◆ 今後の糖尿病の考え方

根拠に基づく保健医療から見た糖尿病の疾病管理
 はじめに
 近年、根拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine, EBM)の重要性が唱えられてきている。医療の現場で様々な診断や治療を行う際には、EBMという科学的な物差しによる判断(decision-making)が必要だとする報告は多い。ただし、あまりにEBMが強調され、データを重視するというこの傾向について若干懸念する声も聞かれている。
 本邦では2000年4月から介護保険制度が導入され、医療の変革期が訪れている。今後、本邦の保健医療改革(healthcare reform)を考慮する際には、<根拠に基づく保健医療>(Evidence-Based Healthcare, EBH)が重要となってくる1,2)。EBHは改革のグローバルスタンダードとして国際的に注目され、WHOもEBHの方向へ大きな政策転換を行っている。すなわち、地域における保健サービスのあり方を総合的かつ継続的に評価することが重要な課題なのである。

 以上のEBMおよびEBHの両者の見地から、筆者らは、厚生省長期慢性疾患総合研究事業「糖尿病予防・疫学に関する研究班」の研究で、「糖尿病患者の生活の質」について、徳島県内において多施設調査を行った。本調査は、患者の生活の質(QOL)や健康温度、診療に関わる直接・間接費用、時間損失などを含めて検討したのが特徴である。本稿では、本研究結果について記するとともに、EBHについても若干、触れたいと思う。

 1. EBMの基本的考え方
 EBMとは、臨床疫学に基づいた臨床医学の実践方法の一つである。まず、EBMの基本となる5つの段階を示す3)。
 1) 臨床上の疑問の抽出:患者の健康問題が何かをはっきりさせる
 2) 情報の収集:雑誌やインターネットで適切なエビデンスを探す
 3) 文献の批判的吟味:その結果の妥当性や応用性を検討する
 4) 患者・住民への適用:吟味した結果を、医師の能力や施設の条件、患者の状態、価値観、希望などを考慮   して統合し、診断・治療ができるかを考慮する
 5) 上記プロセスの再評価:プロジェクトにおける1)-4)の段階が、効率的・能率的に実施できたか、何か問  題点はなかったかを検討し、今後の参考とする。
  EBMについて、「EBMを使うのか、あるいは使わないか」、という誤った議論がしばしばみられる。
  大切なポイントは、
 A) 得られたエビデンスを、どのようにわかりやすく患者に示すことができるか、
 B) そのエビデンスから、いかに適切で無駄がない検査の手順で進められるか、
 C) その結果を、どのように、患者のキュアとケアに反映することができるか、の3点である。

 2. 糖尿病におけるEBMの用い方
 糖尿病学の診断と治療において、数多くのエビデンスが報告されている。たとえば、有名なものとして、北米で行われたDCCT研究、本邦で行われたKumamoto study、英国におけるUKPDSなどが挙げられる。これらの結果を読む場合、注意しなければいけないことを挙げる。
 1) 外国で報告された結果は、そのまま日本人に当てはめられることができない。人種や民族の差、医療制度、診断と治療の判断の差異、など様々な条件は、ほとんどの場合、不均一であるからだ。日本と欧米では、
肥満のボーダーラインが異なり、BMIでは25 vs 30という大きな差がみられることもある。また、使用されている糖尿病薬も異なる。メトフォルミンのように、同じ薬剤でも国によって投与量が2-3倍異なることがある。
 2) ある特定のデータを出すために、通常と異なる判断を行ったり、関わりを持つ他因子の影響をカットしている場合がある。UKPDSでは、患者を治療しながら継続的に観察していたが、空腹時血糖が270mg/dlを越えるまでは、治療法を変えなかったとプロココールにある。本邦なら、もっと低いレベルで治療法を変えているだろう。血糖とある特定因子の相関をみる多くの研究では、既往歴、糖尿病歴、BMI、過去最高BMI、コレステロール、中性脂肪、他の疾患、合併症などのパラメータの関わりを除いて、検討している場合もみられる。
 3) エビデンスは時とともに変わる。以前推奨されたことが、その後、禁忌になることもある。
 4) 相手はコンピュータではなく、一個の人間である。価値観が多様化する現在、患者の考えや希望、患者を取り巻く状況や環境などを無視して、エビデンスを当てはめるものではない。また、データとは、その患者のある一点の情報であり、生活もデータも揺らいでいるのが普通なので、その結果も動く可能性がある。特に、糖尿病の診療では、HbA1cが7%前後という想に近い状態でfollow upできる患者は少ないのが現実であり、いかに妥協していくかが、重要である。
 5) 医療供給側のファクターについて、単なるデータだけでなく、医師の長年の経験も重要である。また、医療施設の設備、時間的・経済的な面も考慮して、decision-makingをしていかねばならない。医師がcoordinatorとなり、糖尿病患者に対してチーム医療を行うのが理想であるが、これが可能なケースはどれほどあろうか。同じ糖尿病の英語論文でも、糖尿病の専門病院によるものか、プライマリ・ケア医による外来という条件で行われたリサーチなのかを把握したうえで、判断せねばならない。
 6) EBMという入手した情報をいかに用いて、糖尿病診療に役立てるか、がポイントとなる。

