◆ 高齢者の自立した生活-1

 高齢者の健康については、巷に多くの情報が溢れている。あまりに膨大であるために、患者は取捨選択が難しいのが現実である。心身ともに健やかに生きていくためには、各個人に応じた教育が必要であろう。担当医師は、患者の医学的な問題点を把握しており、それに関連して適切な生活指導を行っている。
 本稿では、医師が適切な指導を行う際に、実際的で有用と思われるポイントについて述べた。食事や健康と体力の違いなど、高齢者が有するべき基本的な知識について触れた。また、通常、内科系医師が指導することが少ないながら、日常生活での管理が大切である歯の管理や転倒の防止などにも、重点をおいて記した。

1)歯の健康
 歯は健康のもとである。摂食、咀嚼、嚥下、発音、顔貌など、生きていく上で大切な役割がある。加齢とともに健全な歯が次第に減り、歯の数が減ってくる。
 その原因は歯周病や齲歯による。歯垢の付着で歯肉炎が起こり、不適切な歯磨きで齲歯が引き起こされる。以前は繊維質の自然の食物が多く食べられていたために、歯ぐきに適切な刺激やマッサージがなされ、歯の表面も研摩される利点があった。しかし、生活習慣や食生活が変化し、ジュースやスナックが多くなり、歯の管理がさらに重要である。
 高齢者にとって管理が必要なのは、歯周病や歯肉炎である。歯ぐきと歯との境目には、1-2mmの溝の歯周ポケットがある。ここに歯垢や歯石がたまることが、病気の始まりとなる。

 また、唾液は重要な働きをしている。粘膜や歯の表面に対して清浄作用があるが、齢を重ねると唾液の分泌が落ちてくる。薬の副作用としての口渇は多い。本邦の医薬品で、副作用に口渇を含むものは約2割もある。内服薬が増えると確実に口渇の頻度は上がり、口腔乾燥症は本人には堪え難いものである。
 歯科保健の調査では、高齢者でも歯の喪失が10歯以下であれば、食生活に大きな支障がみられないとされる。また、良い歯を持つ健康老人の調査では、70歳から80歳代の約10年間で、抜けて失った歯は平均1.7本、虫歯などで治療を受けた歯は6.2本であった。彼らの生活習慣を研究すると、過食や過飲をしない、間食をあまりしない、好き嫌いがない、小魚や大豆をよく食べる、人が多くみられた。
 健康日本21には、口腔保健の目標がみられる(表1)。高齢者の歯の目標については、有名なスローガン「8020(はちまるにーまる)」が知られている。80歳でも20本の歯を持ちたい。その目標値は、40歳が28本、60歳が24本、80歳が20本である。日常生活で具体的なアドバイスを表2にまとめた。これらを高齢者の指導に、活用してほしい。

2)バランスのとれた食事
 医師は患者に「バランスがとれた食事を」と指導している。しかし、その意味合いはきちんと患者に伝わっているだろうか。「バランス」には2つの意味がある。一つは、カロリーの出入りのことである。摂取する熱量と消費する熱量が、うまくつり合っていることだ。この熱量バランスによく似ているものとして、1日の水分の出納のバランスが挙げられる。これは英語でwater intake and output (water I & O)と呼ばれている。
 もう一つは、相互比率のバランスを意味している。摂取エネルギーに占める3大栄養素のバランスの記述がしばしば見られる。蛋白質(protein)、脂肪(fat)、炭水化物(carbohydrate)の3者のPFCの比率は、それぞれ15-20%、20-25%、55-65%が望ましいとされる。ここで注意すべきは、「摂取エネルギーに占める」ということで、「重さの割合に占める」ではない。すなわち、P 15g、F 25g、C 60gという3者の重さの割合ではない。カロリー全体を100%とすると、P 15%、F 25%、C 60%になることだ。たとえば、肉はタンパク質の食品とされるが、実際に重量比でPは10-20%で、Fが5-30%と幅があることを理解し、患者にも伝えておきたい。
 また、相互比率のバランスのほかの例として、摂取タンパク質に占める動物性タンパク質の割合(動たん比)や、多価不飽和脂肪酸(P)と飽和脂肪酸(S)の比率であるP/S比などがある。
 以上のように、細かく分析する調査研究も確かに重要であるが、高齢者が実際の食生活に簡単で役に立つ表として、「健康づくりのための食生活指針」(厚生省、平成2年)を推奨したい(表3)。
 最近では「健康づくりのための食生活10大項目」(厚生省、平成12年)があり、1日に必要な栄養素が解説されている。料理の角度から「主食、主菜、副菜を基本に、食事のバランスを」と、食品の角度から「ごはんなどの穀類をしっかりと」、「野菜・果物、牛乳・乳製品、豆類、魚なども組み合わせて」と記載されている。
 対象特性別の高齢者については、「加齢に伴う心身の機能の低下等から、健康づくりにおいても積極的な増進対策よりも現状保持あるいは低下防止を主眼」とある。
 食生活に関する具体例な目標は、?低栄養に気をつけよう?おいしく、楽しく、食事を取ろう、となっている。なお、高齢者の栄養問題の主なものとしては、蛋白質/エネルギー低栄養状態(protein energymalnutrition; PEM)がある1)。

