◆ 糖尿病腎症について

サマリー
・糖尿病性腎症の成因は、遺伝的素因、高血圧の関与、高血糖の持続である。
・早期腎症の診断には、IV型コラーゲンが有用である。
・腎症の治療原則の3本柱は、血糖管理、血圧管理、蛋白制限食である。
・腎症には予防も含めて、ACE阻害薬とARB薬が有効である。
・ACE阻害薬の有用性は、JNC-VIやWHO/ISH、大規模試験で報告されている。

はじめに
 糖尿病の細小血管障害には腎症があり、高血圧の管理にACE阻害薬の有用性が最近報告されている。本稿では、糖尿病性腎症、早期診断、ACE阻害薬投与などについて、日常診療に役立つ情報をまとめた。

I. 腎症の歴史
 かつて、糖尿病患者は蛋白尿が出ると5年間で半数が死亡した時代がある。1971年、ヨーロッパの報告だ。四半世紀が過ぎた1996年には、16年たっても死に至るのは半数未満になった。著明な改善が見られた主な原因は、HbA1cの発見で血糖コントロールを把握でき、様々な経口薬やインスリン製剤が開発されたからである。
 長年の問題点は、腎症を早期に発見する方法と、蛋白尿が出たら血糖以外に何を管理するか、であった。今や、前者には微量アルブミン尿測定、後者には血圧コントロールと解決策が出ている。

II. 腎症の成因
  糖尿病腎症の成因は多様であるが下記の3つにまとめられる。
  1) 遺伝的素因:腎症の発症・進行には患者により差がある。腎症には家族内や人種による集積性があり、一親等に腎症があると発症危険率は5.4倍になる(DCCT)。
  2) 高血圧の関与:以前から血圧の関与は明らかである。糖尿病患者で高血圧を放置すると、腎機能の増悪は4倍になる。
  3) 高血糖の持続:腎症は糖尿病に特有な病態である。非糖尿病では腎症は起こらない。腎症が発症する成因を次項に記す。

III. 高血糖がなぜ悪い?
 腎症発症のメカニズムについて、下記の説が有力である。
 1) ポリオール代謝活性亢進;ソルビトールとフルクトースの増加により細胞が障害。アルドース還元酵素阻害剤でアルブミン尿が減少し腎症進展が抑制される。
 2) 終末糖化産物(Advanced Glycation End Product: AGE);AGE生成の増加が関与。マクロファージやメサンギウム細胞がAGE受容体を介してサイトカインを分泌させ、糸球体硬化を起こす。AGE形成阻害のアミノグアニジンが欧米で治験中である。
 3) 糸球体過剰濾過;輸入細動脈の拡張が糸球体高血圧や基質的変化を起こす。近年のACE阻害薬が腎症に有効な理由は、全身血圧を降下させず、輸出細動脈を選択的に拡張するからである。
 4) プロテインカイネースC活性化;PKCの活性化により、アンギオテンシンIIに対する反応性低下がみられる。PKC阻害薬の第2相治験が米国で予定されている。

IV. 病期の分類
 本邦では厚生省の病期分類が汎用されている。治療と食事を含め、表1に示した。

V. 早期診断にIV型コラーゲン
 早期糖尿病性腎症の診断基準は、
1)糖尿病の罹病期間が原則5年以上
2)微量アルブミン尿
3)糖尿病性網膜症、神経障害の合併
4)蛋白尿を呈する他疾患の除外(尿路感染症、腎疾患など)、である。
 微量アルブミンの基準を表2に示す。
 最近のトピックスはIV型コラーゲンである。腎糸球体基底膜やメサンギウム基質の主要な構成成分の一つで、糸球体の構造を保持したり、その網目構造を通して原尿を濾過する働きがある。2年程度の近い将来に微量アルブミン尿の発症を予測できる。すでに健康保険にも収載された(190点)。微量アルブミン尿が陰性なら、半年に1回をめどに測定するとよい。

VI. 診療上の注意点
 病期I~IIIには、尿中アルブミン定量を定期的に行う。血清クレアチニンが2mg/dlを越えれば定期的に生化学検査を行い、1/Creの直線を描き透析導入時期を予測する。
 アルブミン尿を5年間追跡した成績がある1)(表3)。では、正常群の8割は5年後も正常で、微量アルブミン尿の3割は顕性に進展している。
 病期IV以降は、食後30分間は仰臥位をとり、その後排尿させるように指導する。
 Cre 2mg/dl以上では造影剤による急性腎不全が76%あり、41%は不可逆性という。

VII. 腎症の治療原則
 糖尿病性腎症の治療原則の3本柱は、血糖管理、血圧管理、蛋白制限食である。
 1)血糖:厳格な血糖管理は腎症発症を予防する。1型糖尿病はDCCTで、2型糖尿病はKumamoto studyで検討された。後者では一次予防と二次介入ともに、厳格な管理で腎症の発症、進展が阻止され、管理基準としてHbA1c<6.5%が示唆された。
 2)血圧:JNC-VIが推奨する基準がある2)。135/85mmHg未満、1g/日以上の蛋白尿を有する顕性腎症後期移行の症例では125/75mmHg未満とする。
 3)蛋白制限食:腎症の進展とともに表1に従って蛋白制限を行う。ほかに治療に重要な4つの因子として、体重減量、高脂血症、禁煙、腎毒性物質・薬剤および造影剤使用の回避がある。

VIII. 蛋白制限は効果があるか?
 腎症の進行に対する蛋白制限について、その効果が証明されたエビデンスは1型糖尿病にはあるが、2型にはない。腎障害の多くの研究報告から、本邦では従来、蛋白制限の指導を行ってきた。
 早期腎症から次第に蛋白を制限し、透析療法期には逆に蛋白を多く摂らせる。しかし、患者が蛋白制限食を実行するのはかなり難しく、QOLも良くない。糖尿病性腎症の食品交換表を参考に、食事を作る家族にも負担がかかる。患者の病態は千差万別で、Cre値で画一的な食事指導を強要しない。急激な食事の変化を避け、徐々に蛋白制限を強める方法が受け入れやすい。
 体重あたりの蛋白制限量は表1に示したが、診療に役立つ簡便な目安を示す。
・2 mg/dl:通常の糖尿病食事療法
・2-4mg/dl:蛋白質40-50g/日
・4-8mg/dl:蛋白質30-40g/日
・透 析 期:蛋白質70-90g/日

IX. 腎症と薬剤
 腎症を伴う糖尿病は高血圧を高頻度に合併する。Ca拮抗薬や利尿薬、β遮断薬に比べ、ACE阻害薬は降圧に優れ、強い抗蛋白尿作用を有し、腎障害の進行を遅延させることが明らかになってきた。
 Ca拮抗薬は本邦で繁用されているが、蛋白尿の軽減効果や腎保護作用は明らかでなかった。その理由は、糸球体輸入細動脈を拡張させ、糸球体内圧をむしろ増加させるからである。ただし、作用持続の長いニトレンジピンは抗蛋白尿作用とともにGFRを改善させる点が注目される。
 一方、ACE阻害薬は降圧に加えて、糸球体輸出細動脈を拡張させ、糸球体高血圧を改善して、腎保護作用を発揮する。ACE阻害剤は腎排泄であり、Ccreに応じて少量を投与する。Ccreが50ml/分と正常の50%なら、投与量も50%で血中濃度は同じとなる。

X. ACE阻害薬のエビデンス
 大規模試験のFACET, ABCD, CAPPP, UKPDS 393)などで、Ca拮抗薬とACE阻害薬が検討され、後者の有用性が報告された。その一因として、インスリン感受性や高インスリン血症の改善が推測されている。
 JNC-VIでは、糖尿病患者の降圧目標が130/85mmHg未満に設定され、腎症でのACE阻害薬の有用性が強調されている。
 WHO/ISHガイドライン4)では、本薬が正常血圧の1型糖尿病の腎障害や網膜症の進行に対する抑制が評価された。心不全、左室機能障害、心筋梗塞後、糖尿病性腎症が、本薬の積極的な適応とされている。

XI. 薬剤投与の考え方
 1)降圧剤の選択:従来は、糖、脂質代謝、自律神経系の影響が少ないCa拮抗薬が選択されてきた。最近は、腎糸球体内圧低下の観点からStage IIIまでは、ACE阻害剤が有効で投与が推奨されている。
 2)血圧の目標:米国糖尿病学会は、18歳以上なら130mmHg/85mmHg以下、180mmHg以上ならまず160mmHgを目指す。160-179mmHgならまず20mmHg下げ、様子をみてさらに降圧する。NationalKidney Foundationは約120/75mmHgを提唱している。詳細やエビデンスは今後の検討を待ちたい。
 3)正常血圧の場合:少量のACE阻害剤の投与は、Placebo投与群と比し、血圧には差がないが、明らかに腎症の進展を阻止する効果があるとされる。降圧以外の作用があると推測される。
 4)正常アルブミン尿の場合:正常アルブミン尿患者に当初からACE阻害剤を投与すると、2-3年以内はPlacebo群と差はないが、その後尿アルブミン排泄量が抑制され、腎症の予防効果が認められる。
 5)微量アルブミン尿の場合:微量アルブミン尿があれば、血圧が正常~正常高値(130-139/ 85-89 mmHg)でもACE阻害剤を使用すべきとの報告が最近多い。
 6)蛋白尿と血圧管理の重要度:蛋白尿を示す患者では、まず降圧して血糖管理を行うと腎症の進展が抑制される。しかし血圧管理なしでは、血糖管理の効果は低い。

XII. ACE阻害薬とARB薬
 ACE阻害薬の効果は、主にアンジオテンシンII(AII)の抑制による(図1)。AIIは血管収縮作用、交感神経系の亢進、体液増加、中枢神経活動の亢進、サイトカイン刺激による細胞増殖・基質増加などにより、腎臓を障害する。AIIにはAT1とAT2の2つの受容体がある。上記の作用は主にAT1で、AT2は血管拡張、細胞増殖抑制など、腎保護作用を有する。また、ACE阻害薬はブラジキニンの分解を阻害し、血管拡張、レニン分泌の抑制など腎保護の方向に働く。
 AII受容体拮抗薬(angiotensin receptor blocker, ARB)は、AT1のみを抑制し、AT2を刺激するという付加的効果がある。ACE阻害薬で空咳が出現する時はARBを使用する。ACE阻害薬は腎排泄型だが、ARBは肝臓排泄型であり使いやすい。ARBにはロサルタン、バルサルタンなどがある。

おわりに
 1999年の新規透析導入患者は3万人。その内36.2%が糖尿病性腎症で、原因疾患の第1位である。腎症進展の抑制が重要だ。現在、厚生省研究班で糖尿病性腎症に対する診療ガイドラインの作成中である。将来に向け、AGE阻害薬、PKC阻害薬などの新薬が検討され、集約的治療、腎症遺伝子群の同定によるオーダーメイド治療や遺伝子治療が期待されている。

文献
1) 多田久也。日本医事新報 3987: 21-24, 2000.
2) JNC VI. Arch Intern Med, 157: 2413-2446, 1997.
3) UKPDS 39. Br Med J, 317, 713-720, 1998.
4) WHO/ISH. J Hypertens 17: 151-183, 1999.

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