◆ 高齢者の自立した生活-2

4)高齢者の骨粗鬆症と骨折
 高齢者では、男性より女性が、骨粗鬆症に陥りやすい。若年女性の骨量は男性に比べて5-6%低く、閉経直後からエストロゲン減少のために、毎年年間3-4%ずつ急速に骨量が低下していくからである。その後も毎年1-2%ずつ低くなり、男性よりも女性が長寿であることも一因である。
 骨粗鬆症があることで、骨折が起こりやすく、大きな問題となっている。
・ひじをついて倒れると上腕骨頸部骨折
・手のひらをついて倒れると前腕の骨折
・転んで倒れると 大腿骨頸部骨折
 大腿骨頚部骨折が年々増加している。日本人の高齢者の転倒・骨折について、10-21%が転倒しその中の約10%が骨折に至るという2)。高齢者の死亡原因には不慮の事故があり、年間2万余件にのぼる。その内訳は、不慮の窒息25.6%、交通事故23.2%、転倒・転落17.9%、不慮の溺死・溺水17.0%である2)。交通事故の4分の3に相当する頻度である。
 大腿骨頸部骨折患者の半分は、病院から退院しないままに死亡している。10-20%は、1-2年以内に肺炎などの合併症で死亡し、多くの寝たきりや痴呆を生んでいるのが実状である。
 骨密度に加えて、身長や大腿骨頚部の解剖学的角度のデータを加えると、骨折の可能性の予知率は上昇するという3)。江藤らは高齢者の転倒の予測の表を報告している4)(表8)。場所、要因、危険因子外的要因や、転倒防止のチェックポイント(表9、10)を示しておく。
 具体的な指導として、閉経後には毎日1-2kmの歩行が有効である。骨粗鬆症と高齢者の運動種類についての調査では、体重の負荷が瞬間的に骨にかかる競技として、バレーボールや体操などがより有効であるという。しかし、これは長年その競技に携わってきた人の場合であり、通常の高齢者に対する指導としては、散歩→速歩→競歩とアップしていくのがよいだろう。なお、高齢者に対する日常動作のアドバイスについて、表11に示した。
 骨折予防は、骨量増加、転倒予防、ヒッププロテクターによる防御が3原則である。プロテクターには、ポリプロピレン製のものや、下着に縫い込むタイプなど、大転子突出部を包むように保護する。着脱可能な製品も開発され、臨床の場で使われている5)。Wienerらは実際に転倒の実験を行い、hip jointに加わる瞬間の力は1/10になったという6)。

5)高齢者の高血脂症にどう対応?
 高齢者の高血脂症に対して、どのように取り組んだらよいかは明確ではない。確かに、日本動脈硬化学会の高血脂症診療ガイドラインの診断基準7)があり、本邦ではこれによって診断している。ただ、成人と高齢者の場合において、基準値の区別はされていない。
 この基準のポイントは、冠動脈疾患と他の危険因子の有無によりカテゴリーを3つに分け、それぞれに1)生活指導、食事療法の適用基準、2)薬物療法の適用基準、3)治療の目標値を定めている。
 高齢者の高Cho血症とは、本当に危険因子なのだろうか。60-70歳代では、有意な危険因子であるとされている。しかし、Choが166mg/dl未満の高齢者では生命予後が不良であったり8)、85歳以上の超高齢者では高Cho血症がむしろ長寿に作用するという9)。従来のメガトライアルは、対象が欧米人で、年齢も中年から前期高齢者である。75歳以上のスタディはない。以上から、本邦の高齢者に対する高血脂症のマネジメントは、担当医師がよく状況を把握して判断すべきである。
 以下に、高齢者の高血脂症に対するアプローチの考え方を示す。
 1)まず、二次性高血脂症を鑑別する。 2)注意する疾患には、甲状腺機能低下症がある。症状がない患者も多い。従来、「痴呆」と診断されていた患者が、二次性高血脂症がきっかけとなり、甲状腺機能低下症がみつかることがある。
 3)薬剤の影響を考える。多くの薬剤を服用している高齢者では、高血脂症をきたしやすい。その原因となりやすい薬剤を表12に示した。頻度が多いのは、利尿剤やβ-blockerなどである。必要ならACE阻害薬やα-blockerなどに薬剤を変えてみる工夫してみるとよい。
 4)以上の1ー4)を検討した後、本ガイドラインの診断基準を適合してみる。その際に、本ガイドラインに含まれている動脈硬化危険因子の有無についても検討する。そのリスクファクター8項目を表13に示した。
 6)以上は参考データのひとつである。高齢者は、個人差が大きい。個々の肉体的年齢、社会的・経済的因子、生活環境や習慣、合併する疾病やリスクファクターなども含めて総合的に判断する。
 7)高齢者のChoが210mg/dl、LDLが130mg/dl以上の場合は、他の重篤な合併症がなければ、まず食事療法を、それで十分な効果がなければ、薬物療法を施行するという基準10)が、現在のところ、受け入れやすいのではないかと思われる。

