糖尿病 肥満 糖質制限 ダイエット 音楽療法 新老人の会 徳島県スケート 板東浩 

中国の医学と医療のギャップ

中国の医学と医療のギャップ

日本プライマリ・ケア (PC)学会は、世界家庭医学会(WONCA)の会員として、特にアジア太平洋地区で指導的役割を担い、近隣諸国の医療視察を行ってきた1)。今回、我々は中国山東省医療視察団を組織し、平成8年8月に青島大学医学院附属病院ほかを視察したので報告する。

中国の近況
 最近の報告2)によると、中国の人口はすでに12億を超え、毎年の出生人口は2000万人以上、純増加人口は約1400万人である。政府は、人口の年平均自然増加率を12.5 0/00以下に、2000年と2010年の総人口をそれぞれ13億、14億人以下に抑えるのが目標だ。都市および農村部の居住環境も整備しつつ、経済・社会的発展を推し進めている。
 また、広大な農村、とくに沿海経済発達地区で鎮(町)が建設されている。すなわち、新しい鎮には、農業基礎型、商業型、工業型、都市郊外型、交通中枢型、観光型、総合型などがある。現在、全国の鎮インフラ建設はすでに初期的規模を備え、病院(衛生院を含む)は4.5万カ所、ベッド数は73万床、職員数は94万人となっている。

青島医学院の概要と教育
 青島医学院の高緒孟院長ほか10数人の幹部の先生方と交流を深め、病院を視察した。本院は山東省にある3大病院のひとつで、1898年に設立。8万m2 の敷地には、一般病棟、専門病棟、病院管理部門、放射線科、栄養学、製薬部門、医療技術などの専門施設があり、臨床科は38、研究室は16、職員は1500人である。
 教育では、1学年200人の医学院学生が臨床実習を受け、卒後にも毎年5つの臨床科で研修プログラムが実施。本院には看護婦および放射線技師学校も併設されている。
 中国では、医学校を卒業すると、通常、大学および関連病院で勤務する。同国で東洋医学を学んだ中医も、卒業後には病院に勤務する場合が多い。すなわち、同じ病院内に、医学校卒の医師と中医が一緒に勤務し、前者が約9割を占める。当院幹部の先生の一人は、「手」をみて診断する専門の中医であった。

研究のギャップ
 当院では、政府や山東省の要請による研究が進められており、11の科に修士・博士課程がある。当院が誇る科には、骨科(整形外科)があり、胡有谷教授は日本の整形外科学会総会に招待されるなど、国際的に高く評価されている。本邦と異なり、中国で骨科の領域は、1)microsurgeryを含む脊髄疾患の診断と治療、2)大きな外傷の処置、3)手の運動と細かい運動に関する診断と治療、4)人工関節や関節の移植による治療、に分けられる。骨科研究室では、コンピュータを用い、in situ hybridazation の手法で骨芽細胞を用いた最先端の研究現場を目のあたりにした。
 一方、本邦にはみられない興味ある科として、低温医学(cryomedicine)科がある。液体窒素で様々な組織や器官を零下約200℃に保存し臨床応用する。すなわち、「移植科」と言えよう。角膜、心臓の弁膜、骨、胎児などが保存されたボンベが多く設置され、心臓弁置換術、骨そのものの移植、胎児組織からの抽出物の移植、などが研究されている。臓器の入手は、それほど困難ではないとのことだ。これらの研究内容は、共産圏の国々で以前に結論が出ているものも含まれているに思われた。
 図書館も完備され、蔵書は10万冊、医学雑誌は300種類がおさめられているという。実際に図書館を視察すると、中国、日本語、英語、ロシア語の書籍や雑誌があるが、十分ではなさそうだ。中国で欧米の医学書の購入は非常に高価なので、可能ならば日本の書籍を送って頂ければありがたいとの話を伺った。なお、図書館にあるMedlineを用いて、世界の最新情報の検索は可能である。
 以上より研究に関しては、各分野で、最先端と旧態依然とした研究が混じりあいながら、同時進行しているような印象を受けた。

青島医学院の医療
 当病院には、CTやMRI、カラードップラーエコー、autoenzymographyなどの検査器機や、血液透析、リネア治療、レーザー治療などの治療設備も揃っている。ベッド数は一般900 とリハビリテ-ション180 の計1080で、年間の患者数は外来60万人、入院15 万人である。現在、病院は再開発中で、4-5 年後には大きく様変わりするという。
 本院は、米国、英国、イスラエル、韓国、台湾、香港、日本など10以上の国々と協力し、先進医療を行っている。特に、韓国の4大学やイスラエルのヘブライ大学との交流は深く、骨髄移植、体外受精に加えて、心臓バイパス手術も1週間に6-7例施行。しかし、ICUを視察すると、器機類の設備はやや不十分な印象であった。なお、本邦の笹川奨学金により当院の医師3名が日本で研修し、日中交流を今後も期待している。
 本院の特徴として、リハビリ目的のベッドの設置が挙げられる。中国の近年の3大死因は、癌、脳血管障害、心臓病で、本邦と類似している。特に脳血管障害の治療と予防に力が注がれ、神経科では頭部CT検査を毎日40-50 人に施行。本邦では、近年の良好な血圧コントロ-ルにより脳出血の頻度は減少しているが、中国では脳出血の割合も多く、議論を重ねた。

