◆ 内分泌のアンチエイジング

 加齢に伴って、人の身体は変化する。神経系や呼吸器系、循環器系などが時間とともに影響を受けるのと同様に、内分泌系にも生理的な変化が認められる。
 本稿では、内分泌系のアンチエイジングについて、すべて網羅はできないが、内分泌系の加齢変化や内分泌疾患のポイントなどについて、触れることとする。なお、医療関係者だけではなく、本書シリーズの継続的な読者に対しても、理解し易く示唆に富む内容となるように、記載していきたいと思う。

 1)ホルモン分泌の変化
 内分泌系は、視床下部・下垂体・標的臓器という軸(axis)により調節され、コントロールされている。加齢による内分泌系の変化を表11)に示す。ただし、ホルモンの血中濃度の正常値や範囲は、明確に設定できなかったり、刺激試験や抑制試験によって判定されることも多い。その理由の一つとして、ホルモンとは、一定の水量がいつも流れるように分泌されるものではない。瞬時に多量に分泌されるなど、分泌パターンには山や谷があるからである。正常の場合や疾病の場合、加齢の影響がある場合など、評価も異なってくる。各軸の加齢変化について述べる。

 ●成長ホルモン(growth hormone, GH):GHの過剰分泌により、成長期は巨人症を、成人後は先端巨大症をきたす。小児期にGH分泌が不足すると、成長ホルモン欠乏性低身長症(小人症)を発症し、治療としてGHの注射を行う。
 GHの分泌は睡眠中に多い。入眠後の数時間に、1日分泌量の約8割が分泌される。昔から「寝る子は育つ」と言われるが、科学的にもその根拠の一つとなる。加齢とともに、GH分泌が低下してくる。成年~高年においてGH分泌の低下は特に健康問題を引き起こすことはない。
 ただし、低身長の成人に対してGH注射を継続すると、体脂肪の軽度減少と毎日の健康感の高揚が認められる。後者の効果が知られたことにより、米国では、高価なGHを自費で購入して毎日使用する政治家や俳優、経済家が少なくないと伝えられている。
 以上より、GH製剤はアンティエイジングのために使用される場合があると言える。

 ●甲状腺ホルモン: 視床下部からTRH, 下垂体からTSH、甲状腺から甲状腺ホルモン(T4, T3)が分泌され、これらの分泌はフィードバック機構によってコントロールされている。甲状腺ホルモンの過剰は甲状腺機能亢進症、不足は甲状腺機能低下症を引き起こす。
 サイロキシン(T4)は、活性があるトリヨードサイロニン(T3)と活性がないリバースT3とに転換される。加齢とともに、リバースT3への転換の割合が高くなるために、高齢者では、血中T3および遊離T3濃度が低下する。また、T3の代謝は加齢によって、不変~やや亢進する。そのために、高齢者には、血液検査でT3値が低い「低T3症候群」がしばしば認められる。
 日本人女性では、中年から高年にかけて、慢性甲状腺炎の頻度が高くなる。本症は自己免疫疾患で、自覚症状は特に認められず、血液検査で自己抗体が陽性で、甲状腺ホルモン濃度は正常からやや低下する。注意すべきことは、検査結果の数値によって治療を始めるのではなく、精査し経過を観察した後で判断したい。
 甲状腺系のアンティエイジングについて、確かに、加齢によるTRHに対するTSH反応性の低下、などの影響は一部に認められる。しかし、臨床的には、高齢になっても甲状腺機能はほぼ保たれており、機能低下のために治療が必要となることは少ない。

