◆ 生活習慣病のリハビリテーション

・行動に対する患者心理には、無関心期→関心期→準備期→行動期→維持期がある。
・運動ができない理由を患者と一緒に考え、可能なことから開始してみる。
・水中運動には浮力、水圧、水の抵抗、水温による熱の喪失という4つの長所がある。
・運動は断続的であっても、1週間に160-180分程度の運動で効果が認められる。
・歩行や運動は無理がないレベルで続け、アクシデントに備える知識を持つ。

はじめに
 リハビリテーション(rehabilitation)には、名誉回復、復権、更生、再建、復興、復職、復位などの意味が含まれる。医学・医療の領域では、精神的・肉体的回復という意味で用いられている。
 本語をre+habilitateと考えてみると、<再び>+<資格がある、資格を取る、~に服を着せる、~を教育する>となる。
 不適切なライフスタイルから生活習慣病に陥った患者には、教育が必要である。リハビリの意味を考慮すると、きちんとしたライフスタイルを送るようにプログラムされた特注の「スーパーマンのマント」を、患者の肩に掛けるのがリハビリテーションかもしれない。肩を優しくたたきながら"keep going ! "と指導していきたいものだ。
 本稿ではすべてを網羅できないので、主に心理面と運動面について述べる。特に、水泳の利点や運動のアクシデントの際の処置など、患者指導の際に必ずや役立つ情報などを、優先的な順序で紹介していきたい。

 1)心理的な側面
 まず患者に、質問をしてみよう。「あなたは、最近運動をしていますか?その運動とは、散歩、水泳、エアロビクス、自転車こぎなどです。これらの運動を、1回20分以上、週に3回以上ほど、行っていますか?」と。
 
その返事を、下記の5つに分類する。
・Yes, 6ヵ月以上続けています。  → 維持期
・Yes, 6ヵ未満続けています。   → 行動期
・No, でも1ヵ月以内に始めるつもり→ 準備期
・No, でも6ヵ月以内に始めるつもり→ 関心期
・No, 6ヵ月以内に始める考えはない→無関心期
 
各自が考えていることを、実行に移すかどうかについては、5つの段階がある。一般的には、これを逆にした順番に、私たちは考えて、行動を進めていく。すなわち、無関心期→関心期→準備期→行動期→維持期 である。これらを平易な言葉で言い換えてみよう。下記の5つの段階を経ると、「運動嫌いから運動好きへ」と変容するのだ。
 ? 運動不足に気がつく 
 ? 適切な運動を体験してみる
 ? 無理がない運動は楽しい
 ? できる運動を行い続ける
 ? 運動愛好者となり継続する
 
 運動とはなぜ必要で健康に良いのだろうか? 最初から患者に話をしても、右の耳から左に抜けていくことが多い。いちど、患者に尋ねてみよう。しばらく頭をひねって考えさせてから、表1を説明するとよく記憶に残るはずだ。
 次に「どうして運動ができないか」と尋ねると、いろいろな回答が予想される。たとえば、
・時間がない ・疲れている
・楽しくない ・気分がのらない
・けがが恐い ・お金がかかる 
・場所がない ・仲間がいない
・目標がない ・指導者がいない
などがあげられる。最初の4つの回答に対する対処について、表2にまとめてみた。これらの対応策を参考とし、活用してほしい。

 2)水泳療法の勧め
 肥満や糖尿病患者は、しばしば膝や股関節の変形性関節障害を有する。これらの患者では、歩行の指導は難しい。このような患者の適応として、本稿では、水泳療法を推奨したい。
 なぜ、水中における運動がよいのか、その医学的な根拠を示す。水中運動のメリットには、浮力、水圧、水の抵抗、水温による熱の喪失、という4点がある(1。下記の説明で患者は納得する。
 1)浮力:肩までつかると体重は1/10になる。膝や股関節に障害や痛みがある患者でも体重の負担がなくなる。筋肉を使い、強化できる。
 2)水圧:首までつかると、大相撲で知られた力士「小錦」の2人分、560kgの圧力が全身にかかる。水圧が腹部にかかると、自然と腹式呼吸となり、深い呼吸によって呼吸筋も強化され、水中で呼吸するだけでも運動効果がみられるのだ。また、下肢から心臓への血流の還流は、水圧のために容易となり、足のむくみも軽減される。
 3)水の抵抗:水はクッションのように働く。物理学的な検討で、水の抵抗は空気よりも12倍大きいという。ゆっくり動けば軽い負荷、早く動けば強い負荷となり、その日の体調や気分によって自分で強さを変えられる。また、重力がないために、可動域が狭い関節でも、ゆっくり大きく動かすことができ、マイペースでリハビリテーションが可能である。
 4)水温:水の熱伝導の値は、空気の20倍とされる。日常生活で生活している場合、下着や服を身につけて、熱の放散を防いでいる。一方、水中では、空気の20倍の速度で体熱が奪われることになる。すなわち、
単に水の中でいるだけでも、身体はエネルギーの消費を強いられるのだ。特に、極度な肥満や関節に問題があるために通常の散歩も難しいような患者でも、楽に行える。たとえ水中で少ない運動ではあっても、ある程度の時間を水の中で過ごせば、効果が認められる。
 なお、最近、新しい装置として、水中運動歩行装置「フローミル(Flow Mill, FM-12000, YAMAHA製)」が市場に登場した。これは、運動制限がある患者が、水の抵抗に逆らって歩くものだ。室内におけるトレッドミルのように、水中で歩行を継続できる。