医師からみた医療
 神経科の助教授である呂先生は、私と同年令のエリ-ト女性で、病院外渉部門の責任者も兼任。彼女は米国で公衆衛生学と医療管理学を学び、病院の方向性を決定する重要な役割も担っている。病院の予算で、国からの補助は年間1ベッド4600元(1元=13円,60000円)と少なく、収入のわずか8%。従って、患者からの診察料で賄わなければならない。
 当院が力を注いでいるのが、角膜移植。病院最上階の眼科病棟には、角膜移植の多くの患者が入院していた。この手術は3000元(39,000円)の経費がかかるが、医師や病院外渉部は、治療内容に比較すれば患者負担は非常に少ないとの判断だ。一方、患者サイドからは、平均月収の数カ月分に相当するもので、負担は少なくないという。
 当院の急診科では、数人の医師が、昼夜を問わず診察に訪れる多くの患者を診察していた。

患者からみた医療
 患者に医療について尋ねた時に、一番問題点として挙げられるのが、健康保険に関してである。
 1)工場や会社勤務の場合:ほとんどの工場には医務室が設置され、プライマリ・ケア医療はここで実践されている。必要時には、大学病院や地域の病院に紹介される。その医療費の本人負担額は、通常、外来の10-20%, 入院の20-30%ほどで、残りは会社が負担する。最近、1年間の医療費が500元(6500円)までは無料だが、これを超える分は自己負担とする新方式を採用する会社が増えている。
 2)妻と子供の場合:中国の夫婦はほとんどが共稼ぎであるために、妻の医療費は妻の会社によって支払われる。一人子政策により、男児は父親の、女児は母親の会社が医療費が支払う。
 3)退職後の場合:通常、勤務していた会社が面倒をみてくれる。中国では、公立の会社を意味する「企業」と、民間の会社を意味する「事業」がある。「事業」が倒産したら何の保証もないので、「企業」に就職を望む人は多い。
 4)農民の場合:現在、農村には9億余1)の人々が居住している。中国には国民健康保険はないので、農民が医者にかかる場合は全額負担となることが大きな問題だ。最近では、農民が互助会を組織して医療費を支払う試みもある。農家では、病気や怪我、将来の面倒をみてもらうなどの理由により、どうしても人手、特に男の子が欲しい。国の政策で二人目の子供に対して罰金があり、三人目は戸籍がなく学校も行けず、企業や事業では働けないという。農民の月間収入が1500元ほどの地区もあり、医療費が払えないため、医者にかかれないということがあると聞く。

プライマリ・ケアの実際
 中国には、本邦にみられるような個人開業医はない。青島市では、市立、人民第1ー第8、中医、児童、婦産など約20カ所の病院で、プライマリ・ケア医療が行われている。受診料は通常4元であるが、大学の助教授や教授では7元、上海や北京の私立では60元のこともあるという。日本ではすべて同じだと説明すると、「政府がすべて規定しているとは、中国より日本の方が社会主義みたいですね!」との返事。3日間の解熱剤と抗生物質を投与されたとして、薬代は8-20元ほどだ。
 分娩は都会では100%病院で、農村では病院あるいは自宅で行われ、助産婦も多く活躍している。
 健診が義務づけられている対象者は、企業関係者、運転手、調理師などで1年に1度行う。事業の会社はケースバイケースである。検査費の1例を示すと、血液検査10元、血液化学セット20-30元、心電図5元、胸部X線の代わりにX線透視3元、フィルム10元、すべて70項目168元とのことであった。
 敬老院は家族や親戚がいない老人対象の施設で、国が管理している。近年高齢者が増加し、本邦と同様に、高齢対策が必要になってきた。
 事例を紹介する。①28歳男性が前腕を骨折して2週間入院。医療費は5000元(65,000円)であったが、彼の平均給与の約10倍にあたり、入院時に納める必要があったため、親戚や友人に工面してもらったと。②5歳の小児が悪性血液疾患に罹患。入院加療だけでなく、退院後にも2-3万元の経費がかかる見込み。両親は担当医と相談した結果、自宅で経過観察することとした。

おわりに
 私たちは中国の医療をかいまみる機会を得たが、研究や医療のギャップとともに、人口問題や健康保険に関わる諸問題が解決されなければならないと感じられた。現在、中国の経済は大きく発展しつつあり、今後の医学および医療の発展に期待したい。

文献
 1)板東 浩.日本医事新報 No.3766: 56-8, 1996.
 2)中国ー現況と動向 新星出版社.中国北京百万荘路24号、1996. (ISBN 7-80102-523-7)

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional