自然とコミュニケーション

 ギネスブックに掲載か!?
前人未踏の40年以上にわたって続いているラジオ番組がある。TBSの「秋山ちえ子の談話室」だ。世界中を見渡しても、この域にまで達した人はいない。現在も毎日放送されており、今後の記録亢進が注目されている。

 1996年12月、緑豊かな徳島の街は、クリスマスのデコレーションで飾られ、ジングルベルの音楽でふんわりと包まれていた。赤や黄色のイルミネーションを纏った街路樹の下では、自然とアレグレットの速さで足が進む。そのリズムに合わせて、心も浮き浮きして踊るよう。ちょうどこの時、11,000回目の「秋山ちえ子の談話室」の生放送が、徳島の四国放送を発信源として全国津々浦々まで届けられた。記念すべき放送が徳島で行われたのは、徳島の地に特別の愛着を持つ秋山先生ご自身からの希望があったからである。

 4年前、秋山先生の講演会で、私たちは初めて秋山先生にお会いした。ユーモアを交えながらの巧みな話術に、思わず引き込まれてしまう。あとでゆっくりとお話を伺うと、医療福祉関係のボランティアも多く、障害者の施設の設立などにご尽力されているとのこと。その時から、秋山先生と徳島の信奉者との間に、心のコミュニケーションが始まったのだ。

 2年前には、秋山先生は胡弓(こきゅう)の名手と共に徳島を訪れた。徳島には、女性リーダー育成を目的とするグループがある。世界的なネットワークを持つInternational Training in Communication (ITC)というクラブだ。限定30名のメンバーは、音楽と文化を愛し、輝いている淑女たち。ITCは秋山先生を囲んで、「サロン風のお洒落な音楽会」を企画した。

 胡弓とは、手拳大ほどの胴体に細い首を持った中国古来の弦楽器で、右手に弓を持って演奏するものだ。ご存じの方も多いだろう。トップアーティストの許 可(シュ・クウ)氏の胡弓を聴くと、壮大な中国の大地に根ずく民衆や、大自然で生きとし生ける動植物の魂の叫びが伝わってくる。圧巻は「鳥のさえずり」。奏者自身がまさに小鳥になりきっているかのような錯覚に陥るほど、宇宙的な悟りの波動が満ち溢れていた。

 今回、徳島では、秋山先生の特別記念講演会とともに、青戸 昇氏による「1人ミュージカル」が催された。病弱な女の子と心優しい泥棒の物語。舞台上には1人、そでにはピアノ演奏者が1人しかいないが、音楽と舞台との相乗効果は素晴らしく、観衆の心を揺り動かした。

 心身に対する音楽のパワーをよくご存じの秋山先生は、遠い東北、岩手県盛岡市の田舎にある「いきいき村」の名誉村長さんも兼ねている。ここでは、「盛岡市民福祉バンク」活動の一環として、障害者がスタッフと一緒にいきいきと生活しているのである。この美しい自然の中で、盛岡市民と一緒に音楽を聴くための音楽ホールの建設に、秋山先生は東奔西走された。「ホンダ技研」の故・本田宗一郎夫人のさち様のご協力もあり、音楽ホール「風の館」は1996年7月にオープンした。柿落としは、佐藤宗幸さんの独唱。秋山先生は、「生の音響の刺激で人の細胞が目覚めるという変化があるように思われ、ヨーロッパで盛んに研究されている、音楽によるリハビリテーションではあるまいか」と音楽療法の本質を指摘されている。1997年1月には、長年にわたる文化振興に功績により、「都文化賞」が映画解説者の淀川長治さんとともに秋山ちえ子さんに贈られた。

 さて、最近話題となっている音楽療法のひとつを紹介してみよう。「自然音楽」である。木、花、草の植物や、風、水、大地、光、星などの大自然界からは、それぞれの生命エネルギーの波動が発せられている。それを音楽に転換したものが、自然音楽で、聴けば癒され、歌えばもっと癒される、という。

 1995年9月12日に,自然音楽は神奈川県で劇的に生まれた。当時、15歳の少女の指が何かに憑かれたように動きだして、ピアノを演奏し始めた。その日だけで、立て続けに数十曲。これは作曲ではなく、「伝曲」の始まりであったのだ。曲は1年間で500を越え、CDも発売されている。

 その女性は、現在17歳の風緒輪(かぜお めぐる)さん。幼少の頃より感性が豊かで、植物の呼吸や気持ちを感じとることができたという。中学生の時、成績はトップクラスでどこからみても聡明でしっかりした彼女は、宮沢賢治の研究者グループと出会った。その後、植物や風、川、海、石からの波動や音楽がよりはっきりと感じられるようになり、妖精の姿も見えるようになったという。

