◆ 内分泌・代謝の漢方

高橋秀夫
板東 浩
 
はじめに

 内分泌、代謝疾患では、ほぼ病態生理が明らかになっており、まず西洋医学による治療を行い、補助として漢方治療により是正・補充するのが妥当である。
 漢方薬を使うには、基本概念や生薬の薬効を理解せねばならない。西洋医学のホルモン測定と同様に、東洋医学の基準を用い、何が多いのか少ないのか、熱がある状態なのか寒い状態なのか、何の原因でどのような状態なのかを考える1-4)。少なくとも基本となる概念として気血弁証(気、血、水)、八綱弁証(陰、陽、虚、実、寒、熱)を理解したい。漢方治療では、異なる病気でも、病態が同じであれば同じ薬を使うことができる(異病同治)。
 本稿では、プライマリ・ケア医が臨床の場で活用しやすいような記載に努めた。簡便に略した記述も多いが、ポイントを理解した上で、詳細は成書にあたっていただきたい。

1: 基本的な考え方

1)気血弁証
 気、血、水とは、東洋医学で人間を構成する成分を示す。陽としての気、陰としての血、水がある。たとえば、甲状腺機能亢進症は動悸やのぼせなどがあり、気の多い状態(実)で、甲状腺機能低下症は気が少ない状態(虚)である(表1)。

2)八綱弁証(陰、陽、虚、実、表、裏、寒、熱)
 寒は、寒さで人体の機能活動が低下した状態を示す。下垂体機能低下症、甲状腺機能低下症、アジソン病、痩せが相当し、暖める薬を用いる。熱は炎症や機能活動が亢進した状態で、下垂体機能亢進症、甲状腺機能亢進症、クッシング症候群、痛風などの場合で、清熱薬を用いる。

3)診断
 症状により上記のような分類するが、客観的な診察では、気、血、水、寒、熱の異常の診断には、舌診を利用する。舌の大きさ、色、苔の色、◇血、舌下静脈の怒張にて鑑別する(表2)。

2: 糖尿病
 漢方薬では、血糖を確実に下げる処方はない。漢方治療は、通常の治療に併用する形で行う4-10)。
 In vitroでは、血糖降下作用のある生薬(地黄、蒼朮、知母、山茱萸、白朮、牡丹皮、茯苓、麦門冬、麻子仁、人参、桔梗など)11や五苓散、八味丸12.13で糖尿病が改善されたとの報告はある。
 日常診療では、随伴症状によって処方が決定される。漢方薬は、口渇、多尿、気力減退、倦怠感などを改善する効果が認められ、合併症の予防効果も期待できる。
 糖尿病は、中医学で“消渇病”の症候に属し、肺、脾、腎や臓腑間の陰陽失調を起こし、陰虚(陰が虚した状態)や燥熱(乾燥による熱)をもたらす。臨床上は陰虚型、気陰両虚型、陰陽両虚型、◇血型に分けられる。表3に、糖尿病に対する漢方の用い方を簡潔にまとめた。

3: 肥満
 体質素因は肥満症の原因の一つである。先天素因の存在に食事や運動などの後天的因子が加わる。飲食の不摂生(脂肪の過剰摂取、過剰の飲酒など)は、脾胃の運加輸布機能を損ない、湿痰を生じ、脂肪沈着を招く。脾胃の虚弱、腎虚、肝胆の失調により、痰濁(脂肪などの沈着)、水湿の停留、血◇(血液循環障害)などが
起こる。水分貯留を伴う肥満患者に対する防巳黄耆湯の有用性17が報告されている。また、ラットでは、防風通聖散が褐色脂肪組織を活性化させる体重減少効果が報告されている18.19。表4に示すように、3型で処方する。
 
4: やせ
 ガンや特別な病気がないのに、体質的にやせ型で、元気がない人がいる。一般的に、やせ型の人は神経質で胃腸の働きが弱いだけでなく、体力がなくて、病気に対する抵抗力が弱い傾向にある。4つの場合について、表5にまとめた。

5: 高脂血症
 高脂血症の治療は、高脂血症のガイドラインに沿って行い、スタチン系剤を主に使用する。
 血中脂質を下降させる働きが確かめられているものには、何首烏、沢瀉、猪苓、木通、人参、柴胡、忍冬藤、蘇木、黄連など20がある。随伴症状に対しては以下の処方が使われる。大柴胡湯による脂肪肝21やコレステロール過飽和胆汁22に対する有効性も報告されている。高脂血症に対する漢方処方を表6に示した。

6: 痛風
 痛風および高尿酸血症はプリン体の代謝や排泄の乱れによるもので、西洋薬を基本に治療し漢方薬を併用する。痛風発作時にはコルヒチン、NSAIDsで対応するが、軽傷の場合は、麻杏焦甘湯、越婢加朮湯が使用できる。慢性期には、尿酸生産阻害剤のほか、大防風湯、桂枝加朮附湯や焦苡仁湯、防巳黄耆湯を用いる。高血圧、便秘などある場合、体質改善に防風通聖散、大柴胡湯を用いる。
 なお、発作寛解期では、防巳黄耆湯加味の投与により、尿酸値や体重の減少、中性脂肪値の低下、HDL-CHoの増加23がみられ、防風通聖散、大柴胡湯による合併症治療の有用性24.25も報告されている。表7に痛風における漢方処方を示した。

7: 甲状腺機能亢進症
 本症と診断された後の治療法は、抗甲状腺薬、放射性ヨード、甲状腺亜全摘の3つである。通常は、抗甲状腺薬としてMMIかPTUを開始し、必要時にはβブロッカーを併用する。症例の状態に応じて漢方薬を併用する場合もあり、炙甘草湯26.27や柴胡加竜骨牡蛎湯27の有用性が報告されている。甲状腺機能亢進症に対する漢方処方を表8に示した。

8: 甲状腺機能低下症
 本症は甲状腺ホルモンの低下により起こり、治療は甲状腺ホルモンの補充が原則であり、漢方薬の併用も有用とされている。本症は陽虚が主で、気血両虚をかねる場合もある。漢方治療により不足する甲状腺ホルモンを補充するものではないが、症状の改善が認められる。一過性甲状腺機能低下症(亜急性甲状腺炎、無痛性甲状腺炎など)に対して、抑肝散加陳皮半夏による回復促進が報告されている28。甲状腺機能低下症に対する漢方処方を表9に示した。

おわりに
 本稿では、漢方の基本的考え方に加えて、代謝性疾患、内分泌疾患における漢方処方を中医学を中心に述べた。状態に応じた詳細な処方や考え方を、すべて網羅できてはいないが、一つの目安にはなると思われる。日常診療の場で、コンパクトで有用な情報として、また患者に対する簡潔な説明などにも、役立てば幸いである。

図、表、文献・資料は省略、

注:漢方で使用する特殊な漢字のため、コンピュータの設定で、本来の活字と異なり、たとえば、特殊な漢字が「犬」と表示される。
従って、テキストをコピーしての使用はお控えください。

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