◆ 高脂血症に対する栄養学

・高脂血症の分類は、三角形で考えると一目瞭然で理解し記憶できる。
・動脈硬化性疾患診療ガイドラインは、数字でなく危険因子で考える。
・卵はコレステロールに対して悪者ではなく、栄養面から摂取すべき。
・多価不飽和脂肪酸であるn-6とn-3の食品摂取が推奨される。
・リノール酸神話はすでに古く、日本人の摂取過剰は危険である。

はじめに

 高脂血症は生活習慣病の一つであり、治療は生活習慣の改善から始める。総論的な内容は、広く成書に記載されている。そこで、本稿では、高脂血症に対する栄養学について、古くなったリノール酸の神話や具体的で有用な患者指導法を紹介し、診療の場で実際的に役立つように記したい。

I.役にたつ知識と説明

 試験管の中に水を入れ、重たい石、軽い石、荒い砂、細かい砂を入れてかき混ぜるとどうなるだろうか。底から重たい順に堆積するだろう。
 同様に、脂質の成分を遠心分離すると図1のようになる。HDLとは高い(high)比重(density)のリポ蛋白(lipoprotein)のこと。同様にLDLではlow、VLDLではvery low、カイロミクロン(CM)と軽くなっていく。この際、粒子が小さいものは酸化されやすく、血管の隙間に入って動脈硬化を起こしやすい。従って、LDLよりVLDLの方がより悪玉であるとわかりやすく説明できる。
 次は、患者にとって身近な総コレステロール(TC)、善玉(HDL)、悪玉(LDL)、中性脂肪(TG)を解説しよう。
TC = HDL + LDL + TG/5であると、図示すれば理解しやすい(図2)。TCが200、HDLが50、TGが150なら、LDLはいくらか?200-50-150/5 = 120 と計算させてみる。
 さらに、医療関係者に高脂血症の分類を尋ねてみると、Fredrickson分類はわかりにくいと答えるだろう(表1)。しかし、これを三角形で考えると一目瞭然だ(図3)。なお、III型は中間比重リポ蛋白(IDL)というbroadバンドなので、IIIの文字は幅広く記載している。

II.高脂血症をどう考える?

 動脈硬化性疾患診療ガイドライン(2002)をチェックしよう。高脂血症診療ガイドラインではないことに意味がある。すなわち、220や240という数値ではなく、リスクファクターで考えることが重要。LDL以外の主要な冠危険因子には、加齢、高血圧、糖尿病、喫煙、冠動脈疾患の家族歴、低HDL血症など。糖尿病があるだけで、リスクが3つあることになる。

 その重要なポイントを列挙してみると、
・TCよりもLDLの重要性を強調
・危険因子の重み付けをつける
・薬物療法基準ではなく、脂質管理目標値を設定
・多危険因子症候群を管理する重要性
・本表は目安であり、各人の管理は主治医が判断
・脂質管理はまずライフスタイルの改善を
 HDL値に対する考え方を表2に示す。詳細な検査が必要にはなるが、参考にされたい。

III.卵は悪者ではない?

