歌舞伎のおおらかさ
歌舞伎のおおらかさ
徳島に松竹大歌舞伎がやってきた。当地では久方ぶり。今回の演目は、
歌舞伎十八番の内から「毛抜(けぬき)」。場面は、美人の誉れ高い
小野小町を輩出した小野家である。縁組みがまとまった姫が病気に
なった。それも、髪の毛が逆立つという奇病で、一族は困り果てて
いる。ここで市川團十郎が登場し、調査を始めた。不思議なことに床に
置いた毛抜きがひとりでに踊りだす。一方、真鍮製のキセルは動かない。
姫の櫛を調べた團十郎は、ものの見事に、悪い家老が仕掛けた天井裏の
磁石を見破ったのである。
舞台で使ったのは、馬蹄型の小さな磁石ではなく、東西南北を示す
大きな羅針盤。方位計に磁力はなく、実際には鉄製の毛抜きが動く
ことはないが、この演出で作者の意図がよくわかる。
歌舞伎には、花と夢とウソがあるという。言い換えれば、華やかさと
派手さ、現実離れした世界、衣装・音・ストーリーの誇大表現、
の3要素だ。枝葉末節を気にせず、ゆったりとした気分で泣いたり
笑ったりすると、心が癒される。
元来、日本の生活・文化は太陽のようにおおらかだった。しかし、
現在、アナログからデジタルへ、婉曲から直接的表現へと変わりつつ
ある。人間とは人の間に存在するが、人と人との間のクッションは
次第になくなってきた。ハリネズミみたいに、お互いの針で傷つけ
あっていないだろうか?オブラートに包まれて、ふわふわした世界も
また良いものである。