 3. 研究デザイン

 4. 糖尿病患者のQOL

 5. 健康状態を表す評点尺度

 6. Time is money

 7. 糖尿病診療に関わる費用

 8. 国全体の糖尿病の経費  テキストが膨大になるためカット

 9. Evidence-Based Healthcare (EBH) の考え方
 本稿では、EBMだけでなくEBHの観点からの研究結果についても記した。
従来、糖尿病に関する調査研究では、単にEBMだけの観点からのものが多い。しかし、今後、急速の高齢社会を迎え、高騰する保険医療費の適正化が緊急の政策的課題となっている本邦では、EBHの視点からの検討が必要である。すなわち、もっとも効果的な保健医療サービスの評価を行い、しかも限られた保健医療費のもとで、最大の健康改善をもたらす効率的なサービスの選択について検討を重ねて、研究を進めていく必要性がある。
 国際的には、保健医療の対策を考慮するには、EBHが標準的な接近法となっている。その中でキーワードとなるのは、臨床的有効性と経済的効率性に関するエビデンスである。中でも、地域全体を視野に入れ、ある疾病にフォーカスをあてた接近法である疾病マネジメント(diseasemanagement)が重要となる。
 この中で、具体例をあげる。医療による健康改善の利益を総合的に評価するためには、生存状況や合併症の発生率などの検討が必要である。そして、得られる利益については、<生存年>(life years)あるいは<生活の質を調整した生存年>(QALYs)の延長によって評価する。さらに、それらを1年間延長させるのにいくら費用を要するかについて検討できる。このような分析は、それぞれ<費用ー効果分析>(cost effectiveness analysis)、あるいは<費用ー効用分析>(cost utitlity analysis)と呼ばれている。
 以上のように、個別の疾患に焦点をしぼりながら地域全体を視野に入れて、予防からリハビリテーションまでを、継続的に統合的な保健医療のあり方を検討することが、早急の課題であろう。特に、国民病とも言われている糖尿病は、生活習慣病や老人病学で最も重要な疾患の一つである。疾病経営管理の枠組みが適切に設定されれば、今後の本邦の保健医療が、よりスムーズに進むことであろう8)。

 10. Consensus-Based Medicineを提唱
 本稿では、EBMおよびEBHについて述べたが、もうひとつ、筆者の個人的な意見として考えているものに、Consensus-Based Medicineがある9)。コンセンサスの意味はとても広く、informed consent(説明と同意)ともオーバーラップしている。この3者については、下記のように区別して対処するとよいと考える。
 1)EBMは、医学的な側面である。主に専門的調査研究によって得られたデータによって、判断して診療を行っていく。
 2)EBHは、医療的・医療経済的・政策的な側面である。これらを考慮しなければ、その国や地域で実際に診療・医療・活動は行えない。EBMの結果の通りに診療するのが理想であるが、実際の医療はそのようにはできないのが通常である。
 3)CBMは、医療現場そのものである。長年の経験があるプライマリ・ケア医はすでに行ってきている。PC医は、患者や家族だけでなく、医療従事者からもコンセンサスが得られるような医療を進めていかねばならない。

 まとめ
 1)今後、本邦の保険医療の改革には、根拠に基づく保険医療(Evidence-Based Healthcare, EBH)が重要となる
 2)本邦の医療や診療状況を考慮して、EBMのデータを活用しなければならない。
 3)生活の質(QOL)には、移動、身の回りの管理、普段の活動、痛み・不快感、不安・ふさぎ込み、などがある。
 4)自覚的な健康状態を評価する一法として、温度計に似た健康温度を用いることができる。
 5)疾病費用(cost of illness)の中には、直接費用と間接費用がある。
 6)間接費用は疾病による時間損失で、外来や入院で貴重な時間が費やされている。
 7)PC医はConsensus-Based Medicineの視点も有しつつ、日常診療を行いたい。

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