?卵と高脂血症との長年の議論
 卵の摂取で高脂血症になるという議論がある。その最初は、1913年ロシアの病理学者がウサギにコレステロールを与えた実験。大動脈にコレステロールが付着して動脈硬化が起こり、コレステロールが動脈硬化の原因であると発表した。だが、草食動物のウサギは常に脂質を全く摂取しない。この研究デザインでウサギの血清
TCは急上昇し、実験結果はヒトには当てはまらない。
 医師は患者から、卵の摂取について頻回に尋ねられる。その対応を大別すると、
 1)卵の摂取を制限すべきである。その理由は、卵黄1個には250mgのコレステロールを含み、1日のコレステロール摂取量を考えると、1日1個程度に制限しなくてはいけない。
 2)卵の摂取を制限しなくてもよい。その理由は、卵を多く食べてもTC濃度は増えないからだ。
 コレステロールに関するポイントは、
・卵黄一個の中には250mg
・1日の摂取適正量は500~600mg
・1日の必要量は1000-1500mg
・食品で2-3割、体内で合成7-8割
・体内の合成率は、状況に応じて変わる
・卵の摂取が多い場合は体内でコレステロールの 合成量が減るメカニズムが働く
 卵の摂取制限は不要とするエビデンスを記す。国立健康・栄養研究所で成人3群に毎日卵を5, 7, 10個の摂取を5日間行ったが、TC値には変化がなかった1)。ほかに、毎週0-2個の群と7-24個の群を8年間追跡しても有意差はなかったり、卵黄3個分を2週間与えるとLDL上昇が35%にあったが、HDL上昇も44%にあるなど、
様々な結果である。Herronら2)は更年期以前の女性に卵(コレステロール640mgに相当/日)を30日間クロスオーバー法で投与した。hyporesponderでは変化なく、hyperresponderではTCが上昇するもLDL/HDL比率は不変であったとされる。
 逆に、卵摂取とコレステロールに関する26年間の222論文を検討し、条件が備わった17論文で卵制限は高脂血症に多少の効果があるという3)。

?卵摂取のアドバイス
 多くの報告を参考にして、患者に対する指導についてまとめてみると
・通常、常識範囲の卵の摂取はTCを上昇させない
・responderとnon-responderの体質がある
・高脂血症の患者ではわざわざ多くの卵の摂取は 勧めない
・正脂血症の患者では自由にさせておく
・どちらの体質か知りたい場合、従来の卵摂取が 2個/日なら2日に1個に減らしたり、逆に増やして、1カ月後にTCをチェックしてみる。
 バターで調理した卵焼きの摂取でTCが上昇した報告がある。肝臓の調節システムが狂い、必要以上にコレステロールを合成するためという。調節を狂わせるのが動物性脂肪に多い飽和脂肪酸で、ミリスチン酸の関与が疑われている。
 食品のコレステロール含有量(/100g)は、牛肉65mg、牛乳11mg、バター210mg、卵250mgである。ミリスチン酸含有量(/100g)は、牛肉589mg、牛乳345mg、バター8,972mg、卵27mgと、卵には僅かしかない。この観点から、卵の調理には食物性の油を勧める学者もいる。

?栄養学的に優れた卵
 卵には様々な成分が含まれる。全体的に判断すると、血清TC値を上昇させず、栄養学的に優れた食品であることが、明らかになってきた。
 黄身にはリン資質のレシチンが含まれ、LDLを減少させHDLを上昇させるという。また、黄身のリン脂質の主成分であるコリンは神経伝達物質「アセチルコリン」の原料で、最近アルツハイマー病やボケ防止に対する効果が期待されている。
 白身に含まれるシスチンにも、LDLを下げHDLを上げる効果があるようだ。白身にはリゾチームが含まれ、風邪薬のリゾチームは100%卵の白身から精製されたもの。リゾチームは、in vitroの実験でシャーレ内で細菌に対する溶菌作用で繁殖を押さえる。最近、食品の防腐剤の効用や、エイズウイルスの抑制効果なども報告されている。
 卵は肝臓機能にも有用である。グルタチオンは障害を受けた肝臓機能を回復させる。グルタチオンはシスチン、グリシン、グルタミン酸から作られるが、卵はこれらを多く含有する。実際に卵を摂取すると、肝臓におけるグルタチオン量が増加する(in vivo)という。

?貴重な蛋白源
 卵1個には、たんぱく質6.3g、炭水化物0.6g、脂肪5.0gが含まれ、貴重な蛋白源である。タンパク質とは20種類のアミノ酸が様々な割合でつながったもの。良質なタンパク質はアミノ酸の構成比率が人間に近いものを指す。この点から、タンパク質の良質度を示す尺度に、プロテイン・スコア(タンパク質点数)がある。
 アミノ酸スコアを示すと、卵は100点満点。サンマ96、イワシ、マグロ、豚肉90、あじ、あさり88、鶏肉85、チーズ83、牛肉79と続く。
 以上から、タンパク源としての重要性を考えれば、高齢者の卵の制限は無用である。健康のために卵を毎日数個は食べるとアドバイスしても、通常差し支えないと思われる。

