◆ 患者にOGTTは不要である

空腹時血糖値、随時血糖値、HbA1cで糖尿病の診断ができる
患者にOGTTは不要である!

板東 浩 

高橋秀夫 

はじめに
 経口ブドウ糖負荷試験(oral glucose tolerance test, OGTT)は、従来糖尿病の診断のために頻用されていた。しかし、現行の診断基準で、糖尿病とすでに診断されている患者に対して、診断のためのGTTは不要である。しかし、膵臓からのインスリン分泌能を評価するには、簡単で有用な検査法といえる。本稿では、これらについて概説し、関連する事項についても触れたい。

I. 診断基準の背景とは?
 糖尿病は無症状のことが多い。健診や検診でも異常が認められない場合も少なくない。また、見過ごされていた後に、合併症が進んだ状態で初めて糖尿病と診断されることもある。
 これらのケースが引き起こされる理由は何だろうか。その一因として、軽度の血糖上昇が長く持続したため、と推測される。
 それでは、「血糖がどの程度高くなれば、合併症のリスクが高くなるのだろうか」という疑問が出てくる。これに対する研究が臨床的に重要で、長期にわたり膨大なデータやエビデンス(根拠)が検討されたのである。
 これらの結果が糖尿病の診断基準に反映されている。すなわち、血糖という数値や診断することが重要なのではない。診断することが、合併症を起こさせず、悪くさせないことに通じる。
 日本糖尿病学会の基準の一部を表1に示す1)。空腹時血糖のボーダーが126mg/dl(7mmol/l)と、以前より厳しくなった。その結果、軽症糖尿病の早期発見や合併症の発症予防に有用である。
 本基準は、国際的にも整合性をうまく保っている。本邦における境界型には、アメリカ糖尿病学会やWHO専門委員会の基準による2つの型が含まれている。IGT(imparied glucose tolerance)とIFG(impaired fasting glucose)である。IGTとは境界型の中でGTTの2時間血糖が140-199mg/dlで、IFGとは境界型の中で空腹時血糖が110-125mg/dlのものである。ただし、IFGの症例にGTTを行うと、GTT2時間値が高く糖尿病型を示すものが少なくない。様々な検討で、IFGとIGTは一部しか一致せず、IGTが動脈硬化の進展や糖尿病への悪化のリスクが高いとされている。

II. GTTと境界型の意味
 ブドウ糖負荷試験(Glucose tolerance test, GTT)は、糖尿病および軽度の耐糖能異常を判断するために、有用で鋭敏な検査である(表1)。
 本邦における糖尿病の診断では、?糖尿病症状がある、?HbA1cが6.5%以上を示す、?糖尿病網膜症が存在する、のいずれかがある場合は、一度「糖尿病型」に相当する高血糖があれば糖尿病と診断できる。最初の検査で「糖尿病型」と判定された後に、別の日にGTTを含む検査で「糖尿病型」と判定されれば、糖尿病と診断できる。
 境界型の患者は、糖尿病に悪化するリスクが高く、加齢ととともに糖尿病型に移行していく。この範疇に属する患者では、細小血管障害として知られている神経障害、網膜症、腎症などの糖尿病に特有な合併症がみられることは稀である。しかし、動脈硬化症が次第に進展するリスクが大きい。すなわち、糖尿病の大血管障害としての脳、心、足の動脈硬化に注意せねばならない。
 以上から、糖尿病型の患者の治療だけではなく、境界型の患者を診療する場合、大血管障害についての適切な指導は、臨床医の腕の見せどころと言えよう。

