子育ての「へそ」

 へそを出した子供達が戯れている.なわとびや長縄(ながなわ)で遊んでいる子,跳び箱からマットに身を投げ出す子など.3歳の子もいれば小学生高学年の子もいる.ぶらさがったり,逆立ちしたり,ボールを投げたり蹴ったり.みんな,キャッキャッ,ワーワーと楽しんでいる.

 これは学習塾ではなく,体育塾「ネーブル」でのひとこまだ.ところは群馬県渋川市.日本のちょうど真ん中に位置し,「日本のへそ」として売り出している街.そういえば,へそはドイツ語ではナベルで,果物のネ-ブル(navel)にもへそみたいなところがあったっけ.

 体育塾の指導は興味深い.長縄跳びは,入って,跳んで,というタイミングが難しい遊びだ.マスターするコツは,歌わせてリズムを取らせること.うまく入れれば,1回旋2回跳びを教える.次の段階は1回旋1回跳び.このリズムを身体に覚え込ませるため,「郵便屋さんの落とし物・・1枚,2枚・・」と歌わせて,床に手をつかせるのだ.このリズム感が,なわとびの二重跳びなど高度な技術へとつながっていく.これは,昔なら「音体」という音楽と体育を一緒にしたものだ.まさに,音楽運動療法を実践していると言える.

 音楽があるとステップを踏みやすい,と言われている.それはなぜなのか,音と運動について少し考えてみよう.まず,五感の中で聴覚は,タイミングを掴まえるという点でもっとも鋭敏で優れている.だから,陸上の短距離のスタートでは,光よりも音を用いるのだ.そのほうが,反応が速いからである.

 次に,一定のリズムの音があると,うまく歩けることがわかっている.脳卒中患者のリハビリで,歩行練習をする際には,音や声かけがあると格段に違う.その理由は,一定間隔の音を聞くと,筋肉は収縮する前からその準備のために緊張できるからだ.これは神経筋同調法という医学的理論で,「聴覚リズムによる筋運動準備過程」と呼ばれる.以上より,リズミカルな聴覚刺激に合わせて動くと,我々の筋肉はリズムに同調してうまく興奮できるのである.動きのタイミングが向上し,動作のぎこちなさがなくなると,いろんなスポーツに習熟することができる.

 さて,子供たちを指導しているのは,社交ダンス師範で耳鼻科医の父を持つ小松秀司氏1)である.スケートを父から学び,大学時代には全日本レベルで活躍し,国体にも数多く出場.長年教師として学校で体育を教えながら,県のコーチとしてスケート選手の育成に関わってきた.

 小松氏は現在,小中高校生のスケート選手を育てている.1年の半分は毎日スケートリンクに送り迎えし,自分の子供のように面倒をみている.すでに全国レベルの子供も育ち,将来オリンピック選手が出てくるかもしれない.スケート専門の学校やクラブで鍛えられた選手達に負けない理由を,私なりに分析してみた.

1)幼稚園のころから体育塾で面倒をみて,子供達の運動神経や性格を熟知している.スケート競技は苛酷で孤独である.まず素質をある程度把握しておかなばならない.
2)子供の体調や都合を聞き,決して無理強いをしない.だから長続きする.これはピアノなど長年にわたる音楽の修練にも共通するものだ.
3)選手,教師,コーチの経験があり,正しい路線にそった方法がとられている.
4)室内トレーニングでは,自転車漕ぎも行なうが,これで最大筋力や中等度筋力のパワーが測定できる.この記録は長年にわたって,各自のチャートに残されている.進歩の状況は子供自身がよく理解しているので,今がんばらなければ伸びないと自覚できる.
5)必要な際にはプロテインを摂取させ,栄養学的な配慮も欠かさない.少人数のために,長期的視野できめ細かい指導ができる.
それではスポーツ医学の観点から,3名の子供の3年間の経過をみてみよう(図1).

 Case 1は中学2年の女子.身長が20cm伸びた3年間に,除脂肪体重は1.5倍に,無酸素パワーは2倍に増えた.特徴は1年通じてコンスタントな成長.インラインスケート全国大会では一般女子部門で優勝.くやしいけれど筆者より速く滑走するのである.Case 2は中学3年男子で長距離専門.筋力は秋から冬にぐっと増えるが,春から夏は増えない.この半年は学校の陸上クラブで走っており,いつも筋肉が疲れ気味であることが推察される.Case 3は中学3年男子で短距離専門.県下の有力なスケート選手の一人で,*の期間に県下の合宿に参加した.いきなり重いウェイトトレーニングを実施して腰を痛めたため,パワー値が減少.その後は幸いに回復し,県のジュニアチャンピオンに.しかし,グラフの伸びからみて,数年後のパワー値やスピードスケートでのコンマ何秒という僅差のタイムには影響があるだろう.選手が大人の場合はアドバイザーとしての
責任は小さいが,選手が子供の場合には,指導者の判断ひとつで選手の将来性が大きく変わる.詳細に研究し責任をもった指導が望まれる.

 ところで,近年,従来考えられないような子供の事件が多発し,心の健康や教育について議論されている.先日,子供の身体について,「もはや生き物としても危うい体で国家的危機だ」,という記事2)を見つけた.テレビゲームに没頭するなどが原因で,運動不足になっている子供に様々な障害が起こっている.背骨のゆがみ,股関節の痛み,足底の不発達,背筋力や持久力の低下,視力異常,低体温児,高体温児,血圧の調節異常などが挙げられている.

 子供の心と身体は未成熟であり,愛情がこもったケアは親の責任である.お母さんのお腹のなかで,胎児はへその緒から栄養と酸素をもらって育つ.ヒトは生まれた後もずっと庇護されるから,すくすくと育つ.両親や指導者は,子供の言葉をきちんと受け入れ,「へー,そう」と共感を示しながら,大きく育てていってほしい.

〈参考〉
1)〒377─0013 渋川市辰巳町1713─5 「ネーブル」小松秀司様 Tel/Fax0279─22─0961
2)丹治吉順.子供が壊れる.AERA(2000. 4. 17.)13(17): 27─30, 2000.

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