 これらの症状は、現代医学のものさしで計ると、幻聴や幻視と判断される。五感以外のものが認識できない大多数の人々を基準にして、第六感的なものがあれば精神病と診断されてしまう。すなわち、天才と精神病者の区別がついていないため、天才は往々にして精神病の枠の中に閉じこめられるのである。

 幻聴、幻視は宮沢賢治にもあったとされ、多くの童話や詩には、それが一杯書き込まれている。これらが新鮮で幻想的と評価されるのは、五感でとらえきれない「何か」の素晴らしさが認められたためだろう。

 賢治は、1896年に現在の岩手県花巻市で生まれ、自由に林野を散策したり山や丘陵を跋渉するなど、自然と交感していた。盛岡高等農林学校に首席で入学し、地質の調査や研究が高く評価され、助教授への推薦の話もあったほどだ。その後、4年間花巻農学校の教諭を勤めた後、20名ばかりの同士と新しい農村の建設を目指す。羅須地人協会を設立し、稲作指導や肥料設計などで多忙をきわめた。

 科学者に加えて、宗教者・詩人・音楽家でもあった賢治は、水彩画を描いたり、幻燈会やレコードコンサートを企画。4週間上京した際には、図書館やタイピスト学校で勉強し、セロ、オルガン、エスペラント語を習うなど奮励ぶり。ベートーベンなどの曲に歌詞をつけている。種山ケ原をこよなく愛し、詩を幾篇も書いた。透明で清々しい風の天使が高原を駆け抜けるイメージが、ドボルザーク作曲の「新世界交響楽」第2楽章にぴったりと一致。そこで、賢治はそのメロディーをこの詩の曲とした。

  <種山ケ原>
 ♪春はまだきの朱(あけ)雲を
  アルペン農の汗に燃し
  縄と菩提樹皮(マダカ)にうちよそひ
  風とひかりにちかひせり・・♪

 ほかに、彼が大正7年に作詞作曲をした歌が残されている。

   <星めぐりの歌>
  ♪あかいめだまのさそり
   ひろげた鷲のつばさ
   あおいめだまの小いぬ
   ひかりのへびのとぐろ♪
   オリオンは高くうたひ
   つゆとしもとをおとす・・♪

 不思議なことだが、この歌詞には、大正13年から書き始めた「銀河鉄道の夜」の旅の秘密が塗り込められているという。銀河系の星座をめぐって、「本当の愛を尋ねる旅」という意味があるそうだ。これらのことから、風緒輪さんと宮沢賢治は、花鳥風月の波動と同調し、自然に語り合えるとみることができる。賢治が、遠い銀河の彼方から言霊(ことだま)を送り、風緒輪さんが聞き取って伝曲しているのではないだろうか?

 私たちは時に、インスピレーションを感じることがある。inspirationとはinspire(吹き込む)という意味で、私たちを守ったり指導して頂いている神様や仏様が、耳元で囁いて脳の中にアドバイスを吹き込んでくれるのかもしれない。これを如実に表しているのが、オードリ・ヘップバーンが最後に出演し、気品に溢れた天使役を演じた映画「オールウェズ」である。

 ところで、アニメの傑作として名高い「銀河鉄道999」が、このたび日米合作のミュージカルとなり、1997年冬から1998年春にかけて各地で上演される。英語で書いた脚本を日本語に翻訳し、演出は「ジーザス・クライスト・スーパースター」のジェームス・ロッコ、作曲はロサンゼルスを拠点に活躍する都倉俊一が担当する。原作者の松本零士は、「この作品はぼくのライフワークだが、実は絵をかきながらいつも音楽をイメージしていた。夢が今かなうという思いだ」と。

 最後に、秋山先生は宮城県出身で、岩手県に隣接。「いきいき村」はまさに、賢治が目指した北の理想郷「イーハトーブ」そのものである。賢治の生誕100年目に、音楽ホール「風の館」がオープンし、自然音楽が成長しつつある。これらがあまりにもタイミングよく繋がっているように感じるのは、私だけだろうか?

参考資料
1) 秋山ちえ子.さよならを言うまえに.岩波書店, 1997.
2) 社会福祉法人いきいき村 〒020盛岡市神明町2-2 馬場勝彦理事長、秋山ちえ子村長 Tel 0196-53-4378
3) 都文化賞. 朝日, 讀賣, 東京新聞など各紙1997. 1.21
4) リラ研 自然音楽研究所 編. 癒しの自然音楽. でくのぼう出版. 1997. Tel: 0467-45-1230
5) CD 宮沢賢治の歌とリラの響きLyra-1002, Tel同上(このCDでは、合唱の歌に混じって、透明な幾つもの高い周波数の音が、天使のような声に聞こえる。音響学的には、多人数による倍音かうなりかとも思われるが、周波数分析器にかけると純音で、人間からは発せられない音であるという。)
6) 宮澤賢治. 歌曲. 宮澤賢治全集第六巻詩[V] 本文篇. 筑摩書房, p327-387, 1996.

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