◆ 303・栄養と音楽

 近年、生活習慣病が増加し、原因は不適切な食事、運動、休養にある。治療は、この3者のバランスをよくすることである。この実践には、音楽を補助的に併せて導入すればよりよい効果が期待できる。前号では、そのNo.1として運動を中心に述べた。<BR>

        今回は、そのNo.2として、音楽療法の概略に触れ、音楽と食事の関わりについても述べたいと思う。<BR>
       I.&nbsp; 

音楽療法の歴史<BR>

        音楽療法は医療の一部であり、単なる遊びやリクレーションとは異なる。医療と音楽との関係は、古い時代にその接点を見つけることができる。病気の治療には、呪い師が携わっており、彼らは「呪術師」あるいは「メディシン・マン」と呼ばれた。というのは、病気は悪い霊が体の中に入ってくるために引き起こされると信じられていたからである。病気払い、悪霊払いを行う時には、呪文、声、音など様々なものがあった。これらの呪術的な行動が、音楽の始まりであったと考えられる。<BR>
        引き続いて、宗教が関わってくる。当時、自分や家族が病気の時には薬もなく、祈ることしかできなかった。神への祈りが、体の癒し、心の癒しにつながってきた。<BR>
        紀元前7世紀頃、病人を世話するのは修道院などのキリスト教の関連施設であり、オテル(Hotel)と呼ばれていた。宿泊するホテル、人をもてなすこと(Hospitality)、病院(Hospital)のいずれも、同じ語源に由来しているのである。その後、祈りから歌が生まれ、一緒に歌声を出しているうちに、賛美歌へと発展した。一方、リズムを取るために、木や石を叩いているうちに、打楽器が生まれてきたものと思われる。<BR>
        一方、日本では仏教の影響が大きいが、お経を読み、声明を一緒に唱えていることから、本邦の歌や舞(歌舞伎)や演歌への発展がみられたのである。<BR>
       II.&nbsp;&nbsp; 

音楽と癒しのエピソード<BR>

        旧約聖書には、ダヴィデとサウル王の話がある。ダビデは、勇敢な戦士であったが、竪琴の名手でもあった。「うつ病」で苦しんでいたサウル王は、ダヴィデが演奏する音楽によって癒されたという。なお、ダヴィデの英語名はDavidであり、ルネッサンスの復興に力を注いだメディチ家の庭に、ダヴィデの銅像がある。これは、少年裸体の像で、彫刻学的にも大きな意味があるものだ。<BR>
        17-18世紀には、カストラートという、去勢(castration)をされた男性歌手が活躍していた。多くの親たちが一攫千金を夢見て、第二次性徴が現れる前に紅顔を除去する手術を受けさせた。ボーイソプラノの高い音域、豊かな声量、音楽学校における厳しいトレーニングなどにより、素晴らしい歌唱技術へと発展した。この歌唱法はベル・カント歌唱法という、現代における発声法の基本となっている。<BR>
        歴史に残る1人がファリネッリで、ヨーロッパ中で最高のカストラートといわれた。スペイン国王フェリペ5世王の御前演奏によって、王のうつ病が改善した。王の依頼により、彼は絶頂にあった名声を捨てて宮廷に入り、毎晩王が眠りにつく際に、4つの曲を20年間も歌い続けたのである。<BR>
       III.&nbsp;&nbsp; 

人間とリズム<BR>

        音楽には、メロディ、リズム、ハーモニーの主な3要素に加えて、音色、緩急、強弱の要素がある。この中で、最も基本となるのはリズムである。私達は、ほぼ安定したリズムとメロディの調和の中で生活し,健康を保っている.このハーモニーが狂って失調すると,病気となる.我々の身体は呼吸、脈拍や体温などバイタルサインをはじめ,新陳代謝や血流など,すべてにリズムが内在する.また,行動パターンにもリズムがあり,睡眠,食事など,ほぼ規則的なリズムの上に,様々な仕事のメロディが重なる。身体臓器は楽器で、指揮者は心である。それぞれの役割をもつ楽器が合わさって、オーケストラを奏でることとなる.<BR>
        人の生活の基本は1日のリズムである。午前,午後,夜のおおよそ一定の生活リズムは、心とからだの健康につながる。これに、1週間という周期の長いリズムがその上に加わる。<BR>
       IV.&nbsp;&nbsp; 