IV.脂肪酸の基礎と臨床

?脂肪酸を理解しよう
 脂肪酸は、十数個~30個ほどの炭素原子が鎖のように連なった構造である。飽和脂肪酸は、炭素の4本の手すべてに水素が結合し飽和し、不飽和脂肪酸は炭素同士の二重結合があるものだ(図4)。脂肪酸の種類を表3に示した。
 不飽和脂肪酸の炭素数(n個)で、最後(メチル基)から何番目に二重結合があるかにより、
n-9:最後から9番目
n-6:最後から6番目が最初の二重結合
n-3:最後から3番目が最初の二重結合
と分類される。以前はnの代わりにω(オメガ)が使われていた。二重結合が一つあるのが一価で、2つ以上が多価となる。
 必須脂肪酸は2つに大別され、n-6系とn-3系とに分かれる。n-6系の代表的なものはリノール酸で、n-3系の油にはα-リノレン酸、EPA、DHAがある。リノール酸とα-リノレン酸は、最近注目を浴びており、後で詳細に述べる。

?3:4:3の割合で摂取
 飽和(S)、モノ不飽和(M)、多価不飽和(P)の比率について、P/S=1が有力とされてきた。Mの摂取が推奨されるが、実際Mの供給源は限られる。日本人は通常、動物:植物:魚介=4:5:1で摂取しており、S:M:P=3:4:3の割合を目指す。なお、1.3は1~1.5としても差し支えなく、1:1.5:1との記載もある。
 現在、厚生労働省は望ましい摂取割合を、「過剰摂取しがちな『飽和脂肪酸』を抑えるべきである」という意味を込め3:4:3としている。
 n-6/n-3比の問題は複雑である。世界では栄養摂取に大きな格差があり、欧米諸国では4~10または5~10を推奨している。だが、この数値は各国の実状に全く当てはまらない。現実には10以上で、4まで下げるのは不可能だ。日本では長年ほぼ約4.2に保たれ、健康に対する特別で大きな問題がなかった。少なくとも不都合な証拠がなく、妥当であろうとの考え方であり、容易に実践可能な範囲の数値なのである。以上から、n-6:n-3の比は4:1程度が適当とされる。
 脂肪の摂取はカロリー比で25%ほどとされる。1日に1800kcalであれば、脂肪は450kcal、9kcalで割り算すると50gとなる。その理論値の目安を表4に示す。

?理解しやすい助言
 しばしば推奨される青魚には、豊富なEPAが多く含まれる(表5)。EPAの必要量は1日1g。ちょうどマイワシ一匹分(約100g)が目安となる。
 なお、ジャンクフードは身体に悪いと言われるが、なぜだろうか?スナック菓子やインスタントラーメンなどでは、安価で日持ちがする油として「パーム油」が多用される。原材料名は「植物油脂」としか記載されていない。一見、健康に良い印象を与えるが、その内訳をみると、飽和: 50%、n-9: 39%、n-6: 10%、n-3: 0%という含有割合になっている。

V.「リノール酸神話」が変わる!

