◆ 301・運動と音楽

 近年、本邦では生活習慣病が重要視されてきており、適切な治療が必要である。しかし、肥満、糖尿病、高脂血症などを有する患者(クライエント)に対して、食事や運動、休養について適切に指導して効果をあげるのは、容易ではない。
 一方、最近、音楽療法が注目され、トピックスとして取り上げられてきている。筆者は、日本バイオミュージック学会四国支部長として、平成11年6月に徳島で年次学術総会を開催する機会を得た。その際に、医療の現場で、様々な状況や事例に対して音楽を適用したいという期待の声を聞いた。
 以上から、生活習慣病の治療の原則とされる食事や運動、休養をバランスよく実践するにあたって、音楽を併せて補助的にうまく導入できれば、よりよい効果が期待できる。そこで、本稿では、生活習慣病と音楽療法の中で、特に運動を中心に述べたい。筆者は国体のアイススケート選手でもあり、トレーニングの体験も含め、診療に役立つ情報も含めたい。

       1. ライフスタイルの変化

動物は食物を得るために身体を動かす。必要以上の獲物を捕らず、我々のスポーツのように、わざわざカロリーを消費することもない。哺乳動物のヒトの場合は、身体を動かすこと(運動)は、生命の維持のために基本的で必要な行動である。
人の移動手段は基本的に歩行である。江戸時代、一般的庶民は1日に2-3万歩歩いていたとされる。ごく最近まで、農業、漁業、林業などに従事する人の労働は非常に厳しく、工業関係に従事する人においても、主に身体を使って仕事を行っていた。その後、ハイテクの進歩により、労働パターンは変化し、生活も便利となった。交通機関の発達で、移動には歩行という労力を使わず、建物の中でさえ、エレベーターやエスカレーターを利用する。このように、日本人の運動量とその強度、運動時間は激減しつつある。
日本人の食生活は、近年の食生活の欧米化によって大きく変革を遂げてきた。食事と運動の変化で、成人病が増加し、1990年代半ばに、厚生省は「成人病」から「生活習慣病」(lifestyle-related disease)へと呼称を変えた。しかし、この用語は、日本バイオミュージック学会会長の日野原重明先生が1978年から提唱してきたものであった。
ただ、日本人が摂取している熱量については、総カロリーが増えたという報告がある一方で、逆に、同じかやや減少の傾向であるとの報告もある。食事摂取カロリーの増減はともかく、運動不足の傾向は間違いなくあるだろう。すなわち、運動不足病(hypokineticdisease)は、ファミコンに熱中する子供達を含め、あらゆる年代層にあてはまると考えられる。

       2. 生活習慣病の運動療法の総論

生活習慣病に対する運動の重要性は患者がわかっていても,実際には,実行して継続することは容易ではない.患者に指導する際には、知識と技術と動機づけという3本柱を考慮しながら行うとよい。動機づけをいかにうまく行うか、また、しばしば1年以内にみられる中断をいかに予防するかの2点が、指導のポイントとなる。
運動の動機づけは、運動が楽しく安全で効果があり、日常生活にすぐ取り入れやすいと患者が自覚できた時に初めて、つけられるものである。
運動習慣が継続できない理由を挙げると、忙しい、疲れる、時間が作れない,運動する適切な場所がない,仲間がやめた,指導者がいない,家族が理解を示さない,楽しくない,目標がはっきりしない,成果が確認できない,いやいや人にやらされているようだ、などがある。
中断を予防するには、常に運動の動機を忘れないようにすること、仲間を作り一緒に励まし合うことなどが大切である。チーム医療が可能であれば、臨床心理士、ヘルストレーナーなどの協力を得て、患者に適者アプローチ法をケースカンファレンスで決定していくのがベストである。

       3. スポーツ医学の必要知識

運動を大別すると、1)体力を高めるための有酸素運動、2)筋力を高めるための身体づくりの運動、3)ストレッチなどの身体の動きをよくする運動、の3種類である。本稿では1)を中心に述べる。
呼吸と循環のポイントを概説する。通常の呼吸では、1回換気量は約400-500mlで、そのうち100-150mlが死腔でガス交換に関与しない。呼吸数は12-20/分で、分時換気量は約5(5-8)リッターと覚えておくとよい。激しい運動では20(10-25)倍となるが、呼吸機能の限界は毎分100 (70-120)リッターである。
循環は、安静時、心臓の1回拍出量は70ml(50-80)、脈拍は70(60-80)/分であり、分時拍出量は約5リッター。軽ー中等度の運動では、1回拍出量が1.5倍程度に増える。しかし、激しい運動では、1回拍出量は増加せず、心拍数の増加で分時拍出量を維持する。最大心拍出量は安静時の4-5倍で、20リッターになる。
運動強度の指標として普及しているのは、酸素摂取量(oxygen intake)である。各個人の最大酸素摂取量(VO2 max)を100%とし、ある運動で消費される酸素が何%に相当するかで運動強度を示すのが臨床的に有用で、これをパーセントVO2 maxという。
最高心拍数は、220-年齢で概算でき、40歳なら220-40=180となる。健康人ならば、最大心拍数の70-85%が目標心拍数(targetheart rate)であるが、有疾病者、高齢者、低体力者では、50-60%HRmax位が適当である。
日常診療で有用なのは、自覚的運動強度 (rating of perceived exertion;RPE)Borgの指数である(表1)。特徴は、この数値を10倍すれば大体の心拍数が得られることで、実際上誤差も少なく再現性も良好で信頼性が高いとされる。健康人ならRPE13前後(70%HRmax)が運動療法に至適であるが、疾病を有する場合には、RPE 9-11前後(50-60%HRmax)位がよい。この表を活用してほしい。
なお、運動の効果が得られる強度の下限値は、運動選手の運動能力・筋力向上には90%HRmax、有酸素性能力向上には50%HRmax、糖尿病・高血圧患者には50%HRmax、肥満患者には継続性の点から40%HRmaxが、めやすである。