 3)歩行療法の勧め
 肥満や糖尿病患者では、運動として推奨するのは歩行であり、長期効果が望める(表3)。ゆっくりとした散歩から、速歩、急歩と速度を上げ、そのうちに運動競技として競歩に近づくかもしれない。わざわざ散歩に出かけるよりも、日常生活の中で身体を動かす習慣を作っていく「運動の生活化」が自然に身につけば理想である。
 おおよその目安として、運動は1回に200-300 kcalで1週間に1000 kcal、頻度は週3-4回ほどを目指したい。運動の時間は、ウォーミングアップ、クーリングダウンを含め、少なくとも30分以上、平均的に40~50分、60分すれば十分である。
 長年にわたり、運動は20分以上継続しなければ、有効でないとされてきた。この理由として、有酸素運動では、脂肪が有酸素的に燃え始めるために、最低20分程度が必要であると考えられていたからであった。
 しかし、最近、運動は細切れや断続的であっても、1週間に160分程度の運動をしていれば、従来の説のように持続性の運動でなくても、両者の間に大きな効果の差異はみられないと報告された(表4)。要するに、各自のライフスタイルの応じた時間スケジュールを組んで、1週間である程度の運動を行えばよい、という
ことだ。
 2型糖尿病患者では、1週間に180分の速歩によって、慢性的で様々なイベントが減少すると報告されている(2。

 4)無理しない運動を目指す
 運動やスポーツに対する捉え方は、人によって異なる。最大公約数的に考えると次のようになる。
ストレッチング  健康の回復
ウォーキング   健康の増進
ジョギング    体力の向上  
レクリエーション 楽しみ
競技スポーツ   勝利・記録
 この中で?~?を目指す人には、準備運動と整理運動の必要性を説明しておく(表5,6)。
 各患者に応じた運動を相談してみると、多くのケースでは、有酸素運動の散歩が適切だ。
 運動の強さは、最高心拍数の何%かという指標、自覚的運動強度(rating of perceived exertion; RPE)ボルグ(Borg)の指数、などが知られる。ボルグの指数の特徴は、数値を10倍すればほぼ目安の心拍数が得られることで、誤差は少なく再現性や信頼性も高い。運動療法に至適なレベルは、健康人ならRPE 13前後(70%HRmax)がであるが、疾病を有する場合にはRPE 9-11前後(50-60%HRmax)位がよい。運動強度のめやすを表7に示した。
 最近、6分間歩行テストが報告された(3。68歳以上の2281名に施行したが、特に心臓血管系のイベントはなく、平均344m+ー88mであった。簡素で安全で総合的機能評価ができる方法として、本邦においても、診療形態に応じて改変した方法で使用できないだろうか。
 ウォーキングやジョギングの際に、怪我を避ける5つのSがある(表8)。もし、捻挫や怪我をした場合には、簡単な原則を知っているとよい。英語の頭文字がRICEとなっているので覚えやすい(表9)。慌てずその状況を観察し、まずなにから着手するかを、冷静に判断する。
 糖尿病ではフットケアが重要で、そのきっかけは靴擦れが引き金になる。注意すべきことを表10、表11にまとめた。
 運動は、有酸素運動(aerobic exercise)と無酸素運動(strengthtraining)、ストレッチ(balance and flexibility)と3つに分類できる(4。この中で、有酸素運動が生活習慣病に対する運動療法に適切なことは知られている。
 一方、無酸素運動などパワー系のトレーニングは、どれほど危険なのだろうか?たとえば、息を止めて、きばるエクササイズを行った例を表12に示した。高い重量のダンベルやバーベルを用いるレジスタンス運動や等尺性運動は降圧効果はなく、むしろ過度の血圧の上昇をもたらす。従って、高血圧や網膜症などの血管合併症を有する人は避ける。運動をする際には、バルサルバ(力みがち)手技にならないようにする(5。また、糖尿病患者では最大酸素摂取量の80%以上の激しい有酸素運動によって、高血糖をきたすので注意する。
 運動中にどのような症状が起こりうるかを知っておくことは有益であり、表13に示した。また、従来感じたことがないような症状を感じた場合、ただちに運動を止めて医療施設に行く目安を表14に示した。一般の人は、しばしば、心臓は左にあると覚えているが、ほぼ胸の真ん中にあると説明しておく。

