◆ 糖尿病の治療

 先号では,糖尿病の臨床研究の歴史や最新の治療の考え方を総論的に概説した.治療のガイドラインは,メガスタディから得られたエビデンスや,糖尿病薬の臨床データなどが合わさって作成されてきた.血糖だけでなく血圧,脂質のコントロールが治療のポイントである.

 本稿では,糖尿病の経口薬について,医療経済的な側面や薬剤の実際的な用い方,最新の情報などについて概説する.

 I. 理想の糖尿病薬とは?
 経口糖尿病薬療法は,過去40年間にわたってSU剤が中心であった.近年ようやくαグルコシダーゼ阻害薬,インスリン抵抗性改善薬が加わり,さらに第3世代SU剤,速効性インスリン分泌促進薬,ビグアナイド剤など様々な薬剤が使用できる.

 治療の基本は,あくまで食事療法と運動療法にある.理想は生活習慣の改善だが,実際にはライフスタイルを逆行させる事は難しい.脂肪が多い食物は美味しく,逆に美味しい食物とは脂肪を多く含むものだ.このような食物にひとたび舌が慣れれば,伝統的な食習慣には戻れない.

 一方,産業革命に引き続いてインターネット革命が超高速で進んでいる現代.交通の発達や生活の利便さを長年追求してきたが,これは身体をできるだけ動かさないことに通じている.

 以上のように,食生活が豊かになって脂肪を多く摂取し,運動不足病が蔓延している.現代の生活習慣では,インスリン抵抗性が生じやすいのは当然である.このような状況で,β細胞を疲弊させることなく糖毒性を取り除くインスリン抵抗性改善薬が登場したのだ.

 すなわち,理想の薬-1とは,いくら食べても運動しなくても血糖を上げさせない薬である.糖の流れが正常に近ければ,慢性合併症の発症・進展も阻止・遅延できる.様々な経口薬を組み合わせて,糖の流れを正常化できるであろうか?

 現時点では難しそうだ.そこで,薬-2として血糖が上昇しても合併症を発症させない薬があればよい.合併症の発症には,少なくとも一部はソルビトールが関与している.最近では,advanced glycation end products (AGEs)の中でpentosidineの腎症への関与1)など新知見がみられる.これらの研究が進めば,高血糖があっても合併症の流れを断つ薬剤が開発されるかもしれない.そうすれば,糖尿病患者の生活の質も向上するだろう2).

 II. 糖尿病薬の市場の動向
 3大生活習慣病と治療薬市場について見てみよう.本邦における年間の売り上げは,
高血圧 :5500億円,
高脂血症:2500億円,
糖尿病 :1400億円,である3).糖尿病の市場は,他の2疾患と比べると小さいように見えるが,10年前の350億円から4倍に増加している。1400億円の内訳を表1に示した.本邦の糖尿病患者は増え続け,新しい糖尿病薬も臨床応用されており,今後の市場の成長が予想される.

 なお,海外に目を移すと,世界の糖尿病治療薬の市場は現在60億ドル(6600億円)であるが,2006年には200億ドル(2兆2000億円)になると推測される.米国での糖尿病治療薬市場は,併用薬としての経口剤が大幅に伸びると予想されている。

 III. 経口剤の投与法
 経口糖尿病薬を開始する血糖コントロールの目安として明確な指標はない.Kumamoto study4)やUKPDS5)の結果を参考にすると,通常はHbA1c値が6.5-7.0%を越える場合に投与を開始して,6.5%以下を目標とするのがよいと思われる.

 本邦における標準的な治療手順を図1に示した6).また患者の特性に応じた経口剤の選択について図2に示した.なお,インスリンの絶対適応を除き,経口薬による治療がインスリンにより劣るというエビデンスはない7,8).本邦で使用されている経口薬9,10,11)を表2にまとめた.

 IV. SU薬使用のヒント
 SU薬は膵β細胞を刺激し,インスリン分泌を促進させる.ただし,弱った膵β細胞にオーバーワークを強いることで,疲弊させる危険性がある.長期の使用で,薬が次第に効かなくなるという二次無効がおおよそ5-10%/年の割合で見られる12).

 最初は,比較的効力が弱いグリクラジドから開始するとよい.次に,効力が強いグリベンクラミドに変更してみる.通常は,SU剤をベースとして用いて,治療を開始することが多い.

 長年使用されているトルブタミドには,境界に近い軽症糖尿病をコントロールしやすいというメリットがある.

 食後血糖が高い患者には,αグルコシダーゼ阻害薬を,肥満傾向の患者にはインスリン抵抗性改善薬やビグアナイド薬などを併用してもよい.

