◆ 302・音楽療法とリハビリテ-ション

 超高齢化社会の本邦では、公的介護保険の導入により、医療、福祉、看護、介護が大きく変革しつつある。疾病構造も変化し、生活習慣病のケアや脳卒中後のリハビリテーションなどが問題となっている。
 一方、音楽療法は欧米では数十年前から医療の現場で認知され、多くの音楽療法士が活躍してきた。本邦でも近年、音楽療法の重要性が認知されつつある。日本バイオミュージック学会会長の日野原重明先生は、かつて理学療法士を学会認定し、その後、国家認定へと引き上げられた。音楽療法士は現在学会認定が開始されており、国家認定に向け大きな動きがみられている。
 以上より、本邦でも近い将来、医療の中に音楽療法のセッションが組み込まれると考えられる。本稿では、リハビリテーションの一つして音楽療法を概説し、痴呆や脳血管障害後遺症患者に対するメソッドを中心に、実際に役立つ内容を記したいと思う。
◆音楽療法とは

       1.音楽療法のセッション
        音楽療法は間口が広く、現在、プロから素人のレベルまで、多岐にわたる活動がみられる。音楽療法の定義をできるだけ平易に述べると、「音楽を日常生活にうまく取り込み、心も身体も健康にさせる」となる。
        方法は、個人の場合とグループの場合とがある。また、音楽を聴かせる受動的なものと、歌ったり楽器を演奏させたりする能動的なものに分けられる。
        現在、本邦で関連している職種はtherapist, MT)
       ・理学療法士(Physical therapist, PT)
       ・言語療法士(Speech therapist, SP)
       ・作業療法士(Occupational therapist,OT)
       であり、音楽を用いた治療やセッションが行われている。これらの領域はオーバーラップしているが、音楽を有効に用いることで治療効果があがることは明らかである。将来は、医学・心理学・音楽など専門知識を持ちセッション経験が豊富な音楽療法士が活躍するだろう。お互いの職種を認め協力しあって、チーム医療によるケアが理想である。
       2.歌う効用
        医療現場では歌をうたう場合が多い。歌唱は、心と身体に対して下記の効果がある。
       1)いらいらの感情を抑える
       2)自発性を向上させる
       3)心理的に強力な開放をもたらす 
       4)大きくゆったりした呼吸になる
       5)適切な姿勢が保持される 
       6)全身的な運動となる
       3.評価が大切
        音楽療法とリクレーションとは違いがあるか、という議論がある。音楽を用いたリクレーションでは、単にその時間を楽しく過ごせばよい。しかし、音楽療法では、患者の精神的・心理的・身体的な変化をチェックし、前後で評価することが必要である。図1のような評価表を各施設が作成し、定期的なフォローアップを推奨したい。

◆身体に対する音楽

       1.動作と音楽との統合
        身体的障害に対するリハビリテーションに音楽を応用できるのは、「動作と音楽とを統合させる」という理論による。
        音楽にあわせる動作(movement to music)として、ピッピッという音に合わせて、自転車ペダルを踏む例がある。一定のリズムの音をペースメーカーとすると、運動がスムーズに持続できることが知られ、この原理は「神経筋同調法」と呼ばれる。また、その音が出るタイミングよりすこし早く、筋肉は収縮する前の準備のために興奮することが明らかになっている。従って、動作に遅れがなく、音のタイミングに合わせられ、ぎこちなさがなくなる。これが「聴覚リズムによる筋運動準備過程」である。以上より、手を叩いたり音楽を流しながら歩行訓練をすると、大幅な改善がみられるのである。
       2.実地に行う時のヒント
        音楽をリハビリに導入する際のヒントは、
       1)歩行訓練にリズム刺激を使う。
       2)肩や腕や手の運動にも、伴奏をつける。
       3)楽器演奏で運動能力を増進できる。
       4)目と手のコーディネーションを訓練する。
       5)身体の両側、上下肢の筋力も強化する。

◆失語に対する音楽

       1.音楽が有効な理由
        音楽は言語や記憶の訓練に最適だ。言語はリズムとメロディーと深く密着し、まとまって記憶される。言葉にメロディーをつけ反復させると、記憶保持力が高まる。
       2.失語への音楽アプローチ
        失語症に対する音楽療法のアプローチには2つある。1つはメロディック・イントネーション法である。歌うという能力により、自発的な発語能力を訓練する。日常生活の簡単なフレーズや慣用句にメロディーや抑揚をつけ、自然な会話のイントネーションで歌わせる。言語中枢を左側とすると、歌唱の際には障害を受けた左脳ではなく、健全な右脳の神経回路が活動していることがその原理だ。
        2つめは音楽刺激によるアプローチである。痴呆の患者でも、おはよう、こんにちわ、などの挨拶はよく保たれている。無意識的な会話応答で、思考プロセスの必要がないからだ。同様に、昔覚えた歌の歌詞も容易に思い出せる。患者の反射的な会話反応を利用し、春の小川を歌いながら、
       「はるの    さらさら   」というように歌詞の一部を穴埋めするリハビリの方法がある。

◆痴呆症への音楽療法

       1.痴呆の特徴と治療
        痴呆の特徴は、現状認知の障害と言葉の喪失で、「痴呆は言葉のない世界」とされる。痴呆であっても、日常生活の挨拶などは普通にできる場合が多く、患者自身が悩むことは少ない。従って、「痴呆は老人の最後の友」とも言われる。痴呆の治療の原則は、
       1)時間をかける
       2)家族の協力が必要 
       3)熟練した医師にまかせる
       4)向精神薬を多用しない 
       5)感覚を刺激する、が基本である。
       2.音楽を用いたアプローチ
        音楽をうまく用いて、患者に回想させながら対話を進めていく。まず、年齢を尋ねる。療法士は年齢に応じた昔の曲を用意しておき、有名な曲を演奏したり歌ったりする。その際に、当時の学校や家庭におけるエピソードを聞き出すとよい。一緒に歌ってあげると導入は成功である。痴呆とはいえ、思春期の頃の記憶は比較的保たれていることが多い。多感な時代に覚えた曲は、様々な出来事と結びついて深く記憶に残っているからだ。
       「蛍の光」や「花嫁人形」などを聴かせ、どう感じるか、懐かしい思い出は、と尋ねる。失見当識や健忘による自信喪失が除去され、回復するきっかけとなる。
       3.受動的な音楽療法
        痴呆患者は生活上の問題や様々な指示にうまく対処できず、興奮する時がある。この場合には、音楽を聞かせ反応を観察する。本人から得られた情報から数曲を選んでおくと、落ち着くことが多い。投薬ではなく、受動的な音楽療法を試みてほしい。次の段階は、歌唱や演奏など能動的なレベルだ。
       4.能動的な音楽療法
        グループセッションの場合が多い。高齢者がよく知っている曲を一緒に歌う。使用する曲は次の特徴をもつ曲がよい。
       1)よく知られ、歌える曲を選ぶ
       2)リズムがはっきりしている
       3)低音が響き、お腹や身体で感じられる
       4)3拍子は難しく2拍子か4拍子がよい
        このような音楽セッションを楽しく感じて自信をもてば、化粧をしたり生活態度の変化も期待される。

◆脳血管障害への音楽療法

       1.発症後に音楽を
        脳血管障害を発症した後、枕元で音楽を流すのは、感覚刺激という点で有効である。リズムが明確で、音量の増減があり、やや聴覚を刺激するような音楽がよい。
        一方、回復の初期に混乱し興奮しやすくなる時には、家族の協力を得て患者の好みの音楽を聴かせる。まろやかな優しい感覚刺激となって、患者の不安感を減らしてリラックスさせ、恐怖を和らげ、環境に適応していく気持ちを盛り上げる。
       2.音楽を有効に
        脊髄損傷で手足の麻痺がある患者のリハビリで、音楽のリズムにあわせて、初めて手足を動かしたという事例は多くみられる。理学療法士や看護婦が見守り、声かけをしながら一緒にリハビリをすることが重要である。また、家族の援助により意欲が増す。音楽のリズムがあれば、手足を動かしやすい。
        リハビリは、通常、患側を訓練する単調なものである。ある程度回復すれば、健側で健康人と同じように音楽療法で楽器を演奏させるとよい。また、患側の上腕や前腕にタオルでバチを固定して太鼓を叩くことも可能だ。患者は楽しく達成感を味わい、さらなるリハビリの動機づけとなる。

◆音楽セッションの具体例

       1.五感に訴える
        高齢者に対するセッションでは、イントロとして五感に訴える話から導入するとよい。歳時記に関する例をあげる。
       ・聴覚:虫の音、動物の鳴き声、鐘の音
       ・視覚:景色、草花、絵や写真、テレビ
       ・嗅覚:花の香り、果物、食物の香り
       ・味覚:旬の食物、たけのこ、桜餅、秋刀魚
       ・触覚:季節の花や物に触れる、どんぐり
       2.四季の歌のお奨め
        セッションで使用する曲は、四季が感じられ、回想につながる曲を推奨したい。
       1月 富士の山、雪、君が代、黒田節
       2月 早春賦、冬景色、カチューシャの唄
       3月 春の小川、北国の春、蛍の光、雛祭り
       4月 さくらさくら、花、二人は若い
       5月 鯉のぼり、せくらべ、茶摘み、茶切節
       6月 雨降り、てるてる坊主、かたつむり
       7月 たなばたさま、うみ、我は海の子
       8月 東京音頭、炭坑節、月の砂漠
       9月 月、うさぎ、十五夜お月さん
       10月 もみじ、里の秋、虫の声
       11月 旅愁、船頭小唄、村祭、たき火
       12月 聖夜、歓喜の歌、ジングルベル
       3.準備する物
        リズム楽器として、太鼓、タンバリン、カスタネットなどを用いて、リズムを打つようにする。臨床で有用なアイデアを示す。缶ジュースの空き缶を洗って乾かし、中に米を入れて蓋をする。これを両手に持たせて、リズムに合わせて振る。握力が弱い患者には、ヤクルトの空き容器を2つ使って作る。
       4.音楽セッションの概要
        流れをイメージしながら臨機応変に行う。
       1)挨拶:参加者の今日の調子を把握し、時期の話題や誕生日祝いなどにも触れる。
       2)ウォーミングアップ:よく知られている曲、季節の歌、軽く身体を動かす。
       3)その日の主な活動:歌唱、演奏、ストレッチ、足踏み、手足の運動など。
       4)まとめ:挨拶と再会の約束をする。

◆おわりに

        本稿では、リハビリテーションの中で音楽療法の理論と実践について記した。近い将来音楽療法士が国家資格となり、音楽セッションに保険点数が認められれば、医療の現場は大きく変革するだろう。今後はチーム医療により、より高い質のケアが実践されることを祈りたい。

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