◆ 血糖管理のエビデンス

2型糖尿病マネジメントのエビデンス

 糖尿病の治療については,合併症の進展と各種薬剤の効果について多くの報告がある。最近,1型糖尿病に対して米国でDCCTが,2型糖尿病に対して英国でUKPDS調査が行われた.このたび,フランスの国際医学雑誌Prescrire Internationalに,糖尿病管理に関する論説が掲載された.本邦の糖尿病診療にも有益と考えられるので紹介したい.

(2型糖尿病の管理
血糖管理の有用性のエビデンスがようやく明らかに!

抄録 
 UKPDSは非常に大規模で詳細な比較的調査であったが,失明に関する項目が欠如しているなどその方法論には問題点があった.UKPDSで明らかになったのは,2型糖尿病では血糖コントロールにより合併症,特に糖尿病性細小血管障害のリスクが減少することである.
 しかし,罹病率と死亡率に対しては,血糖コントロール状況による統計学的有意差は認められなかった.
従来の調査に反し,UKPDSではSU剤やインスリン投与が心臓血管系の死亡率を増加させないという結果が得られた.
 2型糖尿病で合併症のリスクの軽減が統計学的に証明された薬剤は,グリペンクラミドだけであった.
SU剤やインスリンによる厳格な血糖管理を行うと,1年間に約4分の1の症例で低血糖発作が認められた.
 一方,メトホルミン投与で得られた結果は,説明が困難であった.メトホルミンは肥満の2型糖尿病患者で死亡率を減少させた.しかし,SU剤でコントロール不良の患者では,SU剤単独に比べて,SU剤とメトホロミンの併用により死亡率が高くなったのである.

 現在,UKPDSの結果が臨床的に有用であるのは,25歳から65歳の2型糖尿病患者に対する治療法の選択の場合とされる.肥満ではなくメトホルミン投与が禁忌でない糖尿病患者に対して,血糖降下剤が必要な時に最初に選択する薬剤はグリベンクラミドである.

 2型糖尿病(NIDDM)に対する薬剤は長年使用されてきているが,血糖や糖化ヘモグロビンなどの研究報告は別として,1998年以前に2型糖尿病についての完全な調査は行われていなかった.
 唯一,1960年代に無作為で比較的調査のUGDPがあるが,罹病率と死亡率を最終ポイントとして解析したものである.これは,1027名の2型糖尿病患者に対してインスリン,トルブタマイド(SU剤),フェンホルミン(ビグアナイド剤)とプラセボを投与した研究であった.トルブタマイド投与群で心臓血管死が増加し,フェンフォルミン投与群で全死亡率が増加したことにより,本研究は中途で中止された.UGDPの結果から様々な論争がまき起こり,解釈できない所見の原因として方法論的バイアスを強調した研究者も多かったのである.

 さらに,インスリン治療は糖尿病の大血管合併症に対して不利益な作用を有するか?,という病態生理学的な仮説も登場した.これには高インスリン血症と心臓血管死との疫学的な関わりの問題も含まれている.
UKPDSは1970年台から準備され1977年に開始された.その主な目的は,2型糖尿病患者の高血糖をコントロールすることで,細小および大血管障害のリスクを減少できるか?,もしそうであれば,この観点で最も有効な薬剤は何か?,という疑問に答えるためであった.UKPDSの結果は1998年になって報告され,完全なものではなかったが,2型糖尿病の治療選択についてある程度の解答がなされたのである.