 V. SU薬投与の具体例
 1) 軽症の症例:グリミクロン 20-40mg/日,ダオニール0.625 -1.25mg/日から開始する.分1なら朝食後,分2なら朝夕食後とする.食前か食後かについて意見が分かれるが食後を勧めたい.毎日服用する場合は両者に差がないとされ,食事摂取量によって薬剤量の調節ができるからである.

 2) 中等度の症例:グリミクロン 40-120mg/日,ダオニール1.25-5.0mg/日程度を投与する.ダオニール5.0mg/日の場合に,分1か分2(朝昼もしくは朝夕)かの議論がある.血糖の日内変動のグラフでArea Under Curveを検討しても,各血糖値,昼間血糖面積,夜間血糖面積,1日血糖面積に大きな差異は認められなかった.分割投与は夜間帯の血糖降下を増強するので,患者の生活リズムやコンプライアンスを考慮して決めるとよい.

 3) 血糖コントロールが困難例:ダオニール5-10mg/日(最大量10mb/日)を投与する.さらに,α-GI剤やインスリン抵抗性改善薬13)の併用も考慮する.

 4) 高齢者では,低血糖症状が脳血管障害と見分けがつかない時や,逆の場合もあり,診断が難しい.低血糖によって狭心症などの虚血性心疾患が発症しやすくなる.食事は楽しみでもあるので,80歳を越える症例にはやや血糖値を高めに保つのがコツだ.

 VI. 新しいSU薬
 SU剤としては15年ぶりの新薬であるグリメピリド(アマリール)14)が,1999年11月に発売された.本剤は従来の
SU剤に比してインスリン分泌作用はマイルドだが,インスリン感受性改善作用もあるのが特徴.根拠は血中インスリンやCペプチドが増加せずに血糖が低下するためである.これらの作用で血糖降下作用は既存のSU剤と同じ程度である.1-2mg/日から開始して2mgずつ増量し,最大量は8mg/日である.

 従来のSU剤は空腹時でも血糖を低下させた.しかし,本剤は空腹時には作用せず,糖に呼応してβ細胞を刺激しインスリンを分泌させるので,低血糖のリスクが少ないとされる.欧米では5年前から発売し,すでに60カ国で使われている.

 VII. ビグアナイド剤
 腸管からの糖の吸収を抑制し,糖新生率を抑制する作用がある.本邦では,海外でみられた乳酸ケトアシドーシスの副作用のため,繁用されていない.代表的な薬剤にはメトホルミンがある.

 UKPDSでは,肥満の糖尿病患者に適するとの結果が得られた15).SU薬単独群と,SU薬とメトホルミン併用群を3年間観察すると,空腹時血糖は+7.9mg/dl vs - 8.4 mg/dl,HbA1c値は8.1% vs 7.5%と後者が効果的だった15).肥満患者に対するメトホルミンの効果を表3にまとめた16)。

 本薬の適応は,肥満患者,インスリン抵抗性が強く高インスリン血症を認める患者などが考えられる.本薬で体重増加が起こりにくいのは食事摂取量が抑えられるためで17),血清脂質の改善もみられるという18).高用量では,合併症の発症・進展因子のAGEsの前駆物質であるmethylglyoxalの血中濃度を下げるとされる19).

 VIII. メトホルミンは復権するか
 近年UKPDSや米国での臨床から、今後本邦でもメトホルミンの復権が予想される.現在米国ではメトホルミンは経口糖尿病薬のベストセラーといわれるまでに汎用されている16)。本薬は腎機能障害や呼吸不全、循環不全の患者には禁忌だが、それ以外の患者には安心して使用できるという20).

 ただし、用法を注意すべきだ.本邦では1錠250mgで1日2錠から開始し,3錠(750mg/日)まで増量できる.一方,欧米では500mg錠と850mg錠が発売されており,最高用量は2550-3000mg/日である.従って,臨床成績は用量の違いを考慮して解釈する.本邦では,血糖降下作用は欧米の半分程度と考えるとよい.

 なお,UKPDSにおける肥満者のBMIは31という本邦では稀な対象者に2550mg/日を投与したデータであることも認識すべきである。本薬投与にても体重増加が認められなかったというが,食生活習慣が本邦と異なる可能性がある。

 臨床医は,単に「この薬剤は有効だ」という1行のステートメントを盲信するのではなく,その基になるstudyの内容もよく理解したうえで臨床応用すべきである。すなわち,情報を鵜呑みにせず,見分ける力が大切だ。臨床の場では,エビデンス,臨床技能,患者の選択の3者を考慮して,総合的に判断していく。

 IX. αーグルコシダーゼ阻害薬 
 本薬は腸管のαーグルコシダーゼの活性を阻害して腸管内の糖質の消化を遅延させ,食後の急激な血糖上昇を抑制する.2型糖尿病では,正常者でみられる食後のスパイク状のインスリン分泌がみられず,遅延している.α-GI薬の投与で,ちょうど遅延するインスリン分泌と血糖の上昇曲線のタイミングがマッチする.特に,糖質摂取量が多い日本人では効果的である.