 ●性腺ホルモン: 男性および女性ホルモンは、視床下部・下垂体・性腺(精巣/卵巣)系により調節されている。
 男性の場合、代表的な男性ホルモンは、睾丸から分泌されるテストステロンである。加齢とともに、次第に分泌は低下してくる。その血中濃度は、70歳代男性では、20歳代男性の濃度の約70%ほどになる。
 男性における性腺系ホルモンのシステムの概略は、視床下部からLH-RH(Gn-RH)、下垂体からLHとFSH、睾丸からtestosteroneの分泌となる。近年、発見されたインヒビン(inhibin)は睾丸から分泌され、下垂体からのFSHの分泌を抑制する。男性は加齢とともに、testosteroneとinhibin濃度が低下する。50歳を越える時期には、フィードバック機構によって、LHとFSH濃度が次第に高値となる。これは、女性の更年期に相当する時期とも考えられる。最近、男性にも更年期がある、と言われることがあるが、今後の検討によって詳細が明らかになるだろう。
 女性は、50歳前後の時期に、生理(一般用語)、または月経(専門用語)が次第に減り、閉経となる。この時期が更年期であり、女性ホルモンの分泌が激減してくる。女性ホルモンの中で代表的なエストロゲン(エストラジオール)の濃度が、成人期の濃度よりも70-90%も低下する。女性ホルモン濃度の激減によって、としての症状、のぼせ、発汗、倦怠感、フラフラ感、などの症状を含む更年期障害、または、いわゆる自律神経失調症をきたしたり、骨粗鬆症などが出現してくる。
 このような症状が顕著な場合、最近では、ホルモン補充療法(Hormone Replacement Therapy, HRT)が本邦でも次第に行われることが多くなってきた。不足する女性ホルモンを投与して、治療するものである。
 HRTとは、若年時代の女性ホルモン濃度に戻す方法である。内分泌疾患のアンチエイジング治療として、代表的なものであり、臨床の場で実効果がみられている。

 ●副腎皮質ホルモン: 副腎皮質からは、様々なステロイドホルモンが分泌されている。その中で代表的なものが、生命の維持に必須なホルモンとされるコルチゾルである。視床下部からCRH, 下垂体からACTH、副腎皮質からコルチゾルが分泌され、これらはフィードバック機構で相互にコントロールされている。
 コルチゾルが、歴史的な大きな役割を果たしたことがある。約50年前、不世出の名ピアニストがいた。ショパンを奏で、聴衆を感動させたリパッティである。彼は白血病と診断されたが、当時、有効な治療法がなかった。世界中のファンの寄付で届けられた高価な薬剤が、合成されたばかりのコルチゾン(コルチゾルとほぼ同等の薬剤)であった。コルチゾンの効果は劇的で、その後演奏活動を再開できた。しかし、ブザンソンの演奏会でショパンのワルツ集を演奏した際、力尽きて最後の一曲を演奏できず、最後のコンサートとなったのである。なお、その時の演奏を、私たちは今でも録音で聴くことができる2)。
 視床下部・下垂体・副腎におけるCRH-ACTH-cortisol系のアンチエイジングについて、加齢による大きな変化は認められない。すなわち、基礎分泌や日内変動に変化はなく、様々な刺激による視床下部からのCRH分泌や下垂体からのACTH分泌にも変化は認められない。これらは、コルチゾルが生命の維持に最重要なものである
ことと関連している可能性がある。
 なお、別のホルモンとして、副腎皮質からアルドステロンが分泌されている。これは水や電解質(Na, Cl, K)を調節する働きがあり、レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系(R-A-A系)で調節されている。この系は、加齢によって調節能は低下する。基礎分泌量の低下、立位負荷や食塩制限などの刺激に対して、高齢者では若年者と比べて、反応性が60-70%も低下する。

 ●抗利尿ホルモン(ADH): 下垂体後葉から分泌される抗利尿ホルモンは腎臓に働きかける。水分を身体の外へ尿として出す作用(利尿)に対して、逆に拮抗する(抗)ように働くものである。従って、尿を濃縮し、水を体に貯留させるように作用する。加齢により、腎臓の反応性が著明に低下してくる。その結果、尿を濃縮できにくくなり、薄い尿が大量に出てしまう。水を身体に保ちにくくなり、循環血液量の維持が難しくなる。従って、何かの原因により、脱水や血圧低下になりやすいことが示唆される。
 これに関与する因子として、加齢による口渇中枢の鈍化がある。高齢者では、やや脱水傾向があっても、口渇を感じにくく、口内乾燥感が軽度で、水分摂取が少い量にとどまることが知られている。
 以上から、RAA系やADHにおける加齢による反応性の低下により、高齢者では水・電解質の調節能力が低下しており、脱水症に陥りやすい状態にあると言える。このように、水や電解質の調節や腎機能については、加齢の影響が明らかに存在する。アンチエイジングのための有効な方策は明らかではない。。

 ●カルシウム代謝: 体内のカルシウムの代謝には、副甲状腺ホルモン(PTH)、カルシトニン、ビタミンDの3者が関与し、その中でPTHの影響が大きい。加齢とともに、PTHの基礎分泌量は高く、カルシトニンの基礎分泌は低く、ビタミンDは不変~やや低下、とされている。
 カルシウム代謝について、高齢者の大きな問題は骨粗鬆症である。そのメカニズムは、まず、加齢に伴うCa吸収の低下があり、それに対してPTHの過剰分泌が持続する。さらに、骨のターンオーバーの上昇や骨吸収の亢進がもたらされ、骨粗鬆症に至るという説が広く受け入れられている。診断は原発性骨粗鬆症の診断基準3)を、骨代謝マーカーの選択はガイドライン4)を参考とされたい。重要なポイントとなる本症の詳細を次項に記する。

