◆ 共感覚
英文雑誌を眺めていると、気になる言葉が目に飛び込んできた。「パーフェクトピッチ(perfect pitch)」と。すぐに、頭にピンときた。
私は小さい頃から現在に至るまで、ずっと野球選手。47歳になっても、まだ走り回っている。だから、野球のニュースが大好きだ。日本人が大リーグで活躍する姿をみると、とても嬉しく思う。パーフェクトピッチとまで言うからには、ピッチャーが完全試合を演じたのか、あるいは、素晴らしい投球で試合に勝ったのだろうと思い、記事を読み始めたのだった。
ところが、ちょっと内容が違う。スポーツの話ではなさそう。大脳の機能が‥‥、などと書かれている。いったい、何のことだろうか?実は、perfect pitchとは、音楽の分野における「絶対音感」のことだった。確かに、完全はパーフェクトで、音程はピッチ。しかし、perfectという単語は、広い意味で使われているので、つい思い込んでしまったのだ。
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私にはなぜか「絶対音感」がある。特に訓練をしたわけではないが、物心がついた頃から自然に備わっていた。だから、汽笛の音程が瞬時にわかったり、誰かがピアノ鍵盤のどこかを触っても、直ちに言い当てたりしたものだ。
絶対音感があると便利なことが多いが、不便なときもある。合唱の練習で、指導者が楽譜と違う音程で歌わせる場合、私は困った。初見の楽譜の音符と、歌っている音がずれているのだ。頭の中で瞬時に補正しながら歌ったことを思い出す。
世の中には凄い人がいるものだ。最相葉月さんの著書「絶対音感」から紹介しよう。バイオリニストの五嶋みどりさんは、小さい頃から440Hzの絶対音感で訓練されていた。9歳の時、渡米して442 Hzの音を聴くと、気持ち悪く感じたという。カーネギーホールで用いる442Hzに合わせるのに、とても苦労したと聞く。微妙な振動数の違いがわかる、究極の感覚だ。
救急車のサイレンは、ドップラー効果で音の高さが変動する。この音程がわかる能力とは、常識範囲内。しかし、「ガラス食器を床に落として割ったときに、○○の和音が聞こえた」などと言う音楽家がいる。いったいどんな耳と脳を持っているのか、通常の人にはわからない。
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人間には五感がある。六つ目は第六感で、そういえば「シックスセンス」という映画もあった。これらの感覚は重複することが知られ、「共感覚」と呼ばれている。
あなたは、次のような経験はないだろうか?
・文字を読んだり言葉を聞くと、心の中にある特 定の色が見える
・音楽を聴くと、その音楽の種類や音程、音色な どによって、特徴あるイメージが見える
・料理を味あうと、以前の記憶が甦ったり、特定 の音楽が聴こえてきたりする
この現象は、芸術家などにみられやすい。具体例として、音階や音程の場合を紹介しよう。ピアノの鍵盤にあるのが12個のキー。どこから弾いても困らないように、音階は平均率になっている。1.06の12乗がほぼ2.00となるので、半音毎に約1.06倍ずつ周波数が高くなる等比数列なのだ。だから、12種類の鍵盤で、どこから演奏し始めても、曲は同じだろうと一般人は考える。しかし、実際は全く違う。特定の音階や和音によって曲調が大きく変わってくる。
私の場合、キーによって同じ曲でも感じ方が違ってくるので、下記に示してみよう。
♭1つ:ヘ長調は、農村や田舎の雰囲気、おそらく、ベートーベンの「田園」に由来か。
♭2つ:変ロ長調は、ブラスバンドの金管楽器、アメリカのジャズやブルースが連想される。
♭3~4つ:変ホ長調や変イ長調は、私が大好きな音階。
優雅でbrilliant、きらびやかな雰囲気が感じられる。おそらく、ショパンやリストが作曲し、センチメンタルで甘美な曲にこの調が多いのが関連しているのではないだろうか。
♭3つ:同じ♭の数でも短調となるハ短調では、暗い雰囲気となる。ベートーベンの「運命」やピアノソナタのイメージであろう。