 空腹時血糖値が正常で,食事・運動療法にもかかわらず食後高血糖,HbA1cが6.5%以上の高値を示せばα-GIが適する.また,SU剤で管理中に血糖コントロールが不十分でSU剤の増量が迫られたとき,α-GI剤の追加投与で,SU剤の大量投与による低血糖の危険性を回避できる場合もある.

 α-GI剤の投与法のヒントを述べる.放屁,下痢などの副作用があるが,医師がうまく説明すると,副作用を逆に利用できるのだ.腸内ガスのための腹部膨満感は食欲抑制に効く,下痢はしばしばみられる便秘に効く,と説得.放屁については,薬剤の投与量をまず1錠/ 日から始め→2→3錠へと漸増すると,割合起こりにくい.食後では効果がなく,必ず食直前に服用する.

 UKPDSではアカルボースとプラセボのランダム化試験が行われた21)。3年間のアカルボースの投与でHbA1cは0.5%減少し,単独療法でも,
SU薬,インスリン,メトホルミンとのいずれの併用でも同様の血糖降下作用が得られた。

 X. インスリン抵抗性改善薬
 本薬は低下していた糖の取り込みを改善し,肝での糖の放出率の抑制により,空腹時および食後の血糖値上昇を抑える.本邦ではピオグリタゾン(アクトス)が1999年11月から使用されている.

 米国にはロシグリタゾン(アバンディア)があり,1999年5月に「単独療法およびメトホルミンとの併用」で承認された.同9月の処方箋の統計では,レズリン(トログリタゾンの商品名)6.2%,アバンディア2.2%,アクトス0.3%となっている.その後,レズリンの販売が控えられたので,現在他2者,特にアクトスの処方率の伸びが予想されている.その理由としては,
 1)1日1回投与である.アバンデイアも1日1回投与でもよいが,臨床試験での最適用法は1日2回であった.
 2)脂質代謝改善の作用がある.
 3)アバンディアの適用は単独療法とメトホルミンとの併用のみである.アクトスは単独療法に加えて,インスリン,SU剤,メトホルミンとの併用が可能であり,本剤・SU剤・メトホルミン剤の3剤併用も承認されたことによる.6年後には,アバンディアが10.8億ドル(1200億円),アクトスが20.2億ドル(2200億円)の売り上高に達するとするアナリストもいる.

 本邦で開発中・準備中の薬剤には,ロシグリタゾン(アバンディア),CS-011(三共),JTT-501(日本たばこ,
吉富),MCC-555(三菱東京),AJ-9677(大日本),KRP-297(杏林)などがある.

 XI. トログリタゾンをめぐる審査
 トログリタゾン(三共)は本邦でノスカールとして発売される前に,北米・南米ではレズリン(ワーナーランバート)として,英国ではロモジン(グラクソ・ウエルカム)として臨床応用された.しかし市販後,臨床試験段階で認められなかった重篤な肝障害が報告されて議論となった.2000年3月21日米国のFDAは本薬を販売しているワーナー・ランバート社に販売中止を要請し,翌日,三共は本邦での販売を中止した。

 なお,本薬の審査については米英の規制当局が異なった判断を示した.興味深い経緯を短くまとめた.
 米国では,1997年12月にFDAからblack box warningが出された.99年3月にはFDAの内分泌・代謝諮問委員会が開かれ,本薬のインスリン・SU剤との併用の利点がリスクを上回ると確認.単独投与には支持が4,不支持が8と意見が分かれたが,本剤・SU剤・ビグアナイド剤の3剤併用は支持された.本薬は添付文書の改訂が4回行われ,99年6月には,
 1)他の糖尿病治療薬では効果のない患者に使用を限定
 2)単独療法で使用しない
 3)肝機能検査を厳格にする
 4)SU剤とメトホルミンの3剤併用が可能である,と記された.

 一方,英国では,97年12月から本剤の販売は自発的に中止され,肝機能の経過を観察していた.98年8月,定期的な肝機能検査を含むという添付文書をつけて英国医薬品庁に申請した.しかし,提出されたデータと論拠では,本薬の利点がリスクを上回る確証が得られないとの見解で,再発売は認められなかった.
以上から,本薬の経緯には
 1)市販直後の安全性対策の重要性,
 2)予期しない副作用の発生,
 3)該当する国の規制当局の判断の差,
などがあった.今後,市販前に厳密な基礎・臨床試験を経て承認された薬剤に同様の問題が起った場合,対応は難しい.