 「リノール酸の摂取が健康にいい」と約40年前に唱えられ、冠動脈疾患にはリノール酸が善玉であると信じられてきた。しかし、この神話は今まさに崩れようとしている。
 1986年ごろから摂取の害が警告されはじめた。確かにリノール酸は体内で合成できない必須脂肪酸である。だが、従来の説では取り過ぎのため、デメリットが大きかった。そのポイントは
・酸化しやすい。
・体内で炎症反応やアレルギー反応につながる。
・癌の発生や転移を促す。
・悪玉および善玉コレステロールをも減らす。
・血小板凝集を促進し、血栓を作る。
日本脂質栄養学会は「リノール酸摂取量の削減および油脂食品の表示改善を進める提言」を学会提言として採択した4)。理論的背景を記する5)。
 1)従来の疫学調査や介入試験の問題点が明らかになりつつある。
リノール酸摂取量の約1/10がα-リノレン酸(n-3系脂肪酸)で、α-リノレン酸は魚に含まれている。欧米人は日本人と異なり魚食の習慣がないので、n-3系脂肪酸欠乏群~予備軍が多い。この状況で、7-8%のα-リノレン酸を含む大豆油などの植物油を増やすと、見かけ上リノール酸が善玉として判断されてきた。
 2)日本人のように、十分にn-3系脂肪酸を摂っている場合には、リノール酸は悪玉になる。フランスでLyon Heart Studyが行われた。α-リノレン酸を0.27から0.81en%に増加し、リノール酸を5.3から3.6en%に減少させた食事療法で2年3カ月観察すると、TC値は低下しなかったが総死亡率は7割も減少し、世界で注目を
あびた。
 3)日本脂質介入試験(J-LIT)は、高コレステロール血症患者にシンバスタチンで介入した研究である。これには対照群がなく、その目的で開始したのがJ-LITの地域対象追跡調査だ。健診でTCが220-299mg/dlの4918名を1993年に登録し、94-99年まで追跡。その間に各施設での指導や治療は妨げず、その意味では無介入である。6年間に32例の心筋梗塞と4例の突然死があり、驚くべき結果が出た。調査開始時に食事指導をすると、Coxハザードモデルで2.30倍、多変量解析で2.89倍危険率が有意に高くなったのである6)。
 換言すると、高コレステロール血症患者に食事指導を行うと心筋梗塞が増えたのだ。この理由としてリノール酸の過剰摂取が考えられる。当時の指導には、必ず下記の2点が含まれていた。
・動物脂肪はコレステロールを上げるので、でき るだけ減らし、植物油に代えましょう。リノー ル酸の多いものにしてください。
・バターはコレステロールを上げるので、ソフト マーガリン(リノール酸がかなり含有)をお勧 めします。
 1994年当時、Mega Study第二期の医師向けの「食事療法のポイント」にも、リノール酸の多い油脂が「具体的応用例」に記載されている。
 5)ほかに、漁村、農村、商業地での疫学調査がある7)。漁村の狭心症発症率と負荷心電図異常の出現率は、それぞれ農村の1/8と1/7、商業地の1/14と1/8であった。血清リノール酸濃度は、漁村が690+-150mg/Lと有意に低く、農村は823+-202mg/L、商業地は858+-135mg/Lであった。一方、漁村では喫煙率が有意に高く、HDLが低い傾向、LDLは農村と同等であった。
 以上1~5)から、リノール酸は善玉ではなくむしろ悪玉である。日本ではEPA/DHAの摂取が多く、リノール酸はむしろ危険となる。必須量は1 en%、現実的対応としては3~4 en%であり、日本人の摂取平均は6 en%である5)。

おわりに

 本稿では、高脂血症に関わる栄養学について、脂肪酸の種類や特徴など基礎的な知識に加えて、臨床で脂肪の摂取の指導に有用である情報を多く盛り込んだ。リノール酸の神話は今や古くなり、今後、生活習慣病の治療で、基本となる栄養学のヒントが読者に得られれば、幸いである。

図、文献は省略  表2、4、5のみ掲載

表2 血清HDL濃度の考え方(mg/dl)

・40未満 :日本人では、虚血性心疾患に対する最も普遍的な危険因子
・50-70 :虚血性の心電図の変化を検討すると一番異常頻度が低い範囲
・90-110 :両親から遺伝的素因を受け継いだいわゆる「長寿症候群」が多い
・120以上:ここに属する人の約半数にCETP欠損症の可能性あり

表4 理論的な脂質の摂取量の目安

飽和 パルミチン酸       15g 
n-9  オレイン酸        20g
n-6  リノール酸        12g
n-3 α-リノレン酸、EPA, DHA   3g

表5 青魚に含まれるEPA(/100g)

 1位 ハマチ  1.54g
 2位 マイワシ 1.38g
 3位 サバ   1.21g
 4位 ニシン  0.99g

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