UKPDS: マスとしての調査研究
 UKPDSは,英国で行われた多施設の比較的調査で,プロトコールは非常に複雑であった.23の参加施設に近い開業医は,25-65歳の患者で糖尿病と診断すると直ちにセンターに紹介するように依頼された.3ヶ月間の食事療法後にも症状なく,血糖が108-270 mg/dlの209名の患者(平均53歳,男性60%)は,無作為にいくつかのグループに分けられた.標準体重に近づけるため,同一の食事のアドバイスがすべてのグループに与えられた.このトライアルは,盲検ではない方法で行われ解析されたのである.
 患者は通常3-4ヶ月ごとに来院したが,必要に応じて受診回数は増えた.体重が過剰でない(理想体重の120%未満)2505例の患者では,無作為に3群に分けられた.インスリンによる血糖の「厳格コントロール群」(患者の30%),SU剤による「厳格コントロール群」(40%),原則的に食事療法のみによる「緩やかなコントロール群」(30%)の3つであった.
 少なくとも理想体重より20%以上多い肥満の1704例は,無作為に4群に分けられた.インスリンによる「厳格コントロール群」(24%),SU剤による「厳格コントロール群」(32%),メトフォルミンによる「厳格コントロール群」(20%),原則的に食事療法のみによる「緩やかなコントロール群」(24%)の4つである.
 「厳格コントロール群」では空腹時血糖が108 mg/dl以下に維持するように,インスリン投与群の患者では食事前の血糖が72-126 mg/dlに保つように,薬剤の投与量を調節した.「緩やかなコントロール群」では,空腹血糖値が270 mg/dl以上となった場合に,薬剤療法(インスリン,メトフォルミンまたはSU剤)を開始し,高血糖による症状を消失し,空腹時血糖値を270 mg/dl以下に調節した.

 調査期間に実際に行われた治療法の概略を表1に示した.
このプロトコールには,終了時点について3つの基準が加えられた.糖尿病合併症として最初に臨床的に現れた時点(致死的なすべての合併症,心臓血管系,腎臓および網膜の合併症),糖尿病にかかわる死亡,他の原因による死亡である.
 2番目の終了基準には,個別的な状況が含まれた.例えば,糖尿病性細小血管障害(腎不全,光凝固が必要な網膜症,硝子体出血),心筋梗塞,脳卒中,下肢切断(少なくとも一足の第1趾),末梢動脈疾患に関わる死亡などであった.
 経過観察の中間値は10年であった.調査の終了時点では,2%の患者が経過を追えなかったか,生死が不明な状態であった.2.4%の患者が死亡したが,糖尿病が関わったかどうかは不明であった.
 統計のすべては,intention-to-treat basisをもとに解析された.
小括:UKPDSは,25-65歳の4209例の2型糖尿病患者について,平均10年間にわたる無作為な前向き調査であった.臨床的な終了時点に基づき糖尿病薬剤について評価された.UKPDSは高い質の研究だが,失明に関する項目が抜けているなど方法論的な欠点が多くあり,疑問視される結果も含まれている.

厳格コントロールは合併症出現を遅らせる
 UKPDSの厳格コントロールにより,臨床的に有益な点が認められた.しかし,すべての血糖降下剤が臨床的に有用ではなかったのである.

糖化ヘモグロビンに対する血糖コントロールの効果
 UKPDSは治療目的を考慮されながら実施されたが,糖化ヘモグロビン値は「緩やかなコントロール」群よりも「厳格コントロール」群で,若干だが有意に低値であった(10年後の中央値で7.0%vs 7.9%,p<0.0001).
 両群では次第に血糖管理が悪化し,他の血糖降下剤の追加が余儀なくされる症例が多数認められた(表1).6ヶ月の経過観察後,SU剤投与の厳格コントロール群に振り分けられた症例の19%が,メトフォルミンも合わせて投与されていた.同様に,メトフォルミン投与群に振り分けられた肥満患者の14%が,SU剤もあわせて投与されていた.当初は食事療法のみである
「緩やかなコントロール」群の55%は,血糖降下剤を投与されていたのである.

血糖管理は確かに臨床的に効果はあるが限られている
 今回のプロトコールでは,種々の統計学的手法が用いられた.メトフォルミン投与群の342例を除く3867例の患者では,全死亡率と糖尿病に関わる死亡率について,「厳格コントロール」群と「緩やかなコントロール」群との間に,有意差は認められなかった(表2).
 一方,糖尿病による合併症が最初に出現する時期は,「緩いコントロール」群に比べて「厳格コントロール」群で,より遅かった(中間値14.0 vs 12.7 年).このように,UKPDSでは,臨床的な糖尿病性合併症を避けるために,ひとつの合併症あたり19.6人の患者が,10年間にわたり厳格コントロールを継続しなければならなかったことになる(95%信頼限界により,一定患者数(10-500)が必要である)(表2).
 糖尿病性細小血管症(腎不全,光凝固を必要とする網膜症,角膜内出血)に関わる臨床的な合併症出現の頻度は,「厳格コントロール」群で有意に低かった(8.6 vs 11.4 回/ 100人/ 10年治療,相対的危険度は0.75,
信頼interval 0.60 to 0.93).

血糖降下薬の違いで有効性は異なる
 グリベンクラミド,クロルプロパミド,インスリンによる「厳格コントロール」群と,緩やかなコントロール群とを比較するための解析には,最初にUKPDSに参加した15施設からの患者が含まれていた.その3041例
の患者は,単一の薬剤投与という点で,他の施設より長く経過を観察されていたのである.一方,他の8施設では,SU剤投与によっても血糖レベルが高値である症例に対しては,プロトコールの基準に沿って早期からイン
スリン投与を開始されていたのである.
 この解析によって,グリベンクラミドによる「厳格コントロール」群だけは,「緩やかなコントロール」群に比べて,糖尿病合併症の発現の遅延と糖尿病性細小血管合併症を有する頻度について,統計学的に有意に効果があったと言える.

 また,「ゆるやかなコントロール群」との比較で,インスリンによる「厳格コントロール群」では,糖尿病性細小血管合併症の出現頻度が唯一有意に低く,効果が認められた.一方,糖尿病合併症の最初の発現時期に
ついては,効果がみられなかったのである(表3).クロルプロパマイドは,今回の試験でいずれの終了ポイントにおいても有意な効果が認められなかった.

メトフォルミンを投与された糖尿病の肥満患者では死亡率は低かった
 1704例の肥満患者については,別に解析が行われた.総死亡率,糖尿病に関する死亡率,臨床的な糖尿病合併症の出現については,「ゆるやかなコントロール」群に比べて,メトフォルミンによる「厳格コントロール」群で有意に低かった.これらの肥満患者では,SU剤やインスリン投与による「厳格コントロール」群で,死亡率の低下は見られなかった.
 血糖コントロールが困難であった患者群を解析すると,様々な結果となった.クロルプロパマイドまたはグリベンクラミドによる「厳格コントロール」群の537例では,SU剤の極量投与でも血糖値は110 mg/dl以上
(しかし270 mg/dl未満)であり,2つのサブグループに無作為に分けられた.1つはSU剤単独群で,他方はSU剤にメトフォルミンを追加する群である.平均(中間値)6.6年経過観察すると,糖尿病に関する死亡率
は,SU剤単独群では8.6/1000人/年であったが,2剤投与群では16.8/1000人/年であった(p<0.039)(表5).

 しばしばみられるが通常軽度の副作用
体重増加,低血糖発作,心臓血管系の罹病率と死亡率は,UKPDSでは特に注意深く経過観察された.最初の15施設で登録された3041例で,インスリンの厳格コントロール群では+4.0kg,クロルプロパマイドの厳格コントロール群では+2.6kg,グリベンクラミドの厳格コントロール群では+1.7 kgの体重増加が認められ,「緩やかなコントロール」群と比較して,いずれも有意に高かった.
 毎年,厳格コントロール群患者の約4分の1で,低血糖発作は少なくとも一度は認められた.「緩やかなコントロール」群の患者では,低血糖発作の割合は最初の時点で低かったが(最初の年で約5%),経過観察中に次第に増加し(12年後には約20%)となり,SU剤やインスリンで治療を受けた患者とほぼ同じ頻度にまでなった.
 「厳格コントロール」群と,「緩やかなコントロール」群とを,それぞれに無作為に解析すると,1年間に低血糖発作を有するのはクロルプロパマイド群で11.0%(医療的援助を必要とする低血糖は0.4%),グリベンクラミド群では17.7%(0.6%),インスリン群では36.5%(2.3%),メトフォルミン群では4.2%(0%)であった.低血糖により死に至った患者は,インスリン投与の「厳格コントロール」群で1例のみ認められた.
 「緩やかなコントロール」群と比較して,いずれの「厳格コントロール」群においても,血管性や心臓性,癌による死亡率,または他の原因による死亡率については,統計学的に有意差は認められなかった.
 「厳格コントロール」群の中で肥満者を無作為に抽出して検討すると,メトフォルミン投与群では,他の群に比べて,体重増加が少なく低血糖発作の頻度も少なかった.

まとめ
 SU剤による治療から始めた非肥満の糖尿病患者について,厳格コントロールによる臨床的効果は,糖尿病性合併症の発症を遅らすことができる,という点に限定された.グリベンクラミドだけは,この群の中で,明らかな効果が見られた.肥満の糖尿病患者では,メトフォルミン単独から開始した患者で死亡率が低下した.一方,SU剤投与でもコントロール不良な患者では,SU剤にメトフォルミンを加えても,有用性は認められなかった.