       4. 運動開始前のチェック

まず、安全で効果的な運動療法を行うため、メディカルチェックが必要である。糖尿病の場合を考慮し、運動を開始する前のチェック項目を表2に示した。

       5. 運動指導の進め方

運動のプログラムは,下記のように行うことができれば、理想的である。
1)ウォーミングアップ:3-5分 ラジオ体操のようなゆっくりした動きによって,血液循環を促進し,体温や筋肉温度を上昇させる.
2)ストレッチング 10分 反動をつけたり,他人の人の力を借りて,筋肉を急に強く引っ張ると,筋紡錘が働いて伸張反射が起こり,筋肉は逆に収縮しようとするので注意する.
3)エアロビック エクササイズ 30-40分 ウォーキング,ジョギング,水泳,水中ウォーキング,自転車駆動,エアロビックダンスなど.
4)アネロビックイクササイズ 10分 トレーニングマシンの利用,バーベル,ダンベルなど,道具や体重を負荷して行う.体力の低い人は,省略する.
5)クーリングダウン 10分 
以上は原則であり、運動処方は各個人にあわせて行う。歩行を中心とした運動種目、心拍数は100-120/分の運動強度、20-60分間の運動継続時間、週3回以上の運動頻度などを各個人と相談しながら、徐々にレベルアップしていく。

       6. 運動処方のヒント

運動は、1回に200-300 kcalで1週間に1000 kcalを目標とし、頻度は週3-4回がめやすとなる。運動の時間は、約ウォーミングアップ、クーリングダウンを含め、大体30分以上が必要である。
一般人では、週に2回以上レジャースポーツを実施することは困難である。したがって、日常の生活のプログラムの中に、できる限り、体を動かす時間を多くする週間をつけるとかなり効果が維持できる、これを運動の生活化という(文献)。
いままで運動習慣がなかった人や体力水準が低い人には,はじめは,運動強度はやや低めで,時間を短く設定して次第に上げていく。
運動する時間帯について、早朝の運動は高齢者には好ましくない。その理由は、ホルモンや体温,血圧,心拍などの日内変動に,早朝の運動が習慣化している場合はよい.高齢者の場合は,午前11-午後2時ごろがよい.
食後は,血液が消化管をめぐる割合が多くなり,筋肉への量が少なくなるので,食後1時間はあけてから運動をするのが望ましい.また、糖尿病の患者では、血糖値が高くなる食後1時間後から運動をするとよい。
高齢者、心疾患、高血圧症などでは、ベンチプレス、重量挙げ、けんすい、腕立て伏せ、筋力トレーニングなど、血圧が上昇するような激しい運動はさけるべきである。