6)高齢者の心と体の変化
 高齢者は若年や中年とは異なるものである。生物的に、医学的に、社会的に、心理的に考慮しなければいけない。すなわちbio-medico-social-psycho-などの軸で、物事に対処する必要がある。患者に説明するときに、単に「若い頃とは違うからね」だけでは不十分である。具体的でわかりやすい説明を、表14、表15に示したので、参考にされたい。

おわりに
 本稿では、高齢者が自立した生活を維持するための方策について述べた。すべてを網羅できないが、従来の内科系の医学雑誌に取り上げられる頻度が少ない項目についても触れた。記述に際しては、実地に役立つように表を多く用いた。これらが、高齢者に対する指導や助言の際に、役立つことがあれば幸いである。

文献
1) 松田 朗. 平成8年度老人保健事業推進等補助金研究. 1997、1998
2) 安村誠司:高齢者の転倒・骨折の頻度. 日医雑誌122(13):1945-49, 1999.
3) Testi D et al. Ann Biomed Eng, 30:801-7, 2002.
4) 江藤文夫:高齢者の転倒の原因. 日医雑誌122(13): 1950-54,1999.
5) Telser H and Zweifel P. Health Econ, 11:129-39, 2002.
6) Wiener SL et al. Clin Orthop, 398:157-68,2002.
7) 日本動脈硬化学会高血脂症診療ガイドライン。動脈硬化25:1-34, 1997.
8) Schatz IJ, et al. Lancet , 358: 351-55, 2001.
9) Weverling-Rjinsburger et al. Lancet 350: 1119, 1997.
10) 井藤英喜. 高齢者の高脂血症. 治療83: 2771-2777,2001.

表8  転倒の予測法(江藤)

1)めまい・歩行不安定・バランス障害、
2)記憶あるいは判断障害、
3)筋力低下(麻痺)
4)転倒の既往、
5)車椅子の使用者

表9 転倒しやすい場所、要因、危険因子

場所    危険因子     要因

居室   掴まる所がない   室内段差、
階段   滑りやすい     つまずきやすい敷物
廊下   狭い        電気器具コード類
庭    物が置いてある   戸口の踏み段
     暗い        照明不良

表10 転倒防止のチェックポイント

1)玄関の上がりかまちに中段があるか
2)床や会談に物を置いていないか
3)じゅうたんの端が浮き上がっていないか
4)浴室の床は滑りやすくなっていないか
5)玄関や台所、浴室のマットは固定しているか
6)足元は暗くないか
7)通り道にコードが横切っていないか
8)袖口がガスにふれていないか
9)スリッパや新聞、座布団が出しっぱなしでないか
10)階段に手すりがついているか
11)トイレ、浴室の出入口に段差はないか
12)すその足さばきは悪くないか

表11 高齢者のための日常動作のアドバイス

1)散歩寄りも、速歩、競歩が良い。
2)階段を昇る習慣を持とう
3)可能なら1-2段飛ばしで昇ろう
4)部屋の中でも、つまさき立ちをしよう
5)テレビを見ながら、いろいろな運動をしよう。
6)プールの中で、水中歩行を長く続けよう。
7)水分やお茶を飲んで、運動しよう。

表12 二次性高血脂症を起こしやすい疾患と薬剤

        疾患              薬剤

CHO↑  甲状腺機能低下症、肥満、   サイアザイド系利尿薬、
                    グルココルチコイド
     ネフローゼ、閉塞性肝疾患、  プロゲステロン、
                    蛋白同化ステロイド

TG↑  肥満、糖尿病、腎不全、    β-blocker、エストロゲン、
     先端巨大症、アルコール摂取

CHO↑  甲状腺機能低下症、肥満、   サイアザイド系利尿薬、
TG↑  腎不全、ネフローゼ      グルココルチコイド

表13 本ガイドラインにおける動脈硬化危険因子

1)加齢(男性: 45歳以上、女性: 閉経後)、
2)虚血性心疾患の家族歴
3)喫煙習慣、
4)高血圧(140 and/or 90 mmHg以上)
5)肥満(BMI 26.4以上)
6)耐糖能異常(日本糖尿病学会基準、境界型、糖尿病型)
7)高TG血症 
8)低HDL-C血症

表14 老化によって低下するもの(体)

1)予備力    無理や頑張りが効かなくなる
2)適応力    環境の変化に適応しにくくなる
3)防衛反応   病気にかかりやすく、治りにくい
4)回復力    回復するのに時間がかかる

表15 老化によって失うもの(心) 

1)健康     自分の身体が思うようにならず、情けなさや危機感を感じる
2)経済的基盤  定年後、労働収入から年金生活に、老後の経済的な不安を感じる
3)社会的接触  定年後、職場や友人の人間関係を失い、悲しみや寂しさを感じる
4)生きる目的  家や社会での自分の役割が終わり、生きる価値や意味がわからない

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