♯1つ:ト長調は、爽やかで海や夏の情景や、童謡の「うみ」のイメージが重なっているのか。ポピュラーでは爽やか系で、柑橘系の果物の香りが漂う。コンピュータで使うブルー(青色)やシアン(水色)がぴったり。
♯2つ:ニ長調は、草原の風景がイメージされ、緑や黄緑の色彩だ。同じような自然の情景でも、♭1つのヘ長調は、収穫の時期の黄色や茶色、夕日に輝く金色を主とした雰囲気となる。
以上の感覚は、私だけかと思っていたが、西洋音楽の経験者では、類似したパターンがみられるという。ベートーベンやショパンなどの音楽に触れていくうちに、音・光・色の共通感覚を音符に転換した大作曲家の感性が、後世に受け継がれてきたのではないだろうか。
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ところで、「共感覚」は、文学や言語学の領域にも関わりがあるらしい。天才詩人として広く知られているのが、フランスのランボー(Rimbaud)。粗暴な性格で、当時、常識を超えた言動がみられた。ヴェルレーヌとの同性愛のスキャンダルによって、文壇を失望させることも。しかし、現実への反逆という独自の詩風を確立したのだ。これらのストレスと関係があるかもしれないが、右足に骨肉腫を発症し、右足を切断せざるをえなかった。
彼の代表作とされるのが、傑作として名高い「母音」(1871年)である。アエイオウの発音を聞くと、色彩が目の前に浮かんでくるそうだ。
Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青であり、「母音よ, 君たちの隠れた誕生を語ろう」と呼びかけた。さらに、具体的なイメージとしては、Eは靄とテントの純白さ…、Iは緋色, 陶酔の美しい唇の笑い…、Uは周期, 海, 平和, 学究の広い額…、など。
黒と白のグレーの世界の2色に加えて、赤・緑・青という光の三原色を配している。偶然か必然かは、今となっては判断できないが、何か彼の意図があるのかもしれない。
また、ランボーの研究者であるフォリソンの説によると、彼の共感覚は、アルファベットの文字の形が、女性のヌード写真や色覚に関係しているというのだ。
A:黒;逆転させた女性器
E:白;筆記体を横にして乳房
I:赤;同様に横に回して口
U:緑;逆転させて髪の毛
O:青;開いた口
なお、ランボーの有名な詩「永遠」を示す。
[L'eternite'] 「永遠」
Elle est retrouve'e. また,見つかった
Quoi? - L'Eternite'. 何がって?永遠さ
C'est la mer alle'e 行ってしまった海さ
Avec le soleil. 太陽といっしょに
このような感覚が、どうして湧き上がってくるくるのだろうか?必要とされる条件を考えたので、列挙してみよう。
・母国語がフランス語である。
・言語や音に興味を持ち、洞察が深い。
・絵画的な感性があり、色彩感覚に鋭い。
・同性および異性を含め、ユニークな感性。
このような言語学や音楽、芸術、文学などが融合することで、共感覚が生まれ、言葉というツールを用いて、表現したのであろう。
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ランポーの共感覚は、フランスの言語やリズム、イメージによるもの。一方、日本にも同じようなものがあるか調べてみた。すると、類似したパーたんの楽曲が見つかったのだ。
母音と音楽との関わりについて、『母音頌~津山慕音歌』という曲がある。作詞は入沢康夫、作曲は諸井誠で、母音の音声から作曲した。その中で、第1楽章の「序唱」をみてみよう。
アは 光 鮮やかな光
エは 時間 永遠の微笑み
イは 人 今の人古の人
オは 夢 夢のオアシス
ウは 故郷 ・・・
太古の昔から、日本人は豊かな自然と共に生きてきた。人の和を大切にしながら、発展してきたのである。独自の生活習慣や人生が統合された状況から、このような共感覚が生まれてきたのかもしれない。
英語やフランス語を聞き、諸外国の音楽や文化、慣習に触れることによって、各「共感覚」を理解し、感じられるようになると思う。
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