 XII. インスリン抵抗性とは
 インスリン抵抗指数(homeostasis model assessment insulin resistance, HOMA-R)という指標がある.空腹時血糖(mg/dl) x 空腹時インスリン濃度(IRI)(μU/ml) / 405である.正常人ではこの値が1前後である.すなわち,血糖が100mg/dlでIRIが4μU/mlが標準でHOMA-R = 1になると覚えるとよい.
 インスリン抵抗性がある患者では高値を示す.たとえば,血糖が100mg/dlでIRIが20μU/mlならHOMA-R = 5となり,5以上が抵抗性の目安である。なお,血糖とIRIの単位が異なる場合には,FPG(mmol/l) x IRI(mU/l) / 22.5を使用する。

 インスリン抵抗性は,肥満傾向のある患者では一般に高く,ほかに,肥満,過食,運動不足,ストレスなどの環境因子により増大する. 

 XIII. 速効性インスリン分泌促進薬
 ナテグリニド(スターシス,ファスティック)が99年8月に発売された.膵β細胞のSUレセプターを介して,インスリン分泌促進作用を示す.SU剤にみられない迅速なインスリン分泌作用は,単にSU受容体との速やかの結合だけでは説明できない.おそらくインスリンのexocytosisなどへの関与が推察されている22).

 SU剤は用量依存的に低血糖を引き起こしやすいが,本剤は低血糖を起こしにくい.食後投与では本剤の急速吸収の特性が失われるので,食直前10分以内の服用を指導する.今後,空腹時血糖値が正常値に近くても,食後高血糖例では,ナテグリニドが積極的に用いられることになろう.

 XIV. ナテグリニドとα-GIの比較
 両者ともに食後高血糖を抑える.2型糖尿病患者では通常,食直後のインスリン分泌反応が遅延している.しかし,ナテグリニドの投与により迅速なインスリン分泌反応がみられ,ピークは投与後30-60分と,正常人のパターンと同様になる.一方,αGIの投与では糖質の吸収遅延が起こり,インスリン分泌反応が遅延のタイミングとが合わさることになる.

 なお,本剤は,作用機序が異なるので,α-GIとの併用が可能だ.SU剤と同様に膵β細胞のSU受容体とを介して作用するため,SU剤との併用は認められない.

 現在開発中の薬剤には,レパグリニド(ノボ)23),ミチグリニド(キッセイ),JTT-608(日本たばこ)などがある.

 XV. アルドース還元酵素阻害薬
 糖尿病神経障害はソルビトールの蓄積によると示された後,世界の製薬会社が開発競争に加わったが,十分な臨床データが得られなかった.本邦でもスタチール(ゼネカ,メルク,万有)やソルビニール(ファイザー)がフェイズ3で撤退せざるを得なかった.この状況で,小野薬品は世界で初めてエパルレスタット(キネダック)の開発に成功.神経障害に有効な製剤として92年から広く使用されている.

 神経障害の経過が短く軽症の場合には,比較的有効である.HBA1cが高値で血糖コントロールが悪い症例には効果がなく,良好なコントロールをまず目指すことだ.

 現在開発中のアルドース還元酵素阻害薬には,ゼナレスタット(藤沢),フィダレスタット(三和化学),AS-3201(大日本),ゾポルレスタット(ファイザー),SG-210(サッポロビール,吉富,千寿)などがある.他には,オクスカルバゼピン(ノバルティス,キッセイ)があげられる.ナトリウム・チャンネル遮断の作用により,神経痛に有効とされる.海外では抗てんかん薬として1990年から発売されている.
 
*おわりに
 現在の糖尿病薬は,10-20年後にも汎用されていると予想される.2型糖尿病は1つの疾患ではあるが,その病態は多様である.患者によって異なるインスリン抵抗性とインスリン分泌低下の程度を把握し,病態にあった薬剤を単独あるいは併用して治療しているだろう.治療方法の選択肢はさらに増えていると予想される.

 経口薬の内容については,SU剤は現状維持で,ビグアナイド剤はやや使用頻度が増えるが,SU剤が中心薬剤であることは変わらないと思われる.日本人は食事の内容で糖質の摂取の割合が多いのでα-GI剤は汎用され,軽い症例には速効性インスリン分泌促進剤も若干使われるだろう.軽症糖尿病のみならず,予防の段階から薬剤が投与されている可能性もある.

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM