◆ 糖尿病専門医に紹介したほうがよい患者

1)血糖管理の悪化
2)合併症の増悪
3)二次無効
4)高度な肥満
5)妊娠希望の場合

症例:SU薬で安定していたが、最近コントロールが悪化した
2型糖尿病の1例
 患 者:52歳、男性
 既往歴:44歳から肥満傾向
 家族歴:叔父が糖尿病
 現病歴:48歳時に糖尿病と診断。軽度の手足のしびれがあり、眼底には網膜症なく、尿蛋白は陰性。ダオニールの服用でHbA1c値は約7.0~7.5%で安定していたが、半年前からコントロールが不良となった。二次無効が疑われ、食事・運動療法の徹底と同薬の極量10mg/日を投与したが、改善しない。インスリン導入をするかどうかを検討中である。

 このような例は、generalistが日常診療でしばしば対応に悩むものであろう。あなたなら、この症例をどのようにマネジメントするだろうか?その場合、判断する基準として、ガイドラインやフローチャートなど、根拠を有するものさしを持っているだろうか?本稿では、糖尿病専門医への紹介に関わる問題について考えてみたい。

■日常診療で高い頻度のケース
 日本で糖尿病患者が100人いれば、治療内容は
・30人→インスリン治療
・40人→経口薬
・30人→食事・運動療法のみとされる。これは、本邦で糖尿病を専門とする施設の統計であり、プライマリ・ケア医であれば、これより経口薬の場合が多くなるはずだ。
 提示したケースに対する標準的なストラテジーを下記に示す。
 ? コントロールが悪くなった理由について、思い当たるものはないかを患者に尋ねる。
 ? 膵臓からインスリンがどれほど分泌されているか、血中または尿中のC-ペプチドを測定する。
 ? 本人に食事および運動療法を徹底させる。
 ? SU薬なら極量を投与し反応をみる。
 ? 上記の??で改善しなければインスリン投与に切り替えなければいけない、とあらかじめ伝え、強い動機づけを与えておく。
 ? 昔から言われている誤解「インスリンをするようになったら、病気が重たくなってもうダメだ」は間違っており、「疲れた膵臓を休めるために、積極的にインスリンを使うのが、近年の新しい治療だ」と説明する。
 以上の ? から ? までのステップに沿って、インスリンを導入する場合を想定しよう。実地医家が細かな検査・治療・教育を行うべきか、あるいは、糖尿病専門医への紹介が適切なのか。患者背景を含めて考慮し、判断しなければいけない。
 通常は、紹介したほうがよい。現在は、病診連携や診診連携がうまく機能しつつある。各患者の血糖プロフィールに応じたインスリンの用い方や、再びインスリンから経口薬への治療法の変更などは、専門家が慣れている。患者教育についても、コメディカルスタッフが協力しスムーズに進む。病状が落ち着けば、再び元の担当医に患者が戻ってきて、引き続き治療が継続される。

■専門医への紹介が必要な場合
 糖尿病患者を専門医に送るのが適切と思われる場合を表1にまとめた。これらを念頭におき、日常から良好なネットワークを築いておく。なお、糖尿病に対するトレーニングや経験をある程度積んだgeneralistでは、
管理が可能であろう。
 忘れてはならないのは、眼科のチェックである。そのポイントを表2に示す。実地医家と眼科医の連携によって、必要な症例では3~6ヶ月ごとに、フォローアップを続けていきたい。

■Generalistの立場から
 総合医が外来(primary care setting)という状況で、余裕をもって診療が行える条件を表3に示した。なお、generalistが円滑に連携していくヒントについて表4に記した。
 逆の立場として、大病院の医師が注意すべき点を表5にまとめた。
 
