◆ 信長はイライラ

Q: 神経障害は通常どれくらいで発症しますか?
A: 神経障害は約5年、網膜症は7-8年、腎症は10年ほどです。

  ただし症例により差はある。
  keyword : 神経障害、問診表、こむらがえり、
       アルドース還元酵素阻害剤、痛みの治療

■Case
神経障害を呈した織田信長
 患者:織田信長
 既往歴:24人兄弟の上から5番目として、1534年(天文3年)に尾張で出生。幼少の頃から、特異な性格形成あり。1560年に今川義元を桶狭間の戦いで討ち取る。1571年に比叡山延暦寺を焼き払う。
 現病歴:以前から手足のしびれや痛みがあったが、43歳のとき、1576年に安土城に移ってから、一層ひどくなった。1579年には荒木村重一族の虐殺、1581年には高野聖数百人を捕殺し、留守に遊んだ次女を成敗等、残虐行為などがみられた。1582年(天正4年)6月2日未明、光秀の軍勢におそわれ、本能寺で自殺。

■第15回世界糖尿病学会が京都で開催された時、演劇「鬼と人と ー信長と光秀ー」が大阪で行われていた。火に包まれる本能寺。萬屋錦之介演じる明智光秀が、燃え盛る炎の中で、織田信長と対面する。かっと目を
見開いた信長は、まさしく阿修羅の形相。すべてを悟ったかのように、信長はきびすを返し、炎の中に身を投げた・・。
 本能寺の変の一因として、鬼の信長の「いじめ」に対して、人の光秀が「切れた」ことが挙げられる。信長は、「大魔王」として恐れられるほど、殺戮行為を繰り返していた。信長は「飲水病」にかかり、手足のしびれや痛みがひどかったと記録にある。彼は田舎風の料理を好み、「美食家」ではなかったという。糖尿病発症の原因として、素因や戦国時代における極度な緊張感やストレスなどが推測されようか。もし糖尿病がなければ、神経痛による「いらいら」もなく、性格もマイルドとなり、歴史が変わっていたかもしれない(図1)。

■患者への説明の一案
 糖尿病の合併症には、大血管障害と最小血管障害がある(JIMノート)。後者が3大合併症であり、神経障害は約5年、網膜症は7-8年、腎症は10年ほどで進展し、まず神経障害が現れることを伝える(図3)。なお、様々な症状が自覚できないことも強調しておく必要がある。

■神経障害の問診表
 診療の際に利用できるように、神経障害のチェック表の一案を示した。
各施設で工夫をして作成していただければよいと思う(表1)。

■神経障害の調査
 筆者は、徳島県の国公立・私立病院50施設における1000余例の糖尿病
患者の横断的調査1)を含め、いくつかの多施設研究の機会を得た。神経障害は66-74%の患者にみられ、その中では、こむらがえり(JIMノート)や便通異常が、予想以上に多いことが明らかになった(図4)。なお、図4の10項目は、表1の最初の10項目と一致しているので参考にされたい。

■アルドース還元酵素阻害剤
 神経障害に対する薬剤としてAldolase Reductase Inhibitor(ARI剤、キネダックR)(JIMノート)が本邦で使用されているが、徳島県の糖尿病患者における使用頻度は9-17%であった(図5)。ARI剤は、HbA1cが
7.5%以上で血糖コントロールが不良な症例で有用であり、コントロールが良好な症例への投与は不要である。
 ARI剤を549例に長期投与した最近の調査では、神経障害の改善度は症候別では大差なく、3カ月までに効果が急速に現れ、以後少なくとも3年までは徐々にではあるが改善傾向が認められたという2)。

■神経障害の治療
 治療でまず重要であるのは血糖コントロールであり、HbA1cが7.5%以下になるようにする。次に、痛みに対する対症療法として、非ステロイド抗炎症剤や、痛みが強い場合には抗けいれん剤のテグレトールなどを用いることもある。また、痛みにより次第にうつ状態になる患者では、必要に応じて抗うつ剤を投与するとよい。症状と対症療法について表2にまとめた。

文献 
 1)板東 浩. プライマリ・ケア医による糖尿病合併症の調査. 日本プライマリ・ケア学会誌 20(1): 46-51,1997. <徳島県における糖尿病の現状報告>
 2)渡辺 毅ほか:糖尿病性神経障害に対するアルドース還元酵素阻害剤Epalrestat(キネダックR )の症候別効果の検討. 新薬と臨床46(7):853-862, 1997. <ARI剤の長期投与による神経症候の改善について検討>

JIMノート 
J1 糖尿病の合併症
 大血管障害には脳、心、足があり、最小血管障害には、網膜、神経、腎臓がある。これを患者さんに説明する場合に、図2を利用するとよい。

J2 こむらがえり
 「こむらがえり」の特徴としては、1) 1週間に1度以上みられる患者が12%ほどあり、2) 女性やインスリン使用者に多い傾向が認められ、3) 網膜症や腎症の有無、電解質(Ca, Mg, K)との相関は認められず、4) 末梢神経障害の高度のものより正常のものに多い、などがある。

J3 ARIの作用機序
 ポリオール代謝で、ブドウ糖はアルドース還元酵素(AR)によりソルビトールになる。ARの活性は、血糖が正常の場合には低いが、血糖が上がるに従って非常に高くなるので、高血糖ではソルビトールが蓄積してくる。ARI剤は、アルドース還元酵素を阻害することにより、ソルビトールの産生を低下させる。

One More JIM
Q1 神経障害のメカニズムについて教えてください。
 A 末梢神経の構造は、神経束の中に神経繊維が走っている。その神経繊維のいずれもが、神経細胞とその先に軸索がのびており、その周りをシュワン細胞が取り囲んでいる。糖尿病の神経障害では、この軸索がまずダメージを受け、同時に周りのシュワン細胞も侵されていくのである。その直接の原因は、持続する高血糖状態である。高血糖によって、ポリオール代謝異常がおこり、ソルビトールの産生量が増す。すなわち、軸索やシュワン細胞に過剰なソルビトールが蓄積する。その結果、ミオイノシトールが減少し、Na+-K+ATPaseという酵素が神経細胞で侵されることにより、神経刺激の伝達が障害されるのである。これが主要なメカニズムであるが、ほかに、糖尿病性の細小血管障害によるファクターも一部関与している。これは、毛細血管の変化により、血液の供給が悪くなるのである。

表1 糖尿病における神経障害のチェック表

□ 手足の先が痛むことがある
□ 手足の先が、ジンジン、ビリビリとしびれることがある。
□ 手足の先が、冷たいとか、逆にほてる感じがする。
□ 畳の上を歩くときに、砂利の上とか、ふとんの上を歩いている感じがする。
□ 足の筋肉がケイレンしたりツルことがある。
□ 手や足に力が入らない。
□ 立ちくらみしたり、めまいがすることがある。
□ 食事の時(食事中および食後)に上半身によく汗をかくことがある。
□ 便秘や下痢など便通に異常があることが多い。
□ 排尿に時間がかかり尿に勢いがない。
□ 一日に何度もトイレに行きたくなる
□ 性欲がなくなってきた

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