3)高齢者の体力と健康
 高齢者は、若年・中年に比べて体力が落ちてくることは、誰もが知っている。しかし、「体力とはいったい何か」について説明ができるだろうか。体力について分類したものを表4に示した。
 体力は加齢とともに低下する。高齢者の目標は「体力づくり」ではなく、「健康づくり」である。平成5年に厚生省から出された「健康づくりのための運動指針」を表5に示す。「健康づくりのための年齢・対象別身体活動指針」(厚生省、平成9年)の中から、高齢期について抜粋した(表6)。これらを基本にして、各個人の生活習慣に応じて指導するとよい。
 なお、老人保健法による健康検査項目を表7に示す。医師が高齢者に対する日常生活や疾病を指導する際に、この11項目を認識しておくと有用であろう。

表1「健康日本21」の口腔保健の目標(抜粋)

歯の喪失防止
基準値 55-64歳で 24本以上の人  44.1%
    75-84歳で 20本以上の人  11.5%
目標値 60歳で  24本以上の人  50%以上
    80歳で  20本以上の人  20%以上

リスクの低減
基準値 55-64歳で歯石除去などした人 15.9%
    55-64歳で歯科検診を受けた人 16.4%
目標値 歯石除去や歯面清掃を受ける人 30%以上
    定期的に歯科検診を受ける人  30%以上

歯間部清掃用具の使用
基準値 35-44歳で使用している人   19.3%
    45-54歳で使用している人   17.8%
目標値 40-50歳代で使用する人    50%以上

表2 歯の健康に対するアドバイス

1)虫歯予防と肥満対策のため、特に食後に磨こう
2)鏡を見て磨き、歯周のポケットもチェックしよう
3)定期検診で歯垢や歯石を早めに取ろう
4)柔らかい物ばかりを食べず、歯茎を刺激しよう
5)食べ物をよく噛み、歯肉と顎を刺激しよう
6)歯間部清掃用具を使おう
7)小魚などCaを含む食品を多く食べよう
8)内服薬と口渇の関係を知ろう

表3 食生活指針(厚生省)

1.多様な食品で栄養バランスを
  □1日30品目を目標に
  □主食、主菜、副菜をそろえて
2.日常の生活活動に見合ったエネルギーを
  □食べ過ぎに気をつけて、肥満を予防
  □よくからだを動かし、食事内容にゆとりを
3.脂肪は量と質を考えて
  □脂肪はとりすぎないように
  □動物性の脂肪より植物性の油を多めに
4.塩分をとりすぎないように
  □食塩は1日10グラム以下を目標に
  □調理の工夫でむりなく減塩
5.こころのふれあう楽しい食生活を
  □食卓を家族ふれあいの場に
  □家庭の味、手づくりのこころを大切に

表4 体力とはなにか

行動体力
 1)動作を開始   筋力 筋パワー
 2)動作を維持   筋持久力、全身持久力
 3)動作を調節   平衡性、敏捷性、巧緻性、柔軟性

防衛体力 
 1)物理的ストレス 寒冷、熱暑、振動
 2)生物的ストレス 細菌、ウイルス、 
 3)生理的ストレス 運動、空腹、口渇、不眠、疲労、
 4)精神的ストレス 不満、不快、恐怖、不満 

表5 健康づくりのための運動指針(厚生省)

1.生活の中に運動を
  □歩くことからはじめよう
  □1日30分を目標に
  □息がはずむ程度のスピードで
2.明るく楽しく安全に
  □体調に合わせマイペース
  □工夫して、楽しく運動長続き
  □ときには楽しいスポーツも
3.運動を生かす健康づくり
  □栄養・休養とのバランスを
  □禁煙と節酒も忘れずに
  □家族の触れ合い、友達づくり

表6 高齢者が目標とする健康作り(厚生省から抜粋、改変)

1)健康の保持・増進と疾病の予防・改善(主に前期高齢者)
  散歩、買い物、日曜大工、園芸、ハイキング等
2)自立の維持・向上(主に後期高齢者)
  散歩、掃除、買い物、料理、園芸等 
3)生きがい・満足感・コミュニケーションの獲得
  カラオケ、ダンス、ボランティア活動、釣り、登山等

表7 老人保健法による健康検査項目

 1)問診、
 2)身体計測、
 3)理学的検査、
 4)血圧、
 5)尿検査、
 6)循環器検査(心電図、眼底)、
 7)血清脂質(Cho, HDL, TG)、
 8)貧血検査、
 9)肝機能検査、
10)腎機能検査、
11)血糖検査、

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