おわりに
 本稿では、生活習慣病に対するリハビリテーションとして心理的側面に触れ、また患者が実際に運動療法を継続していくために、必要で実地に役立つ内容について記した。総合医は患者の様々な背景を把握し、わかりやすい教材(6などを用いて、相手の性格や状況に応じて、対応していきたい。「機に因りて法を説く」である。

文献は省略

●表1 運動が必要
    心臓病の危険性が減る
    体重や脂質をコントロール
    高血圧、骨粗鬆症を予防
    不安や憂鬱気分をなくす
    筋力や運動能力が高くなる

●表2 運動ができない理由への対処
★時間がないという人
 わざわざ運動をしない
 運動を生活に組み込む
 通勤や買い物で歩いてみる
 人と約束する時に工夫する
 これらは「運動の生活化」

★疲れているという人
 疲れは寝るだけで改善しない
 逆に身体を動かすと良くなる
 現代は複雑なストレス社会
 精神的な疲れが増えている
 運動こそがストレスの解消法

★楽しくないという人
 過去に楽しんだ運動は何か
 テレビをみながら運動できる
 家族や友人と一緒にできる
 わざわざ運動の時間をとらず
 簡単で楽しい運動を工夫する

★気分がのらない人
 気分は数分で変化してしまう
 とりあえず、運動着に着替え
 家の外に出かけてみよう
 ウィンドウショッピングでOK
 仕事や家事の間に歩いてみる

●表3 ウォーキングの長期効果  
 心臓病の危険因子を減少
 体重の維持に役立つ
 心臓機能を高める
 体調を整え気分が良い
 活動的な社会生活に導く

●表4 運動は持続が細切れか?  
・従来、運動は20分以上継続脂肪が燃え始める時間必要
・最近、運動は細切れでも効果があると報告あり
・各自に応じた運動習慣を

●表5 準備運動をしないと?
・血中にケトン体が増加
・ケトン体が増加すると不整脈を来すことがある
・心臓と肺にも負担あり
・筋肉や腱にも良くない

●表6 整理運動をしないと?
・運動中は末梢の血液量↑
・運動の急止で末梢の血液がどっと心臓に戻ってくる。
・心臓に対する負担↑
・血圧の変動↑↓

●表7  運動強度のめやす
 
        HRmax  Borg    自覚症状

健康な人     70-80% 13-15  続くか不安 ~ややきつい
病気の人     50-60% 9-11  少しの汗~いつまでも続く
心肺の強化    50%   9以上 汗が出るか出ないか 
糖尿病・高血圧  50%   9以上 汗が出るか出ないか
肥満(継続のため) 40%   7以上 やや物足りない

●表8 怪我を避ける方法
Shoes  良い靴を選ぶ
Stretch 必ずストレッチを
Surface 弾力のある地面
Style  速さで前傾姿勢
Steady  無理せず落ち着いて

●表9 怪我をしたらRICE
 rest      安静にする
 ice       氷で冷やす
 compression 圧迫する
 elevation    挙上する

●表10 靴擦れのヒント
 1)左右に余裕があり、広い靴を使う
 2)足の甲を圧迫せず、上下に余裕
 3)靴擦れがきっかけで、しばしば増悪する
 4)傷を保護し、足を動かさず安静にする
 5)靴擦れが悪化する場合には、専門医へ

●表11 靴擦れの応急処置
 1)発赤・腫脹 の場合、湿布して冷やす
 2)消毒して、清潔なガーゼをのせる
 3)水泡を潰さず消毒しガーゼと包帯で保護する
 4)破れた場合には、抗生物質の軟膏をぬる
 5)うおのめ・たこにはナイフや薬品を使わない
 6)靴に中敷を使い、保護パッドなどを使用する

●表12 パワー系訓練は危険
 運動と血圧との関係データ
 安静時   120-70 mmHg
 有酸素運動 160-80 mmHg
 アームカール 230-150 mmHg
 レッグプレス 270-160 mmHg

●表13 運動で起こる症状の可能性
 呼吸が苦しい
 しゃべることができない
 全身に強い倦怠感
 お腹が痛い
 足腰が抜けるようだ
 心拍数が年齢相当以上

●表14 運動を途中で止める場合
 めまい、ふらつき、吐き気
 胸部の痛み, 圧迫感, 苦悶感
 強い動悸や脈が飛ぶ(欠滞)
 冷や汗、強い空腹感
 肩や首、腕に痛みが広がる
 筋肉や関節の強い痛み

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