 2)骨粗鬆症のアンチエイジング
 骨粗鬆症の治療には、大きな進歩がみられる。その中には、若年時代の骨代謝を目標とするような、骨に対するアンチエイジングの方策が見い出すことができる。

 ●ビスフォスフォネート製剤:従来、本邦で使用されてきたビタミンD3製剤や、ビタミンK、カルシトニンなどの使用では、それほど骨量を増加できなかった。一方で、最近、普及してきたビスフォスフォネート製剤は、骨量を増やし、骨折も防止できる効果がある。コンプライアンスが高ければ、ほとんどの患者で骨量が増えるとされており、大きな期待が寄せられている。慢性炎症性疾患や悪性腫瘍に伴う続発性骨粗鬆症にも効果がある5)。なお、本剤と従来の薬剤との併用療法も行われている6)。ビタミンD3とビタミンK2との併用は、対照、D3単独、K2単独のいずれの群よりも、腰椎骨密度をより増加させたという7)。

 ●ホルモン補充療法(HRT):本邦で46-69歳のHRT受療者は1.8%、経験者は2.1%である8)。韓国や台湾では施行率が10%で、欧米では遥かに高い。HRTが適切に理解されれば、今後はEBMやガイドラインを考慮しながら、本邦での適応例の増加が予想される。
 HRTによって、骨量の増加~維持、全身の閉経後の変化の防止が認められる。HRTの効果をを図19)に示した。骨折の予防効果については、椎体骨折や大腿骨頚部骨折で有意に効果があるとされる。大規模研究の中間報告として、結合型エストロゲンと酢酸メドロキシプロゲステロンの配合剤で平均5.2年間のHRTを行うと、全骨折の相対リスクは0.76に、大腿骨頚部骨折は0.66とリスクが軽減し、骨折防止効果が認められた10)。しかし、乳癌と心血管系病変が増加するという結果を考慮し、予定を3年繰り上げて研究を中止する措置が取られた。

 ●副甲状腺ホルモン(PTH):PTHは骨吸収を促進させるが、一方で骨に対して多様な作用があり、骨形成を促進させる新たな骨粗鬆症治療薬として注目されている。PTHを注射で間欠投与すると、海面骨量を反映する腰椎における骨量が明らかに増加し、椎骨骨折の予防率が65~86%にまで至ったという11)。

 ●男性ホルモン:女性ホルモンだけではなく男性ホルモン(アンドロゲン)と骨粗鬆症との関係も研究されている。最近、男性ホルモンが骨代謝に関与し、骨量を増加させた報告があり、骨芽細胞を介した骨吸収を抑制する可能性が示唆されている12)。将来、骨組織における性差の解明が進み、選択的男性ホルモン受容体モジュレーター(SARM)の開発やその臨床応用が期待されている。

 ●テーラーメード治療:本症の遺伝的素因が、ビタミンD受容体やエストロゲン受容体などの遺伝子多型で検討されている。候補遺伝子は、LDLリセプター5も含め、さらなる発見が予想されている。将来は、薬剤の反応性に対する個人差も考慮しながら、遺伝子診断によるテーラーメードセラピーが可能な時代が到来するであろう。
 
 3)内分泌疾患の加齢の特徴と注意点
 高齢者は、若年と異なり、同じ疾患であっても定型的な症状が出現しにくいなどの特徴がみられる。

 ●甲状腺疾患:甲状腺機能亢進症では、通常活動性の亢進がみられるが、高齢者では症状がみられなかったり、逆に無欲状のこともある。これは、無欲性甲状腺機能亢進症と呼ばれる。その特徴として、一見うつ病に類似しており、心房細動、心不全などの循環器症状があり、四肢の近位筋のミオパチーなどが挙げられる。
 甲状腺機能低下症では、通常倦怠感などの症状がみられるが、高齢者では何も自覚症状がなく、他覚症状も認めないことも多い。これに加えて、ぼけ、意識障害、うつ病など様々な精神症状が全面に出てくるために、甲状腺機能低下症と気付かれないことがあり、注意が必要である。

