応援団は集団催眠

「126」という数字が、ラジオから流れてきた。私は糖尿病のことと直感。最近、糖尿病の基準が変わり、診断の値が140から126mg/dlになったのだ。「早い時期に糖尿病を見つけて、合併症が出てくる前から治療するためですよ」と話をしている自分の姿が、瞬時に思い出されてきた・・。

 しかし、どうも事情が異なるようだ。「9勝1敗のぺースなら、126勝14敗だー」。朝日放送ラジオの道上洋三アナウンサーの声だ。25年にわたっておはようパーソナリティを担当している超有名人。朝日放送テレビでも歴史街道を担当し、落ちついた声に馴染みがある人もあるだろう。

 しかし、野球の話になると、トーンは上がり機関銃みたいにポンポンしゃべるスピードもアップ。絶叫することもたびたび。阪神タイガースの熱烈なファンの一人だ。長年続く彼の応援コメントによって、タイガースファンになるように洗脳された人々も多いだろう。

 中日ドラゴンズの監督だった星野仙一氏が阪神タイガースに移った。ストーブリーグでは様々な話題を提供し、オープン戦では高い勝率。でも、ペナントになれば阪神はいつもの指定席、と思われていた。ところがどうだ、まさに青天の霹靂、4月の時点で阪神が独走している。いったい誰が、こんな展開を予想できただろうか?阪神が勝つたびに、翌日の朝、道上氏の歌「六甲おろし」が電波にのって関西一円を包み込む。

 その歌を紹介しよう。正式の題名は「阪神タイガースの歌 六甲おろし」である。
1番:六甲颪(おろし)に 颯爽(さっそう)と
    蒼天(そうてん)翔ける 日輪の
     青春の覇気 美しく
      輝く我が名ぞ 阪神タイガース・・
2番:闘志溌剌(はつらつ) 起つや今  
    熱血既に 敵を衝(つ)く
     獣王の意気 高らかに
      無敵の我等ぞ 阪神タイガース・・

 本歌の作詞は佐藤惚之助、作曲は古関裕而で、歌は立川澄登/中村鋭一。歌詞は文語調であるが、なかなか良いイメージだ。古関氏は「君の名は」や「東京五輪のオリンピック・マーチ」などに加えて、巨人の「闘魂こめて」も、中日の「ドラゴンズの歌」も作曲していたのである。そればかりか、早稲田の「紺碧の空」、慶応義塾の「我ぞ覇者」まで作り、歴史に残る仕事をされた。

 ところで、六甲といえば私には思い出がある。医師になった後にECFMGを知った私は受験してみた。医学部門は一度でパスしたが、英語部門は難しかった。聞くと英語圏の人でも簡単には通過できないというレベル。それでもチャレンジの気持ちで、TOEFLを受けに行った。場所は、六甲の高台にあったカナディアンアカデミーという大学。当時は移動手段が不便で、午前1:50分の徳島港発のフェリーに乗船し、4:40分に和歌山港に到着。朝5時の始発の列車に乗り、大阪を経由して神戸まで数回行ったことが懐かしい。

 真冬の早朝に会場へ到着。中庭のベンチに座って、英語のテープをウォークマンで聴いていた。外気温は氷点下だったが、私の心は熱く燃えており、寒さなどは何ともなかった。運良くTOEFLで593点を取得でき、米国のfamily practice residency programで臨床研修できたのは、私にとって一生の財産になった。

 時間的な制約がある状況で、寸暇を惜しんで英語をよく聴いた。自家用車にも短波用のアンテナをつけるなど、いろんな工夫を楽しんだ。TOEFLの英語はとてつもなく速い。リスニングの際には、目を閉じて極限まで集中。この道を極めると、一種のスポーツの勝負に近い感覚に感じた。

 阪神が勝つとファンは喜び、負けると悲しむ。でも、その程度が極端だと感じるのは、私だけではないだろう。9勝のあと1敗した時にさえ、いつものようにメガホンが空を舞っていた。関西には、神戸ブルーウェーブや近鉄バッファローズもあるが、その中でも阪神ファンには違いがある。Quality of Life(QOL)の観点から考えてみた。

 私が思うに、応援歌の「六甲おろし」が大きく関与しているようだ。阪神タイガースがサヨナラで勝ったとき、私は甲子園球場にいたことがある。その騒ぎといったら、言葉でなんか説明できない。「六甲おろし」が始まると、一斉に5万5千人が合唱。歌に、手拍子に、足踏みにと、球場全体がうなりをあげ、地響きが起こる。これは、一緒に歌うという行動によって、ユングが唱える共通の潜在意識レベルで心が開き、お互いの心が交流してくるのだろうか。確かに、歌を一緒に斉唱したり、ハモッたりしたときには、一体感や気持ちよさを感じられる。合唱の経験がある人は、あの「ゾクゾク」する感動を実感できるだろう。しかし、言葉でうまく説明できないので、経験のない人にその喜びを伝えることは難しい。

 阪神が勝つと、一緒に歌を歌い、勝利に浸ることができる。日常のしんどい仕事やいろいろなストレスから解放され、自分の夢を阪神タイガースの選手や球団の勝利に託することができる。そして、勝利の雄叫びである「六甲おろし」に酔える状況は、一種の集団催眠状態に近いものがある。一度、あの味を味わうと、麻薬みたいに、もう抜け出せなくなるのかもしれない。

 大阪で人気がある歌のアンケート調査の結果がある。「大阪で生まれた女、悲しい色やね、雨の御堂筋、やっぱ好きやねん、浪花恋しぐれ、河内のおっさんの唄、大阪しぐれ、ふたりの大阪、月の法善寺横町、宗右衛門町ブルース、大阪エレジー、河内おとこ節、王将、たそがれの御堂筋、好きやねん、河内音頭、酒と泪と男と女、浪花物語、こいさんのラブコール、浪花節だよ人生は」など。やはり独特の文化圏で、好まれる音楽にも特徴があるようだ。演歌が多く、しっとりとした曲も多いが、河内音頭やだんじりの情景を感じさせる曲もある。題名には、大阪、御堂筋、法善寺横町、宗右衛門、などの大阪の地名も多い。

 ほかには「かに道楽」のCMソングもある。
「とれとれ ぴちぴち かに料理・・・」と、耳覚えのあるメロディ。作曲者は「なにわのモーツアルト」ことキダタローで、中村鋭一との交流もよく知られていた。音楽だけでなく、言葉についても、関西は東京都と違う言語圏になる。長年人気タレントのトップは、明石さんま氏であり、彼の大阪弁はとてもソフトに聞こえるという。

 阪神が快進撃を続けている平成14年4月に、関西で人気の映画があった。もと巨人軍の長島一茂選手が主演を演じた「ミスタールーキー」である。常は目立たないサラリーマンが、甲子園の阪神の試合の時だけに、押さえのエースとして出てきて大活躍。一茂は顔を出さず、タイガーマスクと同じように、虎の面をかぶっている。

 そういえば、漫画「タイガーマスク」でも同じだった。日常の生活で注目されていない人が、どう猛な虎に変身して、悪者をやっつけるのが面白い。多くの人々が、タイガーマスクまたはミスタールーキーに自分を投影している。自分の代役として、ヒーローが活躍し、夢をかなえてほしいと祈っている切ない気持ちが伝わってくる。

 ここで、一人のヒロインを紹介しよう。道上氏が「六甲おろし」を歌うときに、一緒に歌っているのが、パーソナリティの相手役エミちゃんである。実は、彼女も歌手でCDをリリースしている。ただし、通常の音楽CDではない。小学生が習う「ににんが四、にさんが六」という、「九九のCD」だ。九九の言葉にラテン音楽のリズムが加わり、楽しく覚えられる、という代物だ。

 エミちゃんが放送で歌うと、みんな笑ってしまう。通勤で運転中の人が事故を起こさないか、心配だ。その理由は、彼女の音程が伴奏に全然合っていないから。逆に言えば、いつでも伴奏の音程が間違っており、伴奏が悪いのだ。そもそも、歌唱とは歌が主であり、伴奏とは歌に伴って演奏するもの。masterとslaveの関係なのだから。

 とにかく、彼女の歌声はすごーく人気がある。自信たっぷりに大きな明るい声で歌い、天真爛漫でかわいい。このスタイルの歌手は、日本で唯一エミちゃんだけ。Best singerではなく、only singerである。悟りを開いたブッダの言葉では、「唯我独尊」となる。エミちゃんの歌をきくと、自然と笑みが溢れてくるのは不思議だ。それに加えて、エミちゃんのボケとつっこみが絶妙で、天然ボケにもよく遭遇する。

 こんな魅力が、ラジオのファンにはたまらない。彼女の歌や雰囲気によって、人々がハッピーになれる。癒しの技をもった歌手であり、天使であり、巫女さんかもしれない。ただし、甘い物には目がなく、たくさんのケーキをペロリと平らげるという。、将来は太りすぎや糖尿病に気をつけて、空腹時血糖が140mg/dl以上にならないようにと、糖尿病学者の私は祈っている。

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