推奨ガイドライン

 UKPDSで得られたデータは2通りに解釈できる.楽観主義者は,2型糖尿病患者でいかなる治療法によっても血糖降下の利点を強調するだろう.ただ,その利点とは,厳格コントロール群と緩やかなコントロール群で,小さい糖化ヘモグロビン値の差異に過ぎなかったというデータである.この結論を重要視する人は、いかなる治療法であろうと,2型糖尿病患者ではできるだけ血糖を下げるように,自信を持って診療していくだろう.
 もう一方の解釈は,エビデンスのデータに基づき我々が述べた意見でもあるが、臨床的な利点はわずかにあるが,(肥満患者のメトフォルミン投与を除き)死亡率にも差異はなく,2群で糖化ヘモグロビンの差異も小さく,以前に思われていたほどの大きな利点は認められなかったことである.
 UKPDSの報告書では,厳格コントロール群の患者と同様に,すべての被験者が利益を受けたかどうかについて,触れていない.血糖レベルを下げれば,リスクファクターがない患者よりも,リスクファクターを有する
患者では,より臨床的に利益が大きくなると考えられる.
 UKPDSの限界はあるが,2型糖尿病の適切な管理について実際的な方法を下記に推奨したい.

 すべてのリスクファクターを治療
 血糖降下は,2型糖尿病の死亡率にほとんど影響を及ぼさなかった.血糖をできるだけ正常化するのと同様に,他の心臓血管系のリスクファクター(高血圧,高脂血症,喫煙)を管理するのが,臨床的に有用であろう.UKPDSと平行した調査で,血圧の厳格な管理(血圧が140/85未満)により,2型糖尿病の死亡率が低下していた.このような患者に対して,高脂血症の治療と他の疾病の一次予防に関する無作為の比較調査は従来行われていない.現在,非糖尿病患者を対象に,高脂血症の治療による一次予防の研究が行われている.この結果が報告されるまでは,2型糖尿病とリスクファクターとの関わりは,推測の域を出ないと思われる.これらの患者の喫煙との関わりについては,別に議論が必要である.

 食事量の測定が先決
 25歳から65歳の2型糖尿病患者で,食事療法だけで血糖管理ができない場合,血糖降下の治療は適切である.しかし,食事療法が適切かどうかについて,線引きは不可能である.このような治療を開始する時は,適応の禁忌に十分注意し,治療には限界があることを患者に説明し,ケースバイケースに決定する必要がある.

 最初の治療選択
 非肥満の2型糖尿病患者では,最初に使われる薬剤はグリベンクラミドである.リスク利益比(risk-benefit ratio)が臨床的に証明された唯一のSU剤であるからである.肥満糖尿病に対する最初の治療はメトフォルミンである.インスリンは最初から投与すべきではない.その理由は,低血糖や体重増加のリスクが高いからである.

 効果減弱の際,代用治療はない
 食事療法と単一薬剤の極量投与にても血糖管理がうまくいかない場合は,SU剤とメトフォルミンの併用療法は,好ましい方法とは言えないようである.この場合,良いリスク利益比(risk-benefit ratio)が証明された他の方法は現在ないからだ.現在効果は証明されていないが,インスリンを合わせて追加するか,インスリン単独に切り換えるか,経口剤の単剤投与か,αグルコシダーゼ阻害剤(アカルボースまたはミグリトール)を追加するか,などの選択が適切なのだろうか?

SU剤とメトフォルミン併用中の患者
 SU剤とメトフォルミンの併用により血糖管理ができている患者について,現在の治療の中止を勧告するほどの十分なデータは今回出ていない.

おわりに
 今回のUKPDSの報告は,ある程度の弱点があるとしても,ピグアナイド剤の再評価も示唆しており,有意義で臨床に役立つものと考えられる.近年,本邦では,インスリン抵抗性改善剤やインスリン分泌刺激剤なども使用されている.しかし,トログリタゾンによる肝障害が報告され,2000年3月には米国および本邦で本剤の使用が中止された.今後は,エビデンスが含まれた情報を参考にしながら,適切な糖尿病治療を行っていきたいものである.

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM