心理的効果が明らかにされ,実験医学的実証的な考え方(プラグマティズム)が,音楽療法を医学的に大きく発展させた.同時に「内分泌学説」や「ホルモン」の発見が,精神と肉体のバランスの関わりに眼を向けさせ,数多くの音楽療法の研究が進んだ事例として,1)精神病院の入院患者1,400人に30分間ピアノ演奏を聴かせたところ,全員がリズムに反応,
2)音楽の種類により脳内の血行が変化,3)歌唱が心拍や血液循環,呼吸,消化に影響,4)喘息患者が非発作時に歌うと,以後の発作が減少,などが認められた.

<20世紀以降>
米国の音楽療法研究はジョージ・ワシントンの推奨で軍隊を中心にレクリエーションや職業治療の一環として行われた.
第二次大戦後から,明確な目標を持って音楽療法が実施された.すなわち,医療における「補助的療法」として具体性が認められてきた.
音楽療法の方向性は,20世紀半ばまでは心理療法的,1980年代からは行動科学的,行動療法的となった.近年では「脳波」や「1/fゆらぎ」「エンドルフィン」などの視点まで広がりつつある. 

        2.音楽療法の適応

音楽療法には心身に影響を及ぼすパワーがある.気持ちが沈んでいる時には,美しい音楽を聴くと落ち着く.テンポが速くリズミカルな音楽を聴くと,身体が自然に動き出したりする.これらの作用を理解し臨床の場でできる3).
音楽療法のコンセプトは音楽を「聴く」「演奏する」「歌う」の3つに分類される.どの患者にどの音楽療法を選定するかが医師,音楽療法士の重要な選択の要因となる.いくつかの分類があるが,3つの観点から適応について述べる.

A.「聴く」
1)身体疾患への適応:痛風,慢性関節リウマチ,座骨神経痛,神経炎の緩和
2)鎮痛効果:歯科治療,外科手術,産婦人科の分娩の不安除去
3)精神薄弱・精神病患者:情緒のはけ口
4)心身症(心気症、心臓・呼吸・胃腸の神経症):緊張緩和,自律訓練
5)拒食症・過食症:体感音響装置(振動の心地よさの効果,及び身体が音楽に包みこまれた状態による精神的な安定感の獲得)

B.「演奏する」 
1) 幼児教育:リトミック(身体の動きを音楽に結びつけたリズム感の育成)
2) 身体障害者:機能訓練の補助的方法
3) 精神疾患患者:レクリエーションや心理療法の補助的方法
4) 口蓋唇裂・歯列矯正:管楽器,ハーモニカ
5) 重度心身障害児:精神の発揚 
6)腕にギプスの患者・ヤケドによる運動障害の患者:ピアノで機能訓練(上肢の強化)

C.「歌う」
1) 喘息患者:発作予防の訓練(非発作時に歌わせその後の発作を軽減)
2) 自閉症・精神薄弱児:生活感,社会性の育成(リズムに対する強い感受性)
3)チック:筋肉の弛緩・緊張のバランス改善この他,老年医学,末期医療,成分献血,人工透析など,より広範囲の応用が検討中で,今後さらに音楽療法の適応は広がっていくと考える.

おわりに
本稿では音楽療法の歴史と適応について,アウトラインを解説した.次回は,医療現場における応用などについて触れたい.
文献
1)板東 浩,吉田 聡:米国内科学会に参加して. 医学新聞2396:5,2000.
2)小松明,佐々木久夫:音楽療法最前線・増補版. 人間と歴史社,東京,p15-17,1996.
3)村林伸行:心療内科と音楽療法.日本医師会雑誌  122(7):1169-1171,1999.
                           徳島大学医学部 第一内科 板東 浩
                           東京学芸大学大学院 教育学研究科 松本晴子

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