心と身体のリズムNo.1

 1994年11月、芸術の秋。山々の緑が赤や黄に色づきはじめた時、徳島県で活躍している歌手のコンサートが県の鳴門文化会館で行われた。身体を包むようなスポットライトの光、響きわたるソプラノの歌声とともに、私は伴奏ピアニストとしてアシスト役を務めた。

 歌の伴奏は簡単そうに見えるが、なかなか難しいものである。楽譜ではリズムは規則的に書かれているが、演奏自体は、歌詞やフレーズなどによって微妙に音符の間隔や強弱が変わり、常に音は揺らいでいる。歌手の心の「ゆらぎ」が、伴奏者の息とぴったり合った時にこそ、素晴らしい演奏となるのである。私は今回、徳島大学の吉森教授に伴奏の手ほどきを受けたが、音楽の真髄は「ゆらぎ」だったのか!と、改めて強く感じた。

 この「ゆらぎ」とは、宇宙の至るところに存在している。天体では地球の自転、天変地異、自然では、季節の移り変わり、夏の日のかげろう。動植物では、風に揺れる木の葉、小鳥や虫の音などにみられる。

 「ゆらぎ」は、元来、トランジスターなどの研究で発見されたもので、規則的なリズムがベースにあり、時々、意外なリズムの変調が含まれているものである。最近、1/f「ゆらぎ」理論が紹介されており、森羅万象はすべて1/f0--1/f1--1/f2の数式で表現できると言われている。例えば,1/f0とは、深夜放送終了後のテレビの画像と雑音は、まったく秩序のないカオスの世界で、見る人の神経を苛立たせる。一方、1/f2とは、正確に時を刻む時計にたとえられる。全く規則的な時計の振り子をじっと見ていると、催眠術をかけられたように眠たくなってくる。1/f0と1/f2との中間の1/f1近くのゆらぎのリズムが、自然界に普遍的に存在し,快い気分をもたらすという。

 この理論を考慮して作られたCDがあり、タイトルは「α波・1/fのゆらぎー大地からのおくりもの」(APCE-5044)。ジャケットには「心の安らぎ・ゆとりを求めるあなたに:α波・1/fのゆらぎ実測データに基づくナチュラルな音空間を贈ります」とあり,聴くと確かにリラックスしてくる。

 いろんな音楽の1/fxを調べて、xの値を求めた研究がある。xが0-1には、ロックやジャズが位置し、xが1-2付近にはバロック音楽が、そして真ん中のxが1付近にはクラシック音楽、特にモーツァルトの音楽が位置するという。彼の音楽は、私たちに「やすらぎ」を感じさせることはよく知られているが、このように理論的根拠があるのだ。彼の旋律や、和音、リズムには、規則性と意外性がほどよくコンビネーションされている。少しづつ展開していく音楽が、適度な安心感と緊張感を与え、心を和ませるからであろう。

 最近、学生にモーツアルトの曲を聴かせながら勉強させると、IQ(知能指数)が上昇するという英国の新聞記事が注目されている。この理由として、彼の曲に共通する一定のリズムが学生の脳に働きかけて、記憶力を増進させるのではないかと推測されている。

 音楽にリズムがあるように、人の身体にもいろんなリズムが内在する。3種類のバイオリズムの存在が知られており、①身体リズムは体力、耐久力、抵抗力に、②感情リズムはムード、直感、精神力などに、③知性リズムは思考力、記憶力、集中力などに関与している。これらは、それぞれ23日、28日、33日の約1カ月の周期を示し、気づかないうちに、我々の生活に影響を及ぼしている。また、約24時間周期の体内時計もあり、体温やホルモン分泌を制御する強振動体と、睡眠覚醒サイクルを支配する弱振動体が、うまく協調しながら1日のリズムを形作っている。さらに短いリズムとして、脳波や心臓の拍動などが挙げられる。

 これらにはすべて「ゆらぎ」がある。胎児は,羊水中で母親の心音を聴きながら育っている.このゆらぎのリズムに対する快感が,無意識のレベルにインプットされ,生後も胎内の記憶が残っているのだろうか?次回は、心音について述べてみたい。

資料
 1)吉森章夫.徳島大学総合科学部長、徳島県音楽協会会長。徳島合唱団、ママさんコーラスなど多数の合唱団の指導・指揮者として活躍.

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