 ●下垂体疾患:高齢者の下垂体機能低下症では、若年者と比べて、精神・神経症状が重篤にみられることがある。
 プロラクチノーマでは、乳汁漏出や女性化乳房などの症状が見られるが、高齢者ではこれらの症状が出現せず、腫瘍が相当大きくなってから、視野障害によって発見されることもある。

 ●薬剤の影響:高齢者は、通常いくつかの疾病を抱えており、数種類の薬剤を常用している。本邦で使用されている内服薬の2-3割には、
副作用として口渇があり、様々な症状がマスクされたり、修飾される
ことがある。
 また、頻度が高い降圧薬は、糖代謝や脂質代謝に影響を与えるものが多く、向精神・神経薬は、プロラクチンなどホルモン分泌に影響を与えるものもあり、注意する。

 4)内分泌のアンチエイジング
 加齢とは時間が進むことで、2つの時計の存在を想定するとよい。一つは腕時計のように24時間周期で、一周してくるサイクル型。他方は、カレンダーのように一方向で元には戻らない直線型である。前者は24時間~7日~1カ月~1年という周期が合わさって、DNA分子のようにらせんの構造とも考えられる。前者と後者と合わさって、体内時計と体外時計とが形成されるのである。
 人のホルモン分泌は、24時間周期のものが多い。成長ホルモンは睡眠後に大量に分泌され、ACTHとコルチゾルは午前に高く夜に低い日内変動のリズムが認められる。
 一方、加齢とともにホルモン濃度が低下してくるものとして、男性における男性ホルモン、女性における女性ホルモンが挙げられる。これが臨床的に大きな影響をおよぼすのが骨粗鬆症であり、本稿で詳細に記した。
 これらの時計で時間を刻みながら、人の体には、バイタルや血糖、電解質などをはじめとして、ほぼ一定に保とうとするホメオスタシス機構が存在する。船が海を進むとき、pitch and rollのように、前後や左右に揺れても、元の状態に戻ってくる。人の身体も同様で、いろいろな方向からストレスという縦波や横波を受けている。元気な船・若年丸はどんな波が来ても大丈夫だが、やや弱った船・高年丸は対処できず、転覆してしまうかもしれない。
 その理由は決して単独ではなく、神経系、内分泌系、免疫系などマルチファクターが複雑にからみ合ったものである。それぞれの系で、遺伝子のスイッチがonやoffと切り替わり、適切なタイミングの時期に遺伝子の発現も加わり、ホメオスタシスが保たれているものと思われる。

おわりに
 かつて、秦の始皇帝から不老不死の薬を探すように命ぜられた徐福は、日本に渡来して優れた文化を伝えたとされる。史記には「皇帝おおいによろこび、童の男女三千人を遣わし、これに五穀の種と百工をおくりて行かしむ」とあり、日本各地に徐福伝説が存在する。もし、このような薬があるとすれば、コルチゾルに似た成分かもしれない。しかし、現実に、不老不死の薬は存在しないであろう。
 人には加齢とともに様々な変化を呈する。内分泌系にも加齢変化があり、これに対するアンチエイジングは可能であろうか。時間を逆行させて、若年の頃の状態に戻すことは不可能である。しかし、本稿で示したように、投薬など若干の対策によって、ある程度時計を遅く進めることはできるであろう。
 欧米では「良い人生を送り天寿を全うできる」ことを、successfulagingと表現している。この中には、長寿、良いQOL、社会貢献、という3因子が含まれている。内分泌のアンチエイジングに関して記述した本稿の内容が、人々のsuccessful agingに少しでも役に立てば、幸いである。

文献 は 省略

図1 ホルモン補充療法と3つの老年症候群(8)を改変) 省略
表1 加齢による内分泌系の変化(1)を改変)

ホルモンの種類  基礎分泌  刺激後の  標的器官の
               分泌反応  反応性

成長ホルモン     →     ↓     ↓
IGF-1         ↓     ↓
LH, FSH        ↑     ↑     ↓
プロラクチン     ↑     →
ACTH         →    →or↑    →
TSH          →    →or下    →
ADH          →     ↑    
T4          →     →  
T3          下     →   
副甲状腺ホルモン   ↑
カルシトニン     ↓     ↓     ↓
インスリン     ↓or→    ↓     ↓
コルチゾル      →     →    →or↓
アルドステロン    ↓     ↓   
ビタミンD       ↓
テストステロン    ↓     ↓     ↓
エストロゲン(男性) →
エストロゲン(女性) ↓     ↓     ↓

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