◆ 低脂血症

Q: 低脂血症をみたら、まず何を考えるか?
A: 原発性は少なく、二次性で多い疾患は肝機能障害、甲状腺機能亢進症である。

Keyword: 低脂血症、コレステロール、トリグリセライド、HDL、リポプロテイン

Case
低コレステロール血症の指摘により、甲状腺機能亢進症と診断された1例
 患者:38歳、男性
 既往歴:特記することなし
 現病歴:従来、外交の仕事で忙しい生活を送ってきた。1-2カ月前から通常の仕事をこなしているが、体重が3kg減少したので近医を受診。末梢血、肝機能に異常はないが、低コレステロール血症があり、大学病院へ紹介。脈拍92/分、甲状腺に腫大あり、心・肺・腹部に著変なし、血糖は正常、血清TSH濃度の低下、遊離T4濃度の上昇あり。

 はじめに
 低脂血症は、高脂血症に比べて、日常診療でそれほど重要視されていない。しかし、本病態は他の原因によって引き起こされることが多く、考え方やマネージメントを把握しておくことは重要である。本稿では、低脂血症の概略および実際に役立つ情報についても記したい。

 1)低脂血症の基準は
 低脂血症について、一般的な基準を表1に示す。この中でしばしば見かけるのは低コレステロール血症で、慢性肝炎、肝硬変、甲状腺機能亢進症などの疾患による場合が多い。
 この数値が設定された理由として、臨床検査データの統計学的処理が挙げられる。一般日本人40歳代の検査値で、低値の5パーセンタイルのデータは下記のとおりである。
      男性  女性
 T-CHO  146   143 mg/dl
 TG   45 37 mg/dl
 LDL-C   74   75 mg/dl
 HDL-C   32 37 mg/dl

 2)なぜ低脂血症になるか
 低脂血症の原因について考える場合、2つの物差しを用いることが大切である。
 まず、原発性(一次性)か、あるいは他の疾患に起因している二次性か、という分類である。
 次に、その脂質の産生が増えているのか、異化・排泄が増えているのかという視点である。これは痛風(高尿酸血症)の場合にも使われ、その病態により異なる薬剤が投与されている。
 以上の2つを組み合わせたのが、表2である。臨床の場では原発性は稀であり、しばしば見かける病態は二次性である。血液疾患では脂質の低下がしばしば認められ、溶血性貧血の場合に鑑別診断に役立つ。白血病を含む骨髄増殖性疾患で異化が亢進する原因は、LDL受容体の亢進とされる。慢性(急性)炎症では、各種のサイトカインの関与が考えられている。感染症のマラリアでは、低コレステロール血症が診断の際に役に立つ。

 3)低脂血症という呼称
 血液中には、コレステロール、トリグリセライド、リン脂質、遊離脂肪酸の4種類の脂質がある。この中の1つが正常以下になれば低脂血症である。通常は、コレステロールとトリグリセライドの低下が問題となる。
 これらは血中ではリポ蛋白という姿で存在する。リポ蛋白は、脂質を荷台に載せたトラックのようなもので、水の中でも油(脂)の中でも自由に動くことができる。従って、本来であれば、低リポ蛋白血症、または低VLDL血症、低LDL血症、低HDL血症と呼ぶのが正しいことになる。

 4)低脂血症の臨床的意義は
 低脂血症に関するエビデンスとして、NHLBI (National Heart,Lung, and Blood Institute)が、低コレステロール血症と肺癌、呼吸器疾患、消化器疾患の頻度との関係が報告している。
 また、35万人対象のMRFIT (Multiple Risk Factor InterventionTrial)では、低コレステロール値群で脳出血の増加が指摘された。本邦の報告でも、血清コレステロール濃度が160 mg/dl以上群と未満群の検討で、未満群は他群に比して、脳出血死の相対危険度は3.22倍となる。

 5)LDLとHDLのポイント
 LDLが低値の場合、動脈硬化が進展しにくく、冠動脈疾患(coronary heart disease, CHD)の頻度は低下する。しかし、極端にLDLが低ければ、リスク比は上昇する。LDLが横軸、総死亡率が縦軸のグラフでは、JまたはUカーブを描く。
 二次性の低脂血症の中で、HDLが低下するかどうかは臨床的に重要であり、表3に示した。
 HDLは善玉コレステロールとして知られる。1%の低下によりCHDが2-3%増え、これは疫学的にも証明されている。この機序については、細胞からコレステロールを引き抜くコレステロール逆転送系の最初の段階に、HDLが働きかけるために、動脈硬化が起こりにくくなるという。
 HDLは、総コレステロール値より臨床的に重要であり、その旨を患者に説明すべきである。生活習慣の改善、特に運動療法の効果がHDL値に表れやすい。患者の動機付けや指導に大きなパワーとなるので、役立ててほしい。
          
 6)日常診療でのマネジメント
 日常診療の場で、原発性の頻度は稀であり、ほとんどのケースは二次性である。
 低脂血症の有病率の報告では、健康男性772例中、12例(1.6%)がLDL値が低値であった。低脂血症の患者で二次性が否定されれば、一次性を疑い、各種アポ蛋白の測定、リポ蛋白泳動、超遠心法などのリポ蛋白分析を行う。近年は、様々なリポ蛋白代謝異常の遺伝子異常が判明しており、専門施設への相談が薦められる。
 一次性の中でもっとも代表的なものは、家族性低βリポ蛋白血症である。本疾患のヘテロ接合体のLDL値は通常の約半分となる。本疾患の男性は9年、女性は12年寿命が長いという。

 おわりに
 本稿では、低脂血症に接した場合の考え方およびマネージメントについて概説した。診断に際しては、広い視野と柔軟な判断が必要であり、本稿が日常診療に少しでも役立てば幸いである。

表1 低脂血症の基準

T-CHO 130 mg/dl未満
TG 40 mg/dl未満
LDL-C 50mg/dl未満
HDL-C 35 mg/dl未満 

    表2 低脂血症の原因疾患
 
       産生低下     異化亢進

原発性 無(低)βリポ蛋白血症  アポ蛋白B異常症
    Anderson病       Tangier病
    アポA-I欠損(変異体)症

二次性 慢性肝炎        甲状腺機能亢進症
    肝硬変         溶血性貧血
    慢性膵炎        白血病
    吸収不良症候群     悪性リンパ腫
    アジソン病       慢性(急性)炎症
    悪性腫瘍        脾腫、感染症

表3 二次性低コレステロール血症の原因疾患
 
主にHDLが低下    主にHDL以外が低下

肥満         甲状腺機能亢進症
2型糖尿病      肝硬変、慢性肝炎
喫煙         骨髄増殖性疾患
腎不全        悪性腫瘍、低栄養
ネフローゼ症候群   吸収不良症候群

家族性低βリポ蛋白血症
 常染色体優性遺伝で、低LDL血症を呈する。短縮アポ蛋白Bが原因とされる。ヘテロ接合体では低コレステロールの程度も軽く自覚症状もみられないことが多い。ホモ接合体では、無βリポ蛋白血症と類似した症状や検査所見がみられる。

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