■陥りやすいピットフォール
 糖尿病専門医で診療を受けるべき状況(表1)に関連して、しばしばgeneralistが陥りやすいと思われる事項について解説したい。
 ? 空腹時血糖:糖尿病の診断には、空腹時や随時血糖が用いられる。新しくなった診断基準では126mg/dlとあるが1)、実際には空腹時血糖が100~110 mg/dl以下であっても、100人中40数名が、糖尿病あるいは境界型に属している。従って、空腹時血糖値を見て、「糖尿病は心配なさそうだ」と患者に説明するのは妥当ではない。HbA1c値も参考としたい。
 ? 新たに見つかった症例:糖尿病と診断された患者は、忙しくて教育入院などはできないとしばしば主張する。しかし、「痛みや苦しさなど症状がないからこそ怖い病気で、背後から忍び寄ってくるsilent killerである」と説得する。可能な限り、教育入院を勧めたい。患者が納得して、食事・運動療法を身体で体験し学ぶことは、患者の一生というものさしを考慮した場合に、とても重要である。Generalistは入院を強く薦められる立場にないかもしれないが、この説得と動機付けこそが、臨床家の腕のみせどころと言えよう。
 なお、患者教育は、チーム医療を行っている病院の教育プログラムに任せる方が便利であり、効率もよい。その後引き続いて、長期に担当していくのが、generaslistの役割であろう。
 ? コントロール不良:ブリットル型など不安定型は、一般医による管理は難しい。インスリン投与で、血糖値が高ければ増量し、低ければ減量しても、うまくコントロールできない。医師の指示が良い結果をもたらさず、血糖値の変動と臨床症状が並行せず、医師・患者間の信頼関係が構築されにくい。専門家に委ねて、様々な指標が不安定で予期できない病態を明らかにするとよい。患者本人も病状を理解した後に、必要なら再び担当することもできる。
 ? SU薬の二次無効:現状や治療方針、数ヶ月後の見込みなどを患者に説明し、理解させる。あらかじめ治療法を伝え、努力すれば好ましい結果がもたらされることを認識させておく。
 ? 妊娠糖尿病:妊娠中に発見または発症した糖代謝異常は、妊娠糖尿病(gestational diabetes mellitus, GDM)と呼ばれる1)。GDMの問題点には、巨大児分娩が多い、母体が将来、真の糖尿病に進展する、胎児の子宮内死亡の可能性、母体の糖尿病性昏睡の可能性、などがある。GDMに対する代表的なリスクファクターには、?家族に糖尿病を有する、?肥満者、?35歳以上、?かつて巨大児を分娩したことがある、などがあり、診療の際に注意しておく。
 治療の際、経口薬でなくインスリンを用いる理由は、経口薬が胎盤を通過し胎児の血液中に入り、分娩後、胎児に低血糖を誘発するからである。血糖管理は、食前血糖 70~100mg/dl、食後血糖120mg/dl以下と厳しいレベルだ。その管理は、専門医の手に委ねるのがよいだろう。
 ? 合併症の進展や重篤な症例:細小血管障害に加えて、大血管障害として脳、心、足の血管病変がある。いずれも何かイベントが起こると致死的な場合がある。自律神経障害や脈拍や血圧の変動をきたす症例では、そのリスクは高い。糖尿病に関する医療情報を記したカードを本人に持たせておくことが推奨される。
 ? 足の病変:糖尿病のdiabetic footについて、閉塞性動脈硬化症(ASO)が知られている。近年では、上肢の血圧と下肢の血圧を測定し、API(ankle pressure index)の重要性が唱えられつつある。
 確かに、本邦におけるASOは増加しているが、ここにピットフォールが存在する。内科的には、糖尿病→間欠性跛行→ASOという考え方は正しく頻度も高い。しかし、整形外科的には、間欠性跛行を主訴とする患者を検討すると、腰部脊柱管狭窄が76%、慢性動脈閉塞症が11%、両者の合併が13%という2)。
 すなわち、generalistは内科的および整形外科的な視点をも有しながら、診療にあたっていくことが望まれる。
 ? 高度な肥満例:generalistがきめ細かい生活指導を行っていくのは、やや難しい場合もある。まず体重管理が先決で、中途半端な薬剤の投与は控えたい。安易なSU薬の投与によって肥満が増悪されるなど、適切な治療とその継続は、それほど容易ではない。

おわりに
 本稿では、糖尿病専門医に紹介したほうがよい患者について概説するとともに、臨床の場でプラクティカルに有用な情報を記した。Generalistとは、確かに機能的専門家であり、患者のニードに応じてわかりやすい教材3)や的確なアドバイスを与えることができる。しかし、糖尿病における様々な病態について必要な場合には、病診および診診連携という有機的なネットワークを用いて、適切で迅速な対処を望みたい。

表および文献は省略

解説:二次無効
 SU薬投与でしばらく血糖コントロールが改善し、その後再び高血糖がみられるもの。通常、食事療法や服薬の不徹底が原因で、これは管理の徹底で解消できる。従って、真の二次無効は、明らかな原因がなく最大用量のSU薬に反応しなくなった状態である。 

解説:巨大児分娩
 HbA1c値と過体重児を分娩する頻度の関係について報告がある。正常者では3.0%であるが、妊婦の場合、HbA1c値が5.5%以下で8.3%、5.5-7.0%で17.1%、7.0%以上で38%であった。

解説:
アドヒアランスが悪い患者は、専門医に紹介するのがよいのか。
アドヒアランスとは、患者が自分からセルフケアを実施すること。
なお、コンプライアンスとは、医師の指示を遵守する程度を表す。
糖尿病患者では、アドヒアランスが悪い場合が多い。「セルフケアをしよう」と患者が思うのは、どのようなときだろうか?
 ? 糖尿病が自分にとって重大な問題であると感じるとき。これが動機づけのスタートとなる。
 ? セルフケアを行うと、危険性や不快感、不安感が減り利益が得られると考えるとき。通常糖尿病には痛みや苦しさがなく、利益感を味わいにくい。
 ? 患者が好む趣味や生活スタイルに邪魔にならないと思うときである。患者に教科書的に指導しても、効果的ではない。なぜなら「そんなことはわかっているけど、できないんだ」との無力感や現実逃避、否認が心にあるから。まず、袂を開き共感を示し聴くことから始めよう。患者の主張が受け入れられ信頼感が形成された後に、説明や指導を行うとよい。
 単に専門医に紹介しても成功をおさめる可能性は低い。患者と同じ高さの椅子と視点で、その気持ちを汲む姿勢が大切である。

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