III. GTTが有用な場合
 ?・・境界型の場合
 空腹時血糖が境界域にあるか、もしくは糖尿病域に近いときは、GTTによって糖尿病かどうかが確実に判定できる。本邦の境界型には、欧米のIGTとIFGが含まれる。IGFは空腹時血糖で判定されるもので、IGTの判定にはGTTの施行が必要である。
 ?・・インスリン分泌能をみる場合
 診断基準(表1)には空腹時と2時間の血糖値が含まれるが、30、60分の血糖値やインスリンの血中濃度(IRI)は示されていない。しかし、患者の糖代謝を把握するため、インスリン分泌能を評価するときは、GTTに対するIRIの反応も検討する。
 その具体的方法は、0、30,60,120分の4回、血糖とIRI濃度の測定である。60分の血糖が180mg/dlを越える患者では、現在が正常型でも、将来、糖尿病に悪化していく頻度が高いとされる。また、早期のインスリン分泌反応が悪い患者でも、糖尿病に進展しやすい。
 従来から、insulinogenic index(I.I.)という指標が知られている。これは、ブドウ糖負荷前として0分から30分におけるインスリン分泌の上昇量(μU/ml)と血糖の上昇量(mg/dl)の比である。このΔIRI/ΔPGが0.4以下の症例では、インスリン分泌が低下していると判断される。
 この数式に具体的な数字をあてはめてみよう。そうすればΔIRI/ΔPGの実際的な感覚が得られる。たとえば0→30分で血糖が100→200(mg/dl)、IRIが5→45(μU/ml)の場合、45-5 / 200-100 = 40 / 100 = 0.4となる。この程度の血糖曲線やインスリン反応を示す症例は、日常診療で少なからず経験していないだろうか?
 ?・・特殊な型の糖尿病
 遺伝的に特徴を有する患者には、定期的なGTTで血糖とインスリンの分泌反応を経過観察できる。たとえば、GTTに対するIRI反応が10μU/ml未満という非常に低反応を示す家系にもかかわらず、いずれの人も糖尿病を発症していないことがある。このような場合にGTTは有用で、遺伝子検査を併せることで糖尿病の病因に迫ることができるかもしれない。
 慢性進行性外眼筋麻痺患者では、GTTで高率に糖尿病やIGTがみられ、本症と糖尿病との関連が示唆されている2)。
 ?・・インスリン抵抗性の検討
 GTTとglucose clamp法の検討により、インスリン抵抗性の簡便な臨床的評価が試みられている3)。この中で、120分値のIRIが有用であるという。インスリン抵抗性のcut off値をIRI 120分値で64mU/l以上と設定すると、感度は71.4%、特異度は94.7%で、臨床的な応用が期待されている。
 GTTを施行して同時に血清遊離脂肪酸(FFA)濃度の下降率をみた報告がある4)。肥満正常者ではGTTに対してFFA濃度が30分で37%低下したが、肥満IGT患者では13%、肥満DM患者ではわずか3%と有意差が認められた。糖負荷後における血中FFA下降率の抑制が、インスリン抵抗性を反映しているものと考えられている4)。
 また、糖尿病のハイリリスクグループ396例で、1) GTTに対するインスリンの分泌、2) インスリン抵抗性の指標としてHOMA値、3) 白血球数、C-reacitve protein(CRP)、フィブリノーゲンを検討した研究がある5)。その結果、1)と3)には有意の相関はなく、2)と3)には有意の相関がみられた5)。同様に、冠状動脈性心疾患および糖尿病細小血管疾患で、高感度CRPや動脈硬化リスクマーカーを検討すると、CRPの上昇と冠状動脈性心疾患の存在やインスリン抵抗性との関連が示唆された6)。これらの報告は、潜在的な炎症の関与や、インスリン分泌とインスリン抵抗性の関わりについても示唆に富むものである。

IV. GTTが不要な場合
 ?・・明らかな糖尿病
 空腹時血糖や随時血糖が明らかに高値の症例は、すでに糖尿病と診断されている。この場合、診断のためのGTTは不要である。
 糖尿病と明らかな症例でもインスリン分泌能をみるためにGTTを行うことがある。ただし、空腹時血糖が中等度に高い場合は禁忌である。
 ?・・GTTとHbA1c
 糖尿病の診断のために、GTTの施行とHbA1cのカットオフポイントを検討した報告がある7)。空腹時の血糖値により、GTTの2時間値がほぼ予想できるという。また、感度と特異度を考慮すると、至適のカットオフ値は、HbA1cの値で6.2-6.3%になるとの結果が得られた。
 ?・・臨床研究
 米国には、Diabetes Prevention Program (DPP)という大規模研究があり、13万人をスクリーニングした後2.6万人がGTTを受けている8)。また、中年肥満被験者522例に1年ごとにGTTを行って平均3.2年経過観察したフィンランドの報告がある9)。食事・運動療法を指導した介入群と対照群の間で、糖尿病になった患者比率は11%vs 23%と差がみられ、58%の発症を減少できた9)。
 以上の2研究では、被験者の条件設定や経過観察にGTTを有意義に用いている。しかしながら、世界で行われている糖尿病の報告には、GTTを過剰な検査や経過観察に使用しているものもある。糖尿病のclinical trialを行う際には、どれほどGTTが必要なのかどうかを十分に考慮されたい。
 ?・・胃切除者
 手術で胃切除を受けた患者ではGTTに対する急峻高血糖曲線(oxyhyperglycemia, OHG)が知られている。同患者60名にGTTを行ったところ正常型47例、境界型6例、糖尿病型6例で、OHG型は11例認められた。様々なデータを検討するとしばしば指標間の不一致を認め、本症例の診断は困難なこともあり、これらの点を十分に周知しておく必要があるという10)。

おわりに
 本稿では、GTTの有用性や、臨床の場でGTTが必要な場合、逆に不要な場合などについて概説した。糖尿病は日常診療でcommonな疾病である。糖尿病患者や、将来糖尿病に向かいつつある患者に対する臨床医のマネジメントに、本稿が参考となれば、幸いである。

文献 1-10は 省略

表1 空腹時血糖値および75g糖負荷試験
   2時間値の判定基準(静脈血漿値, mg/dl)

正常域 :空腹時 <110    2時間値 <140
糖尿病域:空腹時 >126    2時間値 >200

判定:
 正常型 :空腹時、2時間値ともに正常域
 境界型 :正常型でも糖尿病型でもないもの
 糖尿病型:空腹時または2時間値が糖尿病域
      随時血糖値が200mg/dl以上の場合も含む

キーワード
糖尿病、糖負荷試験、血糖、HbA1c、インスリン抵抗性

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