「ゆらぎ」のリズム<BR>

        生活リズムには、ほぼ規則的なリズムが基本にあり、それに若干の不規則性が加えられた「ゆらぎ」のリズムが認められる。自然界における海の波や風をはじめ、地球上の森羅万象には、「ゆらぎ」がみられる。これらは、ほどよい規則性とほどよい変化を持ったリズムを有する。このリズムは芸術の美学で、「多様の統一」の原理にも通じる。すなわち、芸術の美しさは、統一の中にみられる多様性にあると言える。<BR>
        様々な音楽や自然現象、生きる人間のリズムを分析する際に、知られているのが、f/1ゆらぎ理論である。物理学的にパワースペクトル分析を行い、3つのパターンに分けると理解しやすい(図1)。<BR>
        1つめは、全く不規則の世界である。深夜、番組がないテレビのチャンネルに合わせると、いわゆる「砂あらし」の画像と音(ノイズ)がある。これはホワイトノイズと呼ばれ、乱数表的で、全く次の予想がつかないカオスの世界である。スペクトル分析では、図1aのようで、数学的には1/f0となり、ロック音楽を分析すると、このパターンに近い。なお、fとはfrequency(振動)、またはfluctuation(揺れ)の略である。<BR>
        2つめは、全くの規則的なものである。メトロノームのように、厳格にリズムを刻む。これはブラウンノイズと呼ばれ、予想通りの結果が来る。スペクトル分析では図1b、数学的には1/f2となる。子守歌を分析すると、このパターンに近い。このような音楽を聴いていると、次第に眠たくなったり、退屈と感じる人もあろう。<BR>
        3つめは、ほぼ規則的なリズムに、若干の不規則性が加わった「ゆらぎ」のリズムである。ヒトの脈拍をはじめとして、波がうち寄せたり風が吹くリズムや、自然界や生物の多くの現象がこれに相当する。これはピンクノイズと呼ばれ、大体、次の予想ができるが、時に、すこし異なる展開が含まれている。スペクトル分析では、図1c、数学的には1/f(1/f1)となる。音楽では、クラシック音楽、特にモーツァルトの音楽が相当する。1/fゆらぎのリズムがある時には、人は安らぎの気持を感じるという。<BR>
        人と人の付き合いにおいても、多少「ゆらぎ」があるとよいだろう。日常生活のコミュニケーションでは、通常、相手から予想されるリスポンスがある。しかし、時には、ハッとする斬新な応答や、新しい発見を見いだす。これが、人間の魅力のひとつとは言えないだろうか。このように、ほどほどのゆらぎの存在が、心の癒しに通じると考えられる。<BR>
       V.&nbsp;&nbsp; 

生活習慣病と食事<BR>

        生活習慣病(life style-related disease)という専門用語は,日本バイオミュージック学会会長の日野原重明先生が1978年から提唱してきたものである。生活習慣の中で、まず、食事と運動のバランスが重要であり,それに心身の安静が加わる.ほぼ規則的なライフスタイルこそが健康への道である.24時間周期のリズムの保持は,快適と感じる「1/fゆらぎ」にも通じる.規則的な生活リズムの中に多少不規則性が含まれるからである.<BR>
        食生活の欧米化により、日本人が摂取する食事の内容と量は変化してきている。内容では、ファストフードの普及で、ハンバーガーやポテトチップスなど、脂質の摂取が増加した。ご飯を食べず、お菓子やインスタントラーメンで代用する若者もいる。1日摂取総熱量については、近年の厚生省の調査で、やや減少傾向との結果がある。しかし、この結果の妥当性を検討すべきだと考える研究者が一部にはある。というのは、この調査は、週末や祝日を除き、特別な行事がないウィークデイにおける一般家庭の食事内容を検討したものだからである。本邦では、外食の習慣が、かつてと比較にならないほど広まっている。また、週休2日のライフスタイルで、平均すると4-5食に1食が外食になるという報告もみられるほどである。ところが、厚生省の調査方法には外食の因子が含まれていないので、将来、詳細な検討が必要と感じられる。<BR>
       VI. 

食事療法<BR>

        生活習慣病に対する食事療法の重要性は患者がわかっていても,実際には,実行して継続することは容易ではない.<BR>
        糖尿病患者は,旺盛な食欲がある人が発症しやすい。不規則な食生活に加えて,仕事上でのストレスを解消するため、飲酒もあわさって血糖値があがる.治療は,食事療法をおこなう一方,心理的ストレスを解消することが望ましい.<BR>
        患者に指導する際には、知識と技術と動機づけという3本柱を考慮しながら行うとよい。動機づけをいかにうまく行うか、また、しばしば1年以内にみられる中断をいかに予防するかの2点が、指導のポイントとなる。この際に、音楽を生活の中にうまく取り入れて、補助的に有用なツールとして活用したい。<BR>
       VII.&nbsp;&nbsp; 

目覚めと音楽<BR>

        1日の生活には、午前、午後、夜というリズムがある。心もからだも健康な時は、ほぼリズムは一定で、「この時間はこの調子で」と、セルフコントロールができる。しかし、調子がわるい時は、リズムは不調で、午後から夕方になってようやくエンジンがかかってくることがある。<BR>
        この1日のリズムやハーモニーは、主に食事がきっかけとなり、タイミングが計られている。1日の生活に音楽をうまく取り入れてみたらいかがだろうか?<BR>
        朝は遅いより、早起きがよい。小鳥のさえずりで目を覚ますのは、さぞかし気持がよいだろうが、現実にはそうはいかない。目覚まし時計は、ブザーや電子音を発する場合が多い。なぜなら、機械的な音の波形は、滑らかなサインウェーブではなく、鋸型や矩型であり、人の神経を逆なでさせるような性質を持つからである。覚醒が容易な人には,鐘などの自然音に近い音や、FMラジオのタイムスイッチを入れておくのもよいだろう.気持ちよく,清々しく起床する一つの方法と思われる.推奨される音楽の候補を挙げるとすれば、バロック音楽が一案である。<BR>
       VIII. 

食事と音楽のヒント<BR>

        朝食は3食の中で最も重要とされる。しかし、朝食抜きの学童や若年層が増えてきている。1日の摂取熱量を同一として、1日3-4回の食事方法を標準とすると、1-2回では肥満傾向となり、5-6回にわけて食べた方が太りにくいとの研究結果がある。1日の中で、食事量の割合は,朝:昼:夕=4:3:3が理想とされる。このパターンの食生活を続けると,肥満などの生活習慣病になりにくいという.<BR>
        早朝から朝食の時間帯には、1日の始まりとして、爽やかな音楽がよいだろう。通常は、テレビ画面の時刻を気にしながらの朝食が多いと思われる。朝ゆっくりとできる時には、映像をoffにし、小川のせせらぎのBGMに包まれた朝食やブランチをお勧めしたい。<BR>
        昼食は、各家庭や職場によって異なる。昼食後は、すこし眠たく気だるくなることもあろう。紅茶を啜りながら、イージーリスニングやフランスの作曲家サティの音楽などはいかがだろうか。<BR>
        午後3時には血糖値もやや下がり、コーヒータイム。やや疲れた心と体には、まずゆっくりと流れるようなメロディを、次にリズミカルな曲で、リフレッシュしたい。この際には、ストレッチ体操もあわせてするとよい。<BR>
        夕食は、午後6-7時という早い時間帯が望ましいが、仕事やライフスタイルの都合で8-9時になる人もある。「コレステロールは夜作られる」と言われるように、夕食が遅くなればなるほど、高脂血症などの生活習慣病になりやすい。夕食は家族団欒で、ゆったりと取るのが望ましい。BGMを選ぶなら,ロック音楽のような刺激的なものより,心と身体の疲れが癒せるように,イージーリスニング系の曲が推奨される.<BR>
        なお,以上述べたのは一つの案であり,あくまでクライエントが好きな曲を選ばせるのが原則である.<BR>
       IX. 

外食と音楽<BR>

        食事や音楽、芸術などは、すべて文化である。日本では世界中のグルメが堪能できるが、各所に応じた音楽や雰囲気作りがなされている。いろんな機会に様々な場所で外食を楽しむことができる時代だ。一般的に、ホテルのレストランに流れているBGMは、大多数の人にとって、特に耳障りにならず心地よいと感じるようである。バッハやモーツァルト、軽音楽などが多い。もしこれが、直接的に感情表現できる歌詞があったり、不協和音が多い現代音楽であったり、恨みの演歌で呻ったり、エレキベースの音色が主体であるなら、どうだろう。刺激が強すぎる音楽では、交感神経が刺激されて優位となり、相対的に副交感神経の働きが押さえられる。その結果、胃酸の分泌や消化吸収機能が悪くなり、食事の際の音楽には適さない。<BR>
        カラオケは、日本が生み世界に誇れる音楽療法の一つである。ストレスを発散し,明日への活力を得るのに最適である.「同質の原理」により、人は嬉しい時には楽しい音楽を、悲しい時には心に染み入る美しい音楽を欲するものである.日常のうっぷんを晴らすため,カラオケの曲順は,まず恨歌から,次に艶歌,最後は演歌がよいと,筆者は機会がある毎に勧めている。なお、アルコール摂取が過ぎると、食べ過ぎたり、声帯を痛めたりするので、その塩梅(あんばい)には注意したいものだ。<BR>
       おわりに <BR>
        本稿では,生活習慣病と音楽について、音楽療法の概論と、食事と音楽との関わりについて述べた。音楽療法は太古の昔から存在し、人には、心地よいと感じる、ゆらぎのリズムが内在し、1日の生活は食事によってリズムが形づくられている。音楽をうまく用いて、楽しく適切な食事習慣の形成に役立てば幸いである。<BR>
       参考資料<BR>
       1)村井靖児.音楽療法の基礎.音楽之友社.1995.<BR>
       2)日野原重明監修 篠田知璋,加藤美知子編:標準「音楽療法入門 上巻「理論」下巻「実践」春秋社,1998.<BR>
       図1:3種類のゆらぎのリズム<BR>
       表1 推奨される音楽の例<BR>
       ●目覚めの時<BR>
       バッハ 前奏曲とフーガ第1番 BWV 846 ヘンデル ハープ協奏曲変ロ長調 op4-6 シューベルト 楽興の時 op94-3 ブラームス ワルツ15番&nbsp;
       op39-15 ドビュッシー 二つのアラベスク第1番 八橋検校 箏曲「六段」 中田喜直 夏の思い出<BR>
       ●食事の時<BR>
       バッハ「羊は安らかに草をはみ」BWV208 ヘンデル メサイアから「パストラール」 モーツァルト 「トルコ行進曲」K. 331 ベートーベン 交響曲第6番「田園」から 第2楽章「小川のほとり」 サン=サーンス 動物の謝肉祭から「白鳥」 ドビュッシー 「亜麻色の髪の乙女」 雅楽「越天楽」</font>

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