       7. 具体的運動と音楽 

1)ウォーキング:生活習慣病に効果的な有酸素運動は,まず、ウォーキングである。ジョギングと比べ、ローインパクトで下肢への衝撃が小さく、安全である.手を大きく振り、かかとから地につて、リズミカルな歩行が勧められる。ウォークマンを聴きながらの屋外歩行は勧められない。
2)室内ウォーキング&自転車踏み運動:近年、本邦で次第に普及している方法で、テレビや音楽を聴きながら行える。
3)踏み台運動:本稿で紹介し推奨したい。使用する台の高さは10-15cmほどが適当.踏み面の広さは,幅40cm奥行き30cmほどあれば十分.運動は4拍子にリズムで行う。12で台の上にあがり,34で元の位置に戻り、上がった足から降りる.1分ごとにでも,反対側の足から台にあがり、慣れれば,背筋と首筋を伸ばして,足下を見ないようにする.バリエーションとして,左足が台に上がったら,浮いた足の右足でサッカーボールを蹴るようにもも上げ運動をし,その右足でおりるとよい。
本運動は,通常の階段昇降に比して,膝にかかる負担はかなり小さい.運動の強さは,台の高さとスピードとリズムで調整する.楽であるからややきつい,くらいの間隔で,ずっと続けられる強さで行う.踏み台運動は,体重の上への移動があるため,エネルギー消費は,単なる歩行よりも大きい.60kgの人が60カロリー消費するのに,普通歩行なら19分,10cmの台で1分に25回なら16分,30回なら13分で消費できる.15cmなら1.5倍になり、30回/分なら9分である.
本法は、室内で,テレビを見ながら,音楽を聴きながら実施できる.20回/分から開始し、25→30回と上げていくとよい。
4)エアロビクス:フィットネスクラブで、45-60-75分程度行われている。最近、10-24cmの高さの踏み台を用いたステップエクササイズが始められた所もある。従来のジャンプする運動はハイインパクトであったが、本法は足首や膝が保護されるローインパクトの運動である。いずれにしても,エアロビクスを行うには,音楽が必要不可欠であり,音楽なしでは行えない.クーリングダウンの時には,ゆったりした音楽や部屋の暗転により,気持ちよくやり終えたという充実感が得られる.
5)NHKのテレビ体操:従来のラジオ体操は、反動をつけた運動が多いのがひとつの改善すべき点であった。平成11年夏から新しい運動プログラムでは、緩やかでよりよいストレッチが盛り込められている。
6)筋力トレーニング:スポーツ選手のトレーニングにも音楽は有用である.トレーニングジムで,自転車漕ぎや歩行,ランニングを行う際に,ウォークマンの使用は,変化に乏しい単調な訓練の継続にメリットとなる.筆者はアイススケートの国体選手であるが,室内でslidingboardを用いた訓練や,眼を閉じたイメージトレーニングを行う際にも,自分で工夫した音楽は一助となる.なお、持久力のため遅筋を鍛える方法と、瞬発力のため速筋を鍛える方法は異なる。バーベルを用いて強い負荷をかけた場合は、筋肉の組織が障害され、48時間かかって超回復して、以前よりも筋肉が強くなる。このため、強い負荷のトレーニングは毎日行ってはならない。
7)ダンス:社交ダンスで高いレベルのトレーニングでは、毎日ではなく2日に1度の練習を推奨する場合がある。これは、中腰の姿勢で足腰への筋肉の負担が強く、超回復に48時間要するためとも考えられる。
8)踊り:徳島には,世界的に知られる「阿波踊り」があり,平成11年8月からは、阿波踊り会館で、1年中観光客も参加できるサービスが始まった.心拍モニターを装着した研究によると,一般人が阿波踊りを行った場合,心肺への負担は少ないが,十分な有酸素運動が長時間継続している9).ダンスや踊り,舞踊などは持続的な運動と考えられ,対象者に応じた音楽運動療法を推奨してほしい.

       おわりに 

本稿では,食事と運動などの生活習慣のリズムが重要であることや,日常生活における音楽療法の用い方のヒントについて触れた.今後,食事と運動こそが根本的治療法である糖尿病患者における音楽療法の有効性を検討していきたい.将来,「音楽によって心も身体も健康に」を目指し,音楽が疾病予防のツールの一つとして認知される時代の到来を待ち望みたい.
表2 運動開始前のチェック
1)診断名と程度
2)肥満の有無と程度
3)腰痛や膝関節痛の有無
4)運動の前歴、体力の程度
5)血糖値と尿ケトン体
6)血圧・心電図・胸部X線
7)腰・膝・足首の関節
8)網膜症・腎症・神経障害
9)運動の種目の希望・可能性
文献 
1)J Escher: 内科学. 音楽療法事典. 人間と歴史社.東京.1999;435-436.
2)山松質文:音楽療法における実践と研究.音楽療法へのアプローチ.音楽之友社. 東京. 1997; 134-144.
3)MH Thaut: 脳卒中,外傷性脳損傷のリハビリテーションにおける音楽療法.音楽療法入門(下巻)理論と実践.WB Davis, KEGefeller, MH Thaut著.栗林文雄 訳.一麦出版社.札幌.1998; 114-140.
4)今崎牧生.慢性疾患.標準「音楽療法入門」上巻「理論」.日野原重明監修、篠田知璋,加藤美知子編1998; 143-162.
5)河合 眞:音楽療法の客観的な評価は可能か.音楽療法 一精神科医の実践の記録.南山堂. 東京. 1998; 220-230.
6)篠田知璋:高血圧患者のストレスマネージメント.今月の治療 1999;7:106-110.
7)FK  Maetzel: 心臓病学的リハビリテーションの音楽療法.音楽療法事典. 人間と歴史社.1999;304-310
8)赤星建彦,赤星多賀子,加藤みゆき:療育音楽プログラムの実践.高齢者・痴呆性老人のための療育・音楽療法プログラム.音楽之友社. 東京. 1999;50-93.
9)鈴木泰夫:阿波踊りの運動医学的研究.四国公衛